第149頁目 保険の授業で興奮した事ある?

「どうだ?」

「うぅ……気持ちいい。でも、ちょっと恥ずかしいよ……。」

「俺とお前の仲だろ。」

「でも、エルーシュさん……。」

「ほら、ここか?」

「あああッ!」


 ほぼオリゴ姿に戻ったエルーシュがしなやかなつたをゼルファルの脇と鼠径部そけいぶに這わせ強くミチミチと音を鳴らして締め付ける。あの巨体を支えるゼルファルの脚だ。その太腿に浮かぶ太い筋がどれだけの筋力を誇るのかをアピールしている。


そそるねえ。」

「ぎ、ギルド長、おいら……!」

「恥ずかしがらずにしっかり揉んで貰いな。エルーシュのマッサージは最高だよ。」

「でも……。」

「ゼルファルは太腿より脹脛ふくらはぎの方が張っているな。脚もしっかりデミ化出来るようになっておけ。その脚だと脹脛ふくらはぎにばかり負荷がかかる。」

「む、難しいんですよ。ひづめを割るのも怖いし……。」


 ビジュアル的にはミノタウロスが木に埋め込まれていっているという珍妙な光景なのだが、そうなったのも今日その筋肉を使ってルウィアの引き車を持ち上げたりしたからである。シィズ達の用意していたジャッキを使う手もあったが、余りにも引き車にボロが来ていたため大事を取って手で持ち上げたって訳だ。身体強化を使ったはずだからそんなに大変ではなかったと思うんだけど、部分的に疲れは出るだろう。


「ズォーガルは俺のマッサージがお気に入りだったぞ?」

「知ってますよぉ……ゔっ……!」

「ほーらほらほら! はっはっはっ!」

「そこはやめて……!」

「ゼルファル! あんまりアタシを誘惑するような声を出すんじゃないよ! 我慢できなくなるじゃないか! あっはっは!」

「そ、そんな事言われても……。」


 体育会系部活の弄りみたいな光景だ。ルウィアは恥ずかしそうに目を背けていて、アロゥロは不思議そうにそれを見ている。でも、やってる事は労いマッサージだし……。


「ゼルファル、実は嬉しいんだろ! 全然抵抗しないじゃねえか!」

「いいからお兄ちゃんはお肉焼いて!」

「わ、わかってるよ!」

「うぅっ……ち、力が入らないんですよ……。」


 ゼルファルの弁明はマインの耳には届いてないようだ。


「ふむ、そんなに気持ちよいのでしょうかね。マッサージというのは。村では年寄り達が有難ありがたそうに子供達にされていましたけれど。」

「されたことないのか?」

「ないです。あ、でも自分でした事ならありますよ? 確かに気持ちいいのですが、他人にされても然程変わらないと思っていたのです。」

「ソーゴさん……は無理ですよね。殺されそうです。私もエルーシュさんにお願い致しましょうか……。」

「え!? い、いや、それは……。」

「何か?」

「……あー。」


 妖精が木の蔦に絡まって悶えるというのは……なんというか……背徳的だ。そう、宜しくない。言ってしまえばエロい。……見たい。しかし、なんだろうな、その、他の人にマレフィムが悶える所を見られたくないというか見て欲しくないというか。……知人に身内の痴態を見られたくないこの感じ。わかるだろうか。


「エルーシュでも危ないだろ。(されたいならミィにお願いしろ。)」

「……それもそうですね。」


 よかった。なんとか思い直して貰えたみたいだ。妖精と言ったら前世じゃ殆ど全裸のイメージだよな。実在してたらそりゃこんな風に着飾るんだろうけど……久々にちょっとドキドキした。ミィの裸姿を見た時以来だな。こんなので興奮しそうになるのもおかしいんだろうけど……。


 って、俺、興奮したらどうなるんだ?


