第177頁目 慌てる竜は損が多い?

「うっ! くっ! 止まって! セクト……!」


『ギュアッ! ギュアアッ!!』


 左右の手綱を引き頭を後ろに引っ張るのが”止まれ”という合図らしい。だが、セクトはまだその意味を覚えられず止まるのに一苦労するルウィア。俺が何度も追いかけた末、”走れ”という指示は覚えられたのだが、どうにも止まる方はまだ掛かる様子だ。セクトは頭を引っ張られるのを嫌がらせとしか受け取っていないらしく、嫌がって首を振りながら数歩歩いて立ち止まりくるりと身体を半回転したり、地面に横たわろうとする有様。そして、セクトからルウィアに対しての不信感が膨らんでいる気もする。これはよくない。


 そして俺はというと……。


 ザッ……。


『ギュッ!?』


 この通り、俺の一挙手一投足に反応して怯えるセクト。これでは練習にならないので俺だけ遠くから離れて見る事になってしまった。初日からこれでどうするんだ……。もう陽は高く昼は過ぎているのだろう。その間、競技場内に現れた者は俺等以外一人としていなかった。こんな放置されるもんなんだな。てっきりもっと整備員とかが入ってくるもんだと思ってたけど……。


 ……暇だ。


 順調ではないんだが、順調な練習。その様子を近くで応援するアロゥロとマレフィム。俺は遠くでボーっとするだけ。なんというか拍子抜けする長閑のどかさに早くもルウィアを守らなきゃという使命感が若干薄れかけていた。しかし、問題は本番なのだ。今をこうノタクタとやって実力が身につかず結局レースで死んじゃいましたなんてのは一番避けたい事態。かと言って出来る事も思い浮かばない。


 ……何か良い方法は無いのかよ…………ん?


 ルウィアがセクトから降りてアロゥロと何か話してからこっちに近づいて来た。どうしたんだ?


「ソーゴさん、その、お願いがあるんですけど……。」

「なんだよ?」

「えっと……昼食を買ってきていただけませんか?」

「あぁ、いいぜ。」

「あ、ありがとうございます。その、お代は後程お返ししますので……。」

「わかった。怪我しないようにな。」

「は、はい。それで、その……ずっと遠くで見てるのも退屈でしょうし……。昼食を買ってきたら遊んできていいですよ……?」

「……あぁ。」


 何となく、察した。恐らくセクトが俺に怯えるせいで集中が続かず練習にならないんだ。悔しいけど、俺は邪魔になっている。短慮な考えから強行策を講じた結果だろう……。焦って馬鹿な事をするんじゃなかった。


 俺は大人しく独り、昼食を買いに行く。臭く煩いウナ小屋を抜け駐車場を過ぎ町の通りに出た。以前アニーさんにランチバスケットみたいなのを用意して貰った事があるけど、あんなモン売ってる訳ないし…………屋台メシでも漁るか。


 早速、町に漂う匂いを追って屋台を巡る。やはり大河に面した港町という事もあってか肉よりも魚料理が多めだ。そして……個人的には苦手な虫料理も多い。っつか肉屋が多いのに肉料理の屋台が少ないのは何故だ? 魚は好きだからいいんだけどさぁ。


「新鮮な果物が揃ってるよぉー!」


 果物を串に刺した物がズラッと並べてある。皮を雑に剥いて、その後魔法で凍らせた物だ。デザートとしては中々良さそうだが昼食としては向かなそうだ。……ミィが無事だったら食べたがったろうな。


「”凍り水”安いよー! 今朝仕入れた魚だからね! アストラルの味だって感じられるかもしれないよ!」


 不思議な名前の料理を見て少し驚く。茶色い透明なゼリーの中を小魚が泳いで……いや、死んでるから動いてないんだが……。それをどう食べるのかと思った矢先に店主がゼリーを数回撫で、両脇に掌を添えてゼリーを”ズラして”しまう。ゼリーは何枚もの板になっていたのだ。撫でた時に魔法で斬ったんだろうか。しかし、魚ごとゼリーを……うーん……見た目が宜しくない。食ってみたいとは思うけどね。でも、アレも昼食としては向かなそうだな。やっぱ手を汚さない料理じゃないとだよなぁ。


「今日も揚げ虫揚がってるよー。一籠五百ラブラー。カリッとして美味いよー。」


 無感情な声で売り文句を繰り返す店主。その前には火にべられたデカい壺。そして、横に並んだ大量の小さな木籠。壺には臭いからして油が入っている。ここまでくればもう詳しく説明する必要もないだろう。籠には揚げられた小虫が大量に詰まっているという訳だ。……帰りに一つ買ってくか。いや、揚げたてを買ってもルウィアじゃ食えないか。今の内に一つ買っとこうかな。


「すみませーん。一籠ください。」

「あいよー……ん? 兄さん噂の竜人種じゃないか。こんなの食べるのかい?」

「友達に買ってくだけだよ。」

「へぇー、気さくだって聞いてたけど本当だったんだなぁ。こんな屋台で買い物するとはね。」

「……。」


 ”こんなの”って、虫だからって意味じゃなくジャンクフードなんて食うのかって意味か。しかし、そんな噂になってるのか? 竜人種って本当に珍しいんだな。だが、対して食いつかれもしなかった。購入が完了した俺は再び追加の食べ物を探す。そして、気付けば香りに釣られて港の方に歩いて行っていた。ペッペゥというトラウマもあるせいで自分から行く気は起きなかったんだが……。


