第196頁目 醤油派?塩派?
「
「うん。」
俺の質問を表情の変化も無く肯定したノックス。だが、それよりもだ。
「待てよ。族って事は人って事か?」
「まぁ、可能性はあるよね。」
「ッ!」
俺は思いのままに急降下していた。この時は自分でも気付いていなかったと思う。何が人で何がベスかって判断基準がどうしようもなくブレていたと。
「どうしたって言うんだ。」
「助けるんですよ!」
マレフィムが俺の気持ちを代弁する。
「助ける? もう死んでいるだろうからその言葉は不適切だ。」
「「まだもう一人い
マレフィムと俺が同じ言葉で返す。先程見殺しにしてしまった人に加えて、もう一人がアヌヌグに群がられていた。俺はアヌヌグの群れの上にアニマを伸ばして大量の水を顕現し落とす。ダメージを与えるのが目的ではなく、こちらに気付かせる為だ。
「っしゃ!」
「やりましたね!」
アヌヌグ達は驚いたのか想定通り黒いアヌヌグから離れる。影鳥族は相手を模す魔法が得意なんだろうか。何にせよ、一人は救えたと思う。しかし、離れたアヌヌグ達が今度はこちらに向かってきた。
「君を見て襲って来るんだからやはりベスというのは知能が低いね。」
「お前も手伝え!」
「なら少しアニマを退けてくれよ。」
「わかったよ!」
俺は水を出す為に顕現したアニマを瞬時に
「それでいい。」
そう一言置くとノックスは手に握っていたマレフィムを残して消えていた。
「うわあっ!」
俺の風魔法で吹き飛ばされるマレフィム。しかし、すぐに自身の風魔法で態勢を立て直し戻った。それまでの間だ。こちらに向かって来ていた数匹のアヌヌグは一瞬で首を落とされていた。そして、再び背に掛かる重み。
「はぁ。これでいいかな?」
「あ、あぁ。」
「急に離さないで下さい!」
「それは君の友人に言ってくれよ。それより、君が助けた影鳥族だけど……。」
ノックスの言葉で辺りを見回す。見当たら……いた!
「何やってんだ彼奴! もう逃げる力も無いのか!?」
助けたはずの黒いアヌヌグは崖壁に張り付き、残ったアヌヌグ達にまた群がられていた。壁に張り付いているという事はアヌヌグ達には背を向けているという事であり、全く抵抗が出来ないのである。なのに、動こうともしない。
「クソッ!」
俺は黒いアヌヌグの横辺りに向かって高威力の水を放射する。そこそこの大きな音を立てながら穿たれる土壁。だが、驚いて離れたのは一、二匹程度だった。俺は焦って助けを求める。
「ノックス!」
聞こえてはいただろう。しかし、俺の叫びに合わせるが如くに黒いアヌヌグは動いた。跳ねたのだ。羽ばたきもせず。摂理に従い重力は役割を果たす。落ちる身体。獲物を逃さまいと追うアヌヌグ。見ているしかなかった俺。
「あぁ……。」
マレフィムが一つの音で心情を表す。無力感、虚無感、切なさ、恐らく俺と似たような事を感じているのだろう。
「やれる事はやった。突然の事にしてはね。」
ノックスが慰めらしき事を言うが……。
「お前は気付いてたんじゃないのかよ?」
「まぁね。でも、手伝うとは言ってない。そもそも助けたとしてどうする? またアヌヌグがここに来ない保証でもあるのかい?」
……尤もな事言うんじゃねえよ。
「最初にボクがアヌヌグを殺したのはこちらに向かってきたからだよ。」
「二人共ちょっとおかしいよ。今回はノックスが正しい。」
「ミィさん……。」
「精霊様はわかってくれてるみたいだ。」
「そう……なんですかね。」
少し前なら俺もミィ側に立ってマレフィムを説得していたかもしれない。だけど今、俺は様々な人に触れ合ってしまっていた。もう自分で自分の境界線がわからない。
「さっきの二人は
「……何? なんで分かるんだ?」
「見なよ。」
