第128頁目 勝機とは香るモノなのです?

「どうかしら。」

「~~~~! 美味しい! 表面はカリッとしてるのに中はホロッと崩れる食感も! 虫蜜の甘い香りも凄くいい!」

「や、やっぱり温かい方が美味しいんですか? 僕も食べてみたいな……。」


『チキッ? チキッ?』


「驚きました。辛さと甘みというのは共存出来るのですね……。ファイさんは食べられないというのが少し可哀想です。」

「うん。ファイにも口があったら良かったのにってよく思うよ。」


 もう何度も似たような事を考えてきたのでしょう。何処か寂しそうながらも諦めを含んだ表情でファイさんを見るアロゥロさん。しかし、”お肉とモッピィのカイチ和え炒め”を作っていた時はあまり反応を見せなかったのに、この焼き菓子には妙に興味を示すのですね。実は隠れた口があって焼き菓子が好物、なんて……。


「んん……中々の出来ね。これならそこまで甘味が好きじゃなくても美味しいと感じるんじゃないかしら。」

「テレーゼァ様の魔法料理の技術には驚くばかりです。時間が掛かったとはいえ、ここまで均等に火を通せるのですか。」

「これでも竜人種よ。熱の扱いは任せなさい。」

「恐れ入りました。もしテレーゼァ様にご協力頂けなければ明日までに完成し得なかったかもしれません。」


 日は落ち、洞穴の中を照らす光は松明と竈の明かりのみになった頃。なんとか私達は焼き菓子の完成品と言える物を量産出来たのです。とは言え、取り掛かってすぐには出来の良い物が沢山出来ていたのですよ。しかし、テレーゼァ様の完璧主義と私の探究心が納得する品というのはどうにもこうにも完成せず、気付けばこの様な時間になってしまいました。恐らくもう夕食を食べてもおかしくない時間でしょう。意識をした途端、お腹に圧迫感が襲ってきます。


「とりあえずはこれで全ての試作は済んだというところですか。」

「ふむ。ご苦労。」

「おや?」

「そ、村長様!?」

「そう驚く事では無いだろう、ルウィアよ。ここは私の村だ。」


 カリカリと爪を踏み固められた地面に突き立てながら半デミ化した村長様が洞穴の中に入ってきました。それを見ると早速テレーゼァ様が不機嫌そうな雰囲気を醸しだします。


「……言葉の裏の意味くらい察しなさいよ、田舎者。」

「田舎者に田舎者と呼ばれても、どう反応すればいかわからぬではないか。」

「ふん。それで? 冷やかしに来たのかしら?」

「何、村で時折腹を殴りつける様な良い香りが漂ってくると聞いたのでな。まぁ、香辛料が嫌いな者からは苦情が来ているが……覗きに見てみれば芳しい香りがするではないか。……しかし、何やら顔を出すにははばかられる空気だったのでな。良い区切りと思える時が来るまで待っていたのだ。」

「……暇なの?」

「余裕があると言え。」


 今の問いは間違いなく素の質問でしたね、テレーゼァ様。しかし、ずっと入り口で待っているくらいなら気にせず入って下されば良かった……いえ、そんな事はありませんね。テレーゼァ様に気を遣われたという事でしょうか。


「それで、この虫蜜の香りの正体はこれか? 焼き菓子ではないか! 一つ食べても?」

「え、えぇ、構いません。しかし、期限は明日では?」

「何、どうせは振る舞う物だろう。こういった物は作りたてが上手いというのが常ではないか。」


 咄嗟に許可してしまいましたが、今の要求は拒むべきだったかもしれません。これはまずいですよ。一度に全て口にして頂いて纏めての評価値で勝負しようという計画だったのですが……。しかし、ここで拒んでは期待が高まるばかりで後に食べて頂いた時に衝撃が薄れるかもしれません。となればここで最上の品を食らわせてやる方が流れに勢いが付くでしょう。交渉というのは機を逃した者が負けるのです。


