第147頁目 生死って笑える?

「ふーん……じゃあ、あれは”お漏らし”に近い魔法って事かい。」

「ま、まぁな。」

「竜人種の旦那が”お漏らし”ねぇ……。こっちは少しと言え得体の知れない液体を被せられたんだよ? 本当の事を話してくれないとフェアじゃないだろ。」

「本当の事だからフェアだっての。」


 マレフィムとの長い話が一段落すると、太陽が眠るまで俺も夢を泳いだ。ウィールの事をマレフィムに話したせいか、いつもより眠りが深かった気がする。勿論、疲労のせいでもあるんだろうけど……。


 そして、今夜の停車場所で寝起きざま昼に”不慮の事故”でシィズに掛けてしまった墨魔法について尋問されているのである。


「ギルド長、興味津々ですね!」


 今度はお調子者のマインまで寄ってきた。


「お前は見てないからそう言えるんだよ。」

「あんな質の良い墨は見たことがない。あれを何処で見たのか教えておくれよ。旦那ぁ、お願いだって!」

「だから知らないって。なんかできたんだよ。なんか。」

「そんな事滅多にない事くらいわかってるんだろう? 夢に出た物を顕現するとかならわかるけどさぁ。」

「ですよね。見た事ない物を顕現なんて普通ありえないですよ。」


 シィズに合わせて頷くマイン。でも、無いって事も無いんだろうに。


「そんなもんかぁ?」

「常識だろう。それとも何かい? それこそ竜人種だってのかい?」

「知らんけど……。」

「口が堅いねぇ。」

「信じろってもぉー。」

「お兄ちゃん! 遊んでないで手伝って!」

「ぅうわぁ! なんだよ、サイン!」

「アロゥロさんに枯れ木を集めるよう言われてるでしょ!」

「今やろうとしてたんだよ! お前と違って俺は要領がいいんだぜ!」

「枯れ木にその馬鹿が感染うつらないように長い間手に持たないでよね。」


  騒がしくも妹のサインに連れられて枯れ枝探しを始めるマイン。


「妹はしっかりしてるんだがなぁ。」

「えっと……マインさんもマインさんなりに頑張ってると思いますよ。」


 割り込んできたのは何処か寂しそうな顔をしたルウィアだった。


「ルウィアの旦那。……そう見えるかい? だと嬉しいんだけどね。働く意欲はあるし、商売に関しちゃ真面目だからアタシをこんだけ怒らせてんのに失望しないくらいには目を掛けてるんだ。」

「……羨ましいです。僕には妹も目に掛けてくれる師もいないので……。」


 妹も両親も、か。ルウィアからしたらマインは羨ましいかもなぁ。だからってそれを妬む奴ではないと思うけど。


「ルウィアの旦那は肉親ってのが望んでも手に入らないと思うのかい?」

「……え? は、はい。」

「ギ、ギルド長。アムの餌、やり終わりました。」

「あぁ、ゼルファルありがとう。こっち来てごらん。」

「ど、どうか……しました?」

「ほら、ルウィアの旦那。こんな風に肉親ってのは簡単に作れんだよ。アロゥロの姉さんといい感じみたいじゃないか。」


 ゼルファルの背中をポンと叩いてルウィアに笑いかけるシィズ。冗戯からかいの混ざった励ましの言葉。”仲間だって家族と言える”というシィズなりの気遣いなんだろう。それにルウィアも笑って返す。意外にも余裕のある反応だ。


「ぼ、僕にそういうのはまだ……早いですよ。」

「ならやっぱりアタシと寝てごらんよ。」

「だ、駄目ですってギルド長! い、いつもいつもぉ!」

「うぉあっ! こらっ! ゼルファル! 降ろせ!」


 シィズを力強く肩に担ぎ上げると申し訳なさそうに何処かへ連れ去っていくゼルファル。俺への尋問もぶった切れたし助かった。ってかいつもいつも? ……と、とんでもない女だな。