『ピギャアアアアアアアアア!!』


 遠くから聞こえたその叫び声に思わず身体をすくませる。声のした方を見ると大量のペッペゥが籠の中で蠢いていた。


 売り物か? うぅ……見たくもない。


「美味いよー! ウチの干し身は特に腐りにくいって評判さ! あっ! お兄さん、例の竜人種じゃないか。どうだい、一つ買ってかないかい!」


 ペッペゥから目を逸らすと偶々目が合った店主から声を掛けられてしまった。不意打ちとも言えるその誘いに上手く応戦出来ず、取り敢えず気になった事を聞く。


「干し身って何の?」

「刺さり鳥だ! 知らないのか? 海に飛び込んでまで魚を捕るベスだよ。ほら、そこら中で見るだろ? あれだよ!」

「そこら中? あのよく止まってる水色の?」


 海の近くでよく見る鳥だ。かもめ海猫うみねこみたいな見た目の鳥で群れを作っている事が多い。店主が示す先にも三匹程停まっている。鳴き方が少し特徴的で『めぇー』って感じなんだよな。……で、あれを食うって? はとを食うようなもんじゃねえか。残酷ってよりちょっとした衛生的な感覚として少々忌避感が…………今更かぁ……。


「美味いのか?」


 もうストレートに聞く。町で見慣れた動物ってそれなりの理由があるから喰われてないんじゃないか、とか考えたりするだろ。例えばすんごい不味いとかさ。


「あったりめえよ! 何よりウチはそれなりに拘って干し身を作ってんだ。寧ろここで食ったら他の店のは食えなくなるぜ?」

「ほぉー。」


 港で魚じゃなく鳥売ってるんだからそりゃ大したもんなんだろうな。でも、干し身ってつまり干し肉だろ? この店主の隣に積まれてるのが干し身か。なんと言うか……真っ黒だな。


「凄い見た目だな。鶏肉とは思えねえ。」

「そりゃあ干し身だからな!」


 ん? なんだか会話が噛み合ってない気がする。干し身って干し肉と違うのか?


「……なんかオススメの食べ方とかあるのか?」

「ウチのは香りが強いが少し柔い! だからチップみたいに少し厚めに削って酒のツマミに出来るぞ!」


 干し肉と同じだな……。気の所為だったか。


「じゃあ一個くれ。」

「まいどありー! やー、夜鳴族と違ってお兄さんは優しい人じゃないの!」

「夜鳴族?」

「そ、知ってるでしょ? 最近ここらにふらっと現れては他人に飲み代をせびって消えるっていうさ。」

「あー……まぁ、知ってるな。」

「もしお兄さんが見つけたら一発〆てやってよ!」

「別にいいけど……お前がやればいいだろ。」

「いやいやいや、俺なんかが絡んだら一瞬で殺されちまうよ。」

「そんな事ねえよ。」

「そんな事あるんだよ! かー! やっぱり竜人種は弱者の気持ちがわかってないねえ! はい、これはちょいとしたおまけ。」

「ん?」


 店主が商品と一緒に木紙に包んだ何かを渡してくる。いい香りだ。燻製っぽい香りに混じるツンとした刺激臭。確かにただの干し肉ではないらしい。


「端材みたいなもんさ。作る時に落ちた欠片だよ。」

「へぇ。」

「そのまま舐めたりしゃぶったりしても美味いが汁物にちょいと入れるってのも美味いぜ。」

「ほほぅ。」

「じゃ、お代、五千五百ラブラね。」

「おう…………ん? い、幾らだって?」

「五千五百ラブラだけど?」


 店主が手ですぐ隣に立てかけてある看板を指す。そこには”伝統製法!自慢の味わい!刺さり鳥の干し身 一本五千五百ラブラ!”と書いてあった。


 流石俺。もう結構文字が読めるぜ…………はぁ……。


「……あ、あぁ。……わかった。」


 高い! 五千五百!? 一本で!? バッカじゃねえの!? これでよく商売やっていけんな! 看板にまで正々堂々書く心意気はいいけど、もって数ヶ月だろタコ! 心優しい俺は買ってくけどせいぜい潰れないよう頑張って働くんだな!! このボッタクリ野郎が!!


 そんな言葉を全て胸中の奥にしまい込み、虚石を差し出す。


「俺が抜いちゃっていいのかい?」

「あぁ、構わない。俺を騙せばどうなるかくらいわかるだろ?」

「そ、そんな事しないぜ!?」


 まだ一ラブラが量れない俺は竜人種という看板を使いこうやって買い物をする。残金が幾らか確認も出来ないが、そこはもうしょうがないよな。でも、なんで干し肉がこんなに高いんだよ……。


「なぁ、ここらへんで美味くて簡単に食べられる名物みたいなのないか?」

「それなら向こうに売ってる『ウナかすめ』がいいだろうな。でも、上品な竜人種の口に合うかはわかんないけどね。」

「ウナ? ウナの肉を使ってるのか?」

「いんや、元々ウナにやってた餌だったんだが余りに美味えからって俺等も食い始めたのがそれさ。」

「へぇ、だから『ウナかすめ』か。そんなに美味いんなら試してみるか。」

「はー! やっぱりアンタ変わってんね! ベスの餌を喰わせる気だったのかぁー! みたいに怒んないんだもんな!」

「どんなんなんだよ。」

「ただの魚肉だよ。雑魚やアラを挽いて焼いたものって言えばいいのかな。」


 ……練り物って事か? 


「ふぅん。」

「まっ、食って見りゃわかるさ。」


 それもそうだと会話を切り上げ、俺は馴染み深い魚の生臭さ漂う建物へ向かった。


 異世界にも竹輪ちくわはあるんだろうか。前世じゃ特別好きだった物とも言えないけど、自分が知っている物を今世で見られると思うと少しだけ心が浮き立つ感じがした。


 単純だな。俺って。

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