第157頁目 死すらもごっこ遊びなのか?

「アレだけありゃ結構稼げましたぜ?」

「なあに今回は報酬がデカい。ゴーレムを操れる魔巧具だぞ? それさえあればゴーレムその物を売れるじゃねえか。」


 身体強化した耳に届く声。多分マインとエルーシュだ。


「(そ、ソーゴさん? 急に止まってどうしたんですか?)」

「(奥にマインとエルーシュがいる。)」

「(マインさん達が!?)」

「(無事追いつけたようですね。)」

「(あぁ、俺には会話がしっかりと聞こえるから少し待ってくれ。)」

「(は、はい。)」


 今聞こえた一つ二つの言葉でさえ気になる内容だった。ゴーレムを操れる? ってか報酬ってなんだよ。


「まぁ、そうですけどぉ。解体とか大変だったじゃないですかぁ。」

「『商人なら目先の利益に奪われるな』ってな!」

「だッははは! 当分俺等の間で流行りそうですね! ――”商人ごっこ”。」


 ……は? 商人ごっこ?


「あの引き車とアムも勿体なかったなぁ。」

「また奪やいいだろ。それに、あのお人好し共の事だから置いていってるかもしれねえぜ。」

「有り得そうですね! 今頃仲間が一人死んでそれどころじゃないかもだし!」

「いや、どうだろうな。あの女は植人種だ。アレで死んだかはわからねえ。それより俺達はゼルファルとサインが死んじまったからなぁ。」

「ハハッ! 日頃からうざかった妹が死んだだけでも俺からすれば報酬みたいなもんです。あのヤロー、演技だからって好きなだけ言いやがってついヤッちまいそうになった事が何度あった事か。」

「ゼルファルも死んだのは運命だろうな。聞いたかよ? アイツあのクソ竜人種に殴り掛かる時『ごめんなさい』っつったんだぜ?」

「聞きました、聞きました! 思わず後ろから撃ち抜こうかと思っちゃいましたよ。」


 ……演技? 全部? サインが死んだ時のあの涙は? ゼルファルは大事な後輩なんだろ?


「しっかし、アレ、笑いましたよね! 頼れて優しい陽気な兄貴!」

「あぁ! ズォーガルな! ズォーガルが役立たずで見捨てられたって事を知らずに死んだんだからゼルファルは幸せだよ! でも、ズォーガルの話が出る度に吹き出しそうになってたから勘弁して欲しかったぜ! 誰だよ! 最初にズォーガルは皆から頼られてたなんて言った奴!」

「サインですよ!」

「カアッ!! うっそだろ!? その上死ぬとか! じゃあサインが今回の一番面白かったで賞だな!! ガッハッハッハ!!」

「えぇー! 俺もサインが死んだ時チョー迫真の泣く演技で頑張ったのに!」

「ばっか! ありゃやり過ぎだ! 俺が笑っちまったらどうする気だったんだよ!」


 信じられない会話の内容で全身に力が入る。怖気おぞけの走る奴等だ。殺人をなんとも思っちゃいない。


「(あ、あの……何か笑い声みたいなのが聞こえるんですけど……。)」

「(他にも仲間がいるのです?)」

「(……ちげぇ。)」


 説明しようにも事のあらましですら口が汚れそうで……。俺はマレフィム達へ伝える気になれなかった。


「(盗賊なんてこんなもんだよね。)」


 俺にだけ聞こえるようにミィがそう呟く。


「(それよりクロロ、この地下空洞思ったより広くない。だから索敵は簡単に出来たんだけど、アロゥロとファイどころかシィズとアルレも居ないよ。)」

「(なんだって?)」

「(何がですか?)」

「(いや、ミィがここには、マインとエルーシュしか居ないって……。)」

「(そ、そんな……。)」

「(なるほど。それは困りましたね。ファイさんはやはりギルド長であるシィズさんを追ったという事なのでしょう。)」

「(……どうする。)」

「(聞くしか無いでしょうね。彼等に。)」

「(わかった。)」


 まだ虫唾の走る談笑を続けているマイン達。


「しっかしアルレも良い様だぜ! ギルド長の性奴隷に過ぎない分際でよぉ!」

「後で合流したら腕に思いっきり蹴り入れてやる。何がサブギルド長だ。本当のサブギルド長は俺だろうが。ギルド長がアルレをサブギルド長って奴等に触れ回った時は耳を疑ったぜ。」

「でも、やっぱり亜竜人種と竜人種じゃ差が凄いですねぇ。」

「あぁ、脚を噛まれた時は焦った――。」

「ゲホッ! ゴホッ!」


 ん?


