第152頁目 子連れドラゴンって語呂よくない?

 俺は耳を疑った。下衆げすな解釈をした脳を疑うべきだろうか。


「旦那の身体、一晩だけ売ってくれないか?」


 その言葉の残響が頭の中で痛いくらい繰り返されている。眼の前には呼吸の音が聞こえるくらい顔を近づけているシィズ。身体? 一晩? 売る?


「それって、つまり……そういう事?」

「旦那もガキじゃないんだ。ただの火遊びだよ。」

「火遊びって……。」


 え? え?? 


 疑問符のメッキが剥がされ、中の感嘆符が曝け出されそうだ。でも、俺はドラゴンだし、半デミ化してるシィズとなんて……そっかぁ。


「そっかぁ。」


 俺の意味不明な納得はしっかりと口から這い出ていた。それを肯定と受け取ったシィズは俺の長い首を横から抱きしめ柔らかな羽で包み込む様に頭を優しく撫でる。鼓動が下り坂を駆け下りるかの様に足音を早めた。


「ずっと竜人種の子供が欲しいと思ってたんだよぉ。」

「ッ……!」


 衝撃的な言葉を零すシィズに俺は身動きが取れない。完全に蛇に睨まれた蛙状態だ。こういうのはルウィアだけでいい! 俺がなるポジションじゃない! ってか最初はルウィアに迫ってただろうが!


「見せつけるのも乙なもんだけど、それで仲間とギクシャクしてもアレだろ? さ、茂みに入ろうじゃないか。闇の中なら快感はより引き立つ。」


 茂み? 快感? ってか子供って俺もうお父さんになっちゃうの? いや、母さんも見つかってないし、養育費だって稼げないし、そもそも産まれるのは鳥なのかドラゴンなのかだって……いやいや、それは関係なくって……!


「(クロロ!)」


 耳の奥で熱く凍りつくような爆音で俺の名が響く。声の主は勿論、ミィだ。


「(いつまで黙ってんの! そんなアバズレ女引剥返ひっぺがえしてよ!)」


 突然のその……過激な誘惑に存在が頭から抜け落ちていた。


「(クロロにはまだ早いんだから! しかも子供なんて……絶対に駄目だからねっ!)」


 物凄い怒りを感じる声だ。でも、ミィの言う通りだしな。それにミィを身体に纏ったまましたら、親に監視されながらするのと変わらない。なんともいたたまれない初体験になってしまう! そんなのは色々嫌だ!


「し、シィズ! 待てって! 俺はデミ化出来ないんだよ。」


 俺は移動を促すシィズに軽い抵抗をしながらそれらしい理由を述べて断ろうとする。


「旦那もそうなんだね。竜人種はデミ化をあまり覚えないって聞くものねぇ。でも構わないよ。旦那くらいのサイズなら魔法を使えばアタシでも咥え込めるはずさ。」

「く、咥えって……!」

「旦那、うぶだねぇ。もしかして初めてかい? あぁ、確かに竜人種が貴重な子種を其処等にばら撒く訳ないか。」

「ちっ、ちょっ! 待てっての!」

「なんだい。先に金が欲しいって?」

「違うって! 今度! 今度にしてくれ!」

「…………そうか。確かに、どうせならもっと良い機会があるかもしれない。アタシだってこんな貴重な体験、雑に済ませたくないしね。」


 苦し紛れに出た”今度”、という言葉を真面目に受け取ったシィズは俺の首から腕を離した。商人的思考で『より多くの利益を得る機会を考えるべきでは』とでも考えたのだろう。なんにせよ、俺はミィの前でそんな事をする気はない。


「あれ? 何してるの?」

「!? あ、アロゥロ。お前こそどうしたんだ。こんな所で。」


 前世でならやましい事を隠す人物の常套句であるが、余裕がなければテンプレが浮かんでしまう。それが人ってもんだ。だが、テンプレを知らない世界の人間はバカ真面目に応えてくれる。


