第134頁目 天気との間に距離はあるの?
「目は覚めた?」
「あ、あぁ……。」
「あんな魔法、いつ覚えたの?」
「いや、あれは俺じゃない。」
「まだ巫山戯るなら――。」
「いや、本当に俺じゃないんだ! 俺は何かに意識を乗っ取られてたんだよ!」
「……どういう事?」
包丁の形をした液体を顕現させるというショボい魔法は俺がやった事だ。だが……あの”白”を操る魔法はやろうと思っても出来ない。身体強化の質もまるで違った。
「ザズィーの尻尾をモロに食らってふっ飛ばされたろ?」
「うん。」
「あそこから感覚が”おかしく”なったんだ。」
「おかしく?」
「あぁ。なんか痛みとか怒りとか全部他人事みたいに思えて、なんつうのかな……身体と意識が分離してた様な……。」
「
「なんだそれ。」
「自分の事が他人事に思えるアストラル障害の一つだよ。アストラルに強い
「……
ウィール……。
俺は
「でも、クロロの口調が変だったのは?」
「わかんねえ。妙に偉ぶった感じの話し方だったよな……。」
「多重アストラル障害なのかも。」
多重人格って事か? でもあれって完全に別の人格が創られるんじゃないのか? 名前とかも何故か勝手についてて、心ん中で会話出来たりするっていうのが俺の知ってる症状だけど……でも……。
「ちゃんとソーゴって名乗ってたしなぁ……。」
「そうそう! ソーゴ・クラッキって何? いつ家名なんて考えてたの?」
「……え?」
しまった。そう言えば俺……いや、俺じゃないんだけど、何故か前世のフルネームを言っちまったんだった。
「あれは……なんだろうな。俺は知らないけどあの時の俺が勝手に……。」
「そうなの? ますますよくわからないね……。クラッキ……何かヒントになるかな?」
「さぁ……?」
「それだけじゃないよ。クロロが使ったあの白い魔法は――。」
ポタリポタリと血を垂らしつつ、薄く開けた目で
だからと言って死ぬ気はない。抵抗に必要な分だけの力くらいなら……!
「……。」
『バサッ!』
大きく穴の開けられた両翼を拡げると乾ききっていない血が辺りに散る。かなり痛いはずだ。だが、顔が崩れているせいで表情に変化がわからない。そんな翼に風魔法を当て宙へ浮かぶザズィー。更に飛び散る血。そのまま飛び去るつもりなんだろうか。こっちに向きを変えたりは……しないみたいだ。
「行っちゃったけどいいの……?」
「……あぁ。」
何もしないんじゃないんだ。何も出来ないんだよ。”俺”にザズィーの命を脅かす事なんて出来ない。
――貴様は人を殺せない。
殺したかったさ。ただ、俺の力じゃ……。
――
命より……?
「!?」
「うわっ! いきなりビクッとしないでよ。」
「い、今誰か……。」
「誰か……って誰? まさかもう一人のクロロ?」
「なのか……? 俺に誰かが語りかけて……。」
おい。
返事をしろ。
おいってば……!
………………。
……返事はない。
「……気の所為だったかもしれねえ。」
「そっかぁ。」
焦げ臭い風が俺を
……幾つもあったネズミ達の巣穴への入り口は殆ど崩されていた。
「ウィール……。」
助けてやれなかった。眼の前にいたのに。
「……葬儀だっけ。する?」
「……。」
応える気になれない。それに返事をしてしまったらウィールが実は生きているという可能性を殺しそうで。
重い足取りでまだ崩れきっていない巣の入り口まで歩く。ミィも気を遣ってなのか何も話し掛けて来ない。小骨で作られた網はバラけたビーズみたいに散らばり地面と同様に黒く煤けている。何もかも全部この戦いで壊されちまった。それだけじゃない……ネズミ達だって……!
「(! クロロ!)」
「!?」
ミィが俺に伝えるまでもなく俺の感覚は巣穴の奥から覗き込む小さな熱源を捉えていた。あの巣穴にネズミ以外が隠れているとは考え辛い。……まさか。
「ウィール!」
希望の呼び掛けにも応えず巣穴の奥に逃げ込む何か。ウィールじゃない? 何にせよ追いかけないと。
「待てって!」
巣穴に飛び込んで足音と熱源を探知しながら何かの後を追う。
「ウィールじゃないのか!? なぁ、待てってば!」
来た道など覚えもせずただ謎の熱源を追い広場に出る。すると何かを踏み砕いてしまい、反射的に脚を退ける俺。外側は固く内側には弾力を感じさせる感触。眼の前にチラついた希望に麻痺していたのかもしれない。ここは……ウィールが死んだ広場だ。
サッと血の気が引き
なんだこれ……さっきと違う。なんでこんなに恐ろしく感じるんだ……。さっきはただ殺意しか感じなかったのに……!
