第156頁目 焦ると不運がやってくる?

『キュアッ!』

『キュゥーイッ!』


 いつも以上に速度を速める引き車。俺は荷台の上いつもの場所の前の方で振り落とされない様に姿勢を低くする。魔力は俺のアニマをルウィアに触れさせて貸している状態だ。解析の為のアニマの拡大はその程度の魔力の貸与で十分らしい。にしても、探しに出かけるまで時間が少し掛かってしまった。その間にどれだけの距離を離されてしまっただろうか。


「そ、そんな!」

「うおおおっ!?」


 突然、操舵席に座るルウィアが叫び急ブレーキを掛けた。おかげで前側に放り出されて牽引していたエカゴット達の近くに落下してしまう。


『ギュアッ!!』

『キュウッ!? ギュアアアアアッ!!』


 驚き叫ぶエカゴット達。だが珍しく、ルウィアは謝ろうともしない。


「そ、ソーゴさん! アロゥロのアウラがここで途絶えています!」

「なんだって!?」


 謝罪を要求する場合ではなかった。アロゥロのアウラが無い? じゃあもう追えないって事かよ!?


「ルウィアさん、シィズさん達のアウラはどうです?」

「そっちなら……まだ、追えます。」

「であればそちらを追いましょう。ここまでは同じ道を通っているのです。アロゥロさん達がシィズさん達を追いかけているのは間違いないでしょう。」

「……! わかりました! そ、ソーゴさん!」

「わかってるよ!」


 俺が大急ぎで荷台の上に再度乗り込むと鞭が振り下ろされ、また引き車は走り出す。


「や、やっぱりシィズさん達は魔法の使用を控えているみたいです!」

「離れる速度より隠密を優先したという事ですか。ルウィアさんがいなければ完全に見失っていたかもしれませんね。」

「まるでアロゥロのヒーローだな。」

「ヒーローなんかじゃないです……。索敵だってソーゴさんの魔力がなければこれほど効率よく行えてないですし……アロゥロを、救えなかった……。」

「んな事言うんじゃねえ! 今から救うんだよ!」


 確かにアロゥロはどっかに行っちまったし、エルーシュからの攻撃だって防げなかった。だから連れ戻す! だから癒やす! まずは連れ戻す事からだ!


「! あ、あれ!?」

「今度はどうした!」

「それが、シィズさん達のアウラが途絶えてるんです!」

「またかよ!」

「で、でも、マインさんとエルーシュさんのアウラは残っています!」

「残っている人も……? 何故でしょう?」

「そんなの考えたってわかんねえよ! 取り敢えず追え! そのまま進め!」

「は、はい! ってわわッ!?」


 慌てたルウィアの声と共にまたも急ブレーキが掛けられる。俺は咄嗟に荷台上についている取手を掴んで投げ出されずに済んだ。しかし、不穏な音が響く。


『バキャッ!!』


 何かが破損した音と共に減速を止めた引き車。


「ぶ、ブレーキがっ!!」


 ルウィアが叫ぶ。慣性の法則で進行する引き車、そして、一度掛けられた急ブレーキにより停止しようとするエカゴット。衝突は免れない。



 ――轟風。



「うおっ!?」


 ギリギリだった。マレフィムが前方に回り風魔法で無理矢理ブレーキを掛けたのだ。


「お、驚かせないで下さい……!」

「あ、あぁ、ありがとうございます……。」

「助かった……。」


 一安心はした物のブレーキが壊れたっていうのは一大事だ。荷台には村で貰った高額の商品が入ってるらしい。それを元手に商売をするという契約なのだ。シィズ達の様に捨てていく事なんて出来ない。


「そ、そうです! 聞いて下さい! エルーシュさんとマインさんのアウラも途絶えてしまったんです!」

「何だって!? またかよ畜生!」

「そのアウラが途切れたというのは何処でです?」

「えっと……あの辺りです。」


 ルウィアが指し示した場所には何もない。周りを見渡すと、気付けば少し開けた場所に来ていた事がわかる。周りを囲む様に望遠石柱ぼうえんせきちゅうと大木がぽつぽつと生えているだけ。影も無いせいか下はただの原っぱ。何かが傷ついていたり倒れているという事もない。


「どういう事だよ!?」

「何も……見当たらないですね。本当にアウラは途絶えているのですか?」

「僕の解析だともう……。」


 絶望が臭う。終わりか? 終わりなのか? 何か手は? なんでアウラが途絶える?


