第137頁目 旅に足らないモノがありますね?

「これでよかろう。それと良いな、ルウィア。ハチュネとカイチはどうにかしてでも揃えるのだ。」

「は、はい。」

「それと出向く地はタムタムでよいのだな?」

「え、えぇ。オクルスに竜人種の方が入るのは色々面倒があると思うので……。」

「で、あるな。タムタムですら場合によっては警戒するだろう。しかし、帝国内で何をしようがこちらの自由だ。帝国から直々に外交上の都合で問題があると指摘されたなら別の方法を考えよう。」

「よ、宜しくお願いします。」

「でも、まさか次から空輸で運んでくれるなんてね!」

「新しく引き車を買えるくらいの資金は渡したから問題あるまい。ローイスから聞いた事があるが、国指定の規格の引き車を持つというのは一つのはくとなると聞いたぞ。よかったな。」

「は、はい……ありがたいばかりです。」

「何、貴重な流通路が潰れては敵わんからな。」


 来年の十月末頃にタムタムで合流し、全ての物資を竜人種の方に渡すというのが新しい契約の内容でした。目録は既に手渡され、ルウィアさんは期日までにその目録の内容を可能な限り用意しなければなりません。因みに引き車だけでなく運搬の際の荷台固定具も考慮して多めに報酬を頂いたそうです。


 ふぅ、しっかりとした顧客を手に入れましたね。これなら一先ずは安心でしょう。


「うぅ~……計算って何ぃ? 難しいよぉ……。」

「ルウィアさんが全て教えてくださいますよ。私も手伝いますから。」


 アロゥロさんはここにきて難易度の高い計算が出来ない事が発覚。外族出身とも言える彼女なら無理もありませんね。しかし。ルウィアさんを支える上で算術の習得は必須と言えます。まぁ、アロゥロさんならすぐ覚えそうなものですけど。


「ルウィアがつきっきりで教えてくれるなら頑張れるけど……。」


 やはりしたたかです。


「して、貴様は……。」

「私が貴方と何か関係あるかしら。」

「……送るのか?」

「そうよ。」

「そうか。」


 テレーゼァ様との距離感がこの数日で変わる訳ないですよね。お子さんの事もありますし……。


「……帰り道が少し心配であるがテレーゼァが居れば心配もないだろう。ブランダッダも白蛇族もテレーゼァがいれば襲ってこないだろうしな。」

「そういえば来る途中ザズィーに襲われたわ。」


 ザズィーとはここへ来る途中に出会った赤黒い竜人種の名前だったはず。すっかり忘れていましたが、村で姿を見る事はありませんでしたね。


「何? あの馬鹿め。私すら組み伏せられぬというのにテレーゼァに勝てる訳なかろうに。いつもふらついてばかりで姿も見せぬ。もしいたら頭の一つでも下げさせてやったのだがな。」

「あの子が貴方の言うことをマトモに聞くの?」

「……聞かぬだろうな。だが、アイツも貴様がいなくなって悲しんでいた者の一人だ。」

「ここを去る原因を作った人に何を言われても何も思わないわよ。」

「……そうだな。」


 こういう一瞬挟まる”間”はなんとも言えない気分になるので、もう少しご遠慮頂きたいんですが……それを口に出して言えるほど私の心は強くありません。気付けばアロゥロさんとルウィアさんは荷造りを始めるふりをして逃げ出しています。私もそれに加わりたいのは山々なのですが、こういった話題はクロロさんの為にも聞いておきませんと……うぅ……。


「ザズィーは未だブレンに認められていないのね。」

「未だも何も身体の色が変わる事はない。魔法は決して兄にも劣らぬ腕だというのに……。」

「身体が黒いとか白いとか……私には結局死んでも理解出来そうにない価値観だわ……。」

「……テレーゼァ。」

「何。」

「もし……掟がなければ貴様は……。」

「……。」

「…………すまない。どうやら、まだ寝ぼけているようだ。」

「……。」


 テレーゼァ様は何も言いませんでした。


 肯定も否定も疑問も表さず、テレーゼァ様はルウィアさん達の元へ歩いていってしまいます。


「なぁ、アメリよ。」

「は、はい?」


 予想もしない村長様の呼び掛けに声が上擦ってしまいました。


「お前だけに伝えるのも不義理な話であるが……礼を言おう。」

「礼、って何に対してでしょうか?」

「ふっ、さぁな。」


 なんなんです? 私は竜人種というのはとても誠実で義理堅い種族だと聞いていたのですが、ここに来て完全に印象が変わりましたよ。竜人種とは偏屈で無駄にプライドの高い自分勝手な種族です。私がいつか書く文献にもしっかり記して置きましょう。


「えっと、問題はなさそうですね。」

「うん。そうだね。」

「準備が終わったらもう出るわよ。晴れて良かったわ。」

「も、もう行けますっ!」


 ルウィアさんの返事を聞いてふと村長様と目を合わせるテレーゼァ様。


「テレーゼァ。最後に一ついいか。」

「……えぇ。」

「特に危険分子と認識はしていないが、外に待たせてある”禍着き”はなんなのだ。」


 思わぬ村長様の質問に私の身体が強張ります。聞かれたのは間違いようもなくクロロさんの事でした。すっかり油断していましたよ。ですが、聞かれたのは私じゃありません。


「禍着きだから近寄らせてないだけよ。」

「そうか。そいつもルウィアの共なのか?」

「共ではあるけれど、繋がりとしてはお嬢さんの共ね。」

「ほう。……わかってはいるだろうが、そこ等の禍着きはザズィーと訳が違う。賢明な判断だ。」

「……聞きたい事がそれだけならもう行くわよ。」

「あぁ。」


 クロロさんへの言及は思った以上にアッサリとした物でした。村長様から感じるのは”禍着き”と呼ぶ存在への強い忌避きひ感のみ。もし仮にクロロさんをこの村へ連れてきていたならどうなっていたのでしょうか。と、必要もない事を考えますが、やはりどう転んでも上手くいったとは思えません。竜人種にとって禍着きは取るに足らなく、近くにあれば汚らわしいと蔑む程度の物なのでしょう。叶うなら、その暗い眼差しはクロロさんに向けて欲しくはないですね。