「汚えんだよ!」


 叫ぶマインと何かを強く叩く音。マインとエルーシュ以外にも誰かがいる?


「(おぃ、ミィ。他にも誰かいるのか?)」

「(奴隷が木杭に鎖で結ばれてるね。)」

「(奴隷!?)」


 相変わらず嫌な言葉だ。その響きを聞くだけで俺の心はつねられる。


「もうコイツ殺していいですかね? 臭えし汚えしで邪魔なんですよ。」

「いいんじゃねえの? 今はアルレを気に入ってるみたいだし、ソイツが死んでても特に何も言わねえだろ。っつか今でさえよく生きてんなって状態じゃねえか。餌なんか置いてったか?」

「置いてきましたよ。少しだけですけどね。でも、見て下さい。糞がないでしょ? それに杭の一部が削れてる。こいつ、自分の糞と虫と杭食って生きてたみたいっすね。貧民街出身の俺ですら自分の糞食ってた奴なんて滅多に見た事ないですよ。」

「おいおい。そりゃ植人種を馬鹿にしてんのか?」

「ち、違いますよ。」

「ハハッ、冗談だよ。植人種が食うのは養分であって糞じゃねえからな。糞でも気にせず取り込む奴もいるが俺ぁ御免だぜ。糞なんて汚えモンだれが食うかよ。っつぅ事で……汚えソイツは処分で。」

「あいさー。」


 不味い! 奴隷を殺す気だ!


「ミィ!」

「はぁ、言うと思った。」

「なんだ!?」


 俺の声に気付いたのはマインだ。エルーシュはそこまで耳が良くない。


「どうした?」

「誰かがいるみたいで――。」

「なっ!? クソッ! 誰だ!」


 マインの声が途切れた。ミィが何かしたんだろう。俺は皆を背負ったまま結晶柱の影から影に移りながら声のする方へ慎重に走っていく。まだ奴等の姿は視界に入らない。


「(な、何かあったんですか!?)」

「(少なくとも、こちらを許そうとはしていないみたいですね。)」

「(許すとかそういうもんじゃねえ! 彼奴等は完全に敵だ! 俺達を騙してたんだよ!)」

「(ど、どういう事です?)」

「(彼奴等は商人ですらねえ! サインやゼルファルが死んだ事すら笑ってやがった……!)」

「(そんな……!)」


 マレフィムがここに来てやっと動揺した声を出す。信じられねえよな。俺だって何かの間違いだって思いたい……!


「出てこい!」


 柱を挟んだ向こうからは、もう俺以外にも聞こえるくらいの声。


「(ど、どうするんです?)」

「(どうもしねえよ。ミィがいる。)」

「ぬぁっ!? なんだこれ!? 魔法か!? ――グゥッ!?」


 よし、捕まったみたいだ。俺は首を伸ばし物陰から頭だけ出して声がしていた方を覗く。そこは、天井から望遠石柱が突き出ている広場だった。望遠石柱はシーリングライトの様に土肌を照らしている。その下にはビッシリと生える白い茸と荒屋あばらや。だが、シィズ達に踏み荒らされているであろう場所には茸が生えていない。草原ならぬ茸原か……。


 しかし、エルーシュは何処だ? マインも見当たらない。荒屋の裏か?


