第199頁目 取り敢えず豆腐かなぁ?

「岩の中をくり貫いて……洞窟と同じなのに、空間が広いだけでこんなに印象が変わるもんか。」

「大半が空を飛ぶ種族であるんだけど、決して全てでは無いんだよ。」

「脚や嘴が発達している種族ですよね。」

「そいつ等がこんだけの空間を掘ったのか?」

「全員よ。」

「ん?」


 街の入口での会話にまたも誰かが割り込んでくる。振り向いた先にはホードと共にまた違う半デミ化した嘴獣人種が立っていた。綺羅びやかな羽毛の間から見える胸部と臀部が強調されたシルエットから、恐らく女性だと思うんだが…………誰だ?


「宜しく。小さいわね。」


 突然の侮辱とも取れる発言に俺はホードへ視線を送る。


「私の部下だ。そなた等の世話を任せる。」

「ウチの名前はムステタ・ミッミ・モッズ。今日から貴方達はウチの命令に従って動いて貰うわ。」

「……訂正しよう。命令ではない。要望だ。」

「あら、そうなの? ともかく、宜しくね。」

「俺は――。」

「彼は友人のソーゴ・クロロ・グワイヴェルと、アメリ・マレフィムだ。ボクはノックス・クゥネレン・フゥオル。」


 俺を遮って”色々間違った自己紹介”をしてしまうノックスに思わずマレフィムと目を合わせてしまう。だが、ここで否定しては色々と面倒な事になると思い、なんとなく頷いておいた。しかし、臆面もなく”友人”って言ったな。


「貴方、他の不変種と違って敵意がそこまで無いのね。」

夜鳴族ボク達はそこまでヤワじゃないからね。あぁ、そうだ。もう一人紹介を忘れていた。彼の鞄の中には――。」

「ノォックスッ! なぁに言ってんだぁ? お前は。これで全員だろ? 敢えて最後の一人を加えるならお前がずっと抱えているソイツだ。」

「……だそうだよ。」

「ソイツというのは卵の事よね? あまり見掛けない柄の卵だわ。」

「影鳥族だよ。」

「道理で。外族じゃない。」

「外族なのか?」


 ほんの少しそうなんじゃないかとは思っていた。外族。つまり、社会に入らず独自の生活圏を作り上げそこで暮らす人達の事だ。


「そうね。偶に外族でない者も見るけれど、影鳥族は嫌われてるから排斥はいせきされてしまうのよ。」

「なんでだよ?」

「魔法でデミ化するでもなく、姿を変えて他の生き物を象るのよ? 不気味じゃない。」

「それの何処が不気味なんだよ。」

「容易に他人を象れるというのは自分が無いって事よ。まるで影その物。そんな何を考えているかもわからない相手なんて信用出来る訳がないわ。」


 確か、デミ化……というより変形魔法とは自身を歪め、変化した自分を受け入れる事で可能になる物らしい。親鳥は一瞬でアヌヌグに変身してたけど、それがどれだけ困難な事か俺は知っている。俺は前世の姿である人間の姿にさえなれていないのだから。でも、そこまで気味悪がられるもんか?


