第180頁目 大人は拗ねないの?

 引き車は直ったが、ミィの封じられた魔巧具について特に目立った情報は得られなかった。俺も山の様に積まれた魔巧具から幾つか見せて貰ったが、仕掛けとしては前世にあったおもちゃみたいな物が多く、ゴーレムを操るだなんて高度な事が出来そうな道具が作れるとは思えない。因みに彼女はファイに不敬な事なんてしないと言っただけあって、ファイに工具を当てようとしたりはしなかった。その代わりスケッチしたりしてたが……まぁ、マレフィムとやってる事は大差なかったな。そして、彼女は最後まで俺に触れなかった。ルウィア曰くそういう人だとの事。そこらの人には興味が無いんだとか。対してゴーレム族は魔巧具と関係が深いとかで……まぁ、アロゥロに対しても雑な対応だったもんな……。


 それから毎日ルウィアは競技場に通った。毎日行くだけなら誰でも出来るかもしれない。しかし、朝早くに出向き、競技場が空いている間は日が沈むまでセクトに乗り、夜はトマンソンさんの所へというハードなスケジュールをやりきるのは簡単な事ではないだろう。


 しかし、ルウィアの練習方法というのは異様な物だった。それは、”セクトに好き放題競技場を周回させるだけ”という物。反復練習と言えば聞こえはいいが、やってる事はただの我慢大会だ。突然の加速、連続した跳躍、時には急旋回して逆走も。それに振り落とされず、股で挟んで手綱を握る。俺はセクトが怯えないよう遠くの観客席からその様子を見守った。何か有用なアドバイスをしたくても何も知らない俺は時折振り落とされるルウィアを心配しながら堪える。ヘトヘトになって帰ったルウィアは気絶する様に寝た。暗示の如く順調だ順調だと繰り返されても、全くそうは思えない。



 ……そして、日はあっと言う間に過ぎていった。



「明日、発表ですか……。」

「うん……。」

「確かに初日と比べたら走れてるみたいだけどよ……。アレでどうにかなるのかよ?」

「そうは言っても、信じるしかないじゃないですか……。」


 精神損傷から回復してきたマレフィムが眉間に皺を寄せてそう零す。選手発表は明日。街は日に日に賑わいを増し、かつてのオクルス以上の混雑具合だった。競技場は夜を越す度に装飾が施され『祝!』だか『記念!』だか刺繍のされた旗がアチコチにはためく様になっている。俺は一観客でしかないのだが、純粋にその高揚していく祭事の空気を楽しめていない。それもこれも……。


 今思えば何も出来ないのだし、仕事でも探して荒稼ぎすればルウィアがこんな無謀な事をせずに済んだんじゃないかと思う。それが先程思いついたというのが何とも俺らしい。


「二人共心配し過ぎだよ!」

「なんでアロゥロはそんなに信じられるんだよ。」

「ルウィアは、私のヒーローだから!」

「気持ちはわかるけどな? ヒーローってのはなろうと思ってなれるんもんじゃなくて……。」

「ヒーローになろうとなんてルウィアは思ってないよ。」

「でも、アイツが望んでいる事はヒーローその物だぞ。」

「そうかな?」

「そうかなじゃなくて――。」

「それなら、ヒーローはもう通り過ぎてるんだね。きっともっと先にいるんだよ。」

「なんだよそれ?」

「わかんないけどルウィアは凄いの!」

「今更止めて欲しいと言ってもルウィアさんは聞き入れないでしょう。」

「例え本人が嫌がっても死なれるよりマシじゃねえか!」

「それは自分勝手でしょう?」

「誰がだよ!」

「皆ーッ!」


 過熱してきた場外論争をルウィアが大声で濁す。セクトに乗ったままこちらへ向かって走ってきていた。


「そう、皆です。」


 マレフィムが諦めた様な表情で一言。……皆か。そうだな。皆、自分勝手だ。俺も彼奴も皆。


「どうしたんだよ?」


 高い観客席から下のルウィアに向かって質問を投げる。


「えっと、今日はこれくらいにして、もう帰ろうかなと思いまして……!」


 最初は筋肉痛に悩まされていた様子だったが、最近は筋肉痛を魔法で和らげるやり方が上手くなってきたらしい。それでも完全に痛みは消えきらないみたいだが……。


「今日は早いんだな。」

「明日は競技場が使えないのでこの際休んで備えようかと……!」

「なるほど。いいんじゃねえか?」


 本人以外に啖呵を切れても、いざ正面を切って本音を言えるかと言えばそんな事はない俺のヘタレっぷり。見得までは切れないのか? 幾ら自分を煽ったってどうせルウィアの士気を下げる事なんて言えやしないんだ。それならたっぷり気遣ってやろうじゃねえか。


「ソーゴさん、アメリさんをお願い。……よっと。」


 アロゥロはマレフィムを俺の頭の上に乗せると、観客席から飛び降りてルウィアの元へ駆け寄った。結構な高さあるんだけどな……ここ。まぁいい。引き車の所へ戻るか。そこで待ってれば合流出来るだろう。


「先に引き車んとこ戻ってるぞ!」

「はーい!」

「い、急ぎます!」


 なんてやり取りをした物の、駐車場で合流して早速ルウィアはこんな事を言いだす。


「ちょっと引き車屋を回ってみたいんです……!」


 いつもと違って夕方より少し前、檸檬れもん色が滲む空色が地平線に横たわる時間帯。確かに店は閉まってないかもしれないが、それでも多くの店は巡れない気がする。


「幾つの店を回る予定なんだ?」

「い、いえ、お店だけじゃなくて、この時期に集まってる他の方達の引き車も見て参考にしたいんですよ。」

「ふぅん。いいかもな。」

「でも、こんな事に付き合わせるのもなんだか申し訳ないので……折角ですし、この辺りを見てきたらどうでしょう?」

「また厄介払いか?」


 つい棘のある言い方をしてしまった。俺はしまったとは思ったが、ルウィアはそこまで気にしていないみたいだ。それでも、言い辛そうな口の開け方で言葉を返してきた。


「その……これは僕達の商会の仕事なので……。」

「……。」


 ルウィアにその気があったかはわからない。だが、明確に俺との、いや、俺達との間に線を引かれた気がした。一人で勝手にルウィアを心配して大騒ぎして……それでも友達だからって思ってたけど、そうだよな。俺達はここで別れるんだ。


