第144頁目 大人の階段のぼる?
「……お前は不可解だ。」
アルレがベスを見つけたという場所へ俺を案内しながらそう零す。
「何が?」
「……お前の目や言葉から何も
「当たり前だろ。」
「……当たり前では、ない。」
そう言うと静かに俺を手で制止するアルレ。どうやらベスが近いらしい。感覚を強化をすれば……うん、いるな。でもなんだあれ?
「……肉棒だ。」
「ん?」
聞き間違えか? 直訳したらちょっとアレな字面になるんだが……。
「……ミートポールだ。」
聞き間違いではなかった。いや、ここは異世界であり、アレをそのままコレだと思うのもなんともソレな話であって……とにかく、諸事情にて英訳させて貰う。
「は、初めて見るベスだな。」
見た目は黒々とした太く肉々しい……棒。
毛は生えておらずゴツゴツとした隆起が少しある……棒。
「……アレは危機を察知すると飛んで逃げる。」
飛ぶのかよ、アレ。
「……ミートポールを見つけられる事は滅多にない。俺達を警戒するか抵抗するかがわからないのが厄介だ。」
「抵抗すんの……?」
「……あぁ、主に触手を用いてベスを捕食する。」
「触手。」
いよいよ度が過ぎてるんだが……。
「(クロロ、アレはオカヒトデの一種で獲物が近付いてきたら側面が開いて触手を射出して縛り付けてくるの。そして、触手全体から出る溶解液で獲物を溶かして食べるんだ。逃げる時は排泄物を下部から凄い威力で噴出してどっかに飛んで逃げるから気をつけてね。三日は食欲が湧かなくなるくらい臭いって聞いた事ある。)」
トンデモモンスターじゃねえか……!
「アルレ、他にベスはいなかったのか?」
「……ミートポールは希少で美味だ。せっかく見つけたならアレ以上の獲物はいない。」
美味!? ……ペッペゥみたいな謎高級食材って事なんだろうか。とにかく他に選択肢は無いらしい。
「あいつに視覚は?」
「……上部先端に二つ付いている。」
あんのかよ。
「敏感か?」
「……敏……あぁ、警戒心は強い。」
聞き方を間違えた気がする。だが、今の質問に特に意味はなかったかもしれない。危機を
「弱点とか知ってたりは……?」
「……確か、脳が両目の中心辺りにあると聞いた事がある。」
「わかった。」
気乗りはしないと言ったが、見物人がいて手を抜けるほど俺は大人じゃない。
「……作戦は――。」
アルレがそう切り出すが、それを俺の言葉で塗り潰す。
「作戦は一つ。自由だ。」
「…………わかった。」
アルレから特に反論はない。お互いに出来る事を話し合ってどうにかするという選択はしなかった。手の内を明かしたくないとかそういう理由なんかじゃない。多分俺達はそれでどうにかなると思っていた。
「最後に一つずつ聞きたい事とお願いがある。」
「……なんだ。」
「まずは聞きたい事なんだが、アレはアウラを感じ取れたりはしないよな。」
「……あぁ、そのはずだ。」
「じゃあお願いだ。俺に先手を打たせてくれ。」
「……了解。」
それだけ
まぁ、いい。早速だけどもう準備は出来てる。アルレに当てる訳にはいかないから真上から貫通するように……射出!
特に理由は無いけど接射はしなかった。とは言え発射はすぐ真上からだ。上に飛んで逃げるならその退路だけ塞げばいい。
しかし、アレは俺が想像している以上に機敏な動きを見せる。三匹のアレは超圧縮された水で貫かれ
横にズレたアレは空かさず吐瀉物みたいな液体を勢いよく底から吐き出して飛んでいった……と思われた。
「クッ……!」
「おぉ!」
何処からともなく現れたアルレがラグビーやアメフト宜しくなタックルを空を貫かんとする初速で飛び上がったアレにかます。蜥蜴の鋭い爪や身体強化によって膨れ上がった筋肉から逃れられはしない。敢え無くアレは地に墜とされ叩き伏せられるのだった。継続的な噴射ではなく、瞬発的な噴射での飛翔だったから出来た事だろう。っつか何から何まで見た目が悪すぎるわアレ。あんまり食べたくねえ。
取り敢えず俺はアルレの元へ向かおうと歩みを進めた。が、突如鼻を鈍器で殴りつける様なアンモニア臭が襲ってくる。
「グァッ!?」
目にも染みてきたので俺は透明な瞼で保護をする。
「(ううっ……嗅覚を少しの間閉じるね……。身体に匂いが移りそうだよ……後で落とさなきゃ……。)」
ミィはいいなぁ。畜生!
