戦場に降りる翼の帳
第195頁目 キャニオンクルーズ?
「そう、ここがアエストステル。今は
「……なんもねえぞ? テラ・トゥエルナも何もねえなって思ってたけど……此処こそ何もねえ……。」
「丘、というか山はありますね。」
「はは、それは何もねえから山があるって思えるんだよ。」
「アエストステルは渓谷地帯だね。」
ミィがそう説明する。
「ふーん、流石にミィは詳しい……ってそうだ! おい、ノックス! これ、どうやって精霊を出すんだ!?」
俺は二本足で立つと、ミィの入った精霊器とやらを前に突き出して説明を求める。
「わからないね。」
「わからない!? これは知ってたのにか?」
「動かせるのは知ってたよ。でも、それだけかな。精霊器を専門で研究してた訳じゃなかったから。」
「研究ですか? もしかして、ノックスさんは学者様なのです?」
「いや、ボクは国立研究員。まぁ、元だけどね。」
「なんと!」
マレフィムがあからさまに目を輝かせている。国立ってついてるのだから多少は俺でも凄さがわかるが……なんでそんな奴が徘徊してるんだよ?
「ノックスさんは何を研究してらしたのですか?」
「フマナ様に関してだね。だから精霊器なんて
「何言ってんだか……フマナ様とやらがまず眉唾だろ。」
「ソーゴさん!」
「おや、凄い事を言うねえ。なんと言うか……イデ派らしい。」
「俺はフマナ教なんかじゃ――。」
「口を閉じて下さい! ソーゴさん!」
「フマナ教でもない? あぁ、精霊教って事かな? それなら納得出来るけど。」
「……アメリ。こいつが付いて来るってんならどうせいつかはバレる。」
「ですが……。」
「ノックス。フマナ……っつか神なんていねえんだよ。いたとしても、俺がどんなに苦しんでも助けてくれない神ってのはクソみたいな奴だ。」
「…………。」
黙り込むノックス。雰囲気は最悪だ。でも、ルウィアならともかくコイツに遠慮なんかしなくていい。強いっていうなら尚更だろう。もしこれで激怒するってんなら、それまでだ。
「……ふふふふっ。いいね! 君、凄くいいよ!」
予想とは裏腹に不気味ななくらい爽やかな笑みを見せるノックス。
「な、なんだよ急に。」
「最初はね、精霊器の中身とフマナ様の関係性とかに興味があったんだ。でも、まさか無宗教の竜人種に会えるなんて。よく生きてこれたね。生きているのが許されないくらいイレギュラーだよ、君。」
「そりゃどーも。」
「その、ノックスさん。」
「なんだい? えっと、アメリちゃんだっけ。」
「はい……その、フマナ様に関して研究していたならゴーレム族にも興味があったのでは?」
「ゴーレム族は倫理的問題とかであんまりラボじゃ弄らせて貰えなかったけど、あんなのただの変わった種族に過ぎないからね。ボクはもっとこういう――。」
話している途中でノックスが姿を消したかと思えば俺の鼻先で突然現れる。
「うおっ!?」
「神法……君達で言う魔法の研究が一番楽しかった。」
「脅かすなよ!」
「まぁまぁ。それで、君達はなんでアエストステルなんかに?」
「それは……。」
ノックスが悪人である可能性は否定しきれない。だが、俺達は大金を持ってないし、守る物もミィだけ。事情を話した所で不利な事は無いんじゃないかと思えた。神法って言ってる以上、シグ派みたいだからキュヴィティとの関わりも無さそうだしな。だから事情を話そう。
「なるほどね。白銀竜を探してるんだ。」
「あぁ。」
「で、精霊様はそれに協力してると。」
「様付けはやめて。協力、したかったのに今じゃ足を引っ張ってて……。」
「お前はいるだけでもいいんだよ。」
「クロロ……。」
「クロロって家名?」
「あっ……いや、家名っつうかあだ名っつうか……。」
「ふーん。ボクはソーゴの方が呼びやすいからソーゴ君って呼ぶけどね。でも、ソーゴ君って族名は何?」
「族名? 無いぞ。」
「無い? そんな馬鹿な。」
「父方の族名を名乗るならグワイヴェルだね。」
