第178頁目 なんだコイツ?

「ほぉー……。」


 前後の壁が無い吹き抜けの建物の中から焼き魚と思わしき香りが絶えず放たれていた。そこに足を踏み入れ、作業風景を見学させて貰う。相変わらず遠慮ない視線をぶつけられるが、一々気にしてはいられない。火で熱された鋳造ちゅうぞうと思われる型に油を塗ると、灰色のペーストを詰め込みヘラで余分を摺り切る。そして、火が通ったら型の横のレバーを回してブランコの様に奥に傾け、練り物を乱暴に型から揺さぶり落とす。あんな機械が開発されてるという事はそれだけ歴史有る製法なんだろう。


「すみません。これ、一個食べてみたいんですけど幾らですか?」


 仏頂面で作業を続ける人に話し掛ける。一応丁寧にな。すると訝しげな顔で俺の全身を見回し質問を返してきた。


「あん? アンタが食うのかい?」

「はい。あ、これ、『ウナかすめ』であってます?」

「あってるよ。でも、竜人種がなんでウナ掠めなんて……。」

「美味しいって勧められたんですよ。」

「でも、知ってるかい? これはベスにも食わせる様な飯だよ?」

「それでも美味しいんですよね?」

「味はいいさ。ウチの子も大好きだよ。」

「へぇ、ならやっぱり一個食べてみたいですね。」

「そんじゃあ一個やるよ。」

「本当? 助かるよ。いやぁ、一回食べて見たかったんだよね。」

「「!?」」


 自然に引っ掛かりも無く会話に割り込み、我が物顔でウナ掠めを手に取る少年。


「よ、夜鳴よるなき族……!」

「お前!!」

「何二人して?」


 ヘラりともニヤりともとれる笑い方をするとパクりとウナ掠めを一口齧る憎き相手。その余裕が気に食わなくて俺は怒りを隠さず抗議した。


「何じゃねえよ!」

「ひっ!?」

「ほら、脅かさないで。あっはは、ウナ掠めなのに竜人種からかすっちゃったよ。ここのは竜かすめに改名しちゃう? このストーリーとか付けたら集客見込めるかもよ?」

「……!」


 無言で必死に拒否する作業員。


「あ、そう。まぁ、君も食べなよ。ソーゴ君だっけ? そうそう、もう一個貰っていい? ありがとう。」


 返事も聞かずに積まれた商品から更に一つウナ掠めを手に取ると俺に差し出した。その予想外の行動に俺は戸惑いながら作業員と目を合わせる。


「……いいのか?」

「え、えぇ。」


 流石にこいつの手から直接食べるのは嫌だったので二本足で立ち上がり手で受け取る。


「デミ化もせず器用だなぁ。ボクはノックス。昨日は悪かったね。」


 手にとったウナ掠めを口に含もうとした所で昨日の怒りを煽る様な事を言ってくるノックス。


「そうだお前! よくも大事な鞄を傷付けやがったな!」

「そんな大事な鞄だったのかい? 尚更ごめんよ。まさか竜人種がそんな見窄みすぼらしい鞄を大事にしてるなんて思わなかったからさ。」

「見窄らしいだア!?」

「そう立て続けに怒らないでくれよ。原因が迷子になってしまうぞ?」

「煽ってんじゃねえぞテメェ!」

「待てってば。本当に心から謝ってるんだよ、こっちは。何が望みなんだ?」

「は? 望み?」

「そうさ。和解したいんだよ、ボクは。まずは一口食べて落ち着いてごらん。」

「……。」


 また会ったら速攻ぶん殴ってやろうと思ってたのに、どうにも噛み合わないやり取りでこちらのエンジンが掛からない。そして、渡されたウナ掠めも少しずつ冷めてきている。癪だが一口くらい食べちまおう。鼻先を近づけクンクンと空気を吸い込めば鼻の奥で拡がる磯の香り。雑魚やアラをいたって言ってたな。まんま竹輪ちくわって訳じゃないが、練り物としては違和感の無い香り……だと思う。ってかこの太陽というか手裏剣というか、放射状に拡がるクネクネした形。これは何を模ってるんだ? モチーフがわからん。火が通り易そうだとは思うけどさ。