 なんだよ……どいつもこいつも大人じゃねえか。子供らしくイジケてんのは俺だけかよ。


「……わかった。んじゃ、好きに遊んでくるわ。」

「あの、ガレージの場所は――。」

「わぁーってるよ。心配すんな。ガキじゃねえんだ。」


 少し態度があからさまだったろうか。それでも、抑えきれない苛立ちがあった。


「……ソーゴさん。」

「あんだよ。」

「良い機会かもしれません。例の話の続きをしましょう。」


 競技場の駐車場にはもう沢山の引き車が停められている。有料の駐車場を使わずに何日もここに停められるのは許されるんだろうか? 町でも番を付けた大量の無断駐車が横行している。ベスか何かに運ばせてる空を飛ぶ引き車もチラホラ見た。タムタムという大都市が隣なだけあって賑わい方が凄いな。


「……ミィはこの景色を見てなんて言うだろうな。」

「果物の屋台を探すでしょうね。」


 確かに。容易に想像出来る。


「どうすればいい?」

「それを話し合おうと言っているのです。今なら完全とはいかなくても多少頭が回ります。」

「話し合うっつっても情報がなさ過ぎる。」


 駐車場を出て通りに入ると、日も暮れそうだというに忙しなく引き車やエカゴットに乗った人々が行き来していた。マレフィムは時折側を通るウナから身を隠す様に両翼の根本に挟まっている。でも、竜人種である俺はそもそも人から避けられるんだよな。それに人混みって言っても前世の混み具合を知っていれば人が少し多い程度でしかないし。


「しかし、せめて情報の整理くらい……。」

「いいんだよ。んなもん。彼奴が言ってた通り街でも散歩して遊ぼうぜ。……ん? なんか慌ただしさがおかしくないか?」

「はい?」


 祭の喧騒と言ってしまえばそれまでなのだが、屋台、見世物……うーん。なんだ?


「おい! 向こうで酔っ払いが暴れて家を壊したってよ!」

「ついにか!」


 家を壊した……ってかついに? 何か起きてるのか? 


「見ろ!」


 誰かが叫んだ。誰が何を指しているのかはわからなかったが、俺の広い視界はソレを捉える。複数の宙を駆ける岩。ここからの距離でこそサッカーボールくらいの大きさに見えるが、それはつまりそういう事。


「はっはっはっ! 始まったな!」

「今年は遅かったな!」


 え? なんでそんな朗らかな……。


 周りが安心しきってるせいもあってか俺もどうにかしようという気になれなかった。だが、俺はすぐにその雰囲気の正体を知る。ノミの様に勢い良く跳ねた何かが一つ、デカい怪長が鷲爪で一つ、見慣れた水弾が一つ、と様々な方法で岩を退けていく。そして、すぐに危機は去り野次馬が何処かへ向かう。


「何処行く気ですか?」

「見に行くんだよ。」

「何故?」

「気になんだろうが。」

「そんなみっともない……。」


 みっともなくても構うもんか。珍妙なもんを見つけて喜んでるお前と同じだろ。


 人の流れを追い、いつだったかのロデオ事件よりも数倍集まった人集りを掻き分けて進む。飛ぶには人が多すぎるし仕方ない。この世界は人の身長もピンキリ。それに建物に登ったり飛んだりして集まるんだからすげぇよな。っと? 唐突に人の流れが乱れ始めた。急に逆方向に散る人が押し返してきたのだ。


「邪魔だ! 退いてくれー!」


 偶然人混みの中からその姿を捉えられた。モコモコした毛を纏った獣人種が二人組に担がれて運ばれている。


「なんだ、もう終わりか? 弱かったな。」

「あの家、結構古かったっけか。今年は幾つ壊されるのやら。」


 幾つって家が壊れるのなんてそんなよくある事じゃないだろ。それに家っつってるけど、見た感じビルだぞ。


「怪我人を運び出せー!」

「死体はあるか!?」

「探してる!」

「俺も手伝うぜ!」


 ビル倒壊跡に群がって救助活動を行う人達と霧散していく人達。沢山いても邪魔ってのは理解できるけどさ……。いや、俺なんかが何か言えるもんでもないか。でも、手伝うくらいはしよう。


「ケホッ……煙が……。」

「大丈夫か?」


 夕日が倒壊した建物から出た煙で滲んでいる。俺は問題無いが、マレフィムの身体のサイズにはキツいのかもしれない。それにマレフィムは今、魔法を上手く制御出来ない事もあって風で払うのが難しいのだ。手伝わないのは申し訳ないけど、離れるしかないか。俺の魔法でも駄目そうだし。


「やっ、ソーゴ君。こんな人混みでも君は目立つね。」

「……お、お前。」


 驚風きょうふう


「うおっ!?」

「おい! 誰だ魔法を使った奴ぁ!」


 風で濃く、そして薄くなる煙。塵や砂利も巻き上がったのだろう。野次馬が騒ぎ立てて空に吠えていた。だが、それすら背景だとでも言うように奴は俺と向き合って立っている。黒い頭巾フードを目が隠れるくらい深々と被って。

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