第127頁目 組み合わせ、多過ぎませんか?
「棒の様ですね。」
「ルウィアはこれが好きなの?」
「えぇっと……はい。」
ルウィアさんがテレーゼァ様が作って下さった料理に掛けたいと言って取り出したのは『カイチ』という黄色くて細長い棒の様な香辛料でした。淡く光を透く不思議な見た目をしていて、長さは私の指と同じ……というか正に妖精族の指の様な見た目です。試しに一本手にとってみるとそれがとても硬い事がわかります。表面はサラサラしていて無臭ですね。
「とても香辛料とは思えません。これはどんな植物に生るのです?」
「えっと……これ、植物じゃないんです。」
「植物ではない?」
「はい。カイチは
「ほぅ。虫卵ですか。綺麗ですね。まるで宝石の様で食べ物に見えません。」
「虫卵なんて仕入れているのね。それはどんな味がするのかしら?」
「えっと……優しい甘みと、旨味ですね。少々の塩気もあります。加熱すると溶けて液体になるんですよ。」
「へぇ、面白いわね。私も少し食べてみたいわ。」
「皆で食べてみようよ。」
「いいですね。私も興味があります。虫卵は食べた事がありませんので。」
「量は私が調節するわね。」
テレーゼァ様は数粒のカイチを摘むと自身の口に放り込みました。味見をしてどれくらいの量を入れるべきか考えるのでしょう。そして、カイチを適量握りパラリと肉炒めに振りかけ、熱した微風を吹かせるテレーゼァ様。カイチはその熱に触れた瞬間からピンと伸びたその線を歪め始めます。サラりとした表面は明確に周囲の光を弾きだし、色を失って粒の輪郭が肉に溶け込んでいきました。ふわりと膨らむ湯気がその料理の温度を伝えてきます。ふむ、カイチはまるで脂の粒みたいに溶けるのですね。
「それじゃあモッピィを掛けるわよ。」
肉炒めにまぶされるモッピィ。そう言えば辛味を失ったモッピィを食べていません。加熱後とは色が違うので見分ける事は可能ですね。まだあの衝撃が拭えませんが……一口だけ頂きますか。テレーゼァ様の言うことを信じて。
ですが、ここに妖精族用の食器がある
「ひゃっ!? 何これ!? 染みるぅ!」
「それがモッピィよ。」
「鼻がツーンってします! けほっ!」
「大丈夫ですか? きっとアロゥロはモッピィが沢山掛かっている部分を食べたんですね。」
「る、ルウィアも食べなよ。うぅ~……何これぇ……。」
「えっと、僕にはまだ熱すぎて食べられないですね。」
「それじゃあモッピィが辛くなくなってしまうわよ?」
「カイチを事前に掛けて置くとモッピィの辛味がなくなり難くなるんです。」
「「えぇ!?」」
私と同じように驚くテレーゼァ様。もしルウィアさんの言う事が事実ならモッピィを売り込まなくてもカイチの仕入れる量が増えるのでは?
「えっ。ど、どうかしました?」
「それは本当ですか!?」
「え、えぇ。広く知れ渡ってはないですけど、そんな効果があるんです。一応仕入れてきた商品の特徴は覚えてますよ。」
「商品は覚えるだけでなく売らなくてはですよ! しかし、助かりました! テレーゼァ様!」
「えぇ、それが本当ならゲラルも欲しがるんじゃないかしらね。……あら、本当に辛味が弱まってないわ。」
「えぇー。テレーゼァ様は鼻が痛くならないんですか?」
「慣れよ。この辛さ、久々に食べたけど美味しいわ。食べ慣れると貴方もこうなるわよ。」
「本当かなぁ……。」
皆さん平気そうに食べますね。私も食べてみますか。この火が通っているモッピィなら……良かった。もうほんのり温かい程度の温度になっています。これなら手に持っても大丈夫そうですね。味は……ふむ。本当に辛味が殆どないですね。じんわりとした弱い辛味と独特の風味はあります。カイチを入れたせいか少し甘みが増した気もしますね。食感は加熱前よりも柔らかくまるで蒸した穀物みたいです。確かにこれを香辛料と呼ぶには余りにも味気ないと言えるでしょう。
「なるほど……しかし、辛さを求める竜人種からすれば大問題ですね。カイチは間違いなく切り札になるでしょう。」
「私は竜人種と美味しくご飯食べられないかも……。」
「大丈夫よ。竜人種が辛い料理を好んでいる訳じゃないの。ただこの村が辛さを好むってだけよ。」
「そうなんですか? よかった。ルウィアまで辛いのが好きだったらどうしようかと……。」
「えっと、僕はパリツィンは苦手ですがモッピィの辛さ好きですよ?」
「えぇー!」
でなければカイチ等掛けたがらないですよね。道理です。
「残るはハチュネとメガッサですか。」
「私がメガッサを使った料理を作るわ。酒蒸しだったかしら? どう作るかは名前で大体理解るわね。」
「名前だけで!? 料理の腕を極めるとそんな事も可能なのですか!?」
「何言ってるの。酒で蒸すというのは有名な高級料理の作り方として有名よ。ねぇ、ルウィア。」
「そう、ですね。」
「何故高級な料理なのです?」
「簡単よ。貧乏人は酒を料理に使う前に飲み干してしまうってだけ。」