「そんな……。」

「く、暗い声出してんじゃねえ! 探すんだよ!」

「ルウィアさん、正確に教えて下さい。アウラが途切れているのは何処ですか?」


 マレフィムは先程ルウィアが示していた辺りに飛んでいく。確かにアウラが途切れているというのは一つの大きな手掛かりだ。


「そ、そこです! アメリさんが今いる辺り…………あれ? なんで全部そこに集まって……。」

「……何もないですね。」


 マレフィムが悔しそうに独りちる。やっぱりそう簡単に事態は好転しないか……。でも俺なら臭いとかで追えるかもしれない!


「ソーゴさんには何かわかります――。」


 俺も飛んでいるマレフィムの下の地面を嗅いで調べようとした瞬間だった。


『ズボッ!』


 足が柔らかい地面に呑まれた。


「うおっ!? 泥!?」


 いや違う! 芝生が俺の足を咥えこんでいる!


「泥スライムです!」

「す、スライム!?」


 こんな時になんで!?


 とにかく抵抗しようと手足や翼尾をばたつかせるが、液体の様な物は何一つ撥ねず身体が呑み込まれていく。


「クソ!」

「ミィさん!」

「やってる!」


 ミィがもう何かしてるのか!? でも、身体がドンドン沈んでいく!


「暴れないで! じっとするの!」

「で、でも!」

「いいから! 信じて!」

「ソーゴさん! ここは信じましょう!」

「……た、頼むぞミィ!」


 怖い……が、仕方がない。俺はミィを信じる事にした。動くのを止める。やがて身体はズブズブと沈んでいき、首だけが外に出ているくらいになった。


「あ、アメリさん! なんでソーゴさんを引き上げないんですか!?」


 後からやってくるルウィア。


「ミィさんの指示です。様子を見ましょう。」

「そ、そうなんですか? でも、沈んでいってますよ!?」

「ミィさんを信じるしかありません……!」


 あぁ……沈む……。もう目も沈み、口の端まで泥スライムに浸かっている。……どうなるんだ。助かるんだよな? ミィ……!


 俺は願う様に息を吸った。そして、鼻先まで冷たい感覚が覆う。上ではミィとマレフィムが何かを言っているみたいだが、内容までは聞き取れない。ミィは何にこれ程時間が掛かってるんだ? このまま何もなかったら……。


「……!」


 なんだ? 脚の先と垂らした尻尾の先から抵抗感が消えた。まるで何にも触れてない様な感覚だ。



 ――麻痺している。



 先にスライムへ触れた部分から徐々に感覚が消えていっているのだ。俺は今消化されつつあるって事だ。嘘だろ? ミィは間に合わなかったのか!? あぁ……感覚が消えていく部分が増えていく……! 嫌だ……! 嫌だ……! 手足を一生懸命動かすが恐らく身体は全く動いていないのだろう……。クソォ……! 無感覚が首を登っていく……!


「ぅああああああああ!! ……だッ!?」


 突如身体を包む浮遊感からの衝撃。落ちた場所は湿った地面だった。


 は? え? 何? ……ここ何処?


「暴れないでって言ったでしょ!」

「み、ミィ? なんだよここ?」

「地面を抜けたの!」

「地面を?」


 俺はぼんやりと照らされた天井を見た。薄暗くてよく見えない。改めて周りを見回す。一つの方向から光が放たれている。何本も立っている透き通った薄く透き通った結晶みたいな石柱と湿った土。ここがあの草原の下だってのか? こんな大きな空洞の上でゴーレムが暴れたら簡単に崩落するじゃねえか!


