第148頁目 細かい作業とか苦手だからさ?
「こりゃまずいね……。」
「すみません、シィズさん。何か噛んじゃってるみたいで……。」
「心配すんなってルウィアの旦那。これくらいなら多分なんとかなる。」
太陽は影を閉じ込める程俺を照らしポカポカとした陽気を授けてくれる。前世だったら暑くて仕方ないだろうな。確かにまだ所々に雪は積もっているし、気温も低いが風が吹かない場所でずっと陽光に
そして今、シィズが引き車の点検をしてくれているのだ。
「エルーシュ! ゼルファル! ちょっと手伝いな!」
「はいよ。」
「は、はい。」
「見な。シャフトとフランジの間に小石が入っちまってる。このまま無理やり動かしたらシャフトが歪みかねない。」
「なるほど。しかし……なんでこんな所に? フランジの蓋は何処いったんです?」
「どっかに落っことしたんだろう。よくある話だ。」
「で、でも、これだとシャフトが既に歪んでそうですね……。」
「あぁ、ゼルファルの言う通りだ。だから、直せたとしてももっと労りながら進んだ方が良いかも知れないね。まずは分解しよう。エルーシュとゼルファルで後ろを持ち上げてくれないかい? 車輪を外すよ。って事でソーゴの旦那! 悪いけど降りてくんな!」
「はーいはい。」
お荷物にはなりたくない。邪魔にならないよう従おう。
「ルウィアの旦那。悪いけど、少し時間を貰うよ。」
「い、いえいえ、そんな。修理して頂けるのに悪いだなんて……何か、僕にも手伝わせて下さい。」
「私も手伝います!」
「そうかい。それならね……。」
アロゥロとルウィアはシィズ達と一緒に引き車の修理を手伝うらしい。
「参りましたね。」
「ってもよぉアメリ。あんなオンボロ引き車。俺はよく今迄走ってくれたなって思うよ。」
「ブランダッダから追いかけられた時には結構な無理をさせてしまいましたからね。」
「そんな事もあったなぁ。」
「そんな事もあったって……ついこの間の事でしょう。」
風の強い日には横転しないようゆっくり進んだり、急斜面では俺が後ろを押したりもした。荷台を壊しちゃ不味いから俺は身体強化魔法以外じゃ手伝えなかったんだよ。マレフィムは風魔法で押してたけど。
「いやぁ、まさかですねえ。タムタムに着いたらあの引き車、買い替えた方がいいんじゃないんですか? ソーゴの旦那。」
「あぁ、その通りだよ。俺も同意見だ。」
マインがサインを引き連れてやってきた。しかし、マインの言うとおりだ。今後空輸にするって言っても引き車は必要になるだろう。それならもっといい引き車に変えた方が良い。タムタムには引き車屋みたいなのがいっぱいあったしな。
「どれくらいの距離だったのかわからないですけど、悪路を走るなら丈夫に越したことはないですよ。」
「でもサイン、ルウィアの旦那の引き車はエカゴットが牽引してるんだぜ? それじゃあ限界があるだろ。」
「お兄ちゃんの言う事はわかるけど、あの引き車はそういう問題じゃないと思う。」
「確かに、ボロ……う゛う゛ん゛! 古めかしいもんなぁ。」
誤魔化せてねえぞマイン。その口の軽さでいつも怒られてんだろうに。……でも、俺が抗議する程の事でもないな。
「エカゴットだとやはり牽引力が足りないのでしょうか。」
そう質問したのはマレフィムだ。
「ですね。ウチみたいにアムに牽引させたら引き車に沢山金属パーツが使われてても問題なく運んでくれます。それにアテシはエカゴット苦手なのでアムの方がいいですね。」
「商人なのにエカゴット苦手とかありえないよな、ホント。」
「煩いなぁ。苦手な物は苦手なの。お兄ちゃんだって『ウォルクフ』が怖い癖に!」
「う、『ウォルクフ』は本当に危険だろ!」
「ま、まぁまぁ。私もウナが苦手なのでお気持ちはわかります。しかし、お金があるならアムに牽引させて丈夫な引き車に変えた方がいいのでしょうね。」
