第136頁目 八つ当たりをしたくなる時もありますよ?

「……む。あの焼き菓子をまた作っていると期待したのだがな。」

「私が知らないうちにこの村の挨拶は変わったようね。それともそれが貴方なりの挨拶なのかしら?」


 村長様が来て早々に火花を散らすテレーゼァ様。今日は村長様から”結果”を言い渡される日です。村長様が料理のレシピを求めれば成功という訳ですね。まぁ、パリツィンを薬湯にするといった方法等は既に知られているので明確な成功はそこじゃない訳なのですけども。


「ルウィアは無事なのか?」


 ルウィアさんは昨日の集まりで村の方々からこれでもかという量の酒を飲まされており、今日の商談に支障が出ないか心配だったのですが……。


「えっと……お、おはようございます。村長様。」


 この通り、何も問題ありませんでした。と言いますのも、ルウィアさんは身体に取り込む液体をある程度制御出来るようなのです。勿論取り込んでからでは意味がありません。しかし、身体中に巡らせる前に体内で濾過ろかをして不純物を毒腺に貯め込む事が出来るらしいのです。今日が大事な日という認識はしっかり持っていたようで安心しました。


「おぉ、お前はローイスに似て飲める口だな。もし粗相をしてこの怪獣黄ばみババアにり潰されていたらと思ったら心配で仕方なかったぞ。」

「ヒィッ……!?」

「こっ……ここっ、殺されたいのかしら……?」


 村長様の無礼極まりない煽りに人を殺せそうな勢いで殺気を表すテレーゼァ様。それをマトモに当てられてか、ルウィアさんは顔が真っ青になってしまいました。な、なんという事を……。


「そう殺気を飛ばすな。ルウィアの心の臓が縮まって元に戻らなくなったらどうしてくれる?」

「あ、な、た、を殺したいのだけれど?」

「お二人共! 大人げないですよ! 村長様もわかっていてテレーゼァ様を挑発するのは止めて下さい!」


 はっきりいって私の心も縮み上がっていましたが、こんな悪ふざけで商談が壊されては堪ったものではありません。なんとかなだめて頂かないと……!


「何、古来より気になる女子おなごからかうべしとな。」

「そんな言葉聞いた事ありませんが……本当にあるのです?」

「当然だ。一つ賢くなった事を喜ぶべきであるな。お前は若いのか? 老いているのか?」

「どうでしょうね?」

「確かに、野暮であったな。男子おのこからかわれた経験がないのであればまだおぼこであろう。」


 おやおやぁ? 私も段々とこの甘味大好き村長様に腹が立ってきましたよ? そもそも私に自分から近寄ってくる男性なんてクロロさんくらいですよ……多分。


「とまぁ、ここまではちょっとした八つ当たりだ。……ルウィアよ。」

「えっ、あっ、はい!」

「お前とは長期契約を結びたい。」

「ち、長期……ですか?」

「あぁ、今までは商品を持ったローイスがここへ参り、そこから必要な分を購入するというやり方だった。だが、今ここでお前に目録を渡し、それを届けに再度ここへ参るという契約を結びたいのだよ。」

「えぇっ!? そ、そそ、それは……。」

「そうさの。ルウィア、私はお前のこの”小さき友人”にしてやられたという訳だ。」


 村長様の視線の先はアロゥロさんの肩に座る私。それの意味する所はつまり……。


「損はさせませんよ。なんて言ってもこの私が誓ったのですからね。ルウィアさんは大成すると。」

「抜かしおる。」

「あ、ありがとうございます! その信頼に応えるとち、誓います!」

「おや? だ、そうです。」

「うむ。して、責任を追うのは?」

「も、勿論! 僕、です!」

「私とファイも! 」


『……チキッ。』


 ルウィアさんに続いてアロゥロさんが返事をしますが、ファイさんは何処か不満そうです。……気の所為ですかね。


「これから付き合っていく友人に良い事を教えよう。……山があるのだから谷もある。これを心得よ。」

「それは良い事もあれば悪い事も起きるという事でしょうか。」

「違う。どういう意味かはこれから生きて考えるといい。」


 それでは教える意味がないのでは?


