第190頁目 追走劇は選手だけでよくない?

「悪いけど持ち物を調べさせて貰うね。」

「あぁっ!」

「おい!」


 するりと俺の首から鞄を取り上げながら俺の上から飛び降りるリアン。ホビットは小さいだけじゃなく脚力もあるらしい。マレフィムや俺の抗議を物ともせず鞄の中を漁りだす。


「返せ!」

「お、横暴ですよ!」

「黙れ。この程度の事は許可されている。」

「ちょっとロイ、そんな言い方止めてよ。ここは帝国なんだよ?」

「……悪い。だが、協力はしてくれ。何、怪しい物を持ってないのであれば特にそう警戒する事も――。」

「えっ、ロイ? こ、これ……!」


 リアンが俺の鞄から取り出したの管状の魔巧具。それにはミィが入っている。


「触んな!」


 気安く触れられた事が嫌で吠える。こいつ等もミィをどうにかしようってのか? 巫山戯んなよ。唯でさえ邪魔されて苛ついてるんだ。


「……どういう事だ。これは確か数年前に盗難された王国保有の神巧具だぞ。」

「君、これ何処で手に入れたの?」


 二人の目つきが鋭くなる。だが、その程度で怯む訳にはいかなかった。


「俺が知りてえよ!!」


 そう叫び自分の身体を叩きつける様にリアンへ向けて突進した。


「うわっ!?」


 リアンの身体は小さいが、侮れる程弱くはないだろうし鎧だって着ている。だから俺は遠慮なく前足で引っ掻く様にミィと鞄を奪いとって翼をぶつけてやった。


「リアン!」


 ミィを直ぐさま鞄の中に詰めて、俺を睨みつけるロイと視線をぶつけ合った。この立ち位置だと挟み撃ちにされちまう。だから俺は形振なりふり構わずロイに向かって水を放った。


「ぐぁっ!?」

「じゃあな!」


 勢いよく吹き飛ぶロイを見て俺は駆け出した。威力は抑えたから負傷はしてないはずだ。今はそれより走るんだよ! 町の外へ……!



*****



 ……身体が収まる大きさの茂みの中から外の様子を窺う。耳を澄ましても追手の足音はまだ聞こえない。だが、俺がタムタムから出ていったという情報はきっと得ているだろう。アロゥロは心配しているはずだ。だが、アロゥロと俺達が繋がっていると知られるのもまずい。空を飛んでったら目立つだろうし……。


「どうしましょう……。」

「取り敢えずマレフィムは服を着替えろ。そしたら、俺は……えっとなんだっけか、あの、近くて安い席で見ようとしてるってアロゥロに伝えてくれ。俺は別の場所からレースを見る!」

「わ、わかりました。ですが、クロロさんはどうやって競技場まで行くのです?」

「そうだな……ん? アレだ!」

「アレ?」


 俺が指を差した先では一台の引き車がタムタムへ向かっていた。操舵席の後ろが革のシートで覆われた小屋になっているタイプだ。中に人が乗って居なければどうにかなるだろう。


「まさか勝手に引き車へ乗り込むつもりですか?」

「俺の事はいいからマレフィムは早く行ってくれ。」

「騒ぎを大きくしないでくださいよ?」

「わかってるって! 頼んだぞ!」


 引き車を見失っても面倒だし、俺はマレフィムを置いて駆け出した。エカゴットに牽引させている引き車だったが、見た感じそこまで速度は出していない。俺は軽く迂回しながら引き車の後ろから近づいて結ばれた紐を噛んで引っ張った。そして、はためくカーテン状の革。俺はしめたとばかりにその中へ入っていく。


『ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ……!』


 籠もった獣臭が俺の鼻を突く。俺を興味深く見つめる幾つかの目。荷車の中には複数の檻に詰められた沢山のウナがいたのだった。


『ワウ! ワンワンワン! ワウッ!!』


 一斉に吠えだす犬……じゃなくてウナ達。ってかやばい!


