第194頁目 カエルもいつかはドラゴンに?
「ルウィア、無理しないでね。」
「う、うん。」
「大丈夫ですかい? せっかく生きてゴール出来たんでさぁ。表彰式なんて出なくてもいいでしょう?」
「大丈夫、です。疲れは凄いですけど、言いたい事がありますから……。」
「疲れより怪我の方が心配だよ。ねっ、ファイ。」
『チキッ。』
「ふふっ、そこは二人が助けてよ。」
「た、助けるけどっ……!」
「お三人方、さぁ出ますよ!」
歓声が鳴り止まない外。通路を抜ければ人の想いが込められた声が僕達の身体を震わせる。
「生きてやがったかァーッ!」
「凄かったぞー!」
「殺してやるからなぁ!」
「引っ込め不変種!!」
「さっ、上って!」
「は、はい。」
アロゥロに支えられながら天辺へと上る。
「大丈夫か? ヒーロー。」
「……。」
デケダンスさんとカスタさんも手を差し伸べてくれる。
「なんだお前、無口な癖に優しい奴だな。」
「フン……。」
「それじゃあ、始めやしょう。」
「あの、待って下さい。」
「はい? どうしやした?」
「これはその、僕からの寄付と言いますか……。受け取って下さい。」
僕が目配せするとアロゥロがファイの頭に載せていた箱をディニーさんに渡す。
「これは……。」
「拡声器です。知り合いに作って貰いました。」
「はぁ! 声が大きくなるとかいう!」
「そうです。」
「折角寄付して頂けるんでしたら勝負前にくだされば良かったじゃないですか。そうすれば勝利をもっと彩れましたよ。」
「その、勝てなかったら売りに出す気だったので……。」
「ほっほっ! 強かですな! それなら遠慮なく……ディッキー! このメガホンを片付けてくれ!」
「あいよ、親父。」
ささっとディッキーさんがディニーさん自前のメガホンを持って去る。……素早い。
「そんでもってと……どう使えばいいので?」
「箱の横のツマミを回して魔力を込めるんです。」
「魔力を? 何処に?」
「ここです。先っぽの部分に魔力を込めながらそこに向けて話すんです。」
箱から伸びた先端の膨らんでいる尻尾の様な物を手渡す。そして……。
『どれ……うおお!?』
爆音でディニーさんの声が箱から発せられた。それを何事かと思ったのか歓声が少し小さくなる。僕も驚いて思わず耳を塞いでいた。
「音量を調整して下さい! ツマミを回すんです!」
『こう……ですかな。おぉ……えぇ、失礼致しました。』
音量の調整の仕方を覚えたディニーさんは何を思ったか集音部分を少し口元から離す。
「ん゛ん゛!」
ただの咳払いだった。
『ぇー皆様! どうもディニー・グレイルでさぁ! 本日はお越しいただきありがとうございます! お陰様でエカゴット含め全てのレースが無事終了しやした! それでは優勝選手に栄光のトロフィーと賞金を差し上げようと思いまさぁ!!』
会場全体に響く拡声器の声に対抗するみたいに歓声も増す。
『さっそくいきやしょう! まずはエカゴットレースから! 三位! デケダンス・コロコロ選手! お気持ちを!』
まるでいつも使っているかの様な手慣れた動作で集音部分をデケダンスさんの口へ向ける。トマンソンさんに作って貰って良かった。これも僕の一つの賭け。表彰台からの効果を最大限にする為の。
『へへっ……次は二位! カスタ・ネット選手です! お気持ちを!』
あぁ、心地よい疲労感だ。まだ”仕事”は残ってるけど、不思議と失敗する気はしない。でも、なんでだろう。心にポッカリと大きな穴が開いてしまった気がする。
『んで、と……一位! ルウィア・インベル選手です!』
ディニーさんが集音部分を僕に向ける。そして、野次や声援がまた少し増えた気がした。
「引っ込めーッ! 亜竜人種!!」
その言葉はもう聞き飽きている。怯んじゃ駄目だ。友達に……ソーゴさんに笑われてしまう。
『僕は友達に敗けたくありませんでした。』
自分の想いを正直に吐き出す。
『人種ってなんなんでしょうか。優劣を決める指標だと思いますか? 僕は亜竜人種です。でも、このレースで一番になった。それは皆さんが見てくれたと思います。』
本来、たった一言だけ答える場だ。でも、僕は優勝するのが目的じゃないんだ。だから、息を吸ってお腹に力を入れた。
『……僕達は身体だけで生きていない!!』
僕の叫びで観客席からの声が止んだ。口が勝手に動く。
『道具や魔法を使っている! 感情を使っている! 思考を使っている! それを使えば亜竜人種だって他の方々と肩を並べられるんです!』
どよめき少しだけ戻る競技場。それも仕方ないんだと思う。急にレースとは関係の無い事を叫び始めたんだから。でもね。それでも、こうする必要があった。ディニーさんからは余程の事でなければ止めないという許可も貰っている。
『一人一人に得手不得手があると僕は知っています! その得手を! 僕の商会で活かしてみませんか! 亜竜人種でもフマナ語や魔法が下手でも構いません! 既に僕の商会にはゴーレム族である彼がいます!』
僕はアロゥロに頼んで連れてきて貰ったファイさんを腕で示した。ファイさんには事前に話をしてあったから戸惑いもせず前脚を天に掲げアピールしてくれる。