「これはルウィアだけじゃなくアメリ、お前も覚えておいた方がいい。」

「私もですか?」

「あぁ、若者の多くはこれを知らない。覚えておいて損は無いぞ。」

「急に年寄り染みてきたわね。」

「ふん。年寄りであるのは事実だろう。貴様と同じくな。」

「……そうね。」

「待って下さい。言葉を覚えるだけでは活かせません。意味を教えて下さい。」

「何を言っておる。大事な事は痛みと結びつけて覚えるのだ。それこそ言葉と意味を覚えるだけでは意味がない。経験せよ。そして、結びつけるのだ。」

「そんな……テレーゼァ様はご存知では?」

「今回ばかりはゲラルに同意ね。当たり前の事だけど大事な事でもあるから、心に重く沈めておいた方がいいわ。」

「そういう事だ。その不明瞭な不快感が大きい存在感となり、忘れ得ぬくさびとして心に強く残るだろう。」


 意味深で大きな意味があるという言葉だからこそ忘れ難くするという工夫はわかります。ですが、そんな事をしなくても私は覚えられます。


「納得がいきません!」

「う、うむ? 普通ならここらで流して次の話題に移る所ではないのか?」

「そんな理不尽な事を言われて次の話題をのうのうと聞けるだなんて思っているのですか?」

「年寄りの言うことは素直に聞いておけ。」

「都合のいい時だけ年寄りを引っ張り出して来ないで下さい!」

「ええい、面倒な奴め……!」

「ア、アメリさん! 流石に失礼ですよ!」

「……何かがあれば、その逆もあるって意味よ。別になんて事ないことわざね。ゲラルに賛同はしたけれど、意固地になって秘密にする必要もないわ。大方ゲラルは偉ぶりたかっただけでしょう。」

「テレーゼァ! 貴様……!」


 村長様は頭に血を上らせテレーゼァ様を咎めようとしますが、昨日の甘味好きの露呈等もあってか今ではあまり怖さを感じなくなってしまいました。しかし、何かがあればその逆もあるとは? 当然の事過ぎてピンときませんね。確かに何かと結び付けなくてはすぐに忘れてしまいそうな内容です。


「アメリよ。私達は対等な立場だ。わかっているのか?」

「で、あるなら八つ当たりされた分の意趣返しは必須という事ですよね?」

「ぬぐっ……! 口の減らない……!」

「諦めなさい。舌戦ぜっせんでやり合おうにも貴方は間抜け過ぎるわ。」

「くっ……妖精族と契約する際にはすべからく警戒をするべきだな。」

「”貴方は”その必要があるかもしれないわね。」

「もういい黙れ! ルウィア、こっちへ来い! 契約内容を取り定めるぞ!」

「えっ、は、はいっ! あと、あの、アロゥロも一緒でいいですか!?」

「! ルウィア!」

「無論だ! そのゴーレム族もだろう! 早くしろっ!」

「だって! おいでっ! ファイ!」


『……チキッ、チキッ。』


 気持ち強めの足音で引き車の元へ向かう村長様。物資の量と相場を確認しながら決めるのですかね。ふと、テレーゼァ様を見ると目が会います。


「ふふっ、気分がいいわ。やるじゃない。お嬢さん。」

「あれくらいの方が最初の商談相手としてはいいかもしれませんね。」

「アレでもやる時はやるのよ?」

「おや、珍しい。テレーゼァ様が村長様をフォローするだなんて。」

「……別に。嫌いだからって美点から目を逸らす必要もないでしょう。私はゲラルの美点も含めて嫌いなのよ。」

「な、なるほど。」


 複雑ですね。ですが、まぁ……なんとなくわかる気がします。私だってクロロさんのガサツな所は嫌いですが、クロロさんが嫌いな訳では……ってクロロさんを例に出す必要もないですか。