「んぐ……。」


 躊躇ちゅうちょ無く食べる。俺の大きな口なら一口で食べ切れるが半分だけ齧った。何となく断面が見たかったからだ。中はやはり灰色。舌触りは滑らかとはかけ離れたジャリジャリした物で、砂の混ざった柔らかいゴムみたいな食感だ。だが……美味い。断面をよく見ると黒や白い粒に混ざり濃い赤色の何か。多分ジャリっとした食感はこの白黒の粒なんだよな。


「何をそんなに見てるんだい?」

「……この赤いのが何か気になっただけだよ。」

「あ、あぁ。それは海藻だよ。ウチはそれを入れて少しだけウナ掠め特有の尖った食感を抑えてあるんだ。」


 作業員が恐る恐る解説してくれる。


「へぇ、このヌメッとした食感はそれのおかげ?」

「……そうだよ。」

「ふぅん。別にお仕事は続けてていいよ。邪魔はしないからさ。にしても美味しいね! もう一個貰うのは流石に悪いか。中身の素材の配合が店によって違うんだっけ?」

「そうだね。」


 作業員は警戒しているせいで元の仏頂面に戻ってしまった。しかし、気にせずノックスは俺等を背にして歩き始めた。


「ソーゴ君、おいでよ。どうせだし、一緒にウナ掠めの食べ歩きをしようじゃないか。」

「……なんで俺が。」

「そう警戒しないでくれよ。なんなら驕ってあげるからさ。」

「俺は友達の昼食を買いに来てんだよ。遊びじゃねえ。」

「そうなのか? 一目見た限りじゃ遊んでる様にしか見えないよ。そんな格好じゃあ。」


 首から膨れた鞄と揚げ虫が下がってる状態の俺。確かに遊んでる様に見えるかもしれない。だが、勿論そんな事はない。確かに楽しく町を散策していたが、あくまでその感情は副産物だ。


「……うるせえな。」

「それで、ウナ掠めは気に入ったかい?」

「あ、あぁ、不味くは……。」


 いや、この嫌味はノックスに向けてではなくなってしまう。俺は言う相手を作業員に変えてしっかり言葉を伝える。


「美味かったよ。すげぇ美味かったです。ありがとう。こんな美味いもん食わせてくれて。」

「そ、そうかい。口にあってよかったよ。」

「他のトコとじゃやっぱり味が変わるんですか?」

「あぁ、そうだね。ウチは塩だけで味を付けてるけど魚醤を使ってたりするとこもある。気に入ったなら色々食べ比べて見るといいよ。」

「そうします。仕事の邪魔してすみませんでした。また食べに来ます。」

「あぁ……。」


 不思議そうな表情を向けてくる作業員を置いて他のウナ掠めを探す事にする。


「へぇー、礼儀正しいじゃないか。それが竜人種なりの誇りなのかい?」

「付いてくんなよ。」

「嫌だね。ボクは君と仲良くしたいんだよ。」

「俺も嫌だっつってんだよ! 人の大事なモンを傷付けた上にエーテルまで奪おうとしやがって!」

「それは謝罪しただろ? 償いが欲しいのかい?」

「あぁ、そうだな。俺の足でも舐めてくれるって言うんなら許してやるけどよッ!?」


 四足で歩いていた俺は片方の前足を何かに取られ起き上がらせられる。見れば前足には二本の尻尾の様な物が巻き付いていた。それはノックスの背中側に繋がっている。なんだ……これ……。


「変な事を望むねぇ。」

「はっ!?」


 ガッと乱暴に前足を手甲を嵌めた腕に捕まれ引き寄せられる。俺の掌は先程食べたウナ掠めの油が染み込んでいて、その後地面に手をついた為に当然砂利や埃が付いている。大穴で衛生観が歪んでしまった俺としてはそこまで気にならないが普通なら”汚い”と思うだろう。そんな手を口の端に笑みを浮かべつつ小さな舌をチロりと伸ばし……舐めた。傷もみもないノックスの肌と薄汚れた俺の手。それはとても対照的に思えた。だが、すぐに我に返る。