「わっ!?」

「うおっ!? ルウィア!?」


 俺の落ちてきた場所であろう所から続けて落ちてくるルウィアが、驚く声を出しながらも綺麗に着地する。


「私もいます。」

「アメリも! スライムの中を通って来たのか?」

「その通りです。どうやらあのスライムを入り口のドア代わりに設置していたようですね。」

「あれを? でも出る時はどうすんだよ。」

「足元に縄梯子が落ちています。」

「えっ? 本当だ。なんで壊して……。」

「それを壊したのは君だよ。」


 犯人は俺だと言うミィ。


「俺!? 俺は何も――。」

「落ちてくる時に引っ掛けて引っこ抜いたの!」


 そういう事か……。


「とにかく誰かがここを普段から出入り口に使っているという事は間違いないようです。」

「あっ! 確かに向こうの方からアウラが続いています……!」


 ルウィアが示したのは何かが光っている方だ。


「やはりですか。では、ここからは声を抑えて行きましょう。」


 マレフィムの提案に全員が同意した。


「(ルウィア、お前は俺に乗れ。服が汚れるだろ。アメリも今は飛ばず俺に乗るんだ)」

「(わ、わかりました。)」

「(そうですね。)」


 二足歩行なら汚れないだろうが、ここだと転びやすいだろう。俺は苔を踏んで脚を滑らせないよう爪を立てて歩く。チョロチョロと流れる少量の水。ここはもうタムタムまでもう少しといった所のはずだ。だとしたら、本拠地をここに構えているとか…………こんな所に? シィズはあのデカい引き車をアムごと置いていける程資産に余裕がある商人だぞ。それなのに、なんでこんな隠れ家みたいな場所を作る必要がある? いや、まだ本拠地って決まった訳じゃない……。それに置いていったのは引き車よりも……サイン……ゼルファル……。


「(段々と周りが明るくなって来ましたね。)」

「(は、はい。地面を貫いている望遠石柱が近付いているんだと思います。)」

「(地面を貫いているって……じゃあ、やっぱりこの柱は全部……。)」

「(えっと、望遠石柱ですね。理屈はわかっていませんが、下から生えてくるって聞いた事があります。)」

「(まるで植物だな。)」

「(まぁ……望遠石柱は生きているって言う人もいるくらいですから……。)」


 誰かが頷くまでもなく会話は途切れる。俺もいつもの様に会話を続ける気にはならなかった。少しの間とは言え、一緒に過ごしていた仲間が死んだ……いや、それだけじゃない。”敵”になってしまったのだから。挙げ句にはアロゥロとファイまで……。確かにファイは俺達に言葉で語りかけられない。だが、伝える術がない訳じゃなかったはずだ。何故、何も教えてくれなかった……。


 ……馬鹿か俺は。お前はウィールが死んでどうしたんだよ。すぐにでも哀しいと泣きついたか? ザズィーへの怒りを周りに振りまいたか? 俺はファイを責められる様な振る舞いなんて一つも出来てないじゃないか。


 ファイだって悲しかったんだ。仲間が何人も殺されている事を知った時は悔しくて仕方なかっただろう。それを彼奴はどんな気持ちで……。そう言えばファイはここの所不可解な行動を幾つかしてた。思い出してみればアレも……ソレも……。


 クソッ! 俺は本当に……! 違和感すら自分を慰める為の材料としか思っていなかったんだ!


「(クロロ! 聴覚を強化して!)」


 自分を責め立てる思考に差し込まれるミィの指示。


「(! わかった。)」


 何か聞こえたというのか。頼むから良い知らせであってほしい。


「ったくよォー……痛手だったぜ。」


 呆れを感じる人の声。


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