第197頁目 嘘の嘘の嘘の嘘の嘘は本当?

「どうだい?」

「ねえよ。」

「あっちの方はどうでしょう?」

「ねえ。」

「人に聞きなよ。」

「さっき聞こうとしたら襲われたじゃねえか。」


 卵を拾ってから思うがままに進む。今のメンバーで最も視力が優れているのは多分俺だ。そして、顔の形状的に最も視界が広いのも俺。だから景色をよく観察しながら進んでいるのだが、街は見当たらない。先程はミィの提案で道行く人に聞こうと鳥の集団に近付いたらただの獰猛なベス達の群れで執拗に追い回されるという酷い目にあった。おかげで短時間の内に飛行能力が格段に上がった気がする。気の所為だろうけど……。


「卵、冷えて無いよな?」

「ボクが風で温めてるよ。」

「そんな事出来るのか?」

「……流石にボクを馬鹿にし過ぎだと思うよ。」

「夜鳴族ですからね。その程度は容易に出来るでしょう。」


 夜鳴族の凄さってのがどうもわからん。竜人種の凄さすらあんまり理解出来てない俺にはどうもな。


「ん? あの辺りに何かが集まってる。」

「何か見つけたのかい?」

「あぁ。」

「もっかいチャレンジだね。」

「頼むからベス以外であってくれ……。」

「それって人でしょ。」

「だからそう言ってんだよ!」


 遠くの大地に集まる鳥達。他にも鳥や虫は何度もすれ違ったが、あれ程カラフルな群れは見ていない。真ん中にポッカリと空間を開けてドーナツ状に群れを成している。何をしているんだろう。


「あれかな?」

「あぁ、なんかすげぇ集まってるだろ?」

「間違いなくベスでは無いだろうね。」

「だよな。……ん?」


 一つの集まりに気を取られていたが、近くには幾つも同じ様に輪が作られている。なんとも異様な光景だ。何の意味がある?


「おっと。」


 ノックスがそう小さく呟いた。切り替わる景色。翼に加わる抵抗感のブレ。そして、空へ降る流星群鳥達


 俺は何故かノックスに瞬間移動させられていた。


「うおっ!? は!?」

「襲撃だよ。ベスじゃない。恐らく嘴獣人種達だ。」

「嘴獣人種? なんで!?」

「此処は戦争中なんだ。竜人種と夜鳴族が警戒されないというのもおかしな話だろう。」

「戦争中って……聞いてねえぞ!」

「その、説明し忘れていたかもしれません。」

「んな大事な事はちゃんと言え!」


 こればっかりは俺の方が正しいはずだ。そうこう文句を言ってる間にも鳥達は旋回して俺の真上に向かって上昇していく。さっきは俺を下から突き上げて来ようとした訳だな? それから上に行ったんだ。次に来るのは急降下だろう。


「ソーゴ君! 君も上がるんだよ!」

「大丈夫だ! 見えてる!」


 急降下なんて見えてりゃ……何? 落ちてきたのは鳥でも影でも無く、”岩”だった。最初からこれが目的だった訳だ。ノックスが上がれって言ったのはこれが理由か。無数の岩を避けるには降下しながら横に避けるのが一番だ。俺に当たるまでのラグがある以上、上にいる奴等は俺の動きをある程度予測しながら動かないといけない。だが、限界がある。それに、俺にはノックスの瞬間移動だってあるからな!


「もしもの時は頼んだぞ! ノックス!」

「それはいいけど、そんな時は来ない方がいい。だから頼むのは今の方がいいだろう?」

「今って……。」


 俺がそう口にした時には既に背からノックスの重みは消えていた。ってアイツ卵持ったまま……!


