第189頁目 計画通りだよね……?

『ルウィアアァァァァ!!』



 …………ソーゴさん!?



「ハッ……! あぐっ!?」


 意識が戻る。頭に走る激痛と、こちらに向けられたセクトの瞳。レース中だったよね……。でも、もう、終わっ――――。


 何もかもがどうもよく感じてしまう脱力感を一風が吹き飛ばす。こちらを一瞥しながら僕の先へ通り過ぎていく騎手。カスタさんだった。そのすぐ後ろをネさんが追う……。



 終わってない!



 僕は自分のアストラルを殴りつける様に両手で手綱をしっかりと握った。再び出血していた腕の痛みで気が引き締まる。気付けば減速していたセクト。迷わず腹を蹴った。一瞬だけ後ろを振り向くとメメャリさんを含む他の選手がこちらを睨んでいる。長く感じたけど僕はほんの一瞬だけ気を失っていたらしい。現在の順位は四位。


「くうっ……。」


 頭がズキズキと痛む。でも、セクトの頭に当たらなかったのは幸運ラッキーだった。今はセクトからの揺れを受け流すのが精一杯だけど、まだ、まだだ……。


 風の抵抗が強くなっていく……。僕のぎこちない動きが邪魔になっているのか加速が上手くいってないみたいだ。そんな中、僕は慣れない手付きで留め具を外す。残る秘策は二つ。まずはこれ……単純に荷を減らすという事。メメャリさんが後ろにいる以上、正直言って危険な賭けなんだけど……これだけ怪我を負ってさ。もう、何を躊躇ためらう理由があるんだ。


 バラバラと僕の鎧とセクトの鎖帷子くさりかたびらが散っていく。君ならやれる。なんて言ったって、君はあの”ボス”なんだから。


『キュアッ! キュアッ!』


 身軽になった事が嬉しかったのか走りににわかな”跳ね”が加わった。でも、それが今の僕には酷だ。だからと言って阻害したらこの勢いが死んでしまう。これは僕が勝たせるんじゃない。僕とセクトで力を合わせて勝ち取るんだ。


 前方では、ネさんの先で再びデケダンスさんとカスタさんが競り合っていた。カスタさんのエカゴットはもう本調子に……!? 違う! アレは別のエカゴットだ!


 そう言えばラクールさんが見当たらない。彼女のエカゴットを奪ったのか!


 もうカーブに差し掛かる。ネさんは目論見通りと言った感じで後ろから二人を狙っている。デケダンスさんもカーブでは流石に”アレ”が使えないみたいだ。後ろを警戒をしながらカスタさんの鞭による猛攻を防いでいる。


 それにしても、前の三人と距離が開いてしまった。残りの距離を考えると、これからセクトに幾ら全力を出して貰っても追いつけないだろう。



 ――同じやり方なら。



「……やるぞ。」


 声にならない自分の声。セクトにすら聞こえていたかわからないくらいの。それでも、その声は僕のアストラルを奮い立たせた。僕は意を決してセクトの腹を三度蹴る。跳ねる身体。風が身体を押し返してくる。


 タイミング合わせなきゃだなんて考えなくても、セクトと共に身体が動いた。


 そして、インコースで鋭角のカーブを曲がる為に減速する前の三人。僕はそれを見て少しだけ安心する。だって計画通り三人を抜く事が出来そうなのだから。


「セクト……! もっと……! もっとだ……! 僕が受け止めるから! だからもっと!!」


 縮まっていく距離感。今迄とは段違いの加速。でも、僕はコースの内側を攻めなかった。寧ろ外側へ出る。最短ルートなんて僕の目には映っちゃいない。あくまで見るのは”最速”ルート!


 デケダンスさんはカスタさんの鞭に曲剣サーベルで対抗していた。カスタさんの鞭はカーブの密着時にはとても不向きな武器だけど、”強奪”という二つ名通り接近戦が苦手な訳でもないみたいだった。だからこそ、曲剣サーベルを鞭で巻き取られない様に徹底して防戦の姿勢を保つデケダンスさん。このカーブさえ乗り切れば一位を守れると思ったんだと思う。


 多分だけど、デケダンスさんは一人ずつしか襲わせる事が出来ないんだ。だからこの局面で二人に抜かれるのが痛い。だからカスタさん以外の僕やネさんが気になって仕方なかった。デケダンスさんはそこを突かれたんだ。危険な相手と思っていた僕が暴挙に出た事によって何らかの隙きが生まれてしまったデケダンスさんに、もう一人の伏兵ネさんが最も本領を発揮する場所で猛威を振るう。


 美しいカーブだった。ぶつかる相手のデケダンスさんやカスタさんを考慮した速度と重心の寄せ方。それを全て計算したんだと思わせる無駄の無さ。少なくとも素人の僕には決して出来ない技巧という物だった。押された側のデケダンスさんとカスタさんも息を揃えて重心を調整して砂煙をあげながら減速、加速と切り替える。これがプロの戦いだと見せつけるようにその刹那は過ぎていった。


『キュアアアア!!』



 僕の横で。



「嘘だろルーキー!」

「何!?」

「馬鹿な!?」


 最後の……秘策。それは、最高速で壁面を走りきるという方法だった。レースにおいて減速はしないで済むならしない方が一番いいんだったよね、父さん。これの練習に何度怪我をしそうになった事か。コースがもっと広かったら出来なかった芸当だ。これはレース場で訓練をさせて貰えた僕だからこそ何度も検証して習得が可能だった荒業。結局正面からやりあっても本業の人になんて勝てないとは思ってたんだ。皆は手加減無くエカゴットや人を痛めつけられる。でも、僕には出来ない。なら、僕に出来る事で闘うんだ……!


