第150頁目 想像と経験は本当に別なの?
「ほらほら! そんなんじゃズォーガルさんみたいになれないぞ!」
「む……無理ですよ。」
「いけるいける! ニョキッて!」
「む、無茶です……。」
「出来るって!」
今日も夕飯前にマインが騒いでいる。あいつはいつも騒がしい。相対的に俺達が凄く大人しいグループみたいだ。シィズもエルーシュも大声で笑うしな。旅仲間っていうのは少しくらい騒がしさがあった方がいいんだろう。テレーゼァと別れてからあまり喋らなくなった道中を思い返すとそう思う。感情の起伏は動力になる喜んで、怒って、泣いて、笑って。感情をブンブン振り回して生きるネジを巻く。俺はそれを少しの間サボってたんだ……。
「えっと、こういうのは少しの勢いも必要だったりします。」
「ほら見ろ! ルウィアの旦那もそう言ってるんだぞ! ゼルファル!」
「で、でも、ルウィアさんはデミ化が上手じゃないですか……。」
「なぁに言ってんだよぅ。上手だから教わってるんだろ! ルウィアの旦那は髪まで生やしてんだぜ? 手を創るくらいなんだってんだ!」
「ま、まぁまぁ。ゼルファルさんは一応
「は、はい……おいらの種族は指が二本しかないんで片手で物を持つにはこれくらい出来ないと……。」
へぇ、ゼルファルって指が二本しか……ってそもそも指あったんだ。牛とか馬って蹄だけで指が無い印象しかなかった。
「えっと、いきなり五本の指を生やすというのは難しいです。まずはしっかりその二本を分けてその内の一本をコピーする感じで生やすといいですね。」
「そ、それは聞いた事あるんですけど……おいら、どうしてももう一本指が生えた手がイメージ出来なくて……。」
「ぼ、僕の指はオリゴ姿だと四本なんですよね……えっと、マインさんのは?」
そうなんだっけ? オリゴ姿のルウィアなんてあんまり見ないから気付かなかったな。
「俺は五本です。」
「そうですか……あっ! そ、そうです! まず、掌を作ってみましょう!」
「て、掌ですか? でも、掌ってどうなってるんですか……?」
「これ、見て下さい。」
ルウィアはゼルファルにデミ化した手の甲を見せる。掌じゃないのか?
「この……ここ、
「付け根まで……。」
「そして、その周りを肉が途中まで覆っている感じ……ですね。この、指の付け根の関節まで一括りに纏めちゃうんです。」
そんなルウィアの解説に思わず自分の掌を見てニギニギしてみる。手の構造なんて気にした事なかった。俺の指はちゃんと五本あるけど、これが普通じゃないのか。
「ちょ、ちょっとやってみます。」
言うと同時に変身魔法を使い始めるゼルファル。
「い、いい感じです!」
「次は指を生やすんだ! ニョキッと!」
「い、いえ、その前に掌です! 途中まででいいので骨を伸ばして下さい!」
「は、はい! ……
「あ、焦らないで……! 肉を破らないように!」
あぁ……わかるよその痛み……。俺は長い間その訓練やってないなぁ。このミィ特製の鱗がある内は練習できねえから……。
「く、くぅ……! い、痛いぃ……!」
「い、一旦止めましょう!」
「ッはっ! ……ふぅ。」
「頑張れば出来そうじゃん!」
「そうすぐに出来るものじゃないんです。で、でも、ちょっとずつこれを続けていけば出来るようになると思います。」
「だってよ! まぁ、一部出来るようになったら感覚掴んで色々身体を弄れるようになるからさ。」
「そう、ですね。ゼルファルさんは僕と違って毛も生えてるのでその辺りも楽に出来ると思います。」
「髪の毛の無い種族はセンスが無いと一生髪を生やせないっていうのに。ルウィアの旦那は凄いですよ!」
「そ、そんな……凄いだなんて……。」
「お、おいらもいつかフマナ様みたいに五本指になりたいです……。」
「なれるなれる! なんたってあのズォーガルさんの血を継いでるんだし! もしかしたら長生きすればズォーガルさんを超すかもな!」
「に、兄さんを、超す……。」
「えっと、ゼルファルさんの亡くなったお兄さんでしたよね。」
「そうです! 頼れて優しい陽気な兄貴! ……だったんですけどね。」
少しだけ淋しげに笑うマイン。きっとマインも慕ってたんだろうな。俺にもいつかウィールとの思い出をあんな顔で語れる日が来るんだろうか。ウィールを蔑ろにする訳でも忘れる訳でもなく、ただ、在りし日と捉えられる日が。
「お兄ちゃん! エルーシュさんが土砂入れの数が足りないけど何か知らないかって!」
「土砂入れー? 何だったっけな……。ちょっと思い出せないけど俺も探すよ!」
「お願ーい。」
「じゃあ、ちょっと呼ばれたんですんません!」
一言入れてマインはエルーシュの所へ走って行ってしまった。
「じゃ、じゃあちょっと休憩しましょうか。デミ化は練習した後、一日二日置くのが基本ですけど、上手い加減でやれば毎日練習出来るんですよ。」
