第132頁目 友達の死より許せない事は?

 身体を引きるように暗闇から夜闇へと這い出る。だが、焦げ臭くくすんだ空気は何一つ変わっちゃいない。


「ハッ! やっぱあの程度じゃ死なねえよなぁ……クソチビィ!」

「……なんで。」

「アア゛!?」

「なんで殺したッ!」

「はぁ? 邪魔だからだろ。しかも奴隷の癖に俺に歯向かって逃げやがったんだぜ? 俺様の誇りに土をつけようとしやがった。んなもん死んで当然だろうが! それに亜竜人種の奴隷ってのが尚更気に入らねえ。まるで俺が劣等種に少しでも手こずったみてぇじゃねえか。」


 邪魔……? それだけ? たったそれだけの理由でウィールは殺されたのか? 


 瞳が揺れる。巡る血が速度を増していく。この悲しみと怒りを伝えるにはなんて言えばいい?


「……まは。」

「アァ? 声まで焦げ付いちまったのか? 何言ってっか……。」

「邪魔はお前だあアアアァァァァァッッッ!!」



*****



 ミィは俺に濁り無くザズィーの死を提案した。


「あぁ、殺したい。俺はアイツを許せない。」

「わかっ――。」

「でも、駄目だ。ミィじゃない。ザズィーは俺が殺す。」

「えっ!?」

「アイツがミィにはあっさりと殺される所を見ても俺は多分納得出来ない。」

「でも……!」

「頼む! これはとむらいとかじゃない! 俺があの野郎をぶっ殺さないと”俺”が”俺”を許せないんだ!」

「クロロ……。」

「我儘かもしれねえ……でも、頼む!」

「……限度はあるからね。私だってウィールを殺されたのはなんだかモヤモヤしてるんだから……。」

「ありがとう。」



***** 



 憎しみと怒りを込めて思いっきり咳袋を絞る! 魔法よりも威力は低いが、集中が不要なこっちは出が早く察知されにくいはずだ。幾ら竜人種だからって高圧水流をマトモにくらったら……!


「何ッ!?」


 驚愕の声と同時に水がザズィーの肩辺りに命中した。だが直後、猛烈な爆風がザズィーの身体を弾き飛ばす。爆音に怯んだ所で理解した。今のは水蒸気爆発だと。アイツの周りにはそんな高温が取り巻いているのか? それとも、アイツの身体自体がそれ程高温なのか? 蒸気のせいでダメージがどれくらい入ったかも知る事が出来ない。


「ッッッックソチビィ! 殺ス!!」


 怒声と共に蒸気が一瞬で晴れる。肩にはこびりついた様な朱殷しゅあんの汚れが付いていた。恐らく乾いた血液だ。つまり、血が出るほどの傷は付けられたって事だな……!


「ルアァッ!」


 やり慣れた方法という事なのか、テレーゼァに突っかかって来た時と同じように羽ばたきつつ後ろ足で飛び蹴りしながら突っ込んでくる。しかし、俺にはテレーゼァみたいな頑丈な翼はない。だから出来る事と言えば避けるだけ。でもな、ただで退いてやるもんかよ! 俺はアニマを伸ばして自分の居た場所に水の丸鋸まるのこを幾つか設置する。さぁ、俺は動かねえぞ! 突っ込んでこい!


「うぜえんだよッ!」


 ザズィーは接触する寸前に気付いたみたいだ。翼を一回羽ばたかすと、ボコッという異音が丸鋸から響く。


「クソッ!」


 悪態を吐いた時には遅かった。丸鋸は一瞬で質量を爆発的に増やし爆弾へと変貌したのだ。


「グアアアアッ!」


 衝撃が身体を叩きつけて吹き飛ばす。地面が俺の身体に痛みを刻み、土壁が受け止める。


「おらぁ!」

「ガッ!?」


 崩れた砂利や岩ごと長い尻尾で薙がれ、それをモロに腹で食らう。壁から壁に翔ばされ全身を襲う激痛と痺れ。


 痛え……。


「はっ! どうだよクソチビィ! 少しは反省する気になったか? 耐熱性があるせいで熱じゃ死ねねえってのは不便だなぁオイ! その分甚振いたぶってやるからせいぜい喜べよ! ッラア!!」


 ザズィーは無駄にダラダラと長台詞を並べていた訳じゃなかった。思いっきり力を込めてまた尻尾で俺を吹っ飛ばそうとしてたんだ……! だが、俺はギリギリの所で跳躍して避ける。


「チッ!」


 尻尾を空振った事で一瞬ザズィーの身体の回転は減速したが、そのまま強く地面を蹴ってもう一回転し空中にいる俺にめがけて尻尾を振り回す。その間、言うもなく刹那。


 ザズィー相手に水は危なくて使えねえ。かと言って炎も使えねえし使えたとしても効かねえはずだ。だったら俺がやれる事なんて……!