「えーっと、そうとは言い切れないです。」
兄に比べて長めの
「悪路でも短距離はやっぱりウナですね。安い、速い、多いで一番扱い易いです。他の牽引ベスともよく馴染むメリットもありますし、本当に小さい荷物なら細く入り組んだ道でも行けちゃいます!」
「”行ける”だけで操る腕は必要になんだけどな。それにスタミナはそこまで無い。それと夜煩い。そんでちゃんと躾けないとどーしょーもなく好戦的。」
「……やっぱりウナは
いや、メリットいっぱいあっただろ。
「悪路を通るなら確かに丈夫に越した事はないです。ただ、お金をケチって金属だけで引き車を補強しても比例して重量も上がるので環境によっては止めた方がいいんです。」
「重量が上がると……ふむ。急勾配や崖道等では確かに危険ですね。」
「そういう事です。なので、用途用途で変えれたら変えた方がいいですね。例えば、強風の吹く平坦な道なら重い方がいいです。商品を届けた帰りに軽くなった引き車で同じ道を通って横転なんて新人がよくやるミスですね。」
ふふんっと誇らしげに語るサイン。だが、それを見たマインが茶々を入れないはずがなかった。
「なーにが『新人がよくやるミスですね!』だよ。俺等も新人だろうが。ルウィアの旦那みたいに一つでも引き車を持ってからドヤれよ!」
最もな指摘だが、それをわざわざ口にしないでも良いだろうって事をマインは言ってしまう。それを聞いたサインは顔を真赤にさせて……いや、毛むくじゃらでわかんないな。身体をプルプルと震わせて今にも爆発しそうだ。
「………………ギルド長ォォォー! お兄ちゃんがぁー!!」
「げっ!? 馬鹿やめろって!」
なんとも幼稚な掛け合いだが、俺は思う。この兄妹も多分四十歳はとっくに越してるんだろうと。
「くぉら! マイン! こっちはトラブってるってのに妹虐めて遊んでんじゃないよ! グリス持ってきな!」
「は、はーい!」
大きく返事をして背筋を伸ばす。シィズの声しか聞こえないのにな。
「なんで俺だけ……。」
「余計な事は言うなって事だ。波風を必要に時にしか立てないのが一流の商人だろ?」
「ソーゴの旦那……まぁ……その通りですね……。でも、サインはちょっとギルド長に甘え過ぎですよっ! いつの間にかギルド長の真似して自分の事”アテシ”って呼ぶようになってるし。」
「可愛らしいじゃねえか。」
「いーや! アレじゃあ後輩に示しがつかないです!」
「後輩なんているのか?」
「何言ってんですか。ゼルファルは俺の可愛い可愛い後輩ですよ。」
「マイン! 聞こえなかったのかい!?」
「は、はーい! すぐ持ってきます!」
シィズの指示に飛び上がってシィズ達の元へ走っていくマイン。
「ふん! 人の嫌なとこを一々突くからそうなるの!」
「あとで覚えてとけよサイン!」
「マイン!!」
「待って下さいってば!」
「お兄ちゃんは『ズォーガル』さんみたいにはなれないかな。」
「その、『ズォーガル』さんとは?」
初めて聞く名前にマレフィムは興味を抱いたようだ。
「ゼルファルの兄です。エルーシュさんの親友だったんですよね。もう……事故で亡くなっちゃいましたけど……。」
「そうでしたか……これは失礼を。」
マレフィムは謝るのか。その違いだけでもマイン達との価値観の違いが見て取れる。
「謝る事ないですよ。知らない人じゃないですか。」
だが、心底不思議そうでもないサインを見れば死への距離感が違う人間を認知しているというのもわかる。
「ですが……。」
「よくある話ですよ。商人が死ぬなんて。」
「立派な方だったのでしょうね。」