「え、そ、そうなんですね。昔、ちょっと無理して体中が内出血で大変な事になった事があります。」
「あぁ……それは辛いですね……。かなり危険ですよ。内蔵が傷ついていたら死ぬ場合だってありますし……。」
「そ、そうですよね。気をつけなきゃ……。」
気まずい沈黙。なんともあの二人らしい。
「そ、その、ルウィアさんも家族を亡くしてらっしゃるんですよね……。」
「は、はい。妹と、両親です。」
「やっぱり……辛いですよね。」
親しい人が死んだら辛い。当たり前の感情だが、それをそのまま言葉にして聞いてしまうのが口下手という種族だ。だが、俺も家族とまではいかないまでも似たような死を経験しているせいで茶化す気にはならない。
「そう、ですね。家族を亡くした日というのは、今でも夢に見ますし……。」
「お、おいらもです。」
「その、ズォーガルさん、という方はとても慕われていたようですね。」
「は、はい。自慢の兄でした。兄さんは遠くて、とても追いつける気がしないです……。」
「だ、大丈夫ですよ! 僕も、父さんや母さんには似たような事を思ってたんです。今だって、仕事をする度に両親の凄さや、自分の不出来さばかり目について……。」
「ですよね……。」
「ち、違うんです! でも、なんですよ。仕事をしてきて、振り返ってみると、多分……間違ってないんじゃないかなって。いつ、辿り着けるかはわからないんですけど……地続きにはなってるんじゃないかなって思うんです。」
そんな事考えてたのか……。そう言えば、色々余裕が無さ過ぎて村でルウィアがどう頑張ったって話も話半分で聞いてたな……。
「地続き……。」
「物を仕入れて、運んで、売って……。その仕事の出来は全然両親には及ばないんですけど……。出来上がった結果とかは同じで……それが両親と同じ仕事をしている証なのかなって、思ったんです。」
「……お、おいらも、まだ、運ぶ荷物間違えたり……デミ化だってちゃんと出来ないけど……それでも、しい……商人として働けてるって意味では兄さんと同じ道を歩いてる……って事ですよね。」
「そ、そうです! このまま頑張り続ければ、途方もないですけど……い、いつかは……!」
「あぁ……なんだか、少しだけ元気が出ました。そ、そう言えば兄さんが昔言ってた。『生きる以外にも目指す物がある奴は幸せ』だって。」
「その通り……だと思います。僕も……独りだけ生きて家に帰ったばかりの頃は……これからどうやって生きようかって事しか頭にありませんでした。自分だけ生き残っているはずなのに、残されたのが僕だけなせいで一体どっちが死んだ側なのかわからなくなって。空腹が辛うじて生きている証拠に感じました。」
「え、えっと、ルウィアさんってスラム育ちなんですよね。それから今の状態まで?」
「い、いや、スラムって言ってもまだ裕福な方ですよ。親の財産も少しありましたし……。」
「す、凄いですよ。尊敬します。」
「あ、ありがとうございます……。」
照れるのいいが、また会話が途切れてしまった。にしても……家族が全員殺されて独りで家に帰るなんて絶対に経験したくない。以前も想像し、共感し、同情したが……今となっては想像からしてもう無理だ。あの時の想像は甘かった。哀しいなんてモンじゃない。絶望だろう。俺だったら空腹も気にしなくなるかも……。寧ろその苦痛が自分への罰みたいに感じてそのまま……。
「「……あの。あっ、あっ、い、いや……。」」
綺麗に間まで合わせてハモるルウィアとゼルファル。結構仲良くなれそうだよな、あの二人。
「ど、どど、どうぞ。」
「あ、えっ、ゼ、ゼルファルさんから先で。」
「お、おいらは、ルウィアさんのご両親のお話を聞こうと思ってて……。」
「ぼ、僕のですか? その、僕もズォーガルさんのお話を聞こうと思ってました。」
「じゃ、じゃあ、交代交代でお話しましょうか……!」
「そ、そうですね!」
お見合いかッ! ってくらいは言っておいていいよな。……生きる以外に目指す物、か。俺も幸せなのかな、ウィール。お前が生きていればよかった。付いてこなくてもいい。ただ、死ななきゃよかったんだよ。お前の死を
『チキッ。』
「ん?」
聞き慣れた音で
『チキキッ。』
あれ? 今度は違う方向を見つめている。あっちになんかあったっけ…………あっ、そうだ。眠ったゴーレムだ。なるほど。また暴走ゴーレムが出ないように気を張ってるのか。ゴーレム同士だとなんかで通信とか出来そうだしな。
「ファイー! ちょっと手伝ってー!」
『チキッ。』
自分を呼ぶ声がするとゴーレムの眠る方角から目を逸らしてアロゥロの元へ向かうファイ。やっぱり何より大事なのは家族、か。……俺もそうなんだけどな。
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