「君達! ボク等に交戦する気はない! でも、それも関係無く此方に危害を加えるというならこの命はそこまでだ!」


 遠く上方から聞こえるノックスの声。そして、ノックスが抱きついて爪先を当てているのは嘴獣人種の一人? 一番簡単で荒いやり方を選んだな。それが一番手っ取り早いけど、完全な敵対行為じゃねえか。


「お、お前等が敵じゃないと証明しろ!」

「まぁ、気持ちはわかる。竜人種と夜鳴族が敵だとしたらそれなりの戦力を用意しないといけないからね。でも、だからといって不用意に刺激するのは愚策だ。」

「答えになっていない!」

「あぁ、そうだったね。……なら、これが証明になるかわからないけど、ボク達の目的を言おう。コレだ。」

「卵?」

「そう。影鳥族が襲われている所に遭遇してね。孵化寸前のこの卵を保護したんだ。で、親になってくれる人を探してるんだよ。」

「……何だって?」

「理解できなかったかい?」

「いや、違う。だが……。」

「思っていたのと違った、という所かな。」

「あぁ、そうだ。」

「いやね。ボクは折角のご馳走だから食べようと思ったんだけど、彼が保護したいと煩くてね。」


 ノックスを取り囲む嘴獣人種達に近付く俺はノックスがとんでもなく正直に話しているのを聞いて焦る。早く訂正しなければ。


「おい、ノックス巫山戯んな! 違うんだ! 本当に卵を孵化させたくて!」


 不器用に速度を緩めながら嘴獣人種達に近付く。すると嘴獣人種が俺を避けて空間を開けた。


 鳥とはその場に留まって飛ぶ事をそこまで得意としない。基本的には羽ばたかず滑空して飛ぶのだとドラゴンになって学んだ。故に留まって飛ぶというのは相応の羽ばたきが必要であり、そんな事をしている集団に囲まれれば……滅茶苦茶煩い。


「一旦降りて話そう。」


 すぐにそう提案したのはノックスが捕まえた嘴獣人種だった。


 それを呑んで着地する俺達と嘴獣人種達。そして、また最初に口を開いたのは嘴獣人種の方だった。


「それで、お前達の目的がその卵の孵化だという事だったが……。」

「あ、あぁ! そうなんだよ! ノックス……コイツが”食べたい”だなんて笑えない冗談を言ってたと思うんだが、孵化させたいってのと新しい親を探したいんだ。ホントに!」

「いや、ボクが言ったのは冗談じゃなくて――。」

「うるせえ黙れ! 頼む! 嘘じゃないんだ。信じてくれ!」

「あ、あぁ。元より竜人種が嘘を吐くとは思っていないが……その者の語る事が嘘だと言うならばその考えも改めなければならない。」


 やっべえ! 墓穴掘った! 心象が悪いかなと思ってフォローしたのに嘘を吐く竜人種だと思われかけている!


「待て! コイツが卵を食べたがっているのは本当だ! でも、俺が卵を保護しようとしているのが”伝えたい本当”で、そうするのも本当って事だ! 何一つ嘘は言っていない! まさか、俺に向かって嘘を吐いたとでも言いたいのか!?」


 苦し紛れの問いだったが、筋は通っている。


「その様な事は……。」

「とにかく、親を探したいんだよ! なぁ、こういう子供の面倒を見てくれる親はいないのか?」

「むぅ……どうやら貴方が心優しき竜人種である事は間違いないようだ。」

「だから、そう言ってるだろ!」

「しかし、連れている者が不変種では疑っても仕方ない。」

「それで殺されても文句を言わないならその通りだと思うけどね。」

「お前は喋るな。ややこしくなる。」


 挑発的な言動を止めないノックスをたしなめるが……戦時中なんだっけか? 後で詳しく話を聞かないとな。


「だから、あの集まりに近付いていいか? 親を探すだけなんだが。」

「む? あれはもうそろそろ人が去っていく頃だ。素直に街へ行った方がいいだろう。」

「案内してくれるのか!?」

「案内はしない。付いていく事も無い。行きたいのであれば街へ帰る者を追え。」

「んだよ冷てえな。」

「私達には仕事があるのだ。」

「はいよ。取り敢えず見逃してくれるって事な。じゃあ行くぞ、ノックス。」

「あぁ。」


 攻撃までしておいて謝罪も無しだなんてよ。キュヴィティといい、シィズといい、嘴獣人種にマトモな奴は少ないのか?


