第191頁目 酔いしれたいんですけど!?
「悪い! 退いてくれ! すまん!」
不満そうな声を挙げる客の間を縫う様に進んでいく。怒りの声も聞こえるが、殆どは今行われているレースに夢中だ。せっかく上まで来たのだが、俺にとって一番魅力的に思えたのはU字型レース場の真ん中に桟橋の如く掛けられている”柵で囲まれた低い立ち見席”。あそこならゴールの瞬間も良く見えるだろう。だから走った。まるでルウィアと一緒に駆けている気分になる。俺は眼前に広がる人の海なんて見ない。常にルウィアだけを見ていた。だから、その瞬間も良く見えたんだ。順調に三位まで駆け上がったルウィア。だが……。
「は!? 嘘だろ!? ルウィア!!」
ルウィアの腕を貫く矢。あってはならない事だ。だからこそ声を挙げた。しかし、俺の声なんて届く訳が無い。只の駄々だ。
だからこんなレースになんて出て欲しくなかったんだ……! 手綱が握れなくなったら終わ……り……。
セクトの速度は少し落ち、一人に抜かされてしまう。だが、変化はそれだけだった。ルウィアは
それに応えるが如くルウィアは見事急加速で前の選手を抜き返す。その結果に何故か手応えを感じてしまう俺。決して俺の声なんて届いてないはずなのに。
矢を射ちやがった選手は結構引き離した。残るは前の選手。そのままぶち抜いてやれ。そう思いながら俺は桟橋に到着した。エカゴットの足音が歓声に敗けずしっかり聞こえてくる。俺の耳が良いからかもしれないけど、この地鳴りは俺じゃなくても感じ取れるはずだ。どうしても湧いてくるワクワク。しかし、デケダンスと呼ばれている選手の行動でそれは一瞬で不安にすり替えられてしまう。
競り合う一人の選手に石が降ってきたのだ。
「馬鹿かよ!」
つい拙い悪態を吐く俺。上を見ると翼のあるベスが何羽も飛んでいる。アレが落としたに違いない。石はエカゴットに直撃して一気に速度が落ち、それをルウィアが抜いてしまった。二位にしてくれるなんてありがとよ! と本来なら叫びたい所だが、次に石が降ってくる先はルウィア以外ありえない。
俺は空を飛ぶベスを睨みつけてアニマを伸ばした。アレが許されるなら俺があのベスを撃ち落としたって……。いや、もしそれが駄目だったらどうする? 俺がやり返してルウィアが失格になっちまったら? 現に他の客があのベスに手出ししていないという事は多分それなりの理由があるのかもしれない。
クソッ! 俺は当たらない様に祈る事しか……! やめろ……! やめろよ……!
そんな思いは次の瞬間で全て否定される事になる。想定通りと言うべきか、ベス共はルウィアに向け石を落としたのだ。
「やめてくれえーッ!」
直撃だった。石は綺麗にルウィアの脳天に激突。その衝撃が伝わったのか、セクトは勢いを落としてしまった。
「うおおおおぉおぉぉ! 外道! 外道! デケダンス! 外道!」
俺とは反対に盛り上がる客達。
「なんだよ竜人種! あのルーキーに賭けたのかぁ? 金持ちだろうに欲張りだなおめえ!」
「絡むんじゃねえよ。殺されちまうぞ?」
「おぉ、怖え! おっしゃぁ! そのまま行っちまえデケダンス!!」
「おっ! カスタがラクールのエカゴット奪いやがったぞ!」
「あぁ!? 不変種の野郎が可変種様のエカゴットを奪いやがっただと! 死ねえ!!」
何も反応する気になれなかった。だが、俺に出来る事はなんだ? 死んでねえんだよな? そうだよな?
なら……頼むから顔を上げてくれ……!
「ルウィアアアアアアアアァァァァ!!」
周りを黙らせる勢いで。ルウィアを貫く勢いで、喉を震わせた。誰よりも大きい声だったと思う。
…………!
動いた! 意識が戻ったのか!? 頭が痛むのか手を当てているが、軌道を調整しようとしている。つまり、アイツはまだ勝負を諦めていない。しかし、今のでカスタって選手に抜き返されてしまった。そして、そのままネって選手にも……。
「なんだ? ルウィアとかいう奴、競技具を脱ぎ始めたぞ?」
「軽くするつもりなんだろ。どれくらい効果があんのか知らねえけどな。」
「はぁ? 彼奴亜竜人種じゃねえか! 敗けたらデケダンスの野郎赤っ恥だな!」
ルウィアは今、四位。五位とは少し距離が離れてる。諦めてないのはわかったけど、どう巻き返す気なんだ? その疑問を更に深める様にルウィアはルートを大きく外側へずらした。もう最後のヘアピンカーブがあるってのにだ。
「彼奴諦めたのか?」
「エカゴットを上手く操れてねえんだろ。」
「いや、違えよ! すげぇ! まさかやる気なのか!? もしやりきれたんなら今日は名試合として名を残すぞ!」
何故か一人の観客が騒ぎ始めた。
「ルウィア……カーブを曲がるのが上手くいかないっていつも言ってたけど、何かする気なのか?」
諦めるにしては加速を続けている。
「それって競技具を脱いだのと関係あんのか!? おい! ルウィア――。」
思考を口から垂れ流している所でルウィアは前の三人とは全く違う角度からカーブに入った。誰よりも速い速度で壁に脚を投げる。まるで突き刺す様に。それを右、左、右、いや、こんなゆっくりじゃないな。疾風と呼ぶには重く、暴風と呼ぶには
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! やべええええ!!」
「ふっざけんなッ! どういう事だよ!!」
「アレは軽いエカゴットで、狭いコースで使われたりする壁蹴りだ!」
「軽くもねえし狭くもねえだろ!」
「あぁ! だからやる奴なんていなかったんだ! っつか出来る奴もいなかった!」
「クソが! 俺はデケダンスに賭けてたんだぞ!」
「見ろ! 格好つけたがいいけどよ! 様子が変だぞ彼奴!」
そう、ルウィアは着地を失敗していた。身体がセクトの背の中心から横にずれ、先程までセクトと共に揺れていた身体も今では弾かれる様に跳ねている。鐙に脚が掛かっているからまだ大丈夫だろうが、ちょっとした拍子に落とされても不思議じゃない走り方だ。どうしたんだ……!?
