第145頁目 思い出って飲み込むもの?吐き出すもの?

「……変易魔法でエーテルを顕現して飛んだんですか?」

「あぁ。」

「それはいささか無茶が過ぎるのでは?」

「(クロロだから出来る事だよね。)」

「精神損傷には……。」

「なりそうな感覚はしないな。」

「そうですか……ですが、ソーゴさんの重量で飛行を可能にする程のエーテルの顕現量なんて……。ふとした瞬間に魔力が尽き死んでしまいそうで恐ろしいです。」

「確かに魔力の使用量は多いけど大丈夫そうだぞ?」

「(身体強化をしただけで倒れた人の台詞とは思えないよね。)」


 俺達を乗せた引き車はもう出発していた。寝る前に少しだけのつもりだったのだが、飛べた事が嬉しくてついついマレフィムと長話をしてしまう。雪はもう殆ど見なくなっていた。それでも、身体を斬る様な冷たい風は変わらない。寧ろ景色から白が減って茶色ばかりになった所為か、余計に寒く感じるな。気の所為なんだろうけど。


「にしてもさ。自分のアウラのついてない物に干渉すると魔力が沢山要るってどういう理屈なんだ?」

「そうですね。これは一つの研究による一説なのですが、『世界は己にて完結している』との事です。」

「……はぁ?」

「簡単に言うと、影響を持たせられるのは”自分の腕が届く範囲”と言いましょうか。」

「あ、あぁー……? つまり、自分のアウラがついてない物は異世界って事か?」

「そんな感じですね。異世界とはつまり遥か彼方にある場所。故にそれだけ距離がある。」

「だから魔力が沢山必要って事か。でもどうやったらアウラがつくんだ? エーテルだろうがアストラルだろうが魔法は全部顕現なんだろ?」

「アウラは魔力が干渉したかどうかですね。」

「干渉……?」


 魔力が水だとして、濡れた物には全部アウラがつくって感じかな。


「じゃあえっと? 俺のアウラがついてない物に干渉するには大量の魔力が必要になって、アウラがついたらそうでもないって事だよな? じゃあ一度アウラをつけたらそこからはあんまり魔力が必要無いって事なのか?」

「そうですね。そんな特殊な事をする人なんて滅多にいませんが。」

「えっ……それじゃあアニマの先っぽにある空気にアウラをつけただけであんなに魔力を使ったのか……。」

「いえ、今説明した事とソーゴさんが沢山魔力を必要とされた事は関係ないですね。それは自分の顕現したエーテルで既存の風を動かすというやり方です。」

「ん? どういう事だ?」

「そもそも、自分のアウラ無しの物に自分のアウラ有りの物は影響度が低くなるのです。」

「影響度? ……ってどういう事だ?」

「例えば、落ちている石と同じ石を顕現してぶつけ合わせたとします。すると、他の落ちていた石をぶつけ合わせた時よりも強くぶつけないと割れないのです。」

「何か反発力が働いてるのか。」

「反発力というか純粋な力の減少ですね。詳しい理屈までは私も理解が及んでいませんが……。」

「で? それが?」

「なので、既存の空気を動かす為のエーテルの顕現が自分の顕現した風を動かすエーテル量よりかなり必要になってくる訳です。」

「あぁ、なるほどな。」


 伸ばしたアニマの接触面にある空気しかエーテルで押し出せないとして、常に流動する空気を押し続け、且つ俺の身体を浮かす程の威力にするには……そりゃ魔力使うわ。あん時エーテルめちゃくちゃ顕現したんだろうな……。


 でも……。


「エーテルってなんだ?」

「はいぃ?」

「いや、顕現されたマナみたいな説明は前されたけど、通貨でもあるし、なんかそれ以外にも色々使われるだろ? だからエーテルって何か全然わかんねえなぁって。」

「そういう事ですか。エーテルはエネルギーです。力その物ですかね。だから触れないのに、触る事が出来ます。」

「んん? も、もうわかんねえぞ?」

「(クロロ、”火”って触れる?)」

「え? 触れるっちゃ触れるな。」

「(でも持てないでしょ?)」

「ま、まぁな。持つって言っても持てるのは燃えてる何かだもんな。」

「(そんな感じ。)」

「うーん……なんとなくだけどわかったような……?」


 いや、わからん。


 でも、エーテルは現象に近いのか。よくそんな事も理解せずに顕現出来てたな。……って事はエーテルをもっと理解したら更に強力なエーテルを顕現出来るのか? だとしたら魔力の使用効率が上がるから助かるんだけど……。


