第198頁目 これがサギって奴ですか?

 沢山の視線を感じる。それでも此方に近付いてくる人はいない。空を行く何匹もの嘴獣人種しじゅうじんしゅ。大小様々な鳥達が無数に穴の開いた大地岩柱の周りを旋回、または出入りしていた。タムタムとは違った賑やかさだ。やはり住民が動物だと繁栄具合がわかり易いよな。……今思えばテラ・トゥエルナで何度もすれ違った森や林は植人種の集落だったのかもしれない。それでも、動かないなら寂しいと感じちまうけどな。


「何処からも入れるみたいだけど、あそこが正面口に見える。」


 ノックスが言っているのは下の方にある床のり出した大きな穴の事だろう。確かに出入りが激しい。目立つとこから入って大丈夫なのかな? コソコソと入った方が誤解されるか。よし、降りよう。


 しかし、岩柱に開いた穴からチラつく光が気になる。今はまだ昼の時間帯。だってのにあの煌めきはなんだ?


「よっと。」


 まずは突き出た床に着地する。木製にも感じるが少しだけ不自然な柔らかさがあるな。一体何で出来ているんだ?


「特徴的な街を作るのですね。」

「木や岩を積み立てるより削る方を選んだんだろうね。一応補強はしてるみたいだけど。」


 穴の奥に見える街を見てコメントする二人。 


「何してるんだい?」


 足元を踏み確かめる俺が気になったのかノックスが尋ねる。


「いや、これ、何で出来てんのかなって。」

「アレをご覧よ。」

「アレ?」


 ノックスが示す先は少し離れた岩柱の側面。そこにはここと同じ様に突き出した床があった。だが、それはここよりも上にあり、裏面がよく見える。くるんと下へ丸まった縁の内側には蛇腹状の筋が見えた。


 …………え。


「まさかこれって……。」

「茸だよ。」

「嘘だろ!?」

「茸ですか? この下の、コレの事ですよね?」

「そうだよ。」

「本当だ。まるでコルクみたいな感触ですね。なんという茸なんですか?」

「凄く大きい茸だよ。」

「えぇ、ですからその名前はなんと言うのでしょう?」

「”スゴクオオキイキノコ”っていう名前なんだよ。」

「冗談でしょう?」

「ボクも初めて聞いた時はそう思ったよ。でも文献で読んだ情報とラボにあったサンプルと同じ物に見える事から、多分間違いない。」

「ぶはっ! マジかよ! 誰が名前付けたんだ!?」

「誰が、と言うかこれほど大きい茸が他に無いからだろう。誰もが凄く大きい茸と呼ぶ内にそういう名前になったんだろうね。」

「そうとも言われておるな。」

「うおっ!?」


 俺達の会話に突然割り込んで来たのは知らない嘴獣人種だった。低い声と、黒い羽毛で身体全身を包んだその姿は威圧感が凄まじい。頭頂部には硬そうなトサカが尖っており、眼光は鋭く光っている。


「失礼、何方ですか?」

「妖精族か。まさかとは思うが、そなたの友人か?」


 マレフィムを侮る様な言い回しで俺に問う。答えは勿論。


「そうだけど、問題でもあるか?」

「いいや。不思議に思っただけだ。そちは……夜鳴族。なるほど。」

「自己紹介もせず品定めをするのがこの国の流儀なのかな?」


 わかりやすく嫌味をぶつけるノックス。しかし、そいつは眉一つ動かさない。


「……我はホード・マクギーム・モッズ。そなた等に話が聞きたい。」

「あー、俺は”そなた”から話を聞きたくない。他を当たってくれ。」

「……。」


 俺もノックスに合わせて棘を隠さずに返した。だが、やはり目立つ反応は――。


「ほっほっほっ!」


 突然の笑いに面を喰らう。


「竜人種のその不遜さは何処から湧いて来るのやら。」

「気に障ったか?」

「何、可愛らしいものよ。そなたはまだ、若き竜と見た。しかし、竜人種である事には変わりない。何が望みでここに参った。」

「……望み? え? お偉いさん?」

「偉いがどういう意味を指すのかはわからぬが、力ならある。」

「はぁ?」

「待つんだソーゴ君。ハッタリじゃない。囲まれてる。」


 ノックスの忠告を聞いて辺りを見回せば街を隠すように穴の中から光る無数の眼光、周りの岩柱の壁面には何人もの嘴獣人種が留まっているのが今更確認出来た。何故こんな変化に気付かなかったんだろう。ノックスが瞬間移動を使えると言っても、これじゃあ流石に多勢に無勢だ。もしこれだけの人数が魔法を使って来たならどうにもならないだろうしな。


「……夜鳴族と竜人種に喧嘩を売る事がどういう事かわかってるのかな?」

「喧嘩を売ったつもりはない。だが、そなた等が仮に危害を加えられるのであれば被害は最小に留めたいだろう?」

「さっきも似た様な目にあったんだよね。ボク等。」

「聞いておる。卵の保護をしたそうであるな。」

「そう! そうだよ! 知ってんならなんでこんな脅してくる必要があんだ! 信じてないってのか?」

「まさか、竜人種がそう嘘を吐くとは思っておらん。言ったであろう。話がしたいと。」

「あ、あぁ、そうか。なるほど? んで用件は?」

「協力だ。」

「何?」

「アエストステル独立の協力をして欲しい。」


 アエストステルって……此処だよな? 独立? 