ノックスが指差した先は、先程影鳥族が張り付いていた場所だった。底には小さな亀裂がある。そして、そこからはみ出た枯れ枝。もしかして……。
「巣か?」
「だろうね、わっ。彼が突然動くのはいいのかい?」
「彼が突然動かなかった時の方が稀です。」
「なるほど。では、此方が慣れなくてはいけないのか。」
そんな会話を無視してぎこちない飛行で亀裂に近付く。しかし、飛ぶというのはそれなりの速度が伴う行為だ。このまま直線で向かっては巣を破壊してしまう危惧があった。だから、巣の斜め上を狙って突撃する。それがどれだけ怖い事だと思う? 俺の首は長いからな。姿勢を変えなきゃ頭を壁に叩きつける羽目になる。
俺は恐怖を飲み込んで尻尾を前方に上げ、壁を翼で叩くような角度で強く羽ばたく。慣性の法則が存在する以上、俺の速度を殺すにはそれだけの抵抗が必要なのだ。だから、翼の内側に向け魔法で風を吹かせた。だが……。
「やり過ぎたっ!」
間抜けな言い訳だが、大失態だ。減速しきるタイミングが早すぎて足が壁面に届かなかったのだ。
「何をっ……。」
ノックスの抗議を受けるまでもなく不味い状況だというのはわかる。だが、フォローをしたのはマレフィムだった。俺を壁に押さえつけられる様に後ろから吹く強風。それによって俺の爪はなんとか壁に届いたのである。
『ズザァーッ!』
土煙を鱗に感じながら落下の勢いをなんとか殺し切る。巣の斜め上にへばり付くはずが、気付けば斜め下だ。巣の真上に行かなくてよかったと心から思う。
「ふぅー……。」
「大丈夫とはわかっていても予想外の事には驚くね。」
「私は心の臓を吐き出すかと思いましたよ……。」
「悪い悪い。俺も驚いた。」
「それはいいけども、何をする気なのかな?」
「なんとなく気になったんだよ。」
そう口では言ったものの、親のいなくなった巣に”もし”取り残された存在を確認出来たなら……。
俺は……。
「卵だね。流石にボクでも殻模様までは知らないけど、状況から察するに間違いなく影鳥族の卵だろう。」
覗き込んだ先には願った現実とは違う事実が在った。割れた卵が一つと、無傷の卵が一つ。
「影鳥族は卵を四、五個は生むはず。それが一つだけというのは他の卵を奪われていた証拠だ。」
「ノックス、ちょっと静かにして。」
ノックスを制したのはミィだ。恐らく俺がどういった行動を取るのか察したからだろう。
「駄目だよ、クロロ。これが自然、これが世界なの。」
「……。」
「私だって今は手伝える身体じゃない。」
「俺はこれを見て見ぬ振りなんて出来ない。」
「……失礼。もしかして、ソーゴ君はこの卵を保護したいと考えてる?」
「あぁ。」
「ノックス、現実を教えてあげて。赤子の保護が思いつきでどうにかなる物じゃな――。」
「大賛成だよ! 素晴らしい考えだ!」
「ノックス!?」
思いもしない反応だった。俺は目を丸くして卵を見る。そして、非難するミィ。
「何言ってんの!」
「い、いいのか?」
「あぁ! 見てみなよ。割れた卵を。」
ノックスに言われた通り卵を見る。アヌヌグがあの顎を差し込んで噛み付いたのか、脚を差し込んだのか。粉々になった殻と磨り潰された雛鳥らしき無惨な死体。ん……?
「身体が出来上がっている……って事はもうそろそろ?」
「その通りさ。多種族の卵を
「だからって孵ってからの世話はどうするの!」
「どうもしないさ。上手くいけば死なない。下手すれば死ぬ。そして、ボクは胎児蒸しが好きだ。雛鳥の肉も好きだね。どう転んでも益しかない。」
「は? 待て。何だって? 胎児蒸しってなんだよ。」
「……孵化寸前の卵を蒸した料理ですよ。」
げんなりした声で説明するマレフィム。こいつ、卵の保護に賛成してるのはどうなっても利用できるからって事か?