 今更過ぎるけど、俺、アレ無いじゃん。……まず性的に興奮しないしなぁ。だって会う種族会う種族皆人型じゃないし。いや、白状するとダークエルフのシャルビアさんとかは少しこうグッと来たけど、あの人なんか怖いしいきなり現れるしでちょっとその興奮が長続きしないんだよな……。


 小便も大便も混ざって排出されるこの身体。俺は何も性教育を受けていない。年頃の男子……ってもう言える歳じゃないかもだけど、それが性欲を忘れかけてるってのは些か問題なのではないだろうか。それに俺、人にしか興奮しないからデミ化しないとその……出来ないよね。まさか、ドラゴン姿のままする訳にもいかないし……ま、まぁ、そこは忘れる事にしよう。


「こんなもんか?」

「はぁ……はぁ……もう、充分……です……。」

「いやぁ、ズォーガルの奴を思い出すぜ。あいつはもっと雄々しい雄叫びを挙げてたけどな。」

「あぁ、そうだったそうだった。だが、こういう恥じらいを含んだ声もアタシはアリだと思うね。」

「丁度肉も焼けましたよ!」


 肉の刺さった串を掲げるマイン。いい匂いだ。


「ゼルファルには、はい! アテシが採ってきた果物と草! 毒も混ざってるかもだから注意してね。」

「あ、ありがとうございます……。」

「アタシの分の果物もあるかい?」

「勿論ギルド長の分もありますよ!」

「久々にエルーシュの実も食べたいんだけどねぇ。」

「好きだなぁ、おい。」

「アタシだけじゃないさ。サインも食べたいだろう?」

「はい! 甘酸っぱくて美味しいですよね! 大好きです!」


 エルーシュの……実? 何の木かしらないけど実がなるのか。でも実って種だし……つまりは……なぁ? いかんいかん。俺の頭ん中がピンクになってきている。


「そういや、アロゥロは”両性花”なのかい?」


 いつの間にやらシィズがアロゥロを呼び捨てするようになっている。年齢差……とかこの世界じゃ気にするだけ無駄か。まずアロゥロが何歳かなんて知らないしな。


「うん。そうだよ。」

「へぇ、じゃあ相手は必要ないのかい。」

「まぁ……そうだけど……。」


 なんだか照れてるような煮え切らないような態度のアロゥロ。何の話だ?


「ははっ、可愛いねえ。エルーシュ、アタシ等で男の楽しみ方っていうのを教えてやろうじゃないか。」

「俺は男にそこまで興味なんてねえよ。」

「かー! 女の癖に何言ってんだい!」

「はあ!?」


 急に大声を出した俺に全員が振り向いた。シィズやマイン、サインは余程驚いたのか羽や毛が逆立っている。ボワッボワだ。


「ど、どうしたんだい? 竜人種に大声出されたら心臓を吐き出しそうになるじゃないか。」

「あ、あぁ、いや、えーと? エルーシュって……女性なのか?」

「……そうだけど、それが?」


 不思議そうな顔をしながら膨らんだ羽毛を萎えさせていくシィズ。だが、表情が少しだけ険しくなる。失礼な質問……だよな。


「エルーシュが女性だと何なんだい?」

「いや……えぇ……。」


 怒って当然だよな。女性らしくないと思ってたとか……。


「うーん……怪しいねえ。皆を驚かせたお詫びに今隠してる事を教えてくれないかい?」

「……ご、ごめん。ただ、エルーシュが女性だとは思わなくて……。」

「思わなかったから、どうしたんだい?」


 詰め寄ってくるシィズ。うぅ……今回は俺が悪いせいで申し訳無さが……。


「……お、驚いて。」

「驚いて……?」

「……声が出た。」

「……ん?」

「……え?」


 ん? ってなんだ?