「どうしたって、お肉持ってくるんだと思ったのに全然ソーゴさんが来ないから……。」

「あ、あぁ! 肉な! すまんすまん! 今持ってくからよ!」

「流石旦那だね。あのままイタしてたら良い所で止められてたかもしれない。機会ってのは大事だね!」

「止めるって何を?」

「なんでもない! なんでもない! それより火はもう着いたのか?」

「とっくだよ。」

「わかった。シィズ、そう言えば聞きたい事があったんだった。飯の席で是非聞かせて欲しい。」

「聞きたい事?」

「そんな大した事じゃねえよ。」


 聞きたい事なんて特に無い。単純に気を反らせればなんでもよかった。


「ギルド長! お兄ちゃんがゼルファルにお肉を食べさせるって騒いで焚き火を吹き飛ばしちゃった!」


 二人目の乱入者、サインがトラブルを告げる。少人数の旅でちょっとしたプライベートな時間を作るなんてそう容易な話ではないはずだ。


「何やってんだい! アタシは子守じゃないってのに!」

「あはは、火が消えちゃったならそんなに急がなくても良いかもね。」

「ちょっと行ってくる。話ってのは後でで良いんだろ?」

「お、おう。」


 声色だけでわかる。シィズ、結構怒ってるぞ。マインは覚悟しとけ。


「お姉ちゃんも来て! もしかしたらお兄ちゃんを怒るのに夢中になってご飯食べるのが遅くなっちゃう!」

「え? う、うん。じゃあソーゴさん、お肉持ってきてね。ゆっくりでいいから。」

「あぁ、悪かったな。」


 サインにアロゥロが連れて行かれやっと鼓動が”いつも”を思い出す。


「許さない! 許せない! 許しなんてしない! ストップ! えっちなこと!」

「う、うるさいな。わかってるって。」

「クロロには早い! 早いったら早いんだからね! あのシィズって子……! なッ、なんなの!? そりゃ繁殖っていうのは大事な事だけど! 同族を増やすのは良い事かもしれないけど……!」

「落ち着けって。」

「わかんない! 何!? この説明し難い嫌悪感がわかんない!」

「わ、わかったから。」

「うぅー……『バグ』? いや、そう! 病気とかあるかもしれないし! 子供を連れて旅なんて出来ないよ!」


 最大限に後付感を感じる理由を並べ始めるミィ。それから興奮冷めやらぬミィの言い訳を聞いていたら逆に冷静になってきた俺は、操舵席にある収納から大きい葉で包まれた肉を取り出してマインの悲鳴が響く場所へ向かうのだった。アレは間違いなく本気だったよな。痴女は未確認生命体じゃなかったんだ。……ってかこの身体になってから勃った事ないんだけど。大も小も同じ穴から出るし……俺にアレあるの?


「でもでも、クロロの為を想うならいつか私が教えなきゃ駄目なんだよね……。そこはやっぱりマレフィムに……いや、私がしないと! そこで逃げるなんて駄目だよね!」

「ミィ、うるさい。」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなるだろうが。



*****



「それで? アタシに聞きたい事って?」

「ぐぅっ……。」


 全員で火を囲んで木皿に盛った飯を食う。骨の付いたワイルドな炙り肉や、火明かりを照り返す煮豆、香草を揉み込んだ枯れ草の塊。やはり種族が違うと食べる物が変わるなぁ。因みに、可変種はスープ料理を余り食べないらしい。テレーゼァから聞いた話だが、嘴や面長の突き出た口ではスープを上手く飲めないのだ。だからスープ料理は主に不変種が楽しむ料理、というのが常識なんだと。


 とまぁ、そんな悠長な事を考えている場合ではない。俺は今しっかりとテキトーに置いた伏線を回収しろと言われているのだ。何にしよ。スリーサイズ? 違うよなぁ!? えーと、えーと……。


