第179頁目 機械分解したがる奴っているよね?

 ウナ掠めや揚げ虫等を購入してルウィアの元へ戻った俺だったが、引き続きセクトからはビクつかれていた。一度恐ろしいと思った物を数時間程度で忘れる訳ないよな。取り敢えず飯を全員で食うことになったので、買ってきた物を広げた俺。すると、ルウィアは目敏く揚げ虫を見つける。


「わぁ! 揚げ虫! 僕、これ大好きなんです! ソーゴさん、虫苦手なのに買ってきてくれたんですね! ありがとうございます!」

「固まった虫? ただの虫とは違うの?」

「うん。えーっと、熱した油で茹でてあるんだよ。」

「そうするとこうなるの?」

「そうだよ。パリパリになって美味しいんだ。……まぁ、僕は冷めた物しか食べられないんだけどね。」


 自虐気味にそう言うと、ルウィアが買ってきた物の一つを見てこう言った。


「……これ、干し身ですか? 何故こんな物を?」

「それなぁ……馬鹿高かったんだよ。美味いのか?」

「美味しいと言えば美味しいですけど……その、これ、薬味みたいな物ですよ?」

「へ? そうなのか?」

「私それ知らない! とにかく開けてみようよ!」


 アロゥロは無邪気に木紙から黒ずんだ塊を取り出した。


「硬い! 何これ? 石?」

「違うよアロゥロ。食べ物の上に削ったこれを掛けて食べるんだよ。」

「へぇー!」

「嘘だろ!? ちょっと貸してくれ!」


 俺はアロゥロから奪って干し身を手に持つ。そして、俺は確信を得た。指に力を込めても全く凹みもしないこの塊。そして、削って掛ける食べ物……。鰹節と同じだ……。なんで確認しなかったんだ俺。そりゃ高ぇよ……。こんな量、全部食い切るのにかなり掛かるぞ……?


 自分の馬鹿さ加減に呆れるが、事情を話すとアロゥロとルウィアが笑い始める。……まぁ、笑い話にでもなったんなら肩を落とさずに済むかな。ちょっと腹立つけど……。それに、そんな失敗が気にもなくなるくらいウナ掠めは美味かった。昼食が全部練り物だなんて前世でも経験した事はなかったが、こんだけ美味けりゃ名物ってのも納得だな。


 しかし、楽しかった昼食も束の間。俺はあくまで自主的にではあるが、競技場を追い出されてしまう。ここから遊び呆けてこそ俺らしさと言えるんだろうが、ノックスの件もあってかどうも乗り気になれずファイの待つ引き車の元へ戻って一眠りする事にした。


『チキッ。』


「ただいま。お前と違って俺ぁ退け者にされちまったよ。」


『チキッ?』


「ゴーレムと精霊って……どう関係あるんだろうな……。」


『……。』


 微動だにしないファイ。返答出来る状態でもないし質問文でもないからな……。いいさ、俺は寝るよ。


 ……。



*****



「お待たせファイ! あ、ソーゴさんまた寝てる!」

「……んん? アロゥロ……?」

「よしよし、大丈夫。ソーゴさんはいつも優しいよ?」


『ギュウゥゥ……。』


 連れて来られたセクトはまだ俺に怯えているらしい。しかし、ルウィアの元気が心なしか無いように見える。


「お、おい。ルウィア。上手く行かなかったのか?」

「い、いえ……ちょっと、疲れちゃいまして……。」

「疲れた? まぁ、初日だし、そう簡単に出来るもんじゃないだろ。」

「そう、ですね……。アロゥロ、運転、頼んでいい? アメリさんは僕が預かるよ。」

「うん! 任せて!」


 荷台の上に上がると赤焼けた空がよく見えた。ちょっと前は綺麗だと思えたんだけどな……。引き車が動き出し駐車場から大通りへ出ると道を縁取る様にポツポツとランプから明かりが放たれていた。何故こうも不規則に並んでるのか。それは道を照らす街灯が無いこの世界じゃ、各々が自分の店や家の為に自分の家の前にだけ明かりを落とすからだ。なので、道自体はとても暗い。