『チキッ! チキッ!』
これで僕の言っている事に少しでも説得力が増したかもしれない。
『そして、彼女が僕のパートナー! 植人種です!』
友人に
『商会の名前は……
それはマーテルムの谷に咲く精霊に愛されたという白い花。風が吹いて揺れる度に美しく
別名、幸福を育む
*****
「ぅぅぅあああ! ぅぅぅおおおお! ぃぃぃああああべッ!?」
「はぁ……煩すぎる。もう少し品性を求めていいかい?」
「……っでえな!!」
「余り気分の良い感覚では無いです。」
ノックスに連続した瞬間移動で飛ばされ、途切れ途切れの浮遊感が俺達を何度も襲っていた。だが、今こうやって地に放り出されてなんとか開放された訳だが……。
「ずっと止めてくれって言ってたろうが!」
「念の為だよ。」
「だとしても離れすぎだ! ってミィは無事か!?」
俺は急いで鞄の中を漁る。魔巧具には傷一つ無い。
「クロロ、大丈夫?」
「ミィ! 普通に話せるんだな!」
「うん。話すことしか出来ないけどね。マレフィムもお疲れ。」
「ミィさん……ご無事で何よりです。」
「ふむふむ。興味深い。」
「……誰?」
「ミィ、って言うのかい? ボクはノックス。宜しく精霊さん。」
「ふぅーん。」
「……さて、ミィとは普通に話せるみたいだし前進はした。後は……。」
安堵はしたが、ルウィアに会わなければ。おめでとうと言いたい。俺は黙ってここまで来たと思われる道を戻ろうとする。
「何処に行く気だい?」
「戻るんだよ。」
「タムタムに?」
「あぁ。」
「止めた方がいいよ。」
「今度はヘマしねえ。」
「そうじゃなくてね。普通に危険だと思うから。」
「今度はもっと規模の大きい魔法を――。」
「君じゃなくて友人の方。精霊器だと明確にわかった訳だからね。強引な協力を求められるんじゃないかな。」
「……。」
ノックスの言葉で身体が前に進まなくなる。俺との関係がバレたら確かにルウィア達が危険な目に遭いそうだ。でも、俺との繋がりなんて少し調べればわかるはずだろう。
「んなら尚更守ってやんねえと……!」
「ですね!」
俺は改めて思い直し走ろうとした。マレフィムだって同意している。だが……。
「――その友達ってそんなに弱いの?」
そんな言葉でまた固まってしまった。
「竜人種なのに、変なの。まぁ、君や僕みたいな種族だとどうしても他の種族と付き合う時はそうなっちゃう――。」
「違う。」
俺は食い気味に否定して、タムタムで偶然聞いてしまったあの夜の言葉を思い出す。
『ソーゴさんは僕達を守るべき人達の中に入れてるんだ。』
『せめてソーゴさんの中にいる僕はもっと立派でありたいと思うんだ。』
『僕は口だけ商人にはならない。ちゃんとソーゴさんにやりきった所を見せるんだ!』
依頼人としてでなく、友人としての意地を垣間見た。
「なぁ、ノックス。」
「なんだい?」
「お前騎士団に詳しいよな。」
「まぁ、そうだね。」
「あの、王国騎士団っていうのは
「うーん……。彼等は遊撃隊だっけ。ドワーフ族が隊長の探索に強い隊だね。工作隊と同じく調査とかも生業にしてるから現地人と
「……そうか。なら、いい。」
「ソーゴさん?」
「アメリ。俺達はこのまま西に行く。」
「本気ですか!?」
「あぁ。」
「え? 何? どういう事?」
不思議そうにミィが聞いてくる。ミィはさっきやっと話せる様になったばかり。だからきっと、ルウィアが何をしていたかは知らないんだ。
「ルウィアとは一旦お別れって事だよ、ミィ。」
「そうなの?」
「せ、せめてルウィアさんに挨拶くらい……!」
「必要ない。また会った時にしてやるさ。嫌ってくらいな。」
「それがいいよ。ボクも関わっちゃったし、余計大事になると思う。」
「……そんな。」
俯いて見るからに残念そうな態度を見せるマレフィム。俺だってそれには共感出来る。叶うなら、一言。いや、幾らでも顔を合わせて称賛したかった。
「俺さ、知ってるんだ。ルウィアが結構な負けず嫌いって事。」
「はい……?」
「アメリ、竜人種って実はすげぇ速く飛べたりするんだろ?」
「は、はぁ……それはそうですけど、それが何か?」
「俺が滅茶苦茶立派になってさ。それでも彼奴を友達だって言えたらレースの優勝に張り合えるかな?」
「……何となくですが、言いたい事はわかりました。それでは、私もそれなりの軌跡を残さなくてはですね。」
ルウィアがあの日俺達に見せなかった本心をマレフィムに教えてやる訳にはいかないが、今度会う時は”竜人種である事”以外の何かで彼奴と対等になってやる。
「そうだそうだ。頑張ろうぜ?」
「調子のいい……。」
「で、次行く場所は何処だっけか?」
「アエストステルです。」
「へぇ。」
「何だよノックス。知ってるのか?」
「知ってるも何も、ここだけど。」
「……は?」
俺は周囲の景色をよく見ていなかった。見渡せば土埃で霞んでいるが、連なる低い禿山の数々が目に映る。青い草は殆ど見えず、生えていたとしても土気色で潤いは全く感じさせない。こんな荒野がそうなのか?
……ここが、アエストステル?
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