しかし、ルウィアはセクトの腹を蹴っていた。その動きは勢いを感じない物だったが、セクトはただその指示に従う。このまま速度を落とさなければ後ろの三人に追いつかれる事は無いだろう。だが、ルウィアの身体は間違いなく前に傾いていっている。
「なんだテメェ! 不変種の癖に何をしやがる!」
……?
「お前に用は無い!」
この声……! ロイか!
「ごめんなさーい! 退いて下さい!」
リアンもいる! あと少しでレースが終わるってのに……!
「おっしゃあ!! 見ろよ! あの野郎! 今にも落ちそうだ!」
「なっ!? ルウィア!?」
少し視線をルウィアから外していた間にルウィアの足は鐙から外れ、鞍になんとか脚を引っ掛けている状態になっていた。そのせいで速度を維持できないセクトに後ろから迫る選手。
「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」
「亜竜人種如きが調子乗ってんじゃねえぞ!」
「おらぁー! やっちまえー!!」
腹の立つ野次が投げられる。だが、近付いてくる騎士団の対処を考えなきゃいけない。無駄に抵抗してレースが終わったら全てが無駄になる。だが、ルウィアも気になる……!
「退いてくれ!」
「退いて下さーい!」
クッ……! チクショォ! 恨むぞ!!
俺は身体強化をして四足で柵を駆け上がる。恐らくこれで騎士団には見つかっちまうはずだ。だが、荒事は絶対に避けなくては……!
「リアン!」
「わかってる!」
俺を見つけて道を引き返すかと思ったんだが、なんと二人は空に浮いて追ってきやがった。これじゃあ外に居ても捕まっちまう!
「チィッ!」
走る。向きたい方角とは逆の方を向いて。その先には扉。鍵が掛かってる事を見越して迷わず身体をぶつけて破砕する。
「いたぞ!」
「副隊長が言ってた奴だ!」
中には何人もの”気配”があった。もう中は騎士団で溢れかえっていたのだ。俺は壊した事を申し訳ないと思いながら再度ドアから出る。しかし、そこにいるのは勿論、ロイとリアンだ。
「ちょっと待って。話を聞きたいだけなんです。」
「そういう事だ。」
「クッ……!」
荒事は駄目。ミィを奪われるのも駄目。倒せるかはわからない。
「チックショオ! 許さねえ! あの亜竜野郎がッ!」
「うおっしゃあああああああああ!! 今日はご馳走だぜえええ!!」
「彼奴耐えやがった! 耐えやがったよ! すげえ!」
「デケダンスのクソ野郎が! 油断しやがった!」
突如、今日一番の盛り上がりを見せる場内。その内訳を聞いて俺は察した。と同時に、申し訳なくも思った。しかし、俺は労わなきゃいけない。讃えてやりたい。だからこそ、ここで好き放題される訳にはいけないんだ!
……荒事ねえ。何処までが荒事だ? つまりは破壊しなきゃ良いんだよな……!
直後、身体強化魔法を全身に展開。俺は地面を強く蹴る。空かさず俺に何かしようとして固まる二人。大勢の客の上だ。下手に石や火は使えないだろうと思ってたぜ! 何より俺は魔巧具も持ってるしな!
高く跳ねたら後は翼で少し扇ぎ態勢を整える。そして、風を集めて俺に当てれば! それっぽくなんのよ!
気分はさながら大怪盗だ。全てを見下ろしてルウィアの様子を見る。ルウィアはセクトの首を抱き込む様にしてぶら下がっていた。複数人のスタッフが大急ぎでルウィアをセクトから引き剥がそうとするのを駆けて来たアロゥロが止めている。……恐らく毒の為だ。並の怪我じゃないのだろう。
それでも、怒る気にはならない。心配ではあるけどな。後で様子を見に行かなきゃ。まずはここを離れねえと。タムタムの外へ向いてバランスを取りながら滑空を始める。太陽は最も高い位置から少しだけ降りてきたという頃合い。気分良くタムタムを見下ろして進んでいく。
すると……。
『ルウィア! ルウィア! ルウィア! ルウィア!』
ラッキーグレイルから漏れる友人の名。俺はそのまま逃げ切り、夜を待つ。
――はずだった。
何かが近付く気配を感じ、ソレを視認する。目の端で捉えたのはピンと張った羽根。それだけを見た。だが、瞬間的に叩き込まれた衝撃で俺は地に落ちる事となったのだ。
「うおおおおおおお!?」
姿勢の制御を咄嗟に取れる程俺は器用じゃない。出来る事は身体強化による防御。鞄は大事に抱え込む。
「ぐあっ!?」
地味な衝撃音を立てて道の上に落ちる。痛みは耐えるられる程度の物だった。気分が良かっただけに憤りがこみ上げてくる。
毎回毎回締まんねえんだよ!!
「誰だ!!」
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