「……ま、そういうこった。家族が居なけりゃ作りゃいいんだよ。」

「……ですね。」

「それか幸せのお裾分けでもして貰え。」

「え、えっと?」

「マイン達を手伝って来いって事だよ。」

「うわあっ!」


 背中を強く押してマイン達へ向かうよう促す。そして、こっちを軽く見た後なんとも言えない顔で『わかりました』と言って歩いて行った。


 俺は飯まで休憩かな。


「わぁ! ルウィアさん手伝ってくれるんですか!」

「え、えぇ、まぁ。」

「やっぱり商団の代表をやってるだけありますね! お兄ちゃんも見習ってくれればいいのに。」

「今やってるだろ!」

「言われてからでしょ! ルウィアさんは頼まれてもないのに自主的にやってくれてるんだよ? アテシ、こういうお兄ちゃんが欲しかったなぁ。」


 あー……やっぱりあの中に突っ込んだのは失敗だったかなぁ。あの話の流れはルウィアにはちょっと辛そうだ。


「ぼ、僕にも妹が居ましたから……妹が頑張ってると手伝いたくなるって言うか……。」


 頑張って話を繋いだのかもしれないけど、その言い方じゃ……。


「居ましたって……。」

「え、えぇ、もう亡くなってるので……。」

「そっかぁ。それは運が悪かったねえ。」


 ……え?


「アテシ達は運が良かったよ。あんなのとは言え、お兄ちゃんもまだ生きてるしね。」


 普通人が死んだ事を運がどうこうで片付けるか?


「あんなのって言うなよ。俺だってこんな妹よりもっと可愛げがある妹がよかったね。でも、家族が死ぬっていうのは辛いですよねぇ。」

「アテシ達の家族はまだ生きてるけど、他の家じゃそれ死ぬすぐ死ぬで泣き喚く声が煩いったら。」


 お前等そんな言い方……。


「ははっ、わ、わかりますそれ。」


 へ? 


 まさかの反応だった。ルウィアは笑って応えているのだ。殆ど上っ面だけの同情とも取れない言い様に悲しむか怒ると思ってたのに。いや、もしかして無理をしてるんだろうか。


「えっと、お二人も貧困街出身ですか?」

「お二人もって事はルウィアさんも?」

「は、はい。僕の出身、オクルスには子沢山の獣人種が一族でお金を集めて買ったボロ屋があるんですけど、毎週出産祝いか葬儀をしてる”面白い”場所なんですよ。」

「毎週!? そりゃあ面白い! そこは葬儀屋と布屋の上客ですね!」

「貧困街ですから、そんな余裕ないですよ。毎回道具は使いまわしているそうです。」

「流石だ! マナよりエーテルお金を大事にするのは貧乏人の証ですね!」


 な、なんだか話に花が咲いている……。ルウィアが無理をしている様子はない。悲しい事であっても、運が悪かったと捉えられるのか。それとも、他家の人死に事情は別物って事なんだろうか。俺なら激怒してしまいそうだ。……同情して欲しい訳じゃないんだろうな。だから、”機”を気にせず家族を失くした話が出来るんだ。俺はそんな風に割り切れない。人が死んで嘆いているの指して面白いだなんて……。


「そうそう! 虫を集める為に撒いたゴミが盗まれない様に番をしたりするけど、小腹が空いたらついついそのゴミを摘んじゃうんですよねぇ!」

「あ、ありますあります! 妹がそれをバラして怒られたんですけど、実は妹もちゃっかり摘んでて二人で怒られたりなんて……。」

「それ! 俺もサインにバラされた事あります! まさかサイン、お前は摘んだりしてないだろうなぁ?」

「してる訳ないでしょっ! こっちはまだまだお兄ちゃんの悪事を知ってるんだからね!」

「えっ、なっ、どっ、どれ!?」

「どれも!」

「嘘だろ!?」

「さぁね! ほら、早く集めた枯れ木持ってって!」

「じょ、冗談だよなぁ?」

「いいから!」


 渋々と太い枯れ木を持ってアロゥロの元へ向かうマイン。


「っまったくぅ……。」

「仲、良いですね。」

「そう見えます?」

「は、はい。」

「……まぁ、実際本気で嫌っては、ないです。アテシは慎重ですけど、お兄ちゃんは大胆で、悔しいけどアテシに持ってない部分をお兄ちゃんは持ってる。……持ってなかったらとっくに別々に暮らしてると思います。」