「(テレーゼァ様、致し方ありません。今こそ勝負の時かと。)」

「(英断だと思うわ。万全の備えというのはあくまで目指す物で、形として成る物ではないものね。時間稼ぎ、お願い出来るかしら。)」

「(お任せ下さい……!)」

「どれ。」


 村長様が焼き菓子を一つ手にとって口に入れようとしていた所でした。


「村長様!」

「む?」

「お願いがございます。」

「なんだ。」

「それを食べ美味と感じたのであれば、是非他の村の方々も呼んで頂けないでしょうか。」

「……何?」

「本日は丸一日を煎じて料理に費やしたのはご存知でしょうが、それが叶ったのも村長様や村の方々のご協力のお陰でございます。ですので、是非恩を返したいのです。量は少ないですが、せめて美味たる料理にてねぎらいを!」

「……ほうほう。アメリと言ったな。それは損も利もあると言える手だのう。私が食し一人判断すれば他の者がどう思おうと商談は成し得たのだ。お前の申し出は多くの村人が気にいるという事を前提とした物だが相違あるか?」

「いえ、私は建前等申しておりません。心の底からそう思っているのですよ。」

「フフ……そうであるか。何にせよ。これを食べて良いかね。」

「同意して頂けたならどうぞ。」

「くくくっ……減らぬ口だな。どれ。」


 村長様は手に持った一口大の焼き菓子を一口でしまい込みます。


「……! ほっ! これは中々! なんという焼き菓子か。」

「これはですね。”プチカとハチュネの練焼き”という物です。」

「ふむ。素朴な味だが……食感がな。好みだ。うむ。」

「汚いわね。食べ終わってから話しなさいよ。」

「……うむ。これは失敬。しかしだ。良いだろう。待っておれ。希望者をつのり呼んでこよう。……ところで、もう一枚貰もろうていか?」

「続きは呼んで頂いてからです。」

「強気だな。……仕方あるまい。」


 きびすを返して洞穴の出口へ向かう村長様。これで少しは時間稼ぎが出来るでしょうか。


「それでは取り掛かるわよ。貴方達は私の指示をよく聞くように。わからない事があれば私に聞きなさい。」

「ここからが正念場しょうねんばですよ!」

「やっぱり今から全部作るって事?」

「え、えぇ!? そんな事出来るんですか!?」

「幸いパリツィンのスープと酒蒸しは出来上がってます。」

「いえ、スープはともかく酒蒸しは作り直しね。こればっかりは作りたてを食べて貰わないと満足しないと思うわ。」

「なるほど。仕方ないですね。」

「とりあえず水蟲みなむしは酒蒸しと相性が良いみたい。それの下処理が一番大変なのだけれど、私にも作戦があるわ。だから貴方達は……。」


 それから私達がテレーゼァ様に与えられた仕事は、料理と言うよりも材料と調理工程の整理でした。その間テレーゼァ様はパリツィンのスープを温めながら酒蒸しの下処理を続けるだけです。モッピィ料理は切り札なのにまだ手を付けないのでしょうか……心配ですが忘れてる訳でもないでしょうし……。


 そうこうしている内にも洞穴の入り口から喧騒けんそうが滲み出てきます。村長様が早速、人を連れて来たのでしょう。綿羽に包まれ鞠の様に丸く膨らんだ飛竜の方や、下半身を足の無いオリゴ姿のまま地を這う這竜げんりゅう。テレーゼァ様や村長様とは少し違う種族の様ですが、翼の無い踏竜とうりゅうひれを生やした泳竜と思われる方もいます。それでも二十名弱といった数でしょうか。やはり真の竜人種と呼ばれる方々がオリゴ姿で暮らす集落ですからね。数はそこまでいないのでしょう。


「デミ化なんて久々だ。二足で歩くというのはこれ程まで難しいものだったか?」

「おい、邪魔だ! 翼をもっと縮められないのか!」

「翼の無い者に翼を縮める難しさ等わからないだろうが、これでも他の者より小さいだろう! 貴様こそ牙が不格好に口から出たままだがそれで食事が行えるのか?」

「見ろ! ゴーレム族だ! まるで小さい神檀しんだんだな!」

「良い匂いはここからだったのね!」

「テレーゼァ様がいらっしゃってるとか!」

「とっておきの酒を持ってきたぞ!」


 竜人種は物静かというイメージがあったのですが、そうでもないようですね。真っ先にテレーゼァ様に駆け寄る方々を見ると、とても慕われている事がわかります。テレーゼァ様も久々の再会に照れている様ですが嬉しそうですね。それでも料理を続けるのは流石と言えます。


