第131頁目 炭も冷たくなるのか?
地鳴りが鼓膜を撫でる。身体から出る音とは異なる壮大で尊大な低音。だが、それが何だってんだ……と前までの俺なら考えただろうが、俺はこれに似た音を何度か経験していた。
「クロロ。」
「あぁ、雪崩か?」
「外に出るの?」
「一応な。音の大きさからして結構距離もあるはずだし、逃げるべきかどうかの判断材料は必要だろ?」
「まあね。」
しかし、ウィールと離れてからモヤモヤしてたんだが寝られはしてたんだな。……結局悩みなんてその程度かよ。
自嘲気味に月明かりの敷かれた雪面に寝起きの重い身体を押し出す。
「音は…………!?」
目が捉えたのは、イムラーティ村の逆側。月明かりの柔らかさとは明らかに違う
「な、なんだあれ!?」
「あれ、あの外族の……。」
「!」
「ちょっ! クロロ!?」
俺は間も置かず動き難い服を脱いで駆け出していた。ミィの言葉と俺の強化した熱源感知が捉えた……羽ばたく何か。ミィにはわからなかったのか? アレは多分……!
*****
「はぁ……はぁ……!」
「クロロ! 落ち着いて! 全然まともに魔法が使えてないよ!」
「……クソッ!」
心臓が破裂しそうだ……! いつもならもっと安定した身体強化魔法が使えてるのに、気持ちが焦って調節が上手く効かねえ!
「冷静になって! 道がわからないからって崖も魔法で跳び越えたりするし! 無茶だよ!」
「でも! ウィールが!」
「わかるよ! あのザズィーとかいう竜人種が見えたんでしょ? でもそんな魔法の使い方じゃクロロの
「そうか! 空を飛べばいいんだ!」
「やめて!!」
「……ッ! なんでだよ!」
「今のクロロじゃ威力が制御出来なくて翼膜に穴を開けちゃう!」
「でも! でもウィールが!」
「だから私が連れて行く!」
「は!?」
「翼を拡げて!」
「! わ、わかった!」
俺はミィの指示通り翼を拡げる。他の誰かならともかくミィならやってくれる、と何の疑いもなくそう思えた。
「行くよ! 構えて!」
「おう!」
俺の返事と共に翼膜に加わる圧力。水は飛散した側から蒸気に変わり俺の身体を湿らせる。持ち上げられる身体。突然の加速に空気に潰される様な感覚が全身に押し寄せる。
「グウッ……!」
「大丈夫?」
「なんて事ねえ!」
目指すは
そこに溶ける余地のある雪や氷は一片すら残っていない。炭化した地面と岩肌と……
「私達が何をしたと言うのだッ!!」
「あん……?」
ドラゴンの威勢に噛み付くが如く吠えたのは、灼熱の色を白き鱗に映す大蛇。
あれはウィールを痛めつけた白蛇族? まさかザズィーに抵抗してるのか!? 無茶だ!
「やはりあの竜人種は貴様等と……ッ!?」
話を聞く価値も無いと言いたげに恨み言を吐く白蛇族へ豪炎を吐きつけるザズィー。それを彼は円形の氷壁を形成して防ぐ。しかし、氷に超高温の熱源なんて当てたら……!
膨張した水の体積によって氷壁は断末魔と共に衝撃を生む。なんで土壁にしなかったんだ! あれじゃ自分諸共……!
「クッ!」
衝撃波でここまで飛んでくる
ザズィーには汚れこそ付けど、傷は何一つ付いているようには見えない。
「テメェ等は俺を不快にさせた。死ぬ理由には十分だろ? 亜竜人種のゴミが。」
白蛇族はまだ生きているかすらわからない。ピクリとも反応しないのだ。
「ハハッ! 俺等の縄張りでこそ泥みてぇに狩りなんてしやがるからだ! 視界に入るだけでウザってえのに俺に歯向かって生き延びるなんてのはどういう了見だ? 殺してくれって事だろ? なぁッ!」
物言わぬ白蛇族を怒鳴りつけると前触れもなく白蛇族の身体に火が灯る。
「ぐうぅっ……。」
呻き声を漏らして天を仰ぎ何か
「はっ、意地汚さすら認めてやんねえよ!」
助けねえと――。
その思いが形になる前にザズィーの魔法で白蛇族の身体の炎は勢いを増して全身を包み込む。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛ フマナ様ッ! 私達が! 何……を……。」
白蛇族の言葉は途切れた。白い鱗が煤けて黒ずんでいく。熱によって筋肉が収縮され歪に身体を丸めていく白蛇族の亡骸。
「誰が生きていいっつったんだ? アァ?」
これが俺が生きる世界。弱者を嬲るという選択肢が当然の如く存在する。
「クロロ、どうする気。」
「……。」
恐ろしい……でも、ウィールは何処だ。まさか――。
そんな不安が脳裏を過った直後だった。幾つもあるウィール達の巣穴の一つから飛び出る一匹の小ネズミがいた。向かう先はザズィーと反対側だ。だが、感知に優れた竜人種がそれに気付かない訳がない。
「まずい!」
俺は小ネズミを救う為に高い崖から飛び降り、崖壁を強く一蹴りする。だが、俺が辿り着くよりも早くザズィーの邪炎は小ネズミに火を着けた。
『ナ゛ー!!』
甲高い小ネズミの断末魔。
「ミィ!」
「うん!」
ミィに頼んでその火を消して貰おうとするが、既に小ネズミは沈黙していた。身体が黒く硬い。今度は
「なんだ? まさか助けに来たって訳じゃねえよな?」
「てめぇッ……!」
まるで映画の映像効果みたいに炎の球が幾つも浮遊して崖の下を照らしていた。地面には幾つも考えたくもない何かが消し炭になったような痕が遺っている。そんな地獄にも思える光景を見たせいか、俺はさっきまで何処かに怒りを置いてきていた。しかし、今眼の前で行われた残虐な行為によって俺の感情に延焼していく。それは身体を支配しようとするが、未だウィールへの心配が
「くっそ……! ウィール!」
俺は巣穴の入り口の一つに飛び込む。入り口を塞いでいたはずの蓋は燃やされ、既に形も殆ど残っていないくらいボロボロになっていた。
「ウィール!!」
友の名を呼び掛ける。アイツは鼻も耳も利くはずだ! 俺の声が聞こえているなら……!