「……そうか。」

「それで、その卵を孵したいんですってね。協力はするけど、加護がないと死ぬわよ。その子。」

「へっ?」

「何? 知らずに拾って来たの? 貴方。幾らウチ等でも加護を授けるのは難しいと思うわ。貴方が脅しでもしない限りね。」

「そうなのか?」

「つまり、脅せば可能って訳だ。」


 ノックスがまた空気を読まずに不快に思われそうな解釈をする。


「そういう事だ。しかし、そうした所で祝福はされないであろうな。」


 ホードは続ける。


「そもそも嫌われているなら祝福も何も無いんじゃないかな。」

「然り。故にどうするかはそなた等次第だ。新しき命と出会う前に意を定めるのだな。」

「……わかったよ。それで、家は?」

「付いて来なさい。」


 準備万端かよ……。


 ホードとムステタが先導して歩いていく。……何やらムステタからはフルーティーな香りがするな。香水だろうか。ムステタは青と緑に所々金色の文様が入っている特徴的な羽根が生えている。茶色や黒も端々にあり、かなり複雑な模様なんだよな。頭のアンテナみたいな冠羽もまた特徴的だ。高鷲族と違って一つの”族”に複数の種類がいるみたいなんだよな。ホードとムステタは同じ族名モッズだが、同じ種族には見えない。ホードは青と黒の二色だもんな。そして、ムステタの方が翼が大きい。角狼族や高鷲族と同じ感覚ではないのかもしれない。ってか……。


「そう言えばホードって何なんだ? 力ならあるとか言ってたけど。」

「……私は町長だ。」

「町長!?」


 偉そうな態度してた割に町長って……!


「アエストステルに王はいないのかい?」

「いるとも。だが、そなた等が出会う事は無い。」

「まぁ、狙われているはずだからね。部外者に易易と顔は見せないか。」

「そういう事よ。」


 タムタムでもジロジロ見られたけどさ。ここ程露骨じゃなかったな。だって上から視線は降って来なかったもんよ。


「ふむ。土に砂利を混ぜていますね。成る程、やはり木材は支柱に……しかし、これでは雨に弱いのでは?」

「谷の底に咲く紫色の大きな花があるんだ。水に浮いてる変わった花なんだけど、その花の汁が不思議な事に水を弾くらしいよ。」

「ほほぅ、それは確かに不思議ですね。それを使用しているのですね?」

「いや?」

「はい?」

「使って無いんじゃないかなぁ。その汁って独特な甘い匂いがするって言うし。」

「で、では何故今その話を?」

「勘違いするかなって。」

「あ、貴方は私を馬鹿にしていますね!?」

「あははははは!」


 力一杯ノックスの耳を引っ張るアメリだが、歯牙にも掛けないノックス。遊ばれてるな。案外相性いいのか?


「不変種だ……。」

「しかもあの黒い方、夜鳴族らしいぞ。」


 時折聞こえるそんなヒソヒソ話。危害を加えたらそれなりのお返しをさせて貰う気だが……ちゃんとそこらへんは伝えてくれるんだろうな?


「ここよ。」

「ん?」


 ムステタに案内された場所は隅っこの隅。角狼族の家を思い出す横穴住居だ。だが、どうも他の家と比べて殺風景な気がする。他の家と見比べてみるとなるほど、入り口に一切の飾りが無いからか。角狼族の家は入り口を塞ぐすだれみたいなのとか最低限の物は用意して貰ってたもんな。


「ん……? なぁ、おい。よく見たらこれ、家ってより窪みじゃねえか?」

「そうだが?」


 倨傲きょごうとした態度で短く答えるホード。


 そうだが? じゃねえよ。見ろ。正面から見たらホントにちょっとしたうろか何かだぞ。俺が丸まって一人入ったらもう誰も入らねえ。上に乗っかれば別だけどよ。


「は? 家を紹介してくれるんだよな?」

「これが家よ。自分で掘るの。」

「……嘘だろ?」

「なるほどねぇ。自分で好きな形に仕上げるっていう事かな。」

「そう。巣作りなんて基本でしょう? 竜人種でもするって聞いたわ。出来が楽しみね。」

「如何にもな異文化ですね。」

「家を作るのが仕事の奴なんているのか?」

「勿論いるわよ。でも、それなりのお金が必要だわ。自分達でも出来るはずの事を仕事にするって事はそれだけの腕を持っているという事だもの。まぁ、仕事は素晴らしいのだけれどね。でも、ウチは折角だし竜人種の巣作りが見たいわ。」