「あっ、そうそう。シィズ達のギルドって『とみとみ』って言うんだろ? それってどういう意味なんだ……?」


 言ってて思う。そんな質問、態々わざわざ後で聞きたいと前置きしてまで聞く内容だろうか。違うだろ。焦って変な事を聞いてしまった。


「あ、あぁ……それな。えー……その、なんで気になったんだ?」


 あれ? 思ったよりも重みのある質問だったのだろうか。質問を質問で返されてしまった。これは好機だ。


「なんでって、『富の富』って名前変わってると思うんだけどそんな事ないのか?」

「えっと、ありふれた名前ではないと思います。ぼ、僕も少し興味がありました。」


 フォローを入れてくるルウィア。ありがたい。


「えー、まぁ、その、『富の富』って言うのは……。」

「うぐぐ……。」


 何か言うのを躊躇ためらっているシィズが続きを話すまで待つ。


「……あれはな。”富”ってのは何なのかっていうアタシの疑問から来てるんだ。」

「本当の、”富”ですか?」


 俺以上にシィズの返答に食いつくルウィア。割と深い話なのかもしれない。


「ルウィアの旦那、富ってなんだと思う?」

「えっ、えと……富はお金、財産とかで……太ってる人を意味してたりもしますけど……。」

「ん? 太ってる人を?」


 ルウィアの答えに思わず口を挟んでしまう俺。でも、富にデブって意味あるの? 少なくとも日本語じゃそんな意味は無いけど……翻訳を間違えたのかな。


「えっと、お金がある人って沢山食べて大きくなって、沢山着飾って更に大きくなって、その大きくなった物の為に家も大きくするからそう言うんですよ。悪口みたいなものなので余り僕は言わないですけど……。」

「「へぇー。」」


 同時に俺とアロゥロが声を挙げてお互いを見合う。アロゥロも知らなかったのだろうか。


「最近の言い回しですからね。アロゥロさんが知らないのも無理はないかと。私は知っていましたけど。」

「えへへ。」


 照れ笑いをするアロゥロだが、マレフィムの言葉の信憑性は低い。


「本当かよ? アメリも実は今知ったんじゃないか?」

「私を馬鹿にしないでください! 私は若者ですよ? 若者言葉くらい知っていて当然です。」

「はいはい。んで? 俺も富は財産とかだと思ってるんだけど違うのか?」

「え? あぁ、あってる。あってるが……本当の”富”は自分のやりたい事を全て叶える”自由”だって言う奴もいる。」


 話を戻すと、シィズは豆鉄砲を食らった様な顔をして話を続け始めた。


「あぁ、なるほどな。確かに、そういう考え方も出来るな。」

「でもアタシは更にもっと根本の部分だと思ったんだ。”富”は確かに財産や自由かもしれない。でも、”富の富”はそれによって得られる快感や心の余裕。それら全部だと思ったんだよ。」

「……ほぉ。」


 感心の所為で間抜けな声が漏れた。だが、理屈はわかる。


「ほぉってなんだよ! 旦那が聞いたんだろ! アタシ達はそれの為に富を稼ぎ富を得るんだ! 悪いかい!」

「ぬぶぅ……!」

「な、なるほど! 凄いです! 心の豊かさの為に稼ぐ。当然の事ですが、富を扱う商人でありながらそこまでしっかり考えた事がありませんでした……!」


 まくし立てる様に思った事を吐き出すルウィアに少し引いている様子のシィズ。そこまで深良い話って訳でもないだろうに。


「今迄なんとなく沢山のお金を稼げればそれでいいと思ってたんですけど、お金はお金でしかなくって他の物に変えないといけないんですよね。」

「そういう事。金はあくまで永遠の二番手で、それより大事な物は常に存在してる。その為に稼ぐ。それを忘れないのがギルド『富の富』だ。」

「そ、尊敬します!」

「そうかい? そこまで言ってくれるなら話してよかったよ。商人にとっちゃ基礎の基礎だからね!」

「あぐ……。」

「ま! どんな達人でも初心は忘れないって言うじゃないか! アタシは商人の達人って言える程でもないけど、せめてそれくらいはぁ――!?」


 誇らしそうに話しながら後ろ側に消えていくシィズ。遂に椅子に限界がきて彼女はひっくり返ったのだ。マインという椅子に……。


 事の経緯はこう。ゼルファルに肉の美味さを知ってほしいとマインは無理やり肉を食べさせようとした。その為にゼルファルを縄で縛ろうとしたのだが、力強い抵抗によりマインは不幸にも火の着いた焚き火にふっ飛ばされてしまう。その罰が飯抜きと椅子化の刑。因みにゼルファルはお咎め無し。


 この後シィズを落とした事により拳骨を食らうマインだったが、椅子化は許されたのだった。


 ははっ、マインには悪いけど、こういう時くらいは笑って良いんだよな。



『――ジジッ。』

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