「……暗いから切り上げてきたのか?」


 質問を操舵席に投げる。


「それもありますが、行きたい所があったので。」

「行きたい所?」

「そんなに離れてないですよ。すぐに着きます。」


 その言葉通り、少し進んだ所でルウィアが俺に言う。


「ソーゴさん、ここ等で止めていただけないでしょうか。」

「わかった。」


 俺は身体強化を使って這うように荷台の後ろ側面にへばりつくと、後ろ足だけ同時に地に降ろしブレーキを掛ける。


 着いた場所は一階部分がガレージになっているビルの前だった。中には幾つかの引き車と大量のガラクタが積まれている。


「あ、あのー! トマンソンさんはいらっしゃいますか?」

「あい!」


 元気のいい返事で車輪の無い引き車の裏から出てきたのはほぼオリゴ姿のデカいアルマジロだった。いや、デカいと言っても比較対象が前世のアルマジロなだけだ。実際はウィールよりも背が低い。身長一メートルくらいか?


「あ、お久しぶりです!」

「どなた?」

「覚えてませんか? その、ルウィア・インベルです。」

「あぁ! ローイスさんとこのお子さん? 立派になったわね! 本当に気付かなかったわ! 今日はどうしたの?」

「その、引き車の修理を依頼したいんです。」


 おっ? 遂にブレーキを直すのか。


「引き車ってそれ?」

「は、はい。ブレーキが壊れてて……。」

「ブレーキ!? それは大変ね!」

「その、まずは様子を見ていただこうと思いまして……。」

「いいわ。それじゃあガレージの中に入って貰える?」

「わ、わかりました。アロゥロ。」

「うん。」


 アロゥロの指示でセクト達は引き車を連れてガレージの中に入っていく。俺もそれに付いて行くが……ガレージの中、異様に明るいな。しかも光が炎みたいな暖色ではなく寒々しい白さだ。その光源を見上げると天井には大きな照明器具みたいな物が埋め込まれていた。まるで家電の様だ。


「始めまして! 私、アロゥロ・ラゥアトって言います! ルウィアと一緒に仕事してます! そして、この子はファイっていうゴーレム族の家族です!」


『チキッ。』


「まぁ!? 私はトマンソン・ハナスって言うんだけど、そんなのどうでもいいからファイさんの身体をよく見ていい?」

「えっ、えーっと、ファイ、いい?」


チキッ78.472。』


 首を縦に振るファイ。


「いいそうです。あっ、あと、この人はアメ――」

「そう! 嬉しいわ! あー……でも、先にブレーキを見なきゃよね。後で絶対に見せてちょうだいね?」

「はい……。」


 押され気味なアロゥロを気に留めず引き車の操舵席を上から下から横からと点検し始めるトマンソン。ってかマレフィムもだが、俺は完全に無視かよ。


「これならすぐに直せそうね。にしてもこれ、危険だったわねぇ? 走ってる途中、突然タイヤが固定されてバラバラになっておかしくないわ。」

「えぇ!?」

「嘘……。」


 う、運が悪ければ色々やらかしてたかもしれないのか……。何事も無くてよかった。


「でも、簡単に直せるわ。二時間程待って貰えるかしら。」

「は、はい。そんなすぐに取り掛かってくれるんですか?」

「昔からのよしみですもの。当然よ。それにここで次に回したらこれに乗って帰る訳でしょ? それで死んじゃうかもしれないじゃない。地面で良ければ好きな所に座っていいから。ルウィアくんなんて久々でしょ? なんなら昔みたいに遊んでもいいわよ。」

「あはは……。」

「まさかもう独立してるなんてねぇ~。時が経つのは早いわぁ~。」


 しみじみと独り言を言いながら早速操舵席の一部を解体し始めるトマンソン。


「(おいルウィア、いいのか? 親御さんの事話さなくて。)」

「(それは後でお話する事にします。なんだか今は言いづらくて……。)」

「(……そうか。)」


 日本なら訃報ふほうなんてすぐに知れ渡るんだが……。いや、メールやSNSがある前世は人との繋がりが希薄になってるとかってテレビで見たっけ。それを一緒に見てた父さんが『海外のニュースなんかはよく知ってるのに仲の良かった同級生が亡くなっていたのを同窓会で知った』と寂しげに言ってた事を思い出した。……それに何度も痛感させられたが、この世界で人の死は天気予報と同程度の情報価値だ。大事であるものの、タイミングによっては極限まで軽視されてしまう様な……そんな程度の……。


