第135頁目 強くなれば哀しみを殺せるの?
月明かりを遮る
白蛇族も残っていたのか。
「お悔やみのところ失礼致します。」
女性の奥を見ると黒焦げになった大蛇の遺体が他の白蛇族に運び出されていた。俺がここに着いた時、ザズィーに殺られた奴だ。代表して交渉の末、慈悲もなく殺されてしまったのかと思うと同情してしまう。
白く透き通る様な肌に反射し月明かりを放つ彼女はまるで女神のようだ。豊満とは言えない控えめな乳房は自然な曲線を描き、下半身が大蛇のままであるにも拘らず不思議と違和感を覚えない。以前見た時はここまで神々しい印象は抱かなかったはずだが……。
「お願いがございます。」
澄んだ顔でそんな事を言う彼女。
対して俺は先程まで
「続けさせて頂きますね。……真の竜人種殿は私達に敵意はお有りでしょうか。」
「…………ね゛ぇよ。」
鼻が詰まって声が濁る。
「安心しました。でしたら……。」
今の俺がどう役に立てると言うのか……。
*****
身体が重い。何処にも傷なんてなく、足跡に血が滲む事もないのに……。
こんなにも、胸が痛い。
「クロロ、元気だして?」
夜闇は微かに白み、今日も太陽が顔を出そうとしている。思えば俺はいつも通りの事をしたんだ。腹が減ったと
「……ぐすっ。」
「しょうがないよ。あの子が言っていたのは……間違ってないと思う。クロロもあの子達に危害を加えたいとかじゃないんでしょ?」
「……ひっく。」
「泣き止んでよ……。」
そうだ
『――二度と私達に関わらないで頂けないでしょうか。』
それが白蛇族の”お願い”だった。彼女達はあの隠れ家を捨てまた別の場所に移り住むみたいだ。ここを知ってるザズィーも取り逃しちゃったしな……。災竜は厄災を
そんな勇ましい怒りは全て情けない
「うあああぁぁ…………うっ! ふぅぅぅ……ひぐっ……。」
ミィ以外は誰も見ていないから。大きく声をあげて泣く。朝焼けを霞ませる霜を払うように。
「ひううぅっ! ……ぁああああ!」
これだけの大泣きをするのは大穴の中以来かもしれない。いや、あの穴の中でさえこれだけ開けっぴろげに泣くことは多分なかった。
「ミ゛ィ……。」
「うん?」
「俺は……やっぱり人の側にヒグッ、居ちゃいけないのか?」
「……そんな事ないよ。」
「でも……でもぉ゛……。」
「私は傍にいる。それじゃ駄目?」
「う゛う゛ん゛……。」
「強くなろ。……強くなって、クロロが哀しい未来を殺せるようになればいい。」
「……う゛っ。」
「私は傍に居てクロロが強くなれるように頑張るから。」
「わかっ゛だ……。」
「うん。じゃあ今は戻ってゆっくり休もう。」
俺は……ザズィーを殺すと口で言いながらも本心からそんな事は考えていなかった。今なら言える。俺がザズィーを倒したとしても命を奪う事については躊躇うと。ザズィーを殺したいと思ってたあの時から既に俺は何かに侵されていたんだ。もう一人の”俺”に。
俺は初めて”食うか食わないか”とは別の次元で殺し合いをしたんだ。渇望の丘陵で手長猿族の死体を見た時や、オクルスでミィがチンピラを殺した時はこう思った。餌に過ぎないと。だが、ザズィーはどうだ? 俺はアイツを生理的に食えない!
気持ちが悪い。気分が悪い。吐き気がする。俺と似たような姿をして、俺と同じ様に考え、俺と同じ様に話すアイツを殺したとしても、それを胃に収められる訳がないんだ! ネズミ達だってそうだ! 俺は彼奴等を殺さなかったし食わなかった!
もし手長猿族でもチンピラでも俺の前に差し出されていれば食っただろうさ! そいつに家族がいて生活があったと聞かされていてもだ!
何故かって……?
