第129頁目 竜は嘘がお嫌いなのでは?
「(全く急で
「(すみません。ですが、食器がないと紹介の流れが滞るのですよ。まさか全員に一口ずつ摘んで頂く訳にはいかないですし……。)」
「(作るのはよかった……いや、よくは無いんだけどさ。熱源を感知に長けた竜人種の近くで皿なんてそんな早く作れるか不安だったよ。)」
「(そう言いながらも時間までに完成させるミィさんは流石ですよ。)」
「(……もう、その
「(やめてください。私はあそこまで、その……。)」
「(言葉選ばなくていいよ。)」
「(腹黒くありません。)」
「(……はいはい。)」
呆れるミィさんが用意して下さったのは”大量の赤茶けた皿”。表面はザラザラしていてあまり質が良いとは言えませんが、そんな事はどうでもいいのです。全員がストレス無く味見が行えるという環境が大事なのですから。それにより料理に少しでも悪い印象がつかなければやっと対等の勝負が出来るのです。味のみで!
「ふむ。こんな土器があったのか。」
早速皿の存在を不審がる村長様ですが、この場に皿があることは村長様にとって不利益である事ではありません。そこまで心配はないでしょう。
「えぇ。奥に埃を被って大量に積まれてありましたよ。おかげで助かりました。」
「誰かが投棄したのかもしれんな。まぁ、物置であることは間違いないのだ。勝手に使っても文句は言われんだろう。それはとにかく、約束通り焼き菓子を食べてよいか?」
「焼き菓子ですか? それは構いませんが食事の方は……。」
「食事は他の者が好きに食べるであろう。」
「村長様にも食べて頂かないと困ります。」
「もう少しこの焼き菓子を食べてからな。……うむ。この辛味はハチュネよな。まさかハチュネを焼菓子に使うとは……ふむぅ……冷えてもイケるな。」
それ程その焼き菓子が気に入ったのでしょうか。他の物も食べて頂かないと魅力を伝えられないのですが……。
「こりゃうめぇ! パリツィンの入ったスープは何度か食べた事があるが……こんなに赤くなるまでは入れんぞ! それにこの沈んでいるのは白身魚と……?」
「プチカが沈んでるのよ! 栄養もありそうね! 流石テレーゼァ様だわ!」
「パリツィンがこんなに入ってるなんて贅沢だな。子供と香辛料嫌いには少し厳しいかもしれないが、私の好みには合う。」
「魚醤の香りでわかりづらいけどハチュネの香りもするわね。」
「ひやああああああ! パリツィンだああああ! もっとくれ! もっと俺にパリツィンをぉ!」
好評ですね。テレーゼァ様の料理の腕がこれ程達者でなければもっと苦しい戦いになっていたでしょう……。流石に今回は行き当たりばったりが過ぎました。クロロさんの悪い所が伝染ったのかも……気をつけなければ。ここで結果さえ良ければいいと考えたら完全にあの人の様になってしまいます。
「さっきからするこの香りはメガッサ?」
「酒精の香りも混ざってるからメガッサじゃなくて『ニョロ』だな。まさか料理に使ってるのか?」
「えぇそうよ。もう少しで出来上がるわ。」
村人の質問に答えるテレーゼァ様。その後ろでは石で重しをしてある木板を乗せた土砂入れが蒸気を吹いています。しかし、メガッサを漬けたハーブ酒は『ニョロ』というのですか。あれはまたどういった理由でここの人達に親しまれているのでしょう。
「はー……ニョロは希少だってのに、今日は特別な日だな。」
「テレーゼァ様が帰ってきたのだから特別な日で間違いないわ。」
「ニョロを使った料理か。そいつを
「ウチの旦那が好みそう……後で作り方を教えて頂きたいわ!」
「ふふっ……まだ食べてないじゃない。」
「テレーゼァ様が作った料理が美味しくないなんてありえないもの!」
「それでもまずは一口食べてみなさい。ほら、もう出来ているはずだから皿をくれれば
「是非!」
「俺もくれ! ニョロニョロニョロニョロニョロニョロォ! アァ! ニョロニョロニョロニョロォ! 俺もォ!!」
海鮮の酒蒸しに群がる村人達。しかし、その中に村長様はおりません。未だに焼き菓子を齧っております。それも減っていく様を惜しむ程愛おしそうに。
「……村長様?」
「なんだ。」
「お召し上がりにならないのです?」
「私はよい。アレの料理など食べたところで美味いに決まっておる。ニョロを使った料理は気になるがな。」
「仕方ありません。それでは村長様はこちらへ。これはどうしても村長様に体験していただきたいのです。」
「何? しかし、まだこの焼き菓子がだな……。」
「それはあまりにも卑怯ではありませんか? こちらが差し出すサンプルの一切を受け付けないとなると最早最初の商談をするという姿勢が嘘だったという事になります。」
「お前らに付き合うと言ったのが建前になってしまうと言いたいのか?」