「それは……羨ましいですね。ぼ、僕も……妹に嫌われてはなかったのかな……。」

「よく喧嘩してたんですか?」

「くだらない事ばかりででしたけど……。今はよくもうちょっと優しくしてあげたほうが良かったなって……。」

「そんな事ないですよ。もしお兄ちゃんがアテシが死ぬと思ってて優しくしてくれるなら幾らでも利用してあげますけど、同情されてるって部分は気分が悪いです。」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。


「その妹さんも同じ事を思うかは別ですけどね! アテシの友達だった子なんかお兄さん大好きなブラコンで、お兄さんに身売りされても役に立てるって喜んでました。だから、あの時こうしておけば思い通りになったって思わない方が良いと思います。」

「そ、そのお友達は……?」

「え? お客さんに殺されて戻ってきたので一家で美味しく食べたそうですよ。今はお兄さんのお肉にでもなってるんじゃないでしょうか。」


 た、食べ……実の子だろ? 家族だろ?


「そう、ですか……。」

「その子がお兄さんに美味しく食べられた事を喜んでるかはわかんないです。でも、身売りされた時喜んでたのは本当なんですよ。」

「た、食べられた事も喜んでたらいいですね。」

「ですねぇ。」

「な、なぁ、今の話って本当か?」


 思わず話に割り込んでしまった。


「ソーゴさん? アテシの友達の話ですか? 本当ですよ。」

「す、凄い話だな……。」

「何がですか?」

「いや、だって、実の家族を売って、殺されて、食ったんだろ?」

「……はぁ。そうですね。でも、貧困街だと割とよくある話ですよ?」

「えぇ……?」


 困惑の末にルウィアの顔を見る。


「そうなのか?」

「え、えぇ、そうですね。仕入屋は何処だって調達場所にしてしまいます。森も、海も、街も。」

「やっぱり竜人種には想像出来ないですよねぇ。アテシ達なんて元々兄妹6人もいたんですよ? でも気付けば生き残ったのはお兄ちゃんとアテシだけです。その内二人はしっかり頂きました。」

「頂いたって……食ったのか?」

「勿論です!」

「家族を食べるくらいならベスを狩るとか他の悪い奴を襲うとか……。」

「ベスを勝手に狩ったらボスから怒られますし、アテシ達は弱いので報復を考えると下手に手を出せません。」

「仕切ってた奴がいたのか? それなら出て言って旅するとか。」

「アテシ達みたいなひ弱な種族、ベスと勘違いしただなんて法螺ほらを吹く輩に狩られてオヤツにされるのが落ちです。だから、拾ってくれたギルド長には凄く感謝してます。……なのにあの馬鹿なお兄ちゃんはいっつもいっつもギルド長に迷惑ばっかり掛けてえっ……!」


 ……竜人種には。いや、俺には全く想像も出来ない世界だ。確かにオクルスの貧困街はとても嫌な空気が流れていたように感じた。アレは気の所為じゃなかったんだろう。俺の倫理観が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。


「……オクルスもそんな感じだったのか?」

「い、いえ、そこまでは……と言いたいですけど、オクルスの壁の外にある”零し街”は同じ様な感じかと思います。僕は、貧困街でも両親が仕事をしていたし、家もあったし、引き車もありました。貧困街の中の貴族に近い位置でしょうね。」

「それでも虫の為にゴミを撒いたり?」

「ま、まぁ……。」


 照れ笑いをしながら肯定するが、それがこの世界でどれだけさもしい行為かはわからない。家庭菜園みたいなレベルなんだろうか。


「そのゴミって家の中に撒くのか?」

「何を言ってるんですか。当たり前ですよ。」


 サインが不思議そうに答える。


「当たり前なのか……?」

「だって外に置いてたら盗まれるじゃないですか。貴重な生ゴミですよ?」

「あ、あぁ……。」


 そういや盗まれるとかなんとか言ってたな。ゴミが盗まれるのか……しかも生ゴミが……。


 俺はまだまだこの世界を知らないみたいだ。

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