 ルウィアは今後も昔の知人と出会う度に家族の死という悲報を自分の口から吐き出さなければならないんだな……。


「わっ! これ懐かしい!」


 俺の同情的感傷はルウィアの明るい声で打ち消される。彼が手に取ったのはガラクタの中の一つ。革で出来たぐるみ? 何かのベスをかたどってあり、パペット人形に見えなくも無いが下に手を入れる穴は無いみたいだ。そして、中には恐らくわらがパンパンに詰まっている。不気味と可愛いの中間くらいの見た目かな。言っちゃ悪いけど、呪術人形と言われても納得しそうな見た目だ。だが、アロゥロはルウィアの好意的な声に興味を抱いたらしい。


「何それ? 魔巧具?」

「そうだよ! 子供の頃はこれでよく遊んでたよ。」

「どうやって遊ぶ物なの?」

「ほら!」


 ルウィアが腕を伸ばして人形を”たかいたかい”でもする様に掲げると人形が物凄い勢いで震え始めた……!


「えっ!? 何!?」

「あははっ。」


 驚くアロゥロと無邪気に笑うルウィア。不気味だ。


『え゜っ゜!? 何゜!? あ゜は゜は゜っ゜。』


「えぇ!? 喋った!?」


 裏声とも機械音とも言える甲高い声で台詞が返ってくる。不気味だ。


『え゜ぇ゜!? 喋゜っ゜――。』


 振動と共に声も途切れる。どうやら何か仕掛けがあるらしい。


「な、何? 動かなくなっちゃったけど……。」

「大丈夫。神力を止めただけだよ。トマンソンさんは発明家なんだ。」

「発明家?」

「うん。神巧具を作れるの。」

「何だって!?」

「大した物は作れないけどねぇー!」


 驚く俺の声に被せるよう遠くから割り込んでくるトマンソン。でも、神巧具……魔巧具を作れる? それならミィも……!


「あ、そ、その……流石にミィさんが入った神巧具は無理かと思います……。それに、トマンソンさん、すぐに解体したがるので……。」

「えぇ……それ、ファイを見せても大丈夫なの?」

「わからない……。」

「大丈夫! 不敬な事はしないわよ! それに解体しても殆どは綺麗に戻せてるから!」


 殆どじゃ駄目だろ。でも、そうか……それなら見せるのは危ないな……。


「トマンソンさん。神巧具って言ったら一番発達してるのは王国だと思うんですけど、他に発達してる所ってあるんですか?」


 ルウィアの質問一拍置いてから返答が返ってくる。


「……それならフマナンね! 私もいつか余裕が出来たら行ってみたいわ! なんでも街が飛んでいるとか!」

「フマナンはちょっと遠いなぁ……。」

「何処だそれ?」

「王国の西にある国です。」

「国? 街じゃなくてか?」

「はい。中立国と言いますか……王国も帝国も絶対に手を出さない国です。」

「他は駄目でしょうね! 帝国は先の戦争で魔巧具は邪道だなんて言って毛嫌いしてるし! 私は生まれる種族を間違えたわ!」


 話の流れを無視して自分の思いをぶち撒けながら作業を続けるトマンソン。アロゥロはアロゥロでマレフィムと一緒にガラクタを漁って遊び始めた。


「少しでも役に立つ情報が入ればと思ったんですけど……。」

「俺のためにか? ありがとな。」

「……その……今日はすみませんでした。」


 唐突な謝罪。理由は何故か察する事が出来た。


「別に、気にすんな。」

「……。」

「でも、怪我ぁすんなよ。」

「……はい。」

「俺はお前が無事に勝ってさえくれれば良いんだ。」

「えと、それに関しては安心して下さい! その為にも今日此処に来たんです!」


 疲れは見える物の、想像に反しての希望に満ちた表情。


 この日、ブレーキはすぐに直った。だが、ルウィアの追加依頼とやらでうたた寝してしまう程待たされる事をこの時の俺は知らない。


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