「私は待つぞ。」

「勝手にしなさい。」


 会話の流れにある細やかな感情の起伏は全て別れによって終止符を打たれます。視線も表情も言葉も向けられるのは”先”。デミ化しているテレーゼァ様は荷台の上に飛び乗ると優雅に縁へ腰掛け、村長様の方も見ず言葉を投げ捨てました。


「村長様、す、座りながらで失礼します。この度は色々とお世話になりました。」

「なに、これからの為だ。」

「またその、是非、お会いしましょう。」

「それは言葉でなく形にするもの。けぃ。」


 無愛想ともとれる村長様の態度ですが、アレはルウィアさんを信用しているから故の態度と受け取って良いのでしょうかね。おっと、私も荷台に乗って毛皮に捕まらないと。


「は、はい。……はっ!」



『『『キュアッ!』』』

『チキッ。』


 ルウィアさんのバラ鞭がパンッと響き、エカゴット達が走り始めます。多少助走を付けて洞窟の入り口を一気に駆け上がるのでしょう。それにファイさんも跳ねて付いてきます。


「いつか! 今度は遊びに来ます!」

「ア、アロゥロ何を!?」

「はっはっ! そうだ! それでいいのだよ!」


 アロゥロさんの思い切った発言を嬉しそうに肯定する村長様。ルウィアさんとの違いは何なのでしょう。しかし、テレーゼァ様は後ろを振り返りもしません。


 三匹のエカゴットの力により、引き車はすぐに坂を登りきって外に出てしまいました。もう村長様の姿は見えません。


「面白い場所だったなぁ。竜人種の人達って全然怖くなかった。」

「ア、アロゥロォ……うーん……寧ろ僕が見習わなきゃなのかなぁ……。」

「何が?」

「私はその違った感覚こそ。お互いをフォローしあえる関係だと思いますけどね。」

「……そう、とも言えますか。」

「何? どういう事?」

「アロゥロさんとルウィアさんは相性が良いという話です。」

「へっ? そんなの当たり前だよね? ルウィア?」

「ぼっ、僕にはわかんないよっ!」


 こんな話をしていればなんとなく実感します。いつもの調子でまた旅が始まるんですね。ですが……。



 ――まだ、足りません。



 引き車は走り、緩やかな坂の上の隆起した雪の塊に近づいていきます。アニーさんのカバンを取りに行って以来なので二日ぶりでしょうかね。彼に会うのは。何故か少しだけモヤッとした気持ちの悪い感覚が私の心を包んでいます。ミィさんから無事とは聞いていますが……やはり自分の目で見るまでは……。


 やがて、引き車はテレーゼァ様が作った隠れ家に到着致しました。しかし……。


「ソーゴさーん! お待たせー!」


 アロゥロさんが大きな声でクロロさんを呼び掛けますが、何かが動く気配は感じ取れません。


「どうしたんでしょう……。」

「お出かけ中とか?」

「(そっちじゃないよ。)」


 ミィさんが否定します。そうですよ。ミィさんに聞けばクロロさんの居場所なんてすぐにわかるじゃないですか。


「――おう。お疲れ。」


 ふいに声が掛かります。それは、鋭い牙の間から出たとは思えないあどけなさをくゆらせる声。いつも何かと調子に乗って、悔やんで、怒って、笑う。様々な彩りを見せる声。なのに、今日は何故かどの色も感じません。


 彼は白い坂の更に上から私達を見下ろしていました。ミィさんの施した甲殻のせいで普段から表情がわかりにくいというのに、逆光で顔に影が掛かって尚更表情が読み取れません。


「ソーゴさん! なんでそんな所にいるの! 早くおいでよ!」

「あぁ。」


 アロゥロさんに呼び掛けに落ち着いて応じ、こちらへ歩いてきました。しかし、声は心なしか掠れ、足取りもなんだか力ない様に見えます。


「(やはり何処か怪我をしているのでは?)」

「(してないよ。)」

「(ですが、具合が悪そうです。)」

「(……そう?)」

「ルウィアさん。私達の方から近づきましょう。あちらが帰り道ですよね?」

「えっ、はい。そうですね。……やっ!」


 引き車がクロロさんの傍にまで近づくと、荷台の上に乗ったテレーゼァ様が降りてオリゴ姿に戻ります。


「坊や? やけに元気がないように見えるけれど、ちゃんと食べていたのかしら?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと食べてました。」

「ならどうしたの?」

「ちょっと疲れただけです。今は……寝かせてください……。」

「……。」


 そういってクロロさんは荷台の上によじ登って伏せてしまいました。


「……それじゃあ、行きましょう。」


 テレーゼァ様も気にはしていたようですが、敢えて触れずに先を急ぐ事にしたようです。


「ソーゴさんどうしたんだろう?」

「元気……ありませんでしたね。」

「せっかくルウィアが頑張った話聞いて貰おうと思ったのに。」

「あ、後ででいいよ……。」

「そうだね。後で話す為に今のうちルウィアが頑張った所を整理しとこうか。」

「えぇ……?」


 ルウィアさん達もクロロさんに遠慮して話し掛けるのは控えたようです。でも私は……声を、掛けるべきなのでしょうか。なぜだか傍にいるクロロさんが傍にいるように感じられません。こんなに近くにいるのに何を考えているのかわからない。


 いったい貴方に何が……。

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