「なるほど。」
納得です。そもそも酒精は熱を通すと飛んでしまうはずなので温める料理に使う意味がわからないのですが、それを聞いてしまうと呆れられてしまうかもしれません。覚えておいて今度調べてみましょう。
「それで? 海鮮食材は何を使えばいいのかしら。」
「それがわからないのですよ。色々入れてみたら美味しくなるのでは?」
「……お嬢さんは本当に料理に慣れていないのね。」
うっ……何か変な事を言ってしまったのでしょうか。
「な、何か誤った事を言いましたか?」
「綺麗な染料を作る為に手に持っている色を全て入れたらどうなるかしら。」
出来上がるのは灰色か……茶色。つまりは濁った汚い色になりますね。味も同じなのですか。
「ゴホン……失礼致しました。その……入れる食材はお任せ致します。」
「そうね。そうした方が良いみたい。それに、食材の下処理を覚える事があれば容易に色々入れたいなんて言うことも無くなるはずでしょう。こちらは任せて甘味をどうにかして成功させなさい。」
なんだか先行きが不安です。しかしやるべき事はしかとやり遂げなくては。
*****
「
「こ、こっちはベチャベチャですね。味は中々美味しいですよ。」
「生っぽいのは食べない方が宜しいかと。お腹を壊しますよ?」
「えっ、た、食べちゃいましたよ!」
「一枚ぐらいなら問題ないでしょう。」
この未知の甘味は作り方を見た限り焼き菓子なのですが、私達は焼き菓子を作った事などございません。焼き菓子を口にした事はある私とルウィアさんが記憶を辿りながら味見をするのですが、味、と言うよりも食感に難がありました。硬すぎるか柔らかすぎる。どうにも均一に熱を通すのが難しいのです。
「(やっぱり私が手伝おうか?)」
「(ミィさんが手伝って出来たとしても、ミィさんでなければ作れないのであればそれは幻の焼き菓子になってしまいます。)」
「(そんな難しくないよ。魔法を使った料理になれてる人なら出来ると思うけど。)」
「(それならテレーゼァ様に頼めばお願い出来るでしょうか。)」
「(温度と時間の組み合わせに水気の度合いかぁ。大体は予想つくけど組み合わせるパターンは多いよねぇ。)」
「(何故こんな料理を彼は知っていたのでしょう?)」
「(本当だよ。こんなの食べた
糖と穀物粉とベスの乳を混ぜて焼くだけ。情報量としてはとても少なく軽く耳にした程度というのが感じられます。しかし、彼が知っているのは何処か腑に落ちない知識なのですよね。四六時中ソーゴさんにへばりついているミィさんが知らないというのも不可解です。やはり彼は私達に何か隠して……。
「そちらはあまり上手くいっていないようね。」
「テレーゼァ様。先程から漂ってくる酒蒸しの香りからしてそちらは何事もなく上手くいっているようですね。」
「えぇ。味見でもする?」
「そうしたいのは山々なのですが、この問題を解決しないとせっかくの料理を美味しく頂けそうにありません。」
「見たところ魔法での加熱に手こずっているようね。」
「で、でも、必要な作り方はそこまで正確じゃなくてもいいんじゃないですか?」
「ルウィアさんの言う事はご尤もです。しかしですね。やり方さえあっていればこんな事が可能なのだという成功例があまりにも少ないのです。現状美味しいと感じた焼き菓子は二、三枚程度。これの再現方法を見つけなくては。流石にこの量ですと村長様に差し出す分としては少なすぎます。」
「そうね。私も協力するわ。でも、もうかなり時間が経っているの、気付いているかしら。」
「えっ。」
ふと、辺りを見渡せばふんわりと朱が落ちており、影が色濃くなっている事に気づきます。
「もう夕方でしたか。松明の数を増やしませんと。皆さんお疲れ様です。」
「あぁ……一日中料理をしていたんですね。」
「私達のは料理というより工作でしたけどね。」
「あはは、そうかも。一日中料理をしていたのは私達じゃなくてテレーゼァ様かな。」
「あら、それも立派な料理の一つよ。料理を特別視していたらいつまで経っても上達しないわ。それより、私も試作という事を忘れてついつい本気で料理をしてしまったわね。貴方達が美味しそうに食べてくれるものだから……なんだか懐かしい気分よ。」
「もし酒蒸しの方も出来が良いのであれば私達だけで食べてしまうのは些か勿体無いですね。」
「ソーゴさんにも食べさせたいって事?」
「いえ、最高の料理こそ商談に活かせそうだな、と……なんです? その顔は。」
「アメリさんってソーゴさんに甘いようで結構厳しいよね。」
「そうでしょうか? 後で自慢話くらいは聞かせようとは思っていましたよ。」
ルウィアさんもアロゥロさんもわかっていませんね。彼は甘やかせば甘やかした分付け上がるフシがございます。飴の量と鞭打つ回数の比率は慎重に調整せねば。
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