「ばっ!? 何やってんだお前!?」

「おっと、何って君が言ったんじゃないか。それとも何か解釈を間違えたのかな? 方言的な言い回しだったとか? 生憎ボクは竜人種特有の言い回しには造詣ぞうけいが深くないんだ。正解を教えてくれないかな?」

「あっ……いや……。」

「少しもボクの本気は伝わらないのかな?」


 行動が予想外過ぎて下手な言葉を返せない。だが、もうノックスに対する怒りは何処かに隠れてしまっていた。そう言えば先程俺の前足を絡めとった尻尾はもうノックスの腰に巻き付いている。少し変わった意匠のベルトにも見えるから気付かなかった。それはノックスの身体の一部なのか。そう言えばルウィアが夜鳴族は触手がどうこうって言ってたな……。


「真面目に聞いていいか?」

「あぁ、なんでも答えよう。」

「なんで俺に構う?」

「二つ理由がある。一つは暇だから。」

「は?」

「もう一つは昨日見た神巧具しんこうぐに興味があるからだね。」

「……なんだと?」


 ミィの入ってるあれか? それならやっぱりコイツは信用ならない。盗んで売ろうとでも考えてんなら只じゃ置かねえ……!


「盗もうとでも考えてるなら許さない……みたいな事考えてる? 悪いけど、盗むだけなら簡単だよ。いつでも出来る。」

「……ッ!」

「わかってるだろう? でもさ、お金なんてその時したい事を叶えるくらいあればいいんだ。多方に敵を作ってたら大変じゃないか。だから……うん。そこまで頻繁にお金は盗まないよ。多くても一日三回くらいだね。」

「充分多いわ!」

「嘘だろう!? 一日三回くらい食事をしたい時くらいあるじゃないか!」

「食事の度に盗んでんのかよ! タチ悪過ぎるっつーの!」

「そう言わないでくれよ。……なら、こういうのはどうだい? ボクは神巧具についてある程度知識がある。何か困ってる事があるなら助けられるかもしれない。」

「何?」

「おやっ、わかり易い食いつき方だね。大事にしてるとは思ったけど、困難な状況でもあるって事かな。」

「でも――。」

「本当に詳しいって証拠かな? それはもう信じて貰うしかないかな。これでも結構長生きでね。昔神巧具について研究していたっていうのは伝えておこう。」


 研究か……あの神巧具について得られる情報があるならほんの少しでも欲しい。だが、俺はもう騙されたくない。眼前にぶら下げられた餌に遠慮なくかぶり付ける程、俺はガキじゃなくなってしまった。ここから更に失敗をしてミィを失ってしまうなんて事があれば……。


 俺は、きっと折れてしまう。


「……そうだよね。なんとなくだけど、どれくらい追い詰められてるのかは掴めたよ。」

「何がだよ。」

「だから、時間を置こうじゃないか。」

「は?」

「ソーゴ君はいつまでこの町にいるんだい?」

「……教えるかよ。」

「なら一週間だ。それまでにボクと”話をするか”決めて欲しい。」

「話を……しなかったら?」

「さぁ……? でも、悪いようにはしないさ。」


 何もかもが勝手過ぎる……!


「少なくとも今はまだ信用して貰えないみたいだからね。ラブコールはこれくらいにしとくよ。じゃあ、またね。」

「……。」


 ”これくらいにしておく”という言葉に偽りはないらしく、何処かへ去っていくノックス。少年らしさが微塵も感じられない特徴的な手甲と……? 尻尾が首の後ろから伸びている。そして、手甲と同じくらい目立つブーツ。それ以外は薄汚いとも絢爛けんらんとも言えない地味めな暗い色の服装。しかし、布一枚でなく洋服らしさのある服の構造から不変種である事が伺える。気味の悪い程白い肌と言い、黒い髪や羽毛で覆われた耳が真珠のように青く光を跳ね返す様は美しくも近寄りがたいと思えた。


 ……さっさと昼食を買って戻ろう。

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