 俺は迫りくる尻尾を目で捉えながら、それ以上に自分の身体を意識する。制御するんだ。力を。

 

「はっ! ぁ!?」


 驚いて見開かれたザズィーの目と目が合った。残念だったな。俺だって何度も攻撃を受ける気なんてねえんだよ。


 尻尾にガッシリとしがみつく俺。マジックテープで貼り付いた様にピッタリとしがみついて離れない。そんな俺を見れば当然……!


「てめぇ!」


 尻尾を地面へと叩きつけようとするザズィーだが、無意識に強く叩きつけようとしたのだろう。尻尾の勢いを付ける為に一度上に振りかぶる。俺はその機を逃さなかった。身体がふっと上昇する感覚がした瞬間を狙ってしがみつくのをやめる。即座に振り下ろされ、地面を割らんとする尻尾。それと同時に俺は複数のアニマを展開。


 ――標的は俺だ。


 間を置かずに自分をも滅する勢いで水を放つ。それを受けて俺の身体は急速に加速した。尻尾にしがみついていた俺は奴の背後にいる。俺よりゃデカイがそれでも頭は小さすぎるからな。とにかく『ウィールの万分の一でも苦しみを味わわせてやりたい』という意志を持つ弾丸となった俺は一直線に奴の背中に飛び込んでいく。


 俺も奴も首は長い。筋肉は発達しているが、この速度で衝突なんてさせたら折れる可能性だってあった。だから俺が使う部位は肩だ。首も翼も丸め魔法で筋肉を増した固く頑丈な部位が当たるように!


「ガハアッ!!」


 ザズィーは俺の攻撃に気付いていたが、避けるには遅すぎた。その結果不用意に身体を動かし、首の根元の背びれ脇に俺の身体が叩き込まれる。これがドラゴンの戦い方と言えるだろうか。だが、どんだけらしくないと言われようが構わない。そう倒れゆくザズィーをみながら思う。ドラゴンとか人間とかネズミとかなんだっていい。


 ザズィーが痛恨の一撃で怯んだ所を俺は見逃さなかった。一旦地面に降り立った俺は再度跳躍してザズィーの胸にしがみつく。正直、そのまま倒れ込まれて潰されたり、拳で胸ごと殴られたりしたら危なかったと思う。だが、そんな事を考える余地なんてないくらい俺は興奮していた。そして、胸に貼り付いた俺は思いの丈をぶつける様に大口を開けて胸に噛み付いたんだ。


「グッ! このクソチビィ!」


 突撃された痛みで顔を歪ませつつも、新しい痛みの原因である俺を鷲掴みにしようする。当然の行動だろう。俺がザズィーだったとしても同じ事をすると思う。だが俺だって素直に引き剥がされる気は無い。そして、焦りが芽生える。


 ――このままじゃ殺せない!


 そんな想いが焦りを鮮やかな殺気に変えた。俺は魔力を口元に集め顎を張る。


 嫌だ。自分のせいでウィールが死んだなんて。死んだからって何も出来ないなんて。ウィールとの僅かな思い出がこいつへの憎しみに染められるなんて!


「うぐぐぐぐぐぐぐぐ!」



『――バチチチチチチチチチチチチチチチチチチッッッッッ!!』



「ガアアア゛ッ゛!゛」 


 深く刺さり食い込んだ撃牙げきがを受けたザズィーが巨体を跳ねさせ吼える。幾ら熱に強いからって電撃にも強い訳じゃないはずだ。思う存分くらいやがれ!


「ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!」


 決死の判断だったのか、偶然だったのか。絶叫しながらザズィーは地面を強く踏み込み壁に向かって胸から身体を俺ごと打ち付けた。俺の全身の身体強化はもうかなり弱まっていたみたいだ。身体が潰れそうになるくらいの圧力が俺の呼吸をき止める。あまりの痛みに顎の力が緩み、口を離してしまった。その後もザズィーはよろけながらもう一度離れた壁に突っ込み壁面が崩れてザズィーの身体に降り注ぐ。


「(クロロ! 大丈夫!?)」

「はぁッ……はぁッ……。」


 ミィに返事をする余裕すらない。頭が一瞬霞掛かったように真っ白になった……きっと意識が飛びかけたんだ……。


「クッ……クソチビィ…………ヘッ……ヘハハッ……ハハハハッ……!」


 崩れた壁の土砂に半身を埋もれさせながら急に笑い始めるザズィー。電撃で頭がやられちまったんだろうか? どうせなら一言謝らせて殺したかったんだが。


「不思議な気分だぜ……。頭ん中じゃ怒りと情けなさばかりだってのになんで笑いが出てくんだ……?」

「知る、かよ……!」

「殺してやる……殺してやるからなクソチビィ……。」


 お互いが身体をモゾモゾとしか動かせない状況で出来る事は一つ。魔法をぶつける事だけだ。


「(今なら水で殺せるかと思うか?)」

「(わからない。でも、クロロは魔法で空気を作る事が出来ないからヤケになったアイツに炎の大魔法なんて使われたら負けちゃうよ。そうなったら私の番。)」

「(なるほど……。)」


 アイツは自分の魔法で空気を補填してんのか……。呼吸が行えるって事は恐らく俺の水を創り出す精度と同じくらい空気を創り出すのが上手いんだろうな……だが、あの炎は何が燃えてるってんだ? 熱だけならともかく、炎は現象だ。燃える物がなきゃ火ってのは存在しないはず……なんて考えていた時だった


