第155頁目 悲しみと哀しみはぶつかるの?
アロゥロは微動だにしないファイに片手を添えて虚ろな目でこちらを見ていた。
シィズ、マイン、アルレ、ゼルファルの四人を同時に土で固めるなんて……。アロゥロにそんな魔力があっただろうか。
「がっ……!? あぁあぁぁッ!?」
口まで覆われてないアルレが苦悶の声を出す。何が…………まさか、固めているんじゃなく圧縮している?
「お、おい、アロゥロ? アロゥロがやってるんだよな?」
「……。」
アロゥロはピクリともしない。
「ん゛ん゛ん゛!」
『ゴキッ。』
ゼルファルからくぐもった悲鳴が響いたと思えば声が途絶えた。まさか……そんな……嘘、だろ? 眼の前で起こった信じたくないアロゥロの行いに俺は身体を震わせて叫んだ。
「おい! やめろ!」
「アロゥロさん! 止めて下さい!」
「アロゥロ……!」
しかし、俺等のどの声にも返事を返さない。まるで人形の様だ。仕方ない。力づくでも止めるしか……! そう決意した瞬間だった。勢いよく地面が突き出してアロゥロの腹部を貫いたのは。
「……は?」
「あ、アロゥロッ!?」
俺と対照的にルウィアの悲鳴が轟く。何が起きた。誰がやった。あんな魔法を使う奴なんて……あの痛みを耐えて魔法を使ったって言うのか? 鈍いながらも回る思考が俺に周りを探らせる。
――お前か。
「エルーシュッ!!」
奴は壊れた荷台の上に立っていた。
「気に入って貰えたかよ。」
そう一言吐き捨てたかと思えば、地面が突然連続で破裂する。
「ウッ!?」
細かい土砂が体中に当たり、思わず目を閉じる。ザズィーと同じく爆発魔法を使うのか!? だが、妙だ。爆発する場所が遠い。俺を狙っている訳じゃないのか? それにこんな複数回も爆発させる必要はないはずだ。まるで細かく音だけ大きい
「なっ!?」
思わず口を開けてしまい口内にジャリッとした感覚がする。
なんでだ? 何処に行った?
周囲にエルーシュはいなかった。それにアルレも、シィズも、マインも……アロゥロとファイも。エカゴットとアム以外には大中小の熱源が一つずつ。小さいのはマレフィムだ。中くらいの横になっているのはルウィア、大きく佇んでいるのは……ゼルファルだろう。
……いや! 微かだが、もう一つだけ熱源がある! だ……れ……。
目を瞑ったままそれに近付いてわかった。中くらいの横たわる微かな熱源。それはサインだ。しかし、何も仕掛けてこない。
「(逃げたね。鮮やかだったよ。)」
そう告げたのはミィだ。……本当に逃げたのか。だが、逃げたならマレフィム達は? 無事だよな……?
「アメリ! ルウィア! 無事か!?」
「はい。ミィさんのおかげでなんとか。」
そう言うと濃煙を風で吹き飛ばすマレフィム。そのおかげですぐ横にいるルウィアの姿も確認出来た。
「ぼ、僕もです。」
その声は暗い。しかし……。
「あれ? ルウィア、腹の傷!」
なんと腸まで露出していたはずのルウィアの腹部は綺麗に塞がっていた。服に付いた血がアレは幻覚でなかったと語っている。一体どういう事なのか。
「えっと、傷は魔法で塞ぎました。皮膚の顕現なら得意なので……。」
「そ、そうか。」
「はい、でも一時的な処置なので、寝る前に縫わないとですね……。そ、それよりッ……! アロゥロは!?」
「それが、いなくなってるんだ。」
「……え? な、なんで?」
「俺だってわかんねぇよ!」
「それについて話したい事があるから聞いて。」
割り込んできたのはミィだ。そう言えばさっき何か俺に言い掛けてたよな……。
「アロゥロはファイに操られてる。」
とんでもない事を言い始めるミィ。
「操られ……?」
「ど、どういう事ですか!?」
「ゴーレム族というのはその様な事まで可能なのですか。」
「そうだね。全員じゃないけど出来る子もいる。」
嘘だろ……? 操るってどういう事だよ。
「待ってくれ! じゃあ、アロゥロは操られてゼルファルを殺したってのか!?」
「だろうね。……実はアロゥロに付いてる私が『スリープモード』に入ったの。あの瞬間から明確に操られたんじゃないかな。でも、そのせいでアロゥロへの攻撃を防げなかった……。」
「植人種とは言え、かなりの重症なはずです。心配ですね……。」
「さ、探しに行かないと!」
「そうですね。しかし、何処へ行ったのでしょう。」
「そうだな。でも、行き先がわかんねえ。ミィが無効化されてるなら追跡も出来ないしな……。」
考えろ。どうやって行き先を辿ればいい?
「……ファイさんがアロゥロさんを操ったというのが本当なら、ファイさんはシィズさん達に執着していると考えられます。なので、ファイさんは逃げるシィズさん達を追っていったのでしょう。可変種というのが幸いでしたね。ミィさんにアウラを辿って頂きましょう。」
「え?」
不思議そうな声を出すミィ。
「私、デミ化魔法なんて微弱なアウラ追えないよ?」
「そうなのですか!?」
「もうちょっと魔力を使う魔法なら追えるけど――。」
「僕が出来ます!」
「ルウィアさんが?」
「は、はい。両親から商人として出来るようになっておけとデミ化とアウラ感知は叩き込まれてるんです!」
頼もしい! 流石ルウィアだ! それならアロゥロを追える!