「それよりも。」

「はい?」

「どうしたのかしら?」

「何がです?」

「今日はなんだかお嬢さんに落ち着きがない様に感じるわ。……というよりも、張り詰めているというべきかしらね。」

「……! そう感じますか?」

「えぇ。いつもの賢明なお嬢さんなら大事な商談の前にゲラルを挑発するような迂闊うかつな事をする訳ないもの。」

「あれは……理不尽な八つ当たりに少しばかり腹が立っただけです。」


 嘘です。気にしないようにしてはいますが、どうしてもクロロさんの安否が頭から離れません。今頃どうしているのか。何があったのか。苦しんでいるのかすらわからない。彼はいつもおどけてばかり居ますが、それはとても不安定な物の上に成り立っていて何処か怯えが見え隠れしているフシがあります。人への甘え方も不慣れなのに、とても子供とは思えない気遣いを覗かせる。そんな彼に何かあったと聞いて……気にならない訳がないじゃないですか。


 もう彼を他人とは言えないのです。


「ルウィア達が話している間でも話してくる?」

「誰とですか?」

「坊やに決まってるでしょ。」

「……別に。大丈夫ですよ。」

「案外、お嬢さんも強情なのね。」

「知らなかったのです?」

「それは自白になるけれど。」

「さて、何のことやら。」

「全く……相手に気づいて貰えない好意を向けてばかりいると後悔するわよ。」

「……商談が纏まったらすぐに会えますから、大丈夫だと言っているのです。」

「そう。そう言えばサフィーの事に関してはゲラルから聞いておいたわよ。」

「白銀竜様の?」

「えぇ、ゲラルはバルフィー古戦場の方じゃないかって言ってたわ。」

「ミュヴォースノスの領地ですよね?」


 ミュヴォースノスとは獣人種が治める王国です。帝国の中で最も広い国土を持つ国で、商業、軍事、学問等どれも盛んだとか。最も文化が進んでいる国かもしれないですね。その南端に位置するバルフィー古戦場は大河を挟んで王国と接していて、大戦時に最も激しい争いが行われた場所だと読んだことがあります。乾燥地帯で元々荒れていた大地が魔法戎具や大魔法の爪痕で更に荒れ果てていると……。


「違うわ。今はアエストステルの領地ね。」

「アエストステルですか?」


 ……聞いた事もない地名です。しかも領地というのは?


「えぇ、獣人種の嘴獣しじゅう人種達が独立しようとしてるのよ。陛下からまだこれと言ったお言葉は出て無いそうだからアエストステルはまだミュヴォースノス内の領地の一つって扱いだけれどね。でも、今アエストステルでミュヴォースノスにいるみたいな口ぶりで話したら殺されるわよ。」

「……気をつけましょう。しかし、何故バルフィー古戦場だと?」

「簡単よ。ここから見えず、王国の上も飛べない。だとしたら大河の上を飛んでバルフィー古戦場に入った方が良いはずって事ね。聞いた所飛ぶことに慣れていない子供も連れているそうじゃない。バルフィー古戦場でなら羽を休められるでしょうし。」

「なるほど。理屈としては確かにそれが最も可能性が高そうですね。ですが、ここから見えなかったというのが気がかりです。」

「幾ら私達竜人種が優れていても魔法を使われて隠れられたのなら視えないわ。ずっとならともかく一時的になら簡単に欺けるはずよ。サフィーだもの。」

「随分と買われてらっしゃるのですね。」

「当たり前でしょう。私の大事な親友よ?」


 その素晴らしい魔法の腕で私達が撹乱かくらんされていると思うと複雑ですけどね……


「ア、アメリさーん! 焼き菓子のレシピについてお聞きしたい事があるんです!」


 ルウィアさんに呼ばれた事を理由にテレーゼァ様に目配せをしてその場を離れます。


 白銀竜が何処へ向かおうと、どんな魔法を使われようと、時を進めるのです。その”時”へ。


 

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