「(おいおいおいおい! 待て! 騒ぐな!)」


 やめろ! あまり騒がれると不審に思われちまう! こういう時はえ~っと……あっ!


 俺は鞄を漁って一つの塊を取り出す。それを包んである布をペリペリと剥がすと中から香ばしさふわりと漂ってきた。燻製した干し肉である。それを爪で引き裂き一口サイズにしたら全ての檻の中に放り込んだ。元々そこまで大きいサイズでもなかったせいで一つ一つが凄く小さな欠片になってしまったが、俺は味方だと思ってくれれば吠えるのも収まるだろうと考えた。そして、その思惑は……。


『ワンワンワンワンワン!!』


 失敗に終わった。ウナ達は小さな肉片をペロリと平らげ、更におかわりを求めたのだ。俺のオヤツを食っておいてこいつら……! 早くこいつ等を黙らせねえと……仕方ねえ!


 俺は吠えるウナ目掛けて小さく水を放った。


『ヒンッ!?』


 予想外の不快感だったのか怯むウナ。これならいけそうだ。俺は吠えたウナの顔に向けて次々と液体を放つ。吠えたら顔面スプラッシュの刑だぞ? 受けたいなら吠えてみろ!!


『…………。』


 黙り込み隅の方で伏せるウナ達。どうやら作戦は成功みたいだ。俺は安堵して隙間から外を覗き見る。畑、小屋、柵。もうちょっと進めばもうタムタムに戻れる。そこまで何も無い事を祈りながら待つか。もし競技場から離れられたら降りなきゃだしな。でも、今んとこは問題なさそうだ。


 ……速度を上げない引き車をもどかしく思いつつ時折風景を確認する。幸運にもこの引き車は望んだ道を進んだ。ってかこれラッキーグレイルに向かってないか? あ、もしかしてこのウナ達ってレース用か! レースには自前じゃないベスも使うって言ってたもんな。ほら、やっぱり近付いて行ってる。


 引き車はやがて、ラッキーグレイルの前を通り過ぎてその隣の駐車場へ入った。恐らく裏口から入る気なんだろう。でも、荷台に乗ってたのがバレたら色々面倒だ。今の内に出ておくか。


「じゃあな、お前等。意地悪して悪かった。……ぃしょっと。」


 一応ウナに挨拶をして荷台を降りる。すると競技場から聞こえてくる歓声。


「えっ……まさか……。」


 もう始まってる? クソッ! あのノロマがゆっくり走らせるから……!


 俺は急いで裏口へ走る。そして、建物に入ったら俺を乗せた引き車とは違う方向へ。エカゴットのレースをやってるのは此処から奥側、つまり正面の入り口に近い方だ。以前、レース場を見渡せた場所は何処だったっけか!?


『バァアン!』


 なんだ!? 銅鑼どらの音? 歓声が一気に小さくなった。まだ始まってないのか? あぁ! クソッ! テキトーな隙間から確認しよう!


 俺は壁にじ登り、軋む天井を気にしながら陽の光が差し込む穴に首を伸ばす。すると、一番底レース場には真剣な顔つきで一列に並ぶ選手たちがいた。そこにはルウィアらしき姿も。……セクトに乗ってなかったら誰かわからないくらいの重武装だ。間に合った! と、俺は思わずガッツポーズしそうになるが、両手は塞がっていた。


 しかし、ここからじゃコース全体が見渡せない。もっと上の階に行かなきゃ駄目そうだ。そう言えば赤いチケットの席は何処なんだ? 高いだけあって良い席なんだろうけど……。もしかしたら関係者通路を使ってアロゥロ達と合流出来るかもしれ――。


『ガタッ。』


 比較的静かな今だからこそ、その異音は目立った。俺はなんとなくそちらを見る。そこに立っていたのは見覚えのある獣人種だった。ウナっぽい顔つきのソイツは、確か昨日も見た自警団の……。


「ッ!?」


 驚いた。何も言わず俺に向かって飛び掛かって来たのである。俺は咄嗟に飛び退いて避ける。俺の居た空間を切り裂く爪。殺す気だったのか? とにかく、コイツが今俺の敵である事を疑う必要は無い。俺はルウィアの晴れ舞台を見たかった。その思いはき止められず魔法になる。狭い通路ならこんな事が出来るんだ。悪いな。


 喰らえ!


