第126頁目 辛さに種類は必要なのでしょうか?

「(はい、ルウィア! 虫蜜足して!)」

「は、はい。」


 土器の中で粉末状になったプチカと虫蜜を合わせてねるアロゥロさん。土器はミィさんが洗ってくれました。やり方はこれで合っているのでしょうかね? 本当にプチカで問題ないのか、砂糖じゃなく虫蜜で平気なのか、不安が尽きません。乳もベスの乳と聞きましたが、どのベスでも良いという訳ではないはずです。しかし、他にやりようがないのですからある物でどうにかしないといけないのですよね……。


 確かアニーさんのメモによると粉を使う料理は粉でなくすのが基本だと伺いました。なるべく液体としっかり混ぜて粉らしさを徹底して残さないのが大事だと。アロゥロさんにはそれを伝えてあるので、プチカの粉っぽさが無くなるまでしっかり混ぜてくれるはずです。


 因みにアロゥロさんに捏ねて頂いているのは、万が一にでもルウィアさんの毒が料理へ入らないようにする為です。間違いがあったら商談どころではありませんからね。しかし、虫蜜は液体なのに柄杓や匙でなく奇妙な形の棒で掬うのですね。知りませんでした。


「(マレフィム、ぼうっとしてないで! ハチュネを加熱しないと。)」

「(すみません。ハチュネを取りに行かなくては。)」


 ハチュネはパリツィンと同じく植物の実の皮を加工した物です。厳密に言えばパリツィンは皮の棘だけなのですが、ハチュネは皮を丸ごと使います。細長く滑らかで香り豊かな果実を包む分厚い皮は粘性が高く少しヌルヌルするんですよね。因みに実の部分は微量の毒があるので食べられません。皮だけ天日干しし、乾燥させて使うのです。


「(さてと。お願い出来ますか?)」

「(任せて。)」


 返事と共に木の板の上に並べられたハチュネが水蒸気に包まれていきます。


「(これも細かくするの?)」

「(そうですね。恐らく細かくして混ぜ込むはずです。そのままでは混ぜた後に小さく成形するのも難しいでしょうし。)」

「(おっけー!)」


 高い熱を放ちながらスパスパとハチュネが切り刻まれていきます。加熱と切断を同時に出来るというのは便利ですね。しかし……。


「(どれくらい加熱すれば宜しいのでしょうかね?)」

「(マレフィムが味見するしか無いんじゃない?)」

「(わ、私がですか……辛い料理はそこまで得意ではないのですが。)」

「(ハチュネはそこまで辛くないよ。ほら、ちょっと加熱を止めるから火傷に気をつけながら味見してごらん。)」

「(……。)」


 仕方ありません。これもまた必要な経験の一つでしょう。ハチュネの実は私と同じくらいの大きさなのですが、乾燥しているせいで足元から私の胸くらいまでの長さに縮んでいます。これだけ小さくなってしまうと使う量は3つくらいですかね。だなんて思っていたのですけど、味の濃さによっては調節が必要ですか。


「(うっ……。)」


 あまり香りが強くないと言われるハチュネでも、単体で、その上熱すれば当然香りを強く感じる物です。……思ったよりも繊維質ですね。喉につまらないように気を付けないと。いえ、蒸して滲み出た汁を少し舐めればよいですかね。指先に付けて……。


「? 香りは強いですが辛さは特に……。」


 今度は人差し指全体に汁が付着するように触ってから舌でねぶります。すると喉の奥からじんわりと熱がともる様な辛味が広がっていきました。


「ふぇ……から……。」


 なんだかパリツィンと似ている様で少し異なる柔らかい辛さとでもいいましょうか。なんとも言語化しにくいですね。言ってしまえばパリツィンの辛さは痛そうで、ハチュネの辛さは痛く無さそう……ってまるで子供みたいな表現になってしまいます。