「しゃーねえ……。」

「……?」


 何かを観念したかの様にザズィーが漏らす。


 畜生! 身体が重くてまだ動かせねえってのに……! まだ戦えんのかよアイツ!


 焦る俺の心情なんて奴は知らない。本当にゆっくりではあったが、身体の上に乗った土砂を払って四足で立ち上がるザズィー。


「クソチビなんざに苦戦なんかしてたらクソ親父どころかシグのクソにすら……! っなの許せるかよッ!」


 許せねえのはてめぇだよクソ! ウィール頼む! 一瞬でいいから力を貸してくれ! アイツをぶち殺せる力を……!


 射抜く様な俺の鋭い視線に応えてザズィーは睨み返してくる。


「てめぇなんざに使うのは誇りが許さねえって思ったがよ。てめぇなんざに苦戦する方がよっぽどありえねえんだよクソチビィ!」


 まずい! 何か仕掛けてくる!


「死ね!」


 という言葉のみ。ザズィーは動こうともしない。ただそれだけかと思った。だが、回避に迫られる様な危機感だけは俺の全身を濡らしていたんだ。制御が効かないというリスクを無視して俺は全身を強化する。動かなければならない。そんな気がしてならなかった。


 腹に力を込め、地面を蹴る。鼻と口から同時吐き出される息。噛みしめる奥歯。転移する景色と共に招かれたのは……轟音と衝撃。


「ア゛ッ!?」


 片翼と横っ腹に激痛が響く。それと同時に脚にも来る痛み。なんとかモロに食らう事は避けられたが、前触れなく空間が爆発するなんてアリなのかよ!?


「チッ! 生きてんじゃねえぞクソチビィ!! オラァ!」

「!?」

 

 痛みでモタつく余裕くらい寄越せっての! 


 自分が向かう空間や通った場所でダイナマイトが爆ぜるかの様な炸裂が立て続けに起きる。さっき脚に走った痛みは無理な身体強化魔法のせいだ。こんな集中も出来ない状態で魔法なんて……!



『――坊やは考えて魔法を使ってるわね。それを続けていると死ぬわよ。』



 テレーゼァの言葉が脳裏をぎる。思えば集中っていうのは考える事だ。だが、それを行わずに魔法を使えばどうなる? 恐らく”お漏らし”をして中途半端な物が顕現されるだけだろう。いや待て、集中っていうのは考える事じゃないだろ。テレーゼァは考えるなと言っていたんだ。


 水は化学式H2O。水素と酸素の化合物で透明な液体。こうやって回りくどく考えないと水なんて……!


 強く地面を蹴ったのちそこ地面が爆ぜる。畜生、爆風も痛えけどさっきの無理矢理な身体強化で脚もかなり痛……? そういや、身体強化魔法はなんで出来るんだ? これだって多分筋肉の顕現的な事だよな? 俺がミィに教わったのは身体強化魔法を使う範囲だけ。何を顕現するかなんて教わってない。


「(脚、補助しようか?)」

「(いらねえ!)」


 ミィの有り難い提案すら意地で跳ね除けて思う。もしかして魔法に具体的な想像は必要ないのか? 思えばメビヨンが風を顕現出来ていた事だって不思議だったんだ。もしかしたら俺は水以外も顕現出来るんじゃ……!


「クソがチョロチョロと動いてんじゃねえ!」


 散らばった土砂や岩で辺りは完全に荒れ果てていた。凸凹した地面は走るのに厄介だが、物陰は爆発により増える一方である。しかし、先回りや周囲が爆発しようと丁度俺がいる所が爆発しない理由はなんだ? されちゃ困るんだが、遠隔魔法で俺の身体が漫画みたいに内側から……遠隔? それだ! 遠隔魔法はアニマで発動する。つまりアイツはアニマの操作が上手くないんだ! だったらこの爆発は避ける余地がある!


 物陰に隠れていても遮蔽物ごと爆破されてしまうので、同じ場所に留まる事は出来ない。だからこそ走り回ってなんとか距離を詰める。近寄れさえしたらザズィーは自爆を防ぐ為に爆発を使えなくなるはずだからだ。そして、俺は集中する。


 ザズィーを殺すという事に。


「……ふっ!」


 無意識に止めた息。爆ぜる空間を避け翔ける俺の周りには……。



 ――何本もの黒い包丁が顕現していた。

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