 はぁ……パパドは良い奴だったなぁ……。


 なんとなく嫌な気分だ。だが、街に行く方法は教わったので助言通りに飛んでいく。


「ふう……災難でしたね。」


 鞄から顔を出すマレフィム。


「なんで隠れてたんだ? お前も何かフォローしてくれると助かったのによ。」

「目に入る不変種は少ないほどいいと思ったので。」

「懸命だと思うよ。」

「ちぇー……不変種がなんだってんだよ。あれ? 本当に人が少なくなってんな。」


 先程まで沢山の人で溢れていたはずなんだが……皆何かを置いて帰っていく。


「何故壺が?」


 マレフィムの言う通り、人が去った後に置いてあるのは大量の壺だった。俺は不思議に思いながらも壺のある場所に降りる。壺は空っぽだ。そして、支える様に石を置き固定してある。転がらない様にか? やはり目的がわからない。とにかく、まばらに残った人達に話し掛けてみる。


「すんませーん! この壺って何やってるんですか?」

「よそモンかい? この壺は……って竜人種!?」

「はいはい竜人種です。で、この壺は何の為にこんな風に置いてるんですか?」

「え、あぁ、えーとな、これは――。」


 その嘴獣人種が説明を言い終えるまでもなく、大地が唸る。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。』


 体全体が揺れ、一斉に壺がカタカタと音を立て始めた。


「な、何だ!?」

「き、今日は早いな!? アンタも逃げな! 巻き込まれたら火傷じゃ済まないよ!」


 そう叫び飛んでいく嘴獣人種。何が起こるってんだ!? 俺も飛ばなきゃ不味いよな?


「飛ぶんだ! ソーゴ君!」

「わかって……あっ!」


 俺の翼が当たり壺が倒れてしまった。俺はそれをあたふたと急いで直す。


「そんな事やらなくていい!」

「そうだけどよ!」


 ノックスに急かされるが、危機のデカさがわからないとつい良心が……!


『ブシュッ! ブシュウ!』


「見て下さい!」


 マレフィムが叫ぶ。不思議な音を立てて壺が並ぶ円の中心から白煙が上り始めた。


「ま、まるで噴火の前兆ですよ!」


 は? 噴火すんのか? まさかこの壺って儀式的な奴? お供え物的な奴なのか? 噴火は流石にヤバいって!


「逃げましょう!」

「飛ぶ!」

「急ぐんだ!」

「鞄はぶつけないでよね。」


 ミィだけは冷静だが、俺はかなり焦っていた。ある程度の火は平気だけど、マグマまでは耐えられないだろう。少なくとも服もマレフィムも皆燃え尽きるのは確かだ。


「うおおお!」


 精一杯風を集めて飛んだ。直後――。


『ブシュウウウウウウ!!』


 一瞬の温かい空気の波が来たかと思えば冷やりとした水気が……水気? 


「なるほど、間歇泉かんけつせんだね。」

「間歇泉! って何だ?」

「地熱で温められた地下水が蒸気となって吹き出す現象です。」

「じ、じゃあ噴火じゃねえのか?」

「その様ですね。しかし、似たような物です。」

「ならあの壺は?」

「アレはきっと間歇泉の水分を採取したいんだと思う。大した量にはならないはずだけど、何か変わった効能でもあるのかもね。」


 打って変わって和やかな雰囲気を醸し始める二人。


 いやいや、かなり焦ったんだが……?


『ブシュウウウウウウゥゥゥゥ!!』

『ブジュッ! ブシャアァァ!!』

『ブフォォォォォォ!』


 最初の一発を皮切りに次々と他の場所からも吹き出す蒸気。なんて国だよ。もうテラ・トゥエルナが懐かしく感じる。


「嘴獣人種達が向かう場所は幾つかに分かれているみたいだね。どれかを追おう。」

「おう。」


 特に理由は無いけど、奥に見えるさっき”逃げろ”と忠告してくれた人を追った。翼は飛ぶのに使うだろうに、どうやって壺を持ってきたんだろう。……あ、脚か。そういえばさっき襲ってきた嘴獣人種達も俺を下から突き上げる時脚を前に突き出していた。流石にアニメみたいな感じで嘴を刺すように突撃、なんて事しないか。


 あれ、首やっちゃいそうだもんな。

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