「(辛いんならもう良い感じかな。)」


 ハチュネは熱さないと辛味が出ませんからね。辛いという事はつまり加熱が十分という事です。


「ルウィア、もう少し増やして。」

「これくらいですか?」

「うん、それくらい。」

「ハチュネ、準備出来ましたよ。」

「あっ! ありがとうございます! じゃあ、ここに入れちゃって下さい!」

「おや、もう乳も混ぜているのですね。」

「うん。虫蜜だけだとベタベタして混ぜ難かったから。ちゃんと混ぜ過ぎないよう少しずつ入れてるから大丈夫だと思う。ねぇ、ルウィア。アメリさんが用意してくれたハチュネ持ってきてよ。」

「はい。」


 そして、加熱され刻まれたハチュネが土器の中に入れられ全ての材料が合わさった訳なのですが……捏ね混ぜ始めて十分程度、粉は大きな一つ粘土の様になっていました。


「少し乳が足りないのでは?」

「えー? でも、小石みたいにするんですよね?」

「そうですけど、それは大きさの話であって……いえ、形、確かに形と言っていました。ではそれくらいの固さで問題ないという事ですか。粉は残ってます?」

「ちょっとお嬢さん? 悪いけど来て頂けるかしら?」

「はい! 少々お待ちを! すみません。テレーゼァ様が呼んでいるので少しお任せしても宜しいでしょうか。」

「大丈夫だよ。」

「助かります。」


 甘味をアロゥロさんとルウィアさんに任せて私を呼ぶテレーゼァ様の方へ向かいます。どうしたのでしょう?


「お待たせ致しました。何かスープ料理に問題でも?」

「いえ、こちらは問題無く完成したわ。このまま味が染みるよう寝かせればもっと美味しくなるはずよ。だから、何か他の料理を作ろうかしらって思ったのだけれどどんな案があるのかしら。」

「助かります! 予定ではメガッサ酒で海産物を蒸しした物と……。」

「と?」


 クロロさんから頂いた案の生魚をモッピィと塩で頂くという料理。どうしても上手くいくとは思えないのですよね……。


「あの……モッピィはこれまでどういった使い方をしていたのか詳しく聞いても宜しいでしょうか。」

「モッピィ? そうね……今回の香草の中で最も面倒な香草と言えるかしら。鼻を刺すような刺激的な辛さが特徴的なのは知ってるでしょうけど、その辛さは熱によって死んでしまうの。加熱したらパリツィン、ハチュネと比べて最も辛くない香辛料になってしまうのよね。だから常温で食べるのが一般的な使い方なのよ。」

「なるほど……。」


 だからクロロさんは加熱した物でなく、生魚を推奨していたのですね。そこまで考慮していたとするなら意外と信用できる情報なのでしょうか……?


「でも、ここは寒いでしょう? 竜人種は身体を冷やすことを避けたがるわ。だから冷めた料理は作らず、熱い料理を食べる直前に振り掛け、辛味が失われる前に食べるのよね。」

「モッピィの辛味とはそれほど早く消えきってしまうものなのです?」

「えぇ、そうよ。辛さどころか香りも飛んでしまうわね。」

「ふむぅ……申し訳ないのですが、それがどれほどで消えてしまう物なのか体験してみたいので作って頂いても宜しいでしょうか。勿論簡単な料理で構いませんので。」

「いいわよ。少し待って貰えるかしら。」

「ありがとうございます。」


 それからテレーゼァ様は流れる様な動作で調理を進めていきました。手に持った肉塊を風魔法で薄く削り石板の上に置くと香辛料を振りかけ片手で揉み込みます。そして、石板を魔法で熱して肉に火を通しながら塩を振り……。


「ここで振り掛けるわよ。食べ比べるのだから元の味も知っておきなさいな。」

「はい。しかし、こちらそのまま食べて大丈夫な物なのでしょうか?」

「妖精族の毒になる物は入ってないと思うけれど……怖ければ少しだけ齧って吐き出せば良いと思うわ。」


 そう言いながら肉にモッピィを三摘み程掛けて和えていきます。モッピィの粒は私の指の半分もありません。しかし、辛さの塊であることには変わらず、それを噛み砕くのにはとても勇気がいります。だって指の半分も無いとは言え大口を開けないと入らない大きさなのですよ? そんな量の香辛料を一度に食べたら……うぅ……嫌なよだれが……。粗挽きの香辛料には頭が痛くなる程強烈な物もありますのに……。