ミィがしれっと答える。父って言っても全く実感は湧かないけどな。敢えて名乗るとしたらそうなるのか。
「グワイヴェル! へぇ! まぁまぁ名門だね!」
「め、名門?」
騎士団の隊長やってたって言ってたから少しは泊が付いてるんだろうか。
「グワイヴェル一族の竜人種には何度かあった事あるよ。でも……。」
「でも、なんだよ。」
「全然見た目が違うね。」
「え、そうか? それは、きっと、アレだな。俺が端っこの方だからだ。」
「端っこ? つまり本家に比べて血が薄いって事かな。それなら君のその異端な考えも等も含めて理解出来る。」
「なんでもいいだろ。早く行こうぜ。まずは街探しだ。」
「なんでもはよくないだろう。待ちなって。」
「歩きながらでも話せるだろ。」
「それもそうだ。」
「馬鹿なの?」
「酷い言われようだな。精霊様はボクが嫌いかい?」
「なんか嫌。」
「……そうなのか。」
辛辣なミィを微笑ましく思いつつ歩みを進める。その向きはタムタムとは逆方向。また山に向かうのか。でも今は飛んでいける。練習もしなきゃだしな。
「飛んで行くのかい?」
「あぁ。あ、お前は……瞬間移動出来るならそれでいいか。」
「それじゃあ話を聞けないじゃないか。」
「仕方ねえだろ。アメリ、付いてこれるな? 離れてろ。」
「はい。」
ノックスの抗議を無視して身体強化をする。俺は経験を積んで何処に風を当てればどの様に身体が動くのかってのを覚えなきゃならない。だから、これからはもっと積極的に飛ばねえと。下手な飛び方をして笑われるのは嫌だしな。
「っと!」
まずは上に高く跳ぶ。そしたら風を集めて……!
「フッ……!」
姿勢制御も
「仕方なくはないよ。」
「は!?」
突然身体に掛かる重み。ノックスが瞬間移動で俺の背中に張り付いてきたのだ。両足を俺の足の付け根の上に置き、しっかりと乗っている。
「うっ……
「知らねえよ! 降りろ!」
「慣れれば大丈夫なはずだから。」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ!」
焦りながらもとにかく風の出力を上げて落下を防ぐ。
「飛ぶのが苦手なんだね。それなら寧ろ良い訓練になるかもよ? ボクがここに乗ってる事で重心を意識出来るかも。」
最後に”知らんけど”とも付きそうなくらいテキトーな理屈で誤魔化そうとするノックス。だが、たかが少年一人乗せた程度で飛べなくなる、と思われるのもムカつく。
「クソッ!」
せめて此奴の身体に棘が当たるように飛んでやる!
「小さい竜人種って揺れるんだなぁ。竜人種の背中に乗るなんて久々だよ。」
「黙って……! なっ!?」
俺は言葉を失う。それはノックスの横暴のせいじゃなく、眼の前に広がる景色の所為だ。
「なんだよアレ!」
「さっき精霊様が言ってただろう。渓谷だよ。」
俺は地面に立っていた視点からアエストステルを見て、てっきり荒れ果てた丘陵地帯か何かだと思っていた。しかし、空を飛び上から見下ろしてみればその異常さがわかる。大地が
突き出した幾つもの小さな荒野がビルの様に
これ……谷の底はどうなってるんだ? 深すぎて何も見えねえ。
鳥の種族の国というのも納得がいく。これでは、空を移動手段に使えないのであれば何処へも行けないだろう。
「の、ノックス。」
「何だい?」
「落ちたら瞬間移動で助けてくれ。」
早速情けない事を口走る。だが、命には代えられない。
「いいよ。」
それを聞いて俺は風を魔法で操り、やり方を色々と試す。
「こ、この動きは意味があるのかな?」
「なくはない!」
「そうか。」
「そう言えばアメリは?」
「彼女なら向こうで留まってるよ。」
ノックスが示した先は俺達が飛び立った位置の上。遥か後方だった。
「彼奴何やってんだ!?」
驚きと同時に疑問に思い、方向を転換してマレフィムに向かう。
「アメリー!」
よく見ればまた手帳を出して何かを書いている。ボールペンなんか無いこの世界じゃインクまで出さなきゃ書けないってのに、よく空中でそんな事……!?