「待たせたな。仔竜しりゅうはまだデミ化が行えぬ者が多いのでな。面倒を見る者を含め置いてきた。会いたがっていた者も多いぞ。」

「……そう。」


 いつものように噛みつかず意味ありげに視線を伏せるテレーゼァ様。そこに畳み掛けるように駆け寄った方が喜びの言葉を投げかけます。


「そうですよ! 心配していたのです! あの様なおいたわしい……!」

「それは……。」


 恐らく亡くなったテレーゼァ様のお子様の事でしょう。一瞬ですが、明確にテレーゼァ様の表情が曇ります。しかし、隣にいた男性がその女性をたしなめました。


「やめろ。その事に軽々しく触れるんじゃない。今はまず再会を喜ぶべきだろう。」

「あっ……その、ごめんなさい。」

「でも、今日はテレーゼァ様の手料理が頂けるのですよね!」

「テレーゼァの料理は美味いからなぁ。今から楽しみで仕方ねえ! どうせならオリゴのまま食いたかったけどな!」

「そうね……。」


 また優しい表情を取り戻したテレーゼァ様は言葉を続けます。


「今から皆に料理の味見をして貰うのだけれど酒を持ってきた訳だし、”食事”をする気があるのでしょう。だからこれから一つずつ作るから作り方を学びたい者は手伝いなさい。教えてあげるわ。」


 おや……? 作り方が商談材料なのですが……まさか先に商材を渡してその上で村長様に交渉をふっかけるおつもりなのですね? ふむ。これがテレーゼァ様の言っていた作戦ですか。先払いというのは信用出来ない相手には悪手ですが、あそこまで慕われている相手にならとても有効な手段と言えるでしょう。これなら問題なく上手くいきそうですね。


「あ、もし酔っ払ってもオリゴに戻って暴れないでちょうだいね。もしこの子達を傷付けようものなら私が許さないわよ?」


 いつもの調子で放たれたテレーゼァ様の言葉。私達はここの方々と比べるのもおこがましい程、非力ひりきな種族です。当然の釘刺しと言えるのですが、その言葉を受けた村人達の態度は異様でした。まるで必死の毒を眼の前に差し出されたが如く凍りついたのです。例外は私達と村長様のみ。その中、固まった村人の一人が勇気を振り絞るように口を開けました。


「わ、わかってるって。なぁ! お前ら!」

「あ、あぁ! 勿論だ!」

「気をつけるます! 絶対に!」

「私、今日は飲まないわ……。」


 まともな反応とは思えないその空気に私は首を傾げました。これはいっそ聞いた方が早いでしょう。


「村長様。テレーゼァ様の先程の言葉……皆さんが何かを恐れている様に感じます。」

「恐れて当然だ。あの十日夜とおかんや刺鏖竜しおうりゅうであるテレーゼァが許さないと口にしたのだぞ? それは即ち紛れもない死を与えられるという事だ。」

十日夜とおかんやですか……?」

「テレーゼァが大戦時に残した異名だ。十日の夜を超えても休まず命を刈り取り続けた奴に付けられた呼び名だが、本人はそう呼ばれるのを嫌ってるので注意した方がいい。」


 以前テレーゼァ様がクロロさんに竜人種は体力こそが武器と仰られていましたが……なるほど。そういった経緯もあるのですね。


「それじゃあ皆そこに重ねてある食器を取ってもらっていいかしら。彼等、ルウィアとアロゥロのいる所に並べば全ての料理を少しずつ貰えるわ。味見をして気に入ったのなら手伝って頂戴。」


 いよいよです。私達の一日を材料にした料理は竜人種である彼等に気に入っていただけるのでしょうか。


 

 

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