「ぅああ……。」
「クロロ、落ち着いて。」
この広場に光源は無いが、熱源感知があれば物の輪郭がある程度わかる。そして何より……仄かに香る肉が焦げた臭い。そう、俺の周りはパリッと輪郭を尖らせたネズミの死体で溢れかえっていたのだ。
「ここ……。」
「うん……きっとこの中にウィールがいるんだと思う。」
先程までは殆ど感じなかった恐怖で身体が震える。当然だ。この広場には自分の最も恐れている”人の死”が転がっているのだから。ここに転がっているのはいつも俺が食べているベスの肉だ。焼いた肉だ。だが、俺はベスでもあるこの
寧ろなんでさっきまではあんなに気にならなかったんだよ……!
生唾を飲み込んで理不尽な感情の揺らぎに抵抗を試みる。しかし、そこで俺はまた熱源を一つ捉えた。
戻ってきた……? いや……二つ、三つ、四つ、五つ六つ七つ……。広場に通じる何本もの通路から此方を様子を伺う動物。だが、熱源が増えると同時に光源が持ち込まれ始める。それはやはり、あの光る虫の入った籠だった。予想は裏切られなかったのだ。ネズミは全滅していなかった。しかし、その持ち込まれた光でネズミの死体が少しずつ照らされていく。
眼孔は凹み、手足が炭化してしまったその遺体はどれ程の熱量がこの広場を満たしたのかを語っている。こうなる事を避ける方法なんてあったのだろうか。俺がもっと上手く魔法を使えたなら……さっきの俺が遣った”白”の魔法を使えたなら……畜生……。こちらを棒立ちで見つめるネズミ達の表情は虫籠の逆光で伺えないが、遺体に囲まれた俺からすればそれはどうしようもなく無力な俺を咎める表情だと思わせられてしまう。視線が責める。遺体が責める。俺が責める。ウィールが……責める。
頭をずっと揺さぶられている様だ。黙られている事は恐怖でしかない。何か……何か……!
「なっ……なぁ!」
絞り出した呼び掛けが吸い込まれて消えていく。また沈黙に戻されるのかと思った。だが、ネズミ達は予想外の行動をし始める。全員が一斉に
唐突の雨を恨む事はあっても行動として天気をどうこうしようとは思わないだろう。出来る事は傘を差す事だけ。このネズミ達が俺に敬意を示すというのは神々のご機嫌を取ってこれ以上損害を出さないようにする為の行為。つまり、傘を差すのと全く変わらないんだ。
それは即ち
『もう私達を傷付けないで。』
「違う……こんなはずじゃなかったんだ……。」
「(クロロ、いいから遺体を集め――)」
「俺は別に……! 何だってんだよッ!」
「(クロロ!?)」
俺はあの輪の中心にいる事を拒んだ。
「クソッ! クソッ! クソッ!!」
「(クロロ落ち着いて!)」
何もかもが嫌になる。俺はただ友達が出来て、それを殺されて、殺したやつにボコボコにされて……!
苛立ちを紛れさせるように爪を深く焦げた地面に突き刺して走った。どの道が正解かなんてわからない。ただ、上へ上へ溺れないよう藻掻くように。
「なんで! なんでだ! な゛んで……!」
外に出ればまた迎えてくれる三つの月明かり。それを浴びると途端に身体が重くなった気がした。辛うじて身体を支えるようヨロヨロと前へ進む。
ツンと鼻先に来る痛み。涙を忘れているのにも限界があった。塞き止められて感情が決壊する。友達を失った悲しみ、友達を奪われた怒り、それに報復が出来なかった虚しさ、死への恐れ、守れなかった申し訳なさ、今日起こった全てへの……後悔。
「あ、あぁ……あぁああああぁああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛! 畜生! 畜生!! そりゃ最初は……!」
お前がどう思ってるかなんて少しでも考えた俺が馬鹿だった……! 俺が勝手に友達だって思っておきゃよかったんだ! そんで勝手に……! 友達じゃないって……思い直せたら……。
「うぅ、う……。」
悔しさを砕くように地面を殴り付ける。身体強化を殆ど掛けていない俺の拳は地面に当たり小さく乾いた音を響かせた。タンッタンッと聞こえる可愛らしい音が自分の無力さをそのまま表しているようで……。
どうしようも自分が憎く感じたんだ
「(クロロ。)」
ミィが俺を呼ぶ。だが、応える元気はまだ――。
「真の竜人種殿。」
「……えっ?」
フマナ語……?
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