「わっ!?」


 格好付けてる場合じゃなかった。勢いで力が横に向くとは言え、それでも重心の制御が大事なこのやり方。一番衝撃が来るのは跳んだ時と着地した時だ。でも、僕は本番であるにも拘らず着地に失敗してしまった。姿勢を崩してしまったんだ。血が滴る朦朧とした頭じゃ、いつもの感覚で出来なかった。集中も上手くいかず腕から血が止まらないのに痛みが痺れになってきている。ここにきて腕に力が入らない。


 後ろを向く余裕は無いけど、前なら向ける。前方に人は……いない。


 僕は今、本当の一位だ。


「は……れ……はしれ……。」


 時々、あぶみから伝わる揺れを流しきれずに身体が跳ねる。それでも、僕は止めずにセクトの腹を蹴った。


 もうゴールまではほぼ一直線。そして、セクトは加速をやめない。まだ……いけるんだね……。


 きっと誰も追いつけない。それでも、ここで落とされたら終わり。


 霞んでいく景色。顔がヒンヤリとして気持ち良い。

 

「まけな……。」


 あぁ、違うんだっけ……。


「ぼくが……か……。」


 つ。



*****



「痛っ。」


 翼が何かに触れたと同時に誰かが不機嫌そうに声を挙げた。実際に痛くはあっただろうから取り敢えず謝る。


「あ、悪い。」

「竜人種っ!?」

「あーそういうのいいから。」


 もう飽きてきた反応を雑に払って人混みを掻き分ける。美味しそうな香りが漂ってくる方へ進む俺。


「急ぎましょう! まだ時間はありますが、万が一があって間に合わなかったら大変です!」

「わかってるよ。」


 マレフィムの意見は尤もだ。でも、ルウィアの大事な戦いは落ち着いて見ないとだろ。唯でさえハラハラするだろうに、そこへ空腹の苛つきまで煽りたくはない。


「何を買う気なんです?」

「えーっと、さっきここら辺でウナ掠めの漬物ってのを見たんだ。それとウナ掠めの乾酪かんらく挟み焼き。」

「お気に入りですねぇ。ウナ掠め。」

美味うまくねえかアレ?」

「美味しくはありましたが、少しでも硬くなったら私には噛めないでしょうね……。」

「あぁ、弾力は強いよな。おっ、彼処あそこだ。」


 人の濁流を出た先にも人の群れ。大会が始まる前にジャンクフードを買おうと思い立つ奴は俺だけじゃない訳で……。


「買えそうですか……?」

「うーん……店は沢山あるんだがタイミングが悪かったな。」


 別に食えればなんでもいいかな。人の少ない店に行って幾つか買って戻ろう。


「順番だよ! 順番!」

「次は俺だ!」

「三つくれ!」

「押すんじゃねえ!」

「店ぇ壊したら弁償させるからな!」


 なんだよアレ……。手を叩いたら寄ってくるこいか何かか? 並べばいいのに……。


「あ、ソーゴさん。彼処空いてますよ!」

「お――。」

「ソーゴ?」


 俺の名を呼ぶ声。ノックスか? そう思って振り向いてからでは遅い。


「お前、オクルスに居た……。」


 ノックスよりも少し低いくらいの背丈の鎧を着込んだ少年。否、ホビット族だった。キリッとした眉に不機嫌そうな顔……コイツ……。


「貴方は……。」

「あの時の妖精族も一緒か。丁度いい。気になっていたんだ。少し話を聞かせて欲しい。」

「い、いや、多分、人違いだ。」

「そんな訳無いだろう。お前みたいな特徴的な見た目を間違える訳が無い。それに妖精族まで連れて何を――。」

「ロイー! 何処ー!?」

「此処だ! リアン!」


 ロイとリアン、そう言えばそんな名前だった。だが、それは今どうでもいい。ロイが声のした方を向いているこの瞬間がチャンスなんだ! 逃げるぞ!


「いてッ!」

「誰だ! 押しやがったのは!」


 少し無理矢理にでも人を退けて走る。身体の小さい奴にはぶつけない様に。


「悪い! 退いてくれ!」

「追いかけてきますよ!」

「わかってる……!」

「待て! おい! 逃げるんじゃない!」


 逃げるって方法が最善の手だったかはわからないけど、今拘束されるのは困る。


「止まれ!」


 このまま競技場に行くべきか? でも、中まで追って来られたら逃げ場も無いし最悪レースが中止になっちまうかもしれねえ。それだけは避けたい。


 チクショー! 何だってこんな時に!


 一瞬引き車に戻ってファイと合流する事も考えたが、そこでファイと一戦構えてもまた問題になる。


「何処だ!」


 どうやら俺を見失ったらしい。でも、竜人種なんて目立つからな。目撃情報を集められたら簡単に辿り着かれてしまうだろう。なら、やっぱり反対側……町の外側に逃げるしかないか。俺は誰にも見つからない場所に行かないと!


「のあっ!?」

「んなっ!?」


 突然の背中に伝わる重みに振り向くと俺の背中には鎧を着た少年が乗っていた。顔はロイと同じだが、表情が柔らかい。つまり、リアンだ。


「捕まえた! 駄目だよ。逃げちゃ。」

「よくやった! リアン!」

「今回はお手柄でしょ!」

「あぁ、よくやった。」


 くっそ……。


「それで? 何故逃げたんだ? 話を聞かせて貰うぞ。」


 俺が何したってんだ……!

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