「やるじゃねえか!」
「で、では、早速……えっ。」
ルウィアが自分達の引き車の方を見て不可解な一音を漏らす。俺も同じ物を見た。
「……なんだよ、アレ。」
「ゴーレムですよ!」
マレフィムが叫んだ。俺達の引き車の隣には荷台の上部分が大破したシィズ達の引き車がある。そして、その荷台の中には山となって積み上げられているゴーレムの部品。砕かれ、もぎ取られ、引き千切られた肢体。
「そういう事か……! ファイは理由なく襲ったんじゃねえ! 仲間を殺すシィズ達が許せなかったんだ!」
「ゴーレムにこんな事をするなんて……。」
ゴーレムに近い意識を持つミィが『信じられない』と言った口ぶりで感想を言う。
「シィズさん達がそんな…………もしかして!」
何か思い立ったかの様に跳ねて何処かへ向かう蛙姿のルウィア。
「お、おい! そんな風に動いて大丈夫なのかよ!」
「ソーゴさん達も付いてきて下さい……!」
訳もわからないままルウィアの後を追う。向かった先には身体にビッシリと苔を生やした眠るゴーレムがいた。これを目印にして停まる事にしたんだよな。
「見て下さい……! これ!」
ルウィアが示した先には乾きかけた少量の赤黒い液体が飛散していた。俺には臭いで簡単にその正体がわかる。血液だ。そして恐らくサインの……。彼女はここで殺されたのか……。
「ゴーレムに外傷は見えないね。でも……。」
「……間違いないかもしれないですね。その血は恐らくサインさんの血、そして傍のゴーレム。やはりファイさんは同族の為に……?」
そうとしか思えない現場状況だ。俺だってマレフィムと同じ考えしか浮かばない。シィズ達は今迄各地のゴーレムを解体しながら進んでいたっていうのか? 確かにゴーレムは機械だ。でも、それは知ってるのは俺だけ。そこ等の人にとってはゴーレム族だって人なんだろ? つまり遺体を解体してる様なもんだ。なんでそんな事が出来る?
「と、とにかく! 事情がある程度わかったなら尚更アロゥロを追わないと……!」
「そうだな。取り敢えず戻って痕跡を探ろう。」
引き車の近くには変わらず動かないサインとゼルファルがいた。引き車どころか死んだ仲間まで置いていくなんて……どういう思いで逃げたんだろうか。マインはあんなに泣いていたのに……。
「ッ……。」
「ソーゴさん、お気持ちはわかりますが今は……。」
「……あぁ、わかってる。」
「こ、こっちです!」
いつの間にかデミ姿に戻ったルウィアが、シィズ達のアウラを追って走り出す。だが……。
「お、おい! ルウィア! 引き車は!?」
「引き車の速度だと僕の解析が追いつかないんです……!」
「マジかよ!」
「それに、アニマの顕現が上手くなく魔力の可使量も低いので解析範囲もかなり限られてて……!」
悔しそうな声。自分の力が及ばないという辛さが込められている。
「ルウィアさん、それならソーゴさんに乗りましょう。いつかの時みたいにソーゴさんの魔力を借りるのです。その上、魔法に集中出来るでしょう?」
「そりゃ名案だ! 来い! ルウィア!」
「は、はい!」
ルウィアは駆け戻り、俺の背中に乗る。
「首を掴んどけ!」
「こ、こうですか?」
「そうだ。魔法はいつでもいいぞ。早くアロゥロを探さねえと!」
「で、では、アニマ顕現します!」
背中から俺の身体の周りを包んでいく不思議な感覚。きっと、俺の周りをルウィアのアニマが囲っているんだ。
「せ、制御が難しい……!」
どうやらちょっとした暴走で必要以上にアニマが伸びているみたいだ。
「なんとかしろっ!」
「なんとかって言われても……!」
「ルウィアさん! 解析に集中を! きっと一度に多くの空間を解析しようと思い過ぎているのです!」
「か、解析を……!」
周囲の感覚に変化はない。だが、黙り込んでしまうルウィア。不安ばかりが募る。
「今、シィズさん達と思われるアウラを特定中です……!」
「解析は行えているみたいですね!」
「解析ってどんな事をするんだ?」
「解析自体は加護さえあれば誰でも出来るんだけど、アウラは位相があるの。その位相を細かく認知するのが難しくて――。」
「いや、そういう難しい話じゃなくて……。」
「簡単に説明しますと、アストラルと接触した物からアウラを読み取るのです。」
「だからアニアを顕現してん――。」
「し、シィズさん達四人とアロゥロのアウラを特定しました!」
そうだ。そんな事は後で聞けばいい。今はアロゥロを追わなくては……。
だが、放置されたサインとゼルファルの遺体を見てどうしても心がザワつく。気持ちが悪い。気分が悪い。目眩が止まない。吐き気が治まらない。昨日までは平和だったんだ。サイン……ゼルファルも……どうして……。
「ソーゴさん……?」
「わ、わりぃ、ルウィア。何処に行けばいい?」
ルウィアが行きたい方へ腕を伸ばす。
「わかった!」
俺達が向かう方。その先に、これ以上気分の悪くならない真実がある事を願うしかなかった。
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