第151頁目 だって魚とか草も人の世界だぜ?

 二つの引き車の間で大火たいかが揺らぐ。その火を囲むのはミィを除いた十人と一体のロボット。焚き火が放つ煙も乙なもんだが、俺としてはやはり焼いた肉が放つ煙こそ至高だと思うんだ。今日は毛の無い猪みたいなのを狩った。ナットブって獣らしい。肌がゴツゴツしてて焼けただれているみたいな見た目が少し気持ち悪かったけど、焼けば結局美味い肉に変わりない。


「いやぁ、ソーゴの旦那はよく食べるねぇ。」

「まぁな。」

「ただの大飯食らいなら厄介だけど、これだけの量を狩ってくるなら益しかない! しっかし、毎回アタシ達までご馳走になっていいのかい?」

「別に、その分飲み物とか分けて貰ったりしてるし。」

「ホント! こんな気位の高くない竜人種なんて今迄会った事がないよ。」

「そうなのか。でも、竜人種なんて色々いるだろ。」

「どうだかなぁ。でもソーゴの旦那みたいな奴は間違いなく少数派に違いない。なぁ、アルレ。」

「……あぁ。」


 シィズは今日も陽気だ。道程は順調。何も問題はない。ミィと話すタイミングに気をつけなければならないのが面倒だが、もう慣れたものだ。向こうのメンバーも全員人がく、不快感を覚える事だってない。何より自分達の物資を分けてくれるのが助かる。って言っても俺が狩ってきた獲物の見返りみたいなもんなんだけど、果実ジュースを貰った時なんてミィのはしゃぎ様が凄かったぞ。果汁が濃縮されてる! ってそりゃあそうだろ。果実ジュースなんだから。


「ほうほうほう! では、一番の年長者なのですね!? では、もしかして大戦の事も……!」

「ははっ。いや、大戦の時代は流石に生まれてないよ。俺のお袋から聞いた話でもいいなら話すが……。」

「是非! 是非お願い致します!」


 マレフィムの好奇心に植人種のエルーシュがタジタジになっている。止めさせたい所だが、それ以上に面倒だし肉が冷めるのも嫌だ。頑張れエルーシュ。


「こうして……こうして……ほら!」

「うわぁ! 凄いですね! アロゥロの姉さん、ギルド長より良いお母さんになれますよっ!」

「マイン! 聞こえてるぞ!」

「あっ!? ちっ、違っ! その! じゃあギルド長はアロゥロ姉さんより綺麗な花冠はなかんむりつくれるんですか!?!?」


 おぉ……よくそこで逆ギレ出来るなお前。


「お兄ちゃんがまた馬鹿な事言ってる。アテシ知ーらない。」

「マインてめぇ言ったな? 見せてやろうじゃないか! もしアタシがもっと綺麗な花冠を作れたらマインは明日走って付いてこい!」

「そ、そんなぁ!」

「花をよこしな!」


 いきり立つシィズにアロゥロが身体からつたを伸ばし桃色の小花を咲かせる。花冠に使ってた花はどうやらアロゥロの身体の一部だったらしい。


「なんだ、アロゥロの花だったのかい。それは千切っても平気なのかい?」

「痛くない訳ではないけど……シィズさんで例えたら羽みたいな物って言ったらわかる?」

「あぁ、なるほどねぇ。でも、羽だって大事な物さ。その代りと言っちゃなんだけど、アタシが飛び切りな出来の冠にしてやるよっ!」


 そう言ってアロゥロが受けとった小花の咲いた蔦をリースの様に織り込んでいく。口だけじゃない。本当に器用だ。


「凄い凄い! やっぱりギルド長はなんでも出来ますね!」

「よっ! こぉーのなんでも上手!」


 サインはともかくマインのおだて方が無理矢理なんだよなぁ……。


「や、やっぱり……身体が大きければ良いって訳じゃないですよね……。」

「そ、そうですよ……おいらなんてオリゴに戻ったってアムの代わりにくらいにしか……。」

「そ、そんな! まだアムの代わりになれるだけいいじゃないですか。僕なんてただの湿った毒袋ですよ……。」

「ど、毒は売り物になるじゃないですか。お、おいらなんて角も生えてないし。」

「ち、力強さだって売り物になりますよ……!」


 ルウィアとゼルファルは何? それはめてんのおとしめてんの? 陰キャがパーティーすると地面に足つけたまま無理して跳ねようとするよな……。根本から間違ってるんだっつぅの。


 なんて思う俺は完全なるヴォッチ! 空前絶後のヴォッチ! 横には同じヴォッチのアルレがヴォッチ! 傍にいても結局ヴォッチ!