「それはもう。アテシもよくお世話になってました。サブギルド長でアルレさんの前任だったんです。エルーシュさんに似て陽気で優しくウチのムードメーカーでしたね。ゼルファルはズォーガルさんが亡くなった代わりに『富の富』に入ったんですよ。」
「ではゼルファルさんが一番の新人さんという事ですか。」
「そうです。ギルド長には頭が上がらないですよ。それなのにお兄ちゃんってばいっつもギルド長困らせて……! ほんっと馬鹿!」
気軽に同意出来ない内容に俺とマレフィムは苦笑いで返す。
「まぁ、そんな事もあってゼルファルは立派なズォーガルさんと比べちゃって少し卑屈になっちゃってるんですよね。アテシがフォローしなかったら今頃ギルド辞めちゃってかもしれません。」
所々自信家なとこはマインと似てるよな。パッと見同じ見た目だから全裸だったらすぐには区別がつかない。
「……そういや、『富の富』は全員服を着てるんだな。」
「急にどうしたのです?」
「いや、ただの感想。」
「ウチはギルド長の意向で全員着飾るようにしてます。心象がいいですからね。」
「そりゃそうだよな。」
「サイン! お前も手伝えよ!」
「はいはい! ……じゃあちょっとアテシも手伝ってくるので。」
「おう。」
「お気をつけて。」
軽くこちらへ微笑むと小走りで去っていくサイン。愛嬌はあるよなぁ。なんだかわからないけどモテそうだ。しっかりとシィズから色気を受け継いでいる気もする。
そういや、この世界で異種交配すると……どっちかの種族が生まれて稀にハイブリッドが生まれるんだっけ。メビヨンみたいな種族も居たわけだから多分ペガサスとかもいるんだろうなぁ。あとはキメラとかな。あれ? キメラってライオンと蛇と……なんだっけ? 三種だったよな? でも、三種なら生まれる可能性も低いのか。まぁいいや。
*****
「くぁー! 疲れた!」
「お、おいらも……。」
「あぁ、休め休め! お疲れ様だ!」
「エルーシュ、ゼルファル、ありがとうよ。マインとサインもな。」
「お安い御用ですよ!」
「アテシは頼まれた道具持ってきたり洗ったりしただけですから。」
引き車の修理が完了した頃には殆ど陽は下がりきっていた。最初に異常を
「本当にご迷惑お掛け致しました……。」
「いいんだよ。貸しの一つとでも覚えてくれてたらそれでいい。」
申し訳なさそうなルウィアになんとも恐ろしい事を言うシィズ。
「は、はい。でも、今日はもうここに泊まった方がよさそうですね。」
「いや、まだいける明るさだ。せっかくだし、もう少し進んでからでいいかい?」
「わかりました。それじゃあ――。」
ルウィアが言葉を続けようとした時、闇から浮かぶようにアルレが現れる。
「ぅうわっ!? ……ってアルレさん!?」
「……驚かせてすまない。」
「い、いえ。」
「アルレ、どうかしたのかい?」
「……あぁ、近くにゴーレムがあった。」
「そう、かい。」
「あったんですね。じゃあ……どうします?」
「なら休憩だね。今日は早めに店じまいだよ!」
「はい!」
シィズ達には俺達と違うルール、いや、ノウハウがあった。彼女達は日が暮れ始めた頃、眠るゴーレム族を見つけたらそこの近くで一晩を過ごす。なんでも、ゴーレム族の眠る場所は神聖な場所だから災いが避けられるんだとか。前世なら願掛けに過ぎないと思う所だが、魔法すら存在するこの世界じゃ馬鹿には出来ない。それに、彼女の言う通りゴーレム族の近くで過ごし始めてからというもの、全くアクシデントらしいアクシデントがないからな。……まぁ、今日はあったんだけどこの程度なら軽いもんだ。ただの機械だと思ってたけど、ゴーレムと呼ばれるだけあってスピリチュアルなロボットなんだろう。
今日も俺達はゴーレムに守られて夜を見送る。
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