「あれ? でも、そうだとしたらマテリアルやアストラルに魔力干渉をする時ってどんな時だ? あっ、アストラルはミィにして貰ったりしたアレか。アロゥロ達ともした事あったな。じゃあアロゥロとルウィアには俺のアウラがついてんのか?」

「ついてるでしょうね。」


 やっぱりついてんのか。あれ? そう言えばこの前狩りの時、ミィがマテリアルに魔力を流してとかなんとか言ってたような……。


「それと、マテリアルに魔力を流す場合は現代に置いて殆どありません。」

「……って何? 現代において?」

「古代魔法では何かそういう魔法があったそうですよ。」

「(うん。変換魔法って呼ばれてる技法だね。)」

「……まさか、ミィさんはご存知なのですか?」

「(うん。それにまぁ、その……クロロが、使ったんだよ。)」

「俺?」

「使ったって、何をです?」

「(……。)」


 突然語りだすミィの口調は少し戸惑いを含んでいた。だが、ミィは話を続けようとしない。


「(ねぇ、クロロ……もう、マレフィムには話してもいいんじゃないかな。)」


 忍び足で近付く微睡まどろみが果てに駆けていく様な感覚がした。あれから何日も過ぎゆく月を見送って尚、太陽と共に嫌な記憶が俺の心を焦がす。俺が英雄譚の主人公なら世界を救う為にクヨクヨなんてしていられないと立ち直る運命が待っていたかもしれない。だが、俺は残念ながら不思議体験をしている一般人だ。今だって嫌な記憶に薄い現実体験をぱさりと被せて見ないふりをしているだけ。それでも透けて見える禍々しさや卑陋ひろう限りない悪臭は常に自己主張を続けている。


 それを、俺の口から出せというのか。あの忌々しい記憶を。


「いえ……気になりはしますがしましょう。ソーゴさんが自分から話せるようになった時が一番です。」

「いや。」


 無意識に出た二文字だった。俺は確かにトラウマを持ってしまっている。でも、それ以上に罪悪感も抱いていた。せめてマレフィムくらいには話すべきじゃないのか。いつもと変わらない態度を続けながらも端々で俺への配慮を感じていた。それは勿論マレフィムだけじゃなくテレーゼァやルウィア、アロゥロからだってだ。皆に甘えてきた。ただ拗ねているだけにも見えただろう。見えただろう? 違う。俺は現実に拗ねていたんだ。そんな自分のご機嫌を取る方法はわからないが……助けて貰う事くらいはできるんじゃないか。


「……話す。」

「ソーゴさん……。」

「聞いてくれ。でも、ゆっくりでいいか……?」

「構いませんよ。頭の上に座っても?」

「……あぁ。」


 マレフィムはそっと俺の頭の上に座った。荷台の揺れは頭の上に届く頃には弱くなっているだろう。マレフィムに荷台の揺れはとてもキツい。いつもは飛んでいるかミィによって揺れを逃して貰っているのだ。今、ミィはシィズ達から隠れ、なるべく表には出ないようにしている。それでも飛ぶのをやめて俺の上に乗ってくるというのはしっかりと聞くという意味だ。