「あぁあぁ、なるほどなるほど。オーケー、わかった、はいどーも。もう家はいい。この話は終わりだ。取り敢えず此処が俺の家って訳だな? 場所を教えてくれてありがとな。そんじゃこれからはどうすればいい?」

「……これからって?」

「依頼だよ。俺に協力して欲しいんだろ?」

「それは明日ウチが呼びに来るからその時に詳しく伝えるわ。」

「そうかよ。なら解散だ。じゃあな。」


 俺はぶっきらぼうにそう吐き捨て、窪みの方を向く。だが、ムステタはその態度が気に食わなかったらしい。


「ちょっと待って。何? 貴方拗ねてるの?」

「拗ねてるっつうか、協力的じゃないよな。お前等が。」

「それは誤解があると言える。」

「何がだよ。」


 ホードが弁明してくるが、俺はこの扱いがどうしても対等な立場とは思えなかった。だってコイツラは俺に此処で働いて欲しいんだよな? そのはずが真っ先に用意されたのが穴の端っこの窪みって馬鹿にしてるじゃねえか。


「文化の違いという事だ。我々には自由に使える広い土地が与えられる事こそもてなしと言えるのだが、竜人種はそうでないらしい。」

「自由に使えるって……これじゃ丸投げと変わらねえじゃねえか。」

「無知で申し訳無いが、竜人種の強大な力や誇りとどう向き合えばいいかは知らないのでな。非礼を詫びよう。」

「本意ではないって事らしいよ。ボクは気にならないけどね。」

「……。」


 人間で言うなら土地を授けようってのと似た感覚か? 完成した豪邸よりも広大な土地を……みたいな。面倒だな。


「文化の違いっていうならまぁ、仕方ないのか。」

「ソーゴさん、ここは寧ろ彼等から学ぶべきでは? こちらの要求を一方的に押し付けるのはあまり宜しくないかと。」

「学ぶって家作りをか?」

「そうです。」


 でも、こいつ等の口調からして巣作りって出来て当たり前っぽいんだよなぁ。ここで舐められたくはない。相手からしても思わぬ反応だったみたいだし……こうしよう。


「なぁ、俺も異文化を考慮せず勘違いしたのは悪かった。だが、俺みたいな竜人種はこの狭い土地を家と思える価値観なんぞ持ち合わせていないんだ。だからと言ってもっと広い場所に案内しろとは言わない。俺は見ての通り小さいからな。だから、この狭い土地での巣作りの仕方を教えてくれ。」

「そう。つまり、竜人種の巣作りはもっと広さが必要なのね? 是非見てみたい所だけれど、仕方ないわね。それならウチが教えてあげるわ。」

「お前が?」

「不満? 卵の世話もウチがするのだし、都合がいいと思うのだけれど。」

「えっ……。」

「うむ。ムステタが温める必要は無いのだが、つがいがいないのでな。丁度いいであろう。」


 初対面の人に卵を温めて貰う……うーん……ベビーシッターみたいなもんか。……そうなのか? まぁ、孵化すればなんでもいいか。


「でも、ウチはウチの家があるの。だから、夜は卵を預からせて貰うわね。と言ってもウチがずっと温める気は無いわ。やり方は考える。」

「わ、わかった。」

「であれば、私は一先ず去ろう。以降はムステタを通して依頼をする。」

「あいよ。」

「じゃ、やりましょうか。」

「何を? あ、卵か。」

「いえ? 巣を作るのよ。」

「今から?」

「魔法があれば一瞬よ。」


 そう言えばタムタムでは建物が倒壊しても余り嘆く人を見なかった。てっきり怪我人の心配とか驚きとかそういうので何も言わないと思ってたんだが……もしかしてこの世界で家を作るってのはそこまで大変な事じゃないのか? もう昼過ぎだ。さっきムステタが自分の家で寝るみたいな事言ってたけど、まさかこれからの数時間で完成させる気かよ!


 知識がなさ過ぎて壁と床と天井を作るってくらいしか浮かばねえぞ?

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