理解できないからだよ。体験をしていないんだ。認識をしていないんだ。ネズミは恩人を殺されて憤る感情を体験した。ザズィーは誇りという人生の価値観を認識した。俺は彼奴等と世界の繋がりを知ってしまったんだ……。
……俺は結局、何も割り切れてない。
俺はこれからも命のやり取りの度に悩むんだ。その命を奪う権利が俺にあるのかって。
「ああああああああああああッ!」
もう力も入らない声で叫ぶ。
「えっ、ちょっ、クロロ!?」
感情は燃料になる。
「何処行く気!?」
「ああああッ!」
そして、走る。
思い尽きるまで。
*****
寒い地域の空気というのは
「(おはよう、マレフィム。)」
「(おはようございます。ミィさん。)」
昨日はかなり遅い時間に寝てしまいました。しかし、竜人種達の宴は角狼族と違って静かでしたねぇ。テレーゼァ様による酔ってはいけないという制約はありましたが、それについて不平不満を垂らす者も我を通す者もおりませんでした。まぁ……テレーゼァ様が恐ろしいというのもあるのでしょうがね。
「(そうです。ミィさん本体との繋がりは? クロロさんは無事なのですか?)」
「(無事、って言ったら無事だけど……。)」
ミィさんはわかり易く言葉を詰まらせます。無事であるなら怪我は無いのでしょうけど何を言い淀む必要があるのでしょう。
「(問題はある。という事ですか?)」
「(そう……だね。少なくとも昨日本体が私達と繋がりを切ったのは正解だったと思う。……本当、感情っていうのは不便だね。)」
「(確認ですが、怪我はしていないのですよね?)」
「(怪我はしたけど、もう治ってる。)」
「(治っ……? ミィさんが治したのですか?)」
「(まさか。あんな大怪我、私だってそんな事出来ないよ。)」
治癒魔法というのは存在します。ですが、それは一般的に他人に使うことは出来ず、使えたとしても擬似的な事しか行なえません。神経や血管まで繋がる皮膚を顕現する事は本人にしか行なえませんし、肉や毛髪の顕現は複雑なので精度を高めるのがとても大変なのです。それに、本人が治癒魔法を使ったとしてもあくまで魔法で顕現された一時的な物体ですので、場合によっては肉体の自然な回復を阻害する場合だってあります。一体どうやって……。
「(ねぇ、マレフィム。変換魔法って知ってる?)」
考えを巡らせている間にもミィさんは質問を投げかけてきます。
「(変換魔法ですか。確か古代魔法ですよね? 現代の顕現魔法と違って扱いづらく事故が多くて廃れたという……。)」
「(うん。指定範囲の定義とかが難解で使い勝手が悪くて誰も使わなくなっちゃったんだよね。)」
「(そうなのですか。そこまでは知りませんでした。しかし、変換魔法については私よりミィさんの方が詳しいみたいですが……。)」
「(そうだけど、世間での評価とかまではわからないからね。近代史での扱いとかも。)」
「(ふむ……変換魔法は一部の外族等でまだ受け継がれていると聞いています。大戦時に変換魔法で多くの功績を挙げた人もいるという噂程度の記述も見た事がありますね。しかし、どうして急に……?)」
「(それは……ごめん。言い出しておいて悪いんだけど、私からじゃ話せない。それに、今はまず村長からの返事を聞かないと。)」
「(ですが、クロロさんが……。)」
「(クロロは私に任せて。こっちは私が頑張るから。だから、せめてクロロに会った時は何時も通りに接してあげてくれないかな。)」
「(何時も通り……ですか。)」
「(うん。ごめんね……勝手な事ばっかり言って。)」
「(いえ、きっとミィさんは私にしつこくお願いされれば全て話してくれるはずです。)」
「(そう……かな?)」
「(私がそう思っているからそうなのです。ですから否定する必要はございませんよ。)」
「(……うん。ありがとう。)」
心配ではありますが、ミィさんが取り乱していない様子からしてまだそれほど深刻な事態には陥っていないのでしょう。
……そう、信じなくては。
「ふぁ…………ぁ……アメリさんおはよぉ。」
「おはようございます。アロゥロさん。」
隣で寝ていたアロゥロさんが起きると同時にデミ化しました。植人種の方は日光を浴びると起きると文献で読んだ事があります。洞窟の少し奥に入ったここにまで薄っすらと日光が入ってきているという事は中々遅くまで寝ていたという事かもしれませんね。
『チキッ。』
「おはよぉ、ファイ。何その頭に乗っけてる……水? ありがとう。」
「おはようございます。ファイさん。」
一体どうやって注いだかもわからない水の入った土器をアロゥロさんに手渡すファイさんでしたが、アロゥロさんは特にその点に疑問を持ったりはしないようです。しかし、手慣れていますねぇ。
「ルウィアは? まだ起きてないんですか?」
「何も音はしていないので恐らくそうかと。」
「昨日のルウィア、凄い飲まされてたけど大丈夫かなぁ。」
「今日はしっかりして頂かないと困るのですけどね。」
「ルウィアが前に出なくてもアメリさんが全部やっちゃうじゃないですか。」
「それではいけないという事くらいわかるでしょう?」
「まぁ……わかりますけど……。」
アロゥロさんが今後もルウィアさんを支えていくならば、その時はいずれ必ずやってきます。私もクロロさんもミィさんもいない窮地が。
「出来れば貴方達とは長い付き合いになって欲しいと思っております。」
「私もです!」
「ですが、それを実現するには行動が必要なのです。」
「……そう、ですよね。」
「えぇ、人なんて何が切っ掛けで
「見くびらないで下さいよっ! 私はまだあんまりお役に立ててないだけで、そのうち誰よりもルウィアに必要とされるようになるんですっ!」
「ふふっ、期待してますよ。」
口だけじゃどうとでも、だなんて意地悪な事は簡単に言えてしまいますが、その言葉を言うに至った思いもまた成長に必要だと思うんです。綺麗事かもしれないですけどね。
さて、兎にも角にもまずルウィアさんを起こさなければ。
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