「……俺、あの日お前等と別れてからさ――。」


 全てを話した。束の間の友情を。一時の悲劇を。あの日の哀しみを一片でも多く自分の外から出すように。


「ゆっくりでいいんですからね。」


 嗚咽おえつが車輪と風に掻き消される。でも、痛みは消えてくれない。それなのに、俺は友の命が消えたあの瞬間を言葉にした。


「そう……ですか。そんな事が……。ウィールさん、お会いしてみたかったですね。」

「……あぁ゛……うぅっ。」

「話してくれてありがとうございます。」

「ふうっ……。」


 涙を絞る様に目を強く瞑った。喉が震える。


「(それからクロロはザズィーを自分一人でどうにかするって言って――。)」


 俺が言葉を詰まらせている間はミィが説明を続けた。勿論、俺の意識が離れた後の事も。


「(不可解な点がいっぱいあるでしょ。クロロの変な魔法とか口調とか。)」

「……そうですね。ソーゴさんの怪我が治ったというのも不思議です。」

「(そのクロロの話し方が変になった時の白い光の魔法が多分、変換魔法なんだよね。)」

「それはまことですか? 変換魔法は自然淘汰に近い形で失われた技法なのですよ?」

「(私もそう思ってた。危険だし、まだ残ってるなんて……。)」


 話に混ざりたいが、まだ感情の波を抑えられていない。今は聞くだけにしていよう。


「変換魔法は術者を滅ぼす魔法と言われていますよね……ソーゴさんが使えたというのはありえない事ですが、もし使っていたとしても今後は控えていただかないと……。」

「(心配だよね……私はやり方なんて教えてないんだよ? 偶然で出来た様な精度でもなかった。)」

「それをどう使ったか意識が朦朧としていて詳しく覚えていないのですよね。」

「(うん。再現しようと試してみたけど駄目だったよ。)」


 ……そうだ。ミィがマテリアルに魔力を流して構造を変えてみてとかって無茶ぶりをしてきた日があった。何も出来なかったけど。


「試したのですか!?」

「(ちゃんと危なそうだったら対処する気だったよ?)」

「それでも危険な物は危険です! もしソーゴさんの身に何かあったら!」

「(大丈夫。変換魔法は私も使えるからそれを止める方法だって理解してるの。)」

「ミィさんが!?」

「(ちょっ! 声が大きいってば! あの商人達から怪しまれるでしょ!)」

「(す、すみません。)」


 ミィはその変換魔法と呼ばれる古代の魔法を使えるらしい。”変換”魔法か……。字面からして何かを何かに変えるって事なんだろうけど……。


「(そもそも変換魔法が術者を滅ぼすって言われてる理由は知ってる?)」

「い、いえ……。」

「(だろうと思った。変換魔法って言うのは顕現魔法と違ってもっと原始的な魔法なの。)」

「原始的ですか?」

「(そ。変換魔法はその名の通り対象物を異物に作り変える魔法なの。)」

「それは理解しています。」

「(現代主流の顕現魔法は裏層からマナを持ってきて構築する際に空間へ割り込む形になるんだよね。でも、その際に『空間パラドックス』を補正する『システム』が働いていて、その為に余分な魔力が必要だったりするの。)」

「え、ちょ、何ですって?」

「(んーと……結論だけ言うと変換魔法は顕現魔法よりも魔力使用効率が凄く良いんだよ。)」

「むぅ……そこまで中身を抜かなくても……。」

「(言ってもわからないでしょ。)」

「それはもう、高齢なミィさんの深く広い知識には敵いませんけども? 少しくらい細部をわかりやすく説明するといった努力をしてくれたって良いじゃありませんか。」

「(だってそこは今重要じゃないしー。)」

「重要じゃなくても気になるのです!」

「(うるさいってばぁ!)」

「おっと……。」


 マレフィムは後ろを走るシィズ達を見る。因みに何故俺達の引き車が先導しているかというと、アムの走った後の地面はデコボコになる事が多いからだ。俺等の引き車の車輪はシィズ達の引き車の様に太くない。だから細い道では基本的に俺達が先を行くことになっている。シィズ達は特に何もこちらを疑っていない。恐らく、眠い俺に必死で話しかけているようにでも見えているのだろう。


 心なしか俺も落ち着いてきた。少しだけ後ろめたさも減った気がする。


 マレフィムだけにだけどやっと話せたんだ。多分あの時起きた色んな事のどれかに母さんに関わるような手がかりがある気がする。


 このタイミングでしっかり話しておかないと……。

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