鼻呼吸を止めて口呼吸に切り替えるが、それでも喉にひりつく感覚がする。二百メートルくらい離れてるのにだぞ? こんな環境でアルレは生きていられるのだろうか。鼻が曲がりそうになりながらもアレに抱きついている所を想像すると可哀想で仕方ない。仕方ない。走ろう。
「大丈夫か?」
アルレの腕が肉にめり込み、少し痛々しいくらい歪んでしまっているベス。痙攣して肉の切れ目みたいなのを必死に開けようとしているようだが、アルレがそれを許さない。
「……あぁ。しかし、見事な魔法だ。あれほどの長距離からここまでアニマを伸ばすとは。真の竜人種とはここまで……。」
「違う。俺だからだ。これが出来るのだってその分痛い目見てんの。竜人種は別に万能じゃねえよ。」
「……そうか。すまない。」
一言謝ってメキッとベスの何かを折り静かにすると離れるアルレ。余り見たくない光景だ。
「あんた達って本当に竜人種見た事ないのな。」
「……見た事はある。だが、これ程わかりあえる距離にはいなかった。」
「そうかよ。」
あまりにストレートな台詞に何故か少し気恥ずかしくなってそっけない返事をしてしまう。だが……喉が痛い。
「なぁ、アルレは臭くないのか?」
「……魔法で守っている。」
そう言うと強い旋風が吹いた。
「……少しはマシになっただろう。」
本当だ。死体は変わらず酷い臭いを発しているが、先程よりはかなり臭いが減っている。だが、その不器用な気遣いが何処か面白く思えてしまう。変に義理堅いし、なんだかんだ聞いたことには答えてくれるんだよな。
「……このやり方だと……やはり、腸を破いている。」
死体の様子を見ながらアルレがそう呟いた。確かに頭から下まで串を刺すように貫いたからな。腸は破損しているだろう。
「駄目なのか?」
「……これでは糞の臭いが肉につく。早く下処理をして運ぼう。」
「あー……悪いが俺はそこまで下処理が上手くないんだ。だからそれはアルレに頼んでいいか? その代り終わったもんはすぐに運ぶからよ。」
「……わかった。」
というかちゃんとした下処理なんてやり方わかんねえよ。
「……だが、水魔法で肉を洗うのは手伝って欲しい。」
「それなら幾らでもだ。でも、コレって美味いんだよな? 他のベスが狙ってきたりしないのか?」
「……この臭いには近寄らない。」
「なるほど。」
それから俺とアルレ急いで下処理をしてこのミートポールとやらを引き車まで届けた。そこに着く頃には完全に麻痺していたが、全員が消しきれなかった悪臭で目を覚ましたのは言うまでもない。
*****
「いやぁ! やってくれるね旦那! まさかミートポールを狩ってくるなんて! ウチのアルレも役に立ったようで何よりだよ。」
「あぁ。」
本当に喜ばれるとは。ペッペゥと言い、前世にはいなかった生き物が人気だよな。……前世にはいなかったよな?
「臭くないのか?」
「何、ミートポールの味を考えるとこんなの無いようなもんさ。」
「そうなのか……?」
アルレは運び終わると同時に何処かへ姿を消していた。俺はミィに身体を洗って貰ったので後は寝るだけだ。疲労感が心地良い。
「ルウィア……あ、あんなの食べるの?」
「高級品なんだよ?」
「でも、凄い臭い……うえぇ……。」
「まぁ……うん。でも、味は良いらしいよ。」
「食べた事ないの?」
「僕の家はそんな裕福じゃなかったよ。」
「見た目も気持ち悪いし……。」
ルウィアが虫を食べる事には何も意見しなかったアロゥロが今回は凄く嫌そうにしている。俺は虫の方が勘弁だけどな……。
「お疲れ様です。ソーゴさん。お手柄ですよ!」
すぐ後ろからマレフィムに声を掛けられる。
「まぁ……お前なら喜ぶだろうなとは薄々思ってたよ。」
「貴方はとんでもない幸運の持ち主です! 間違いない!」
「はいはい!」
「ミートポールはどう繁殖しているかわからず、素早い為美味であるにも拘らず家畜として飼われていないのです。」
「だろうな。っつかあんな臭いを出す生き物飼ったらやばいだろ。飼育員が病む。」
「なのに、野生の個体もまた中々見つからない事で有名なんですよ。逃げ去った後の臭いだけは見つかるので、昔は悪臭にアストラルを宿らせた物だと考えられていた程です。」
「へぇ。」
マレフィムの解説はその後もまだまだ続いた。身体はほぼ全身筋肉とか、硬骨は無いが軟骨が存在するとか、先端は脳や内蔵が詰まっているから膨らんでいるとか色々。
「アレってどうやって移動してんの?」
「底に触手が大量に密集していましてですね……。」
こういう事を話す時のマレフィムは本当に楽しそうだ。
「ですから――。」
「アメリも臭いで起きたのか?」
「はい? そうですね。最初は何事かと思いましたが、あれが噂に聞くミートポールの悪臭だとわかった時は興奮しましたよ。」
「変態かよ。」
「失礼な! 純粋な知識欲による興奮です!」
「それより聞いてくれ。」
「それよりとはなんですか! そもそもソーゴさんは世の中に溢れる知識に興味がなさすぎる――。」
「俺、飛べるようになったんだ。」
「……はいぃ? どんなに上手く制御出来ようとあの飛び方では無理があります。風と水では魔力の使用効率が変わってきますしね。」
「その風で飛べるようになったんだ。」
マレフィムは、口を閉じて俺の顔をまじまじと見つめた。先程までの少し馬鹿にした様な雰囲気はもう感じられない。
「…………嘘、ではないみたいですね。」
そう落ち着いた声で俺に告げる。
「――おめでとうございます。」
俺は少し大人になったのかもしれない。
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