 俺の手前に顕現される大量の水。俺はアニマを壁の様に平たく変形させて一気に放水した。通路が濁流で埋め尽くされる。流石に避ける手段は無いだろう。俺はその隙に反対側へ走り、梯子を登って上の階へ逃げる。


 まさか、自警団まで追ってくるとはな……。騎士団と繋がってる? それとも、無関係な奴がいたから捕まえようとしたのか?


 まぁ、いい。


『バアアアアアアアアアァァァァァァァン!!』


 歓声が弾けた。音と声でわかる。レースが始まったんだ。俺は衝動的にまた壁を駆け上がり穴を覗き込む。凄い勢いで砂煙がスタート地点に残ってる……。いや、それよりやっぱりレースは始まってんだ。でも、ここじゃレースの後半が全く見えない。もっと上に行かねえと!


 レースの続きを見たい気持ちを抑えて俺は壁から離れた。そこに近付く足跡が聞こえてくる。勿論敵だろう。俺は聴覚を強化しながらその音から離れた。急げ……急げ……レースが終わっちまう! そんな焦りが俺を突き動かし、移動しながらも壁に上ってルウィアを見る。梯子を上る。壁に張り付く。走る。壁に張り付く。梯子を上る……。


「なっ!?」


 おっと……つい声を出してしまった。だが、俺は見たぞ。ルウィアに鉄球なんて投げやがって。当たらなかったから良かったけど、あの植人種には後で一言文句を言ってやる。……っとまだ追ってくるな。しかし、追ってくるコイツ……正確に距離を詰めてくる。……臭いか音か。種族的にどちらも有りうる。お陰で集中してレースを見られない。そして、追われてる以上合流もやめた方が良さそうだ。仮に騎士団と関わっていたならアロゥロにまで迷惑が掛かるからな。


 ……! 足音が増えやがった! せめてレースが終わるまでは放って置いてくれよ!


 敵の位置を把握しながら可能な限り音を立てずに移動する。気配を消すって奴だ。臭いで辿られてるなら意味無いんだけどな。しかし、後から来た方は上手く俺を追えていない。大した事ない奴なのかも。かと言ってこのまま上に逃げ続けた所でいつかは追い詰められてしまう。逆に下がるか。そうしよう。と言うかこのまま通路を通ってたら間に合わねえしレースも見えねえ……!


 やるか。


 俺は通路を進んでそれらしいドアを見つける。多分ここの向こうは観客席だ。観客席で騒ぎを起こしたら駄目だと思ったけど、一瞬だけ出て行って戻るくらいなら出来るだろう。そう思ってドアを押すが動かない。下を見ればすり減った鍵穴があった。鍵が必要らしい。


 ……しょうがねえ。


『うおおぉぉおおおぉぉおぉぉおお!!』


 ドアの向こうで一際大きな歓声が湧く。俺はその機を見逃さずドアに思いっきりタックルした。バキャッという破裂音と共にドアが開かれる。そして、雪崩れ込む人の声。


「すげぇぞアイツ!」

「ネを利用しやがった!」

「デケダンス! 不変種なんかに敗けたら殺してやるからな!!」


 それぞれの想いが吐かれる先はU字に回る選手達だ。ルウィアは……一、二、三、四位! 流石にそう上手くは……でも頑張ってんじゃねえか! その調子だ! レースはまだ終わってねえ!


「行けぇー! ルウィアアアアアアアア!!」


 俺の声はその他の歓声に掻き消され全く届いていないだろう。だが、叫ばずにはいられなかった。もっと応援したい。ってのになんで俺はこんな目に合ってんだよ!


 苛つきながら背後を警戒しつつ俺は人混みの中へ消えて行く。ここからならレース後半も見えるが、もっと近くで見たい!


 アイツを勇姿をもっと近くで!

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