「アメリ! 下! 下ァ!!」
マレフィムは俺の切羽詰まった声を聞いて下を向く。そこに迫る大型の鳥。あの体躯ではマレフィムなんて腹の足しにすらならないだろうに。冷や汗を掻いて身体がほんの少しの浮遊感に包まれる。
「わぷっ!?」
可愛げのある悲鳴を遮られマレフィムはノックスの手の中に収まった。瞬間移動だ。そして、マレフィムのいた空間を喰らい去る巨鳥。再び俺に加わる重み。ノックスがマレフィムを連れて戻ってきた。
「よくやった! ノックス!」
「”よくやった”は無いんじゃないかな?」
「あ、ありがとうよ。」
「ありがとうございます。助かりました。」
「アメリちゃんも駄目だよ。こんな所でぼうっとしてちゃ。唯でさえ空を飛ぶベスが多い場所なんだ。」
「すみません……つい初めて見る景色に興奮してしまって……。」
「まるで子供みたいな事を言うね。」
「わ、私は子供みたいではなく研究者、或いは学者です!」
「へぇ?」
「なんですか!」
「妖精族ってそこまで長生きじゃなかったはずだけど、学者をやるなんて非効率だね。」
「……ッ! 効率非効率を考えずに好きな事をする人がいてはおかしいでしょうか!」
「あぁ、ごめん。そう怒らないでよ。」
珍しくマレフィムが声を荒らげて怒る。背中で険悪なムードを醸すのは止めて欲しいもんだ。だが、人の夢は軽い気持ちで触れちゃいけない。力のある存在は足元が疎かになるんだろう。
「アメリ、一応命は助けて貰ったんだぞ?」
「それには一度感謝しましたし、謝罪も致しました。」
「それもそうだな。」
「悪かったよ。悪気は無かったんだ。」
「発言には気をつけてください。」
「そうするよ。」
俺はギスギスした空気を続けたいと思うほど好きものじゃない。空気をリセットする為にも俺は急降下した。近付くとわかりやすく飛んでいるベスがよく目に映る。虫、鳥、ムササビみたいなのから……なんだっけ? フライフィッシュ? スカイフィッシュ? みたいなのもいる。
「おや?」
そう言ったのはマレフィムだった。俺もマレフィムと同時にソレに気付く。
『ギギィッ! チキチキチキッ!』
あまり気分の良いとは言えない鳴き声が聞こえる。前方下の崖壁でデカいクマバチとも蝿とも取れるフォルムの虫が谷間で争っていた。縄張り争いなんだろうか。
「あれは……。」
「アヌヌグだ。湿地に生息する肉食のベス。」
「なるほど……本当にお詳しいのですね。」
「メモるのは――。」
「後にすればよいのでしょう。わかってますよ。」
少し悔しそうに返すマレフィム。これから一々張り合う気なんだろうか。
「そのアヌヌグってのは同種同士で争うもんなのか?」
「そこまでは知らないね。」
「ってか湿地に住んでるベスって言ってたけど、ここに湿地なんて無いだろ。」
「いや、この渓谷の底は湿地帯だよ。薄暗く湿っていて陽の光が届き難い。上層とは全く異なる生態系が存在するんだけど……だからこそアヌヌグがここまで上がってくる事は珍しい。」
「それも踏まえると尚更同種族で争っているのは不思議ですね。狙われているのは妙に色が黒い二匹だけの様ですが……。」
「アヌヌグは数匹で狩りをする。だから複数いる理由はわかる……あ。」
赤茶色のアヌヌグが黒いアヌヌグの翅に噛み付いた。その口はバッタの様な構造になっていて、挟んだ物を磨り潰すのが得意そうな顎を持っている。
『ギギィッ!!』
悲鳴をあげる黒いアヌヌグ。その隙を見計らって残りのアヌヌグがソイツに群がり始める。黒いアヌヌグは本当に真っ黒で、他の個体みたいに茶色い体毛が生えていない。そんなアヌヌグを見てると、まるで自分が責められている様な気分になる。虫社会でも”黒”は迫害されるのか……。
「ん?」
「見て下さい! 黒いアヌヌグの様子が!」
気付けば黒いアヌヌグはいなくなっていた。しかし、
「……鳥? あれはもしかしたら
ノックスは冷静にそうコメントするのだった。
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