「それじゃあエルーシュが女性で驚いただけって意味になるんだけど?」

「え? その通りだけど?」

「んん?」

「何か変な事言ったか?」

「そりゃあ変だろう。エルーシュが女性だって知っただけでなんであんなに驚く事があるんだい。」

「いや、だって振る舞いが男性っぽかったから……。」

「まぁ、そうだね。」

「だから……吃驚びっくりした。」

「……それだけ?」

「それ以外何があるんだよ。」

「何もないから聞いてるんじゃないかい。」


 それもそうか。ってかあれ? 怒ってる訳じゃない? 本当に俺が大声を出した理由が気になってるのか?


「俺は多くの種族においての男性らしい振る舞いはしてるけど、種族的には”雌雄異株しゆういしゅ”なんだ。」


 エルーシュが割り込んできた。その声色は柔らかく全く怒りを感じ取れない。


「”雌雄異株”って……?」

「なんだ、アロゥロと一緒に旅してるのに知らないのか? 雌雄異株は性別があるかどうかって意味さ。」

「性別があるかどうか……ってえぇ!? じゃあ、性別が無い植人種もいるのか!?」

「何? 話を聞いてなかったのか? アロゥロは正にその性別が無い種族だぞ。」

「!? う……嘘、だろ?」

「嘘じゃないよ? ソーゴさん、植人種の事あんまり知らないもんね。」


 いつもの調子で答える本人。アロゥロに性別がない? ルウィアにあんなに好意を寄せている素振りを見せておいて……?


「アロゥロは雌雄同株しゆうどうしゅで、雌雄異花しゆういかじゃなく両性花を咲かす。」

「えぇ……? 雌雄同株ってのは性別が無いって事か?」

「そうだな。」

「雌雄異花ってのは?」

「性別がない植人種でも花に依って雌雄が別れてたりする種族もいるんだよ。でも、アロゥロは一つの花に両方の性があるって事だ。」

「う……ん。なる、ほど。」

「ははっ、やっぱり竜人種は他の種族が眼中にないのか?」

「いやぁ、アタシは竜人種はしっかり親から色々教わるって聞いたけどね。」


 どっちもありえる話だが、俺の場合は事情が違う。


「家庭によるな。種族で一括りってのも難しいだろ。」


 こう誤魔化すしかないか。


「それもそうだ。それに、他種族の性別事情なんて興味を持たないヤツの方が多いよな。」

「そうかい? アタシはそうは思わないけどね。」

「ほーう? じゃあギルド長は不変種の性別事情を知ってるか?」

「不変種ぅ~? 不変種なんて男女があるだけだろ? まぁ、ドワーフは例外だけどさ。」

「それがそうじゃないんだよ。不変種にも雌雄同体はいるのさ。」

「そうなのかい?」

「だから言ったろう。自分が関わらないと思ってる奴等の事なんてそんなもんなんだよ。」

「ア、アタシはここらで仕事してるんだから不変種と関わらないなんて思ってないよ?」

「それなのに知らなかったんだろ?」

「そうだけどさ…………あー、確かにアタシも勉強不足だったね。今迄性別がわかり易い種族としか取引してなかったせいで頭が凝り固まってたよ。ま、趣味や振る舞いなんてのは性別じゃなくて当人の趣味だけどね。」

「だなぁ。」


 エルーシュとシィズだけで会話を続けているが、俺は一つの疑問がずっと頭から離れない。それは”異種族でどうやって子供を作るのか”って事だ。俺にはまだ早いけど……ルウィアとアロゥロはもしかしたら……。


 記憶に微かに残る理科の授業。雄蕊おしべ雌蕊めしべがどうのこうのってのは覚えてる。アロゥロは性別が無くて、花にその二つが……。


 あれ?


 アロゥロの頭に咲く花の中心には雄蕊おしべ雌蕊めしべも見当たらない。そうか。だから、不用意なに……受粉とかはないんだな。多分デミ化魔法の応用なんだろう。


「性別は傾向を判断する為の基準でしかないからねえ。でも、アタシはエルーシュが女で良かったと思ってるよ。男じゃ実がならないんだろう?」

「実の為だけかよ! そりゃないぜ!」


 あ……女性であるエルーシュの実って事は…………深く考えるなっての。


 

 


 

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