「ん゛ー!」


 濁った野太い声。怒りというよりは恐れが含まれている。やっぱり荒屋の裏だったみたいだ。


「もう降りていいぞ。」

「は、はい。」


 マレフィムとルウィアを降ろすと仄かに香る血と糞便の臭い。奴隷か? そんなちょっとした焦りから急いで荒屋の裏に回る。


「ん゛ん゛ー!」

「……ッ!」


 そこに居たのはエルーシュと頭の離れたマインだった。それと、隣に獣人種の奴隷もいる。


「おい! マインを殺したのか!?」

「当たり前でしょ。何するかわかんないし、情報は全部コイツが持ってるんじゃないの?」

「だからって……!」


 片目は閉じ、もう片方の目で虚空を見つめるマインの生首は少しずつ赤い水溜りを拡大していく。


 ……もう、三人も死んじまった。


 心の中にまた重くドロッとした何かが溜まっていく感覚がする。


「ん゛っ゛! ん゛ー!」


 エルーシュは完全に水に包まれ直立姿勢で拘束されている。口も開けられないらしい。


「エルーシュと話せるようにしてくれ。」


 その俺の要望を受けて顔周りの水が剥がれる。


「だ、旦那ぁ! 許してください! 真の竜人種様に歯向かった俺達が馬鹿でした! どうか命だけはぁ!」


 ベタな台詞だ。それこそ創作物の中でしか聞いた事のない台詞。それを言われる相手になるなんて考えた事もなかった。だって俺は人なんて殺さないし殺したくもない。……きっとエルーシュにとってはそんなの関係無いんだ。ただ、自分が生きたいだけ。だから言う必要だってなかった。なのに、ちっぽけな嫌悪感を消すため俺は弁明する。


「マインを殺したのは俺じゃねえ。」

「……へ?」


 間抜けな顔をしてマレフィムやルウィアの方にも視線を向けるエルーシュ。


「それより、シィズは何処だ。」

「ぎ、ギルド長は、神壇の所でさぁ。」

「神壇の?」


 神壇はタムタムの横って程でもないが、近い方角に歩いていっていたという記憶がある。でも、なんでそんな所に?


「なんでだ?」

「その……旦那達をそこへ向かわせるっていう依頼を受けてたんです。」

「俺達を……?」

「は、はい。竜人種の旦那と、妖精族の姉さんです。」

「はあ!?」

「わ、私達ですか!? ルウィアさん達ではなく!?」


 予想外なエルーシュの言葉に驚く俺とマレフィム。当然だ。何一つ心当たりが無い。


「その依頼してるってのは誰なんだよ!」

「し、知りません! いつも外套がいとう被っててわかんないんですよ! ただ、旦那等を神壇の所まで連れていけば報酬でゴーレム操れる魔巧具をくれるってんで……。」

「なるほど。その報酬の為に知らないふりをして私達に近付いたと。しかし、それなら何故ゴーレムを殺して回っていたのですか?」

「ゴーレムは、金になる。それだけで俺達には充分な理由ですよ。」

「金になる……? それだけ? それだけの理由でゴーレムを殺していたんですか!?」


 ルウィアが急に声を荒げた。


「貴方は植人種ですよね!? なのに、フマナ様の使いであるゴーレムを殺すなんて……!」

「信心だけで生きていけるかよ! ゴーレムやフマナの野郎が俺に何をしたと思う? 有り難い事に俺が授かったのは退屈っつう地獄だ!」

「だからって――。」

「待て、ルウィア。」

「シィズと……アルレはその神壇に行ったって事だな?」

「そ、そうです。」

「……お前等、商人ごっこって言ってたな。」

「き、聞いてらしたんですかい……。」

「じゃあお前等は何なんだよ。」

「仕入屋でさぁ。」

「そんな……。」


 信じられないという表情のルウィア。大した役者だと思うよ。商売に対しての姿勢とかそういうのも全部嘘だってのか……。


「もう聞くことはないな。アメリは?」

「いえ、それよりも今はシィズさん達を追ってアロゥロさんを見つけませんと。」

「だな。もういいな、ルウィア。……ルウィア?」

「……大、丈夫です。」


 もう動かなくなったマインを見下ろして悔しそうに返事をするルウィア。


「聞くこと聞いた? もういい?」

「あぁ。」


 ミィが俺に確認をする。俺は誰が何の為に俺を誘き寄せようとしているのかばかり考えていた。しかし、エルーシュはミィの存在を知らない。


「な!? 魔法が喋って――。」



 声が、途切れる。

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