「
竜人種の誇りというのが如何に嘘と相性が悪いか、という事です。故に”真の竜人種”はこういった商談に向きません。
「はははは! 何か勘違いしておるようだな。」
急に笑い始めるという予想外な反応に驚いてしまいました。私が何を履き違えたというのでしょう。
「竜人種にとって誇りというのは己の生き様であり、嘘というのはそこに含まれる一つの要素に過ぎん。問題はその嘘が誇りを傷付けたか否かである。我々とて完璧ではない。物は忘れるし考えだって変わる。では考えが変われば今まで吐いた言葉は嘘になるのか? 嘘を吐くとはなんだ? よいか。竜人種が嘘を嫌うと言っているのはだな。――自身を欺かないという意味だ。覚えておけ。」
「ほうほうほうほうほうほう!」
これはこれは! また新しき知見を得ました。自身を欺かないというのは恐らくこの村だけの話でなく真の竜人種全体の
「む? 何を書いているのだ。」
「忘れぬように記録として残しているのですよ。」
「むぅ……そこまで真面目に聞かれるとこそばゆいな。……しかし、お前らを蔑ろに扱う気もないのだ。この焼き菓子だけでも私からすれば大きな収穫である。村の者達も料理を気に入っている。テレーゼァが料理を教えると言っているのだから仕入れる量は必然的に増えるだろう。」
「利は得られる時にこそ得るのです。それに、私はルウィアさんの友人ですからね。友に尽くす事が
「友に尽くす価値、ねぇ。全く、来年も商人として来るのがお前でなくて良かったと心底思う。」
「それは光栄……です?」
嫌味や皮肉に聞こえる賛辞。ありがたく受け取っていいのかわからず返答が
「称賛として受け取っておけぃ。……で? 私は何処に向かえばよいのだ。」
「おぉ! 付いてきて下さるのですね!」
安心しましたっ! これで付いて来て頂けなかったら私とアロゥロさんの努力が無駄になってしまいます!
「こちらです!」
そう言って村長様を連れて向かった場所は洞穴を出てすぐ横の張られた氷板。もとい、浴場です。わかってはいましたけど、もう完全に凍ってしまっていますね。
「……この氷が風呂だと? まさかオリゴの姿で入るのか?」
「その通りでございます。」
「ほぅ……風呂等久しく入っておらぬな。身体の浄化など海と雪で十分であるからなぁ。」
と言いながら村長様の身体はデミからオリゴへと膨らんでいきます。膜の無い大翼を拡げて身体を伸ばす
「氷を熱すればよいのか?」
「はい。全て蒸発させて吹き飛ばさないようお気を付け下さい。」
「むぅ……そうだな。雑に熱そうものなら水がなくなってしまう。」
魔力の高い竜人種らしき心配ですね。もう魔法を使い始めているのでしょう。氷の孕んだ白みが澄んでいき蒸気を放ち始めました。そして氷板の上に乗った村長様の身体はズルリと底に沈んでいきます。
「大体これくらいか。」
何かコツを掴んだようです。氷が氷であることを忘れて踊り始めます。穴の中の氷が水になるに留まらず沸騰したのです。余りにも濃い蒸気に村長様の姿が認識できません。いえ、それよりも……。
「
目だけじゃありません。鼻も喉も焼けるのような痛みが……! この痛みは間違いなくパリツィン! 蒸気になって私を襲うというのですか!
「(だ、大丈夫?)」
「(ゴホ……! き、きつい……というより不味いです。この刺激、私の身体には強すぎて……!)」
「(ちょっと息を止めて。)」
「(え、はい?)」
直後、鼻の奥にくるツンとした刺激と頭全体が激流に飲まれる様な感覚。一体何が?
「(どう? 少しはマシになったんじゃないかな? 頭丸ごと洗ったんだけど。)」
「(ゲホッ! ゴホッ!)」
「(まだ駄目? もっかいする?)」
「(まっ……! 待って下さい! 大丈夫です! マシになりました!)」
「(そう。今蒸気がマレフィムに当たらないようにしてるから。それにこの蒸気の温度だと本当に火傷しちゃうよ。)」
「(……ありがとうございます。)」
周囲の景色は蒸気により真っ白に染められておりました。私は身体が小さいのでこの蒸気が致命傷になってしまうのですが、身体の大きい村長様でも無事ではないはずです。何も見えなく何も聞こえない。……無事なのでしょうか。
「お……おぉ……おぉぉおおお……!」
村長の呻き声!? やはりあの量のパリツィンを入れた湯に入るというのは……!
「くぅ! 身体中を剣で貫かれる様な刺激がッ!」
剣で貫かれる様な!? その様な激痛を!? これはいけません! すぐに湯から出て頂かなければ!
「村長様! すぐに湯から上がって下さい!」
まさかここに来て失敗を犯すなんて!
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