「もしかして、脅したら協力すると思ってる?」


 ノックスが続けた。


「脅している気はない。交渉の席に着く事を望んでおる。」

「あぁ。そういう事。」


 納得出来たのか? 話をする為に銃口を突き付ける様な事をしてんだぞ、コイツ。不信感しかねえ。


「して、そなた等の希望は何だ? 卵だけでは無いのであろう?」

「……それを言って、アンタの要望と釣り合うか決めんの?」


 そもそも俺ってそんなに強くないけど。なんて軽口を叩けそうな雰囲気ではない。もし俺が弱いと知られたら交渉力は一気に下る。


「わかってるだろうけど彼、そんなに強くないよ。ボクが目当て?」


 えっ、嘘だろ? それを今言う? ってか”わかってるだろうけど”だって? もう見極められてるって事かよ。


「いや、不変種に力を借りたなんて風評が流れても困るよね……。」

「大義名分と言った所でしょうか。」

「あぁ、なるほど。竜人種が君達を肯定したという事実が欲しい訳だ。」

「察しが良くてありがたい。」


 マレフィムとノックスで殆ど意図を理解してしまったらしい。いや、俺がよくわかってないんだけど……。


「竜人種はこの件にノータッチって訳だね。」

「最悪竜人種の反発を招く可能性もあるのでは?」

「しかも利用したと知られたらねぇ。間違いなく怒るんじゃないかな。」

「それは此方で上手くやるつもりだ。」

「どうやって?」

「それはそなた等には関係の無い事。して、望みは?」


 ……元々色々巡って話を聞く予定だったんだ。隠した所で意味は無いだろう。


「白銀竜を探してる。それについて何か知っているなら教えて欲しい。」

「バルフィー古戦場の方へ向かったのは知っているのです。」

「ほう。マーテルムの者共にも知られていなかったはずだが……。」

「なんか知ってるのか!?」

「あぁ、何なら何処へ向かったかも聞いている。」

「な、なら! それを教えてくれ!」

「それはそなた等が協力してくれたらであるな。」


 やはりそうくるか。


 俺は本当に弱いぞ? と、言ってしまいたい。今交渉しようとしてくれているのはまだ俺の実力のショボさを知らないからかもしれない。


「や、やる! やるから教えてくれ。」

「竜人種がやると言ったのだ。間違いはないのだろう。我とて嘘とは思っておらん。だが、これはシンプルな取引である。もし、私が満足したらその時に報酬をやろう。」

「ばっ……! はぁ!? そんな馬鹿な話があるかよ! だったら俺だって話してくれるまで協力なんてするもんか!」

「で、あるならそこまでの話というだけだ。」

「なんだ? 来るか?」

「そうしてもいいだろう。だが、何もしない。今たわむれに同胞の多くを失うのは阿呆のする事であろう。そなた等は指針を失った。それだけだ。」

「別にお前じゃなくても他の奴が見てたかもしれないだろ。」

「それはない。奇しき縁であるが、我等が隠し、我等が送ったのだからな。」

「何だって?」

「故に我と同胞の一部しかその行方は知らぬ。」

「……。」


 詰みじゃねえか。当てもなく旅をするのは勘弁だぞ?


「何、我が満足するまでと言ったが、竜人種と敵対しては本末転倒である。可能な限り最低限の助力だけ願うつもりでいた。もし、協力してくれるのであればその卵についても出来る限りの事をする。それでも断りたいと言うのであれば――。」

「やりたい。」

「そ、ソーゴさん? いいのですか?」

「ボクは何でもいい。あー、でもちょっとやりたい事はあるね。だからどちらかと言えば此処への滞在は賛成。」

「いや、”やりたい”だ。やるとは言ってない。」

「その心を述べよ。」

「俺の機嫌を取れ。」

「ふむ……?」

「俺の仲間の誰を傷付けても許さない。それでもいいなら……やらせて欲しい。」

「それってボクも入ってる?」

「うるせえ。そうだよ。」

「……ほう。いいだろう。だが、もしそれが守れなければ?」

「暴れる。」

「何?」

「暴れる。」


 子供の駄々と思われるだろうか。脳みそを幾ら練っても状況が飲み込めてない今じゃ下手な事を言っても看破されるか揚げ足を取られるだけだ。つまり、どうとでも取れる一言で済ますのが得策に思えた。


「あ、暴れるってソーゴさん……。」

「あっはっはっはっ! 聞いた? 竜人種が『暴れる!』だって! うくく……!」

「……。」

「我等は対等である、という解釈で宜しいか。」

「だな。お前も気に入らなかったら暴れりゃいい。」

「ふ……暴れる、か。いいだろう。互いに機嫌を取り合おうではないか。」

「だが、具体的に俺は何をすればいい?」


 独立だっけか? 余り聞かない単語だ。授業で聞くとか……その程度の。だから俺は自分がどれだけ軽率にこの判断を下したかすぐ後悔する事となる。ホードと名乗る嘴獣人種はゆっくりと瞬きをしてその視線で俺を貫いた。



「――戦争だよ。」



 独立の裏に張り付いていたらしい戦争という言葉。それと結びつくのは否が応でも”人殺し”だ。俺は今、それに協力すると言ってしまった。だが、今ならまだ断れるんじゃないだろうか。しかし、断ったとしたら俺は嘘を吐いた事となる。その信用を失えば俺はもうコイツと、いや下手したらコイツの下にいると思われる多くの嘴獣人種とのコネを潰してしまうのだ。それに卵の件もあるし、母さんの事も……。


 だとしても命を奪う? 人を殺す?


 ……言え。言うんだ。


 今の話は無かった事にしろ。


 俺に人殺しなんて出来ない。したくない!

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