「はぁ、少しだけ齧る程度なら……。」


 そう、なんて言おうと味を知らなければ比較なんて出来ないのです。私は恐る恐るモッピィの粒を一つ手に持ちます。茶色くテカりを放つ綺麗な玉。プリプリとした弾力があり、水分が多く含まれている事が伺えますね。しかし、先程テレーゼァ様は『香りも飛ぶ』と仰られていたのですが、全く香りが致しません。……まぁ、いいでしょう。


『ぷちゅるっ。』


 横にいるテレーゼァ様にすら聞こえないと思われる小さく弾ける音を響かせて玉は欠けました。


「~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」


 口に含んだのは指の先ほど。それを舌に満遍なく横たわらせたのがマズかったのでしょうか。鼻を思いっきりつねられる様な痛みが襲いかかります。その衝撃でつい手に変な力が入り、モッピィを手放してしまいました。


「痛ぁぁぃ! ケッ……! ガホッ! グフッ、ゲホッ!」

「大丈夫かしら?」


 視界がれ、押し寄せる抗いがたい咳。私は鼻の圧迫感から開放されたい思いで思わず鼻を手で抑えました。これが辛味? 私の知っている辛味とは違います。この村の竜人種はこんな物を好んで食べるというのですか? 種族の差というのを少し甘く見ていたかもしれません。


「ほら、お水を飲みなさい。」

「ぞ、そうざせていただきます……。」


 テレーゼァ様が飲水の入った水瓶から柄杓ひしゃくで水を持って来て下さいました。私は大急ぎで水を両手で掬って飲みます。もういっそ頭を水に入れて水を飲みたい思いでしたが、流石に品性にかけるのでグッと堪えました。


「ふぅ……これは……なんとも……。」

「口に合わなかったようね。」

「そのようです……これが加熱する事によって全く辛く無くなるのです?」

「そうよ。ほら、もう出来るわ。ルウィア達を読んできて貰えるかしら。食事ついでに少し休憩しましょ。」

「わかりました。」


 あの強烈な辛味が加熱しただけで完全に消え去るとは思えません。せっかく作って頂いたのに既に食べるのが怖いです。もういっそルウィアさんとアロゥロさんが食べた反応で比較すればいいような気が……。



*****



 甘味は小さく成形され、後はもう焼くだけという状態になってた所でした。ですが、その前に休憩です。テレーゼァ様の手料理の香りはアロゥロさん達も気になっていたようで、誘うと二人共嬉しそうな顔でついてきました。


「うわっ! 美味しい! 臭みも少ないし、なんかこのプチプチした何? この食感も新鮮!」

「アロゥロ、熱くないですか?」

「うん。もう結構ひんやりしてる。やっぱりすぐ冷えちゃうね。」

「あは、僕にはありがたいですけどね。」

「ルウィアも食べなよ。」

「うん。…………んむ。なんだろう。久々にしっかり調理されたお肉を食べた気がします。……こんなに美味しくなるんですね。」

「あまり褒められても出せる物がないわ。辛くないかしら?」


 微笑みながら辛味の具合を尋ねるテレーゼァ様はまるでルウィアさんとアロゥロさんの母親の様ですね。しかし、あの様子だとやはり辛くないのでしょうか。


「うーん……独特な香りは少しするけど、これがモッピィなんだよね? 食感は好き! でも、もっと入れてもいいような?」

「モッピィは加熱すると辛味が無くなるんですよ。アロゥロが辛いままのモッピィを食べたらびっくりするかも。」

「そうなの? 試してみたいな。」

「だから温かい料理には食べる直前に振りかけて……あ、テレーゼァさん、その、少し他の香辛料を掛けてもいいですか?」


 急に何かを思い出したのかそんな事を言い出すルウィアさん。


「あら、何を掛けるの?」

「カイチです。」


 ……カイチ? 


 聞いた事がありません。




 

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