「ある程度は守るさ。死体を自由にさせてくれる権利をくれるならね。」
「信じらんない! それでクロロが傷ついたら此処から出た時覚えといてよね!」
俺だって人間時代、犬猫が殺処分されるニュースを嫌になる程聞いた。一度拾ったら責任が生じる。俺はそれを背負う余裕があるのか。今なら生まれていない状態だ。寧ろ数分後生まれる事を想定して殺すという手もある。”殺す”。つまり、命を奪うのだ。例えそれが話せるかわからないベスの可能性があったとしても、何故か抵抗があった。今迄狩ったベスが子を孕んでいた事だってあったのに、今更何故? ”人”である可能性があるからか?
……どうする?
そう頭に浮かべた時、俺は目が合ってしまった。既に頭部の半分がペースト状にされてしまっている胎児と。何かの衝撃で偶然
やはり捨てて行くなんて出来ない。
「ミィ、悪い。」
「駄目だってば!」
「本当は嫌だけど、ノックス、持っててくれ。」
「いいだろう。」
「落とすなよ?」
「わかってるよ。」
卵は結構な大きさだ。
『ガッ。』
硬い物が当たる音。ノックスの篭手を嵌めた様な手は軽々と大きな卵を持ち上げた。
「お、おい。割るなよ?」
「卵というのはそれ程
「でも好物なんだろ?」
「それはそうだけど、まずは信用を手に入れないと。」
「……信じるからな。」
「ははっ、早速手に入ったみたいだ。」
「疑ってんだよ! いいから乗れ!」
「はいはい。」
ノックスはやれやれとで言いたげに卵を片腕で抱え込むとゆっくり俺の背に乗り直す。うおぉ……結構重いな。飛べるだろうか。ここで俺が落ちたら卵も割れてしまう。
「ねぇ、クロロ。」
「なんだよ。」
「持ってくのはもういいけど、割れる場合の事も覚悟してね。」
「努力する。」
「努力って……。」
「私はお手伝いしますよ。」
「ありがとな。」
「私だって自由に動けたら手伝うんだから! マレフィムなんかより役に立つし!」
「変な張り合いをしないで下さい。」
「それより飛ぶぞ。マレフィム、お前も危険だから少しの間俺の鞄に入っててくれ。」
「わかりました。潰さないで下さいね?」
「あぁ、勿論だ。」
冗談の様に言うがうっかりでマレフィムを殺す事だってありえるのだ。俺はマレフィムがモゾモゾと鞄に入ったのを確認し、息を軽く吸う。
「飛ぶぞ。準備はいいな?」
「はい。」
「いいよ。」
それを聞いて俺は壁面を蹴る。そしてやってくる浮遊感。鱗が総毛立つ様な嫌な感覚だ。前世じゃ遊園地の落下系アトラクション好きだったんだけどなぁ……。
「フウッ!」
魔法で集めた空気を翼膜で強く叩く。それからは何度も翼を動かしながら流れる空気を必死で掴む。先程よりも背中が重いがまだ身体の中心に近い場所に重心がある為、ギリギリ制御出来ている感じだ。だから、今アヌヌグに襲われたら一溜まりもないだろう。
「まずは街を探すのかな?」
ノックスがそう訪ねてくる。
「あぁ! どっか知ってるのか?」
「正確には知らないけど、嘴獣人種は岩柱の側面に穴を開けて一つの街にすると聞いた事がある。」
「まるでさっきの影鳥族みたいだな。」
「影鳥族は普段下層に巣を作ると聞いたんだけどね。」
「そうなのか? なら、そいつ等を見つけて卵を引き取って貰うのも――。」
「群れない種族だから難しいだろうね。何故血も繋がっていない相手の面倒見なきゃいけないんだって言われるだけだと思うよ。」
「でも、同族だぞ?」
「竜人種は個々を重んじて同族でも構わず全を滅する場合だってあるだろう。
「……そうか。」
「社会で子供を育てる種族なら可能性はあったかも知れないけどね。下手に冒険して卵を割るよりは街を探した方が得策かな。」
「夜鳴族様が守ってるから割れないんだろ? ……っつか岩柱ってどんだけあると思ってんだよ!!」
俺の率直な感想が谷に吸い込まれ消えていく。
大地が
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