『ァソーゴ! ○○○○!』
心臓を浮きあげるような希望の返事が奥から聞こえた。
ネズミの一族でここまでハッキリと俺の名を呼ぶ奴はアイツしかいない! まだ入り口に入って少ししか進んでいない所だった。ハブ、とでも言うべきか。色んな道から繋がる広場には沢山のネズミ達が集まっている。そしてその中からウィールの声がした。
此処か!? 何処だ!?
…………いた!
俺と目が合い、他のネズミ達を掻き分けて俺の元へ駆け寄ろうとするウィール。俺も数時間ぶりでしかないのに、何年も間を開けた再会に感じて不安そうな他のネズミ達の間を縫って近寄る。
「ウィール! 無事だっ――。」
背後から天井が茜色に染まっていく。
――俺が言葉を続ける間もなく、それはやってきた。
「クロロッ!」
「うっ!?」
白銀竜の森を抜けたあの日。ミィが俺の身体に施した様な白熱が空間を満たした。聞きたくもない悲鳴、嗅ぎたくもない香り、何か蠢く小さなものが俺の身体にぶつかって何処かへ去って行く。瞼すら貫く光の中、透明な瞼だけを残して目を開けた。やはり目に写るのは今尚吹き抜ける豪炎のみ。しかし、苦しくなってきた……。
呼吸が……。
*****
「ソウゴ、明日の昼休みアレで一戦やろうぜ! 最近ショウも始めたんだってよ!」
「オッケー! 場所はいつもんとこ?」
「いや、明日は非常階段裏。屋上前はこの前カズがやらかしたせいで偶に見回りが来る。」
「うえっ……マジかよ! あそこお気に入りだったのに!」
「俺のせいだけみたいに言うなよ! 爆竹で遊ぶのお前らだって楽しんでたじゃんか!」
「あ、俺は塾あるから。」
「おい、ショウ! はぐらかしてんじゃねえぞ!」
「ソウゴ、ショウ、明日総当たりで一番勝った奴に一番負けた奴がジュース一本奢りな。」
「おぉ! いいねぇ!」
「馬鹿! ソウゴ! こいつ始めたばっかなのにクソ強えんだぞ!?」
「なぁに言っちゃってんの! ペーペーがベテランの俺に勝てる訳ねえだろぃ!」
「んじゃ決まりね。」
「あ、おいってば!」
別れ、チャイム、自転車、
*****
胸の苦しさが限界まで達しそうになった頃、間を置かずして光は闇へと変わった。明かりは何一つ無い。そして……やはり苦し……。
「かっ! かひゅっ! はぁ……! はぁ……!」
「クロロお願い! もう大丈夫なはず! 息をして!」
「あ、明かりを……。」
「……見ないほうが良い。」
「明かりをくれッ!」
俺のどす黒い感情が金切り声となって飛び出す。避けたい憶測が胸の内でグルグル渦巻いている。
「……わかった。」
静かに応えて小さい火を灯すミィ。ふわりと明かされる広場の姿。光と動きに溢れ美しかった空間は黒いペンキをぶちまけたかの様に煤けてしまっている。物の輪郭は影の大小でしか把握出来ない。
「もっと……。」
ミィが灯す火を大きくする。最早闇の一部と化した発光苔。
「もっと……!」
ミィは浮く火を炎にした。無数の入り口も全て煤けていて、何処が壁で入り口かも分かりづらくなっている。
「もっとだ……!」
ミィの灯した火は大炎となる。明かりは黒き天井までも照らし、逃げ場さえ…………。
「……なんだよぉ゛……! これぇ゛……!!」
広場に満遍なく置かれた黒い岩の数々。これは…………これは全てネズミ達だ……!
「う……ウィールは……? ウィールはこれか? いや、これか?? なぁ……。」
俺は足元にある幾つもの煤けた岩に問いかける。
「返事を…………してくれ…………。」
絞り出した言葉は闇に吸い込まれ返ってこない。確かに出会ってからそれ程も経ってない。最初はなんだこいつって思ってたりもした。それから会話だって出来てない。それが……! それがこんな
涙が止まらない。転生とは違う形で一つの親しい命を失ってしまった。やはり死と別れる事とは別物だ。一生会えなければ死んでしまった事と変わらない? 母さんも父さんもカズもショウとも皆々俺と離れ離れになってしまった。でも、違う。彼らにはあってウィールには無いんだ。未来が……!
「――――殺そう。」
まるで俺の心に口が付いたのかと思った。
「クロロがそんなに悲しんでるのに、あいつを生かす必要はないよね。」
喋っていたのはミィだった。
俺はその火傷しそうな提案を――。
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