 ……でも、ちょっとした自慢が一つ。アルレは俺にだけ時折話しかけてくる。……これ自慢になんのかな? まぁ、でも俺一人だけ認められてると思うとやっぱりちょっと嬉しいよな。なんで好かれてんのかはわかんないけど……。


「どーだぁ! 見ろコレェ! これはファイにプレゼントだ!」


 シィズが花を丸めただけとは思えない冠を掲げている。最初はやっぱり少し警戒したけど、気のいい奴らだよなぁ。亜竜人種に偏見無いってのも本当みたいだし、商売仲間としてこれからルウィアの良き友人になりそうだ。


「ファイ! すっごい似合ってるよ! でも、そのツルツル頭だと固定出来ないのが残念だね。」

「何かで固定してみるか?」

「よっ! このアイディア乞食こじき!」


 マインの奴すげぇ事言ってんぞ。意味わかってんのか? アイツのフォローはいつも植人種の穏やかなオバサン? であるエルーシュがするのに、今はマレフィムに捕まっている。妹のサインはなんだかんだフォローしないんだよな。どちらかというと要領良くとばっちりを避けるタイプ。気弱なゼルファルは怯えるだけだし、アルレが関わろうとする訳も無く……。


「いっだぁ!?」

「馬鹿にしてんのか!」

「ち、違いますよぉ!」


 夜だってのに賑やかだなぁ……。



*****



 最近は気を張る必要もないので俺は完全に狩り係だ。しかし、俺が獲ったベスを見て皆喜んでくれるからやぶさかではない。偶にアルレも手伝ってくれる。その度に気配を消すやり方を学んでたり……。


「おぅい! ルウィアの旦那! ゴーレム族だ! 今日はこの辺りにしよう!」


 今日は簡易燻製器も作って保存食の備蓄も増やすらしい。俺は昨日狩った血抜きを済ませてあるベスを引っ張り出す。血抜きの方法はアルレから教わった。エルーシュは娯食をしないらしく、ゼルファルも肉を食べない。逆を言えばそれ以外は全員肉を食べるのである。でも、ミノタウロスみたいな姿のゼルファルが肉を食べる所は見たかったなぁ……あいつ、本当にタダの人型の牛なんだもんなぁ。


「動く神壇、凄い迫力でしたよね!」

「数百年に一度の光景だからね! アタシ達は運がいいよ!」

「そう言えばシィズさん達ってグレイス・グラティアから来たんですよね? トラブルとかなかったんですか?」

「トラブルとかは特にないねえ。神壇に踏まれるのが怖かったくらいさ。」

「幾ら踏まれないって言われても怖いですよねぇ。」


 アロゥロとシィズが雑談をしながら焚き火の準備をする。薪木はそこらで伐った物を使う。ただ、伐る前に一言掛けてやれとの事。そりゃそうだ。ここは植人種の国。薪木欲しさに人を殺しちゃ………………うん、駄目だよな。


『クッチャクッチャ……。』


 そうそう。このシィズ達の引き車を牽引する異形の生物な。”アム”って名前何処かで聞いた事があると思ったんだけど、大穴で母さんが時々狩ってきてたベスだ。主食は草。見た目どう見ても首の無い馬か牛だよな、こいつ。でも違う。アムはもっととんでもない生き物だった。腹に口があるのだ。そして鼻が両肩にある目の下のブツブツ並んだ穴。本当に意味がわからない。これデザインした奴はラリってたのか? 何をどうしたらこんな失敗した福笑いみたいな構造の生物が出来上がるんだよ。……でも美味しいんだよな。今迄野生のアムを見なかったけど、家畜としては一般的なベスなんだろうか。


「(クロロ? ずっとアムなんか見てどうしたの?)」

「(……美味そうだなぁって。)」

「(え? だ、駄目だよ?)」

「(わかってるよ。)」


 毎晩食べて騒いで皆が寝たら狩りに出る。移動中はよく寝てまた夜が来る。結局俺が見るのは月ばかり。シィズ達と寝る場所は完全に分かれていて、近すぎる距離感に悩む事も無い。かと言って目が会えば声を掛けてくれるし、こっちが迷ったりすれば躊躇いなく助言をしてくれる。共に旅して数日で、シィズ達は俺達の頼れる先輩という位置付けになっていた。俺達は戦力と肉しか提供出来ていないのだが、戦力は荒事がなければ価値もないし肉だってアルレ達で問題なく獲って来れるはず。それでもシィズが俺達を誘ってくれた理由には、少しの親切心も入っているんじゃないだろうか。


「アムがどうかしたのかい?」

「ん?」


 噂をすれば影がさす。シィズは呆けた顔でアムを見ていた俺が気になったらしい。


「コイツ美味いんだよなぁって。」


 俺は正直に返した。それを聞いて笑うシィズ。


「ははっ! 商売道具だって看板の一つさ。欲しいならそれ相応の対価が必要だよ。」

「おいおい。普通なら止める所だろ。とんでもない商売魂だな。」

「それが商人ってものさ。ルウィアの旦那と一緒にいたならわかるだろ?」


 ……何故か”マレフィム”からならわかる。なんて失礼な事を考えてしまった。


「なぁ、旦那。一つ聞いていいかい?」

「何だ?」

「本人からの言葉が聞きたくてね。旦那が亜竜人種を嫌わないのは何故なんだい?」

「は?」


 俺は思わず周りを見回してルウィアやアルレを探してしまう。二人共近くにはいない。


「別に悪意を持って聞いてる訳じゃないし、旦那なら胸糞悪い答えが帰ってくることもないと思ってる。ただ可変種って最上位に竜人種、一番下が亜竜人種、真ん中はそれ以外って感じだろ? やっぱり竜人種が亜竜人種と付き合ってるのは不思議なんだよ。」

「うーん……逆になんで竜人種は亜竜人種を嫌うんだ?」

「…………。」


 キョトンとして黙り込むシィズ。何か変な事でも言っただろうか。亜竜人種が俺に何かした事はないのだから嫌う理由なんてないだろ。それに、竜人種が一番上っていうのはなんかイメージ的にまだ飲み込めるけど、亜竜人種が一番下っていうのはわからない。だって魚とか草も”人”の世界だぜ? そこで蜥蜴とかげかえるがなんで下に見られるんだよ。基準がわかんねえよ。


「流石と言うかなんというか……まさか、そんな事を聞かれるなんてね。」

「冗談を言ってる訳じゃねえよ? 本当になんで皆亜竜人種を嫌うんだよ。」

「なんでって……種として劣ってるからってのがよく言われる理由だね。」

「劣等種? 亜竜人種が? そうなのか?」

「事実はしらないよ。でも、誰もがそう思ってる。」

「シィズも?」

「アタシは……まぁ、本心を言えばそう思ってるね。でも、結局個人毎に判断するよ。中にはアルレみたいな奴だっている。」


 有能、無能って言うのは案外個人の見解に左右されるもんだ。結局誰だって優れているとか劣っているとか口で語っておいて評価するのは自分にとって都合の良い奴かどうかって事だけ。それが悪いとは言わない。でも、なんだかなぁ。アルレの場合はそれで評価されてるって事だから幸運だけど……。


「でも、これなら確実じゃないか。」

「ん?」

「私は旦那が気になってるんだよ。」

「ルウィアが?」

「とぼけるのかい?」


 そう言って何処か艶めかしい表情で首の下を優しくなぞるシィズ。何故かアムの草をむ咀嚼音が脳内に響く。柔らかくも、しっかりと張りのある羽根から仄かな温かさがじんわりと鱗を覆った。


 鳥の目ってこんなに綺麗なんだな。



「旦那の身体、一晩だけ売ってくれないかい?」


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