第117頁目 俺と同じ…?

 ……び、吃驚びっくりした。俺って火傷しないのか。いや、まぁ、この姿になる時に散々熱されてるのに今更こんな事言うのも変だと思うんだけどさ。あの時は眼をつむってたし……確かに地面は焦げてたけど……それなら俺、ロボットの光球とか受けても平気だったんじゃ……。でも、流石に温度の計り知れない光球と火を比べるのは馬鹿か……。


「(眠れないの?)」

「(え? まぁ……。)」

「(今日は沢山動いたのに、流石竜人種だよね。)」

「(確かに、疲れより空腹の方が……。)」

「(やっぱりずっとお腹空いてるんだね……その、辛くない?)」

「(辛いっちゃ辛いけど、なんでもかんでも満足っていうのは難しいだろ。)」

「(そうだけど……。)」


 尻すぼみになる納得出来ないといった様な含みのある返事。やっぱり気になるよな。それに対して俺が出来るのは、不満を漏らさずにいる事なんだろうか。それとも不満を全て伝える事なんだろうか。”適度に”なんて便利な言葉はあるけれど、その時の気分で好みの塩梅あんばいは変わるもんだ。そして、俺はそこまで器用でもない。


「(そう言えば……白銀竜の巣で大雪の時もこんな感じの穴で寝てたよね。)」

「(ここまでデカくねえよ。)」

「(大きさ以外は一緒でしょ。)」

「(全面雪じゃねえし、毛皮もこんな立派なのは無かったよ。)」


 ここはテレーゼァが魔法で造ってくれた洞穴の中。光源なんて無い。視覚以外の感覚を頼りに、ウィールが貸してくれた毛皮を重ねて敷いて寝ている。普通の竜人種であるなら発熱器官により問題なく寝られるらしいのだが、普通でなく前世の知識を持つ俺からすれば雪の上に伏せるというのはどうしても抵抗があった。寝ている間に死ななきゃそれでいいんだけどな。


「(干乾びた死体から毛皮を剥ぎ取ってその切れ端を集めてたりしてたっけ……。)」

「(やってたやってた。あれって何がしたかったの?)」

「(なんかに使えると思ってたんだよ。)」


 結局明確な使い道が思いつかないまま逃げる羽目になったんだよな。なんでも思った通りにはいかないってことだ。今ウィールがそうしてるように毛皮に包まれて寝るっていうのが理想だったんだよなぁ。当のウィールは毛皮をたんまり詰め込んだ袋の中に入って気持ちよさそうに寝ている。……血生臭いだろうに、気にならないんだろうか。


「(マレフィム達は香辛料の新しい使い方を竜人種に教えるみたいだよ。)」

「(なんだそりゃ。)」

「(用途を増やして消費量を増やすんだって。)」

「(なるほどな。それなら良い考えかもしれない。元々どんなのに使ってるかしらねえけど。)」

「(だからまだまだ掛かりそう。)」

「(じゃあ明日も狩り決定だな。だとするといい加減寝たほうがいいか。)」

「(そうだよ。寝不足で狩りなんてしたら怪我しちゃうよ?)」

「(ほんじゃ良い夢を。)」

「(良い夢を。)」


 暗闇に霧散していく意識。ウィールの可愛らしい寝息が鼓膜を擽るとすぐに夢の中へと足を踏み外していった。



*****



「うめぇ! 朝からこんなご馳走にありつけるってのは最高だな!」


『○○○…… ○○○○○○。』


 朝からシカモドキジモンの群れを見つけて二匹も狩る事に成功した俺達。ウィールは革袋がパンパンなので、どうやら質の良い素材と悪い素材を選別しているらしい。基本的には脚の太い骨と肩甲骨っぽいとこが最優先みたいだな。骨盤も持っていこうか悩んでいる。でも骨盤は変な形してるから嵩張かさばるよな。悩むのもよくわかる。俺は全部噛み砕いて腹にしまっちゃうけどな。


「小骨はいらないんだよな?」


『○○、○○○○。』


 小骨を眼の前に差し出して見せるが、案の定使わない、といったような雰囲気の返答をしてくるウィール。俺はウィールが眼を逸らさない内にその小骨を口に放り込む。


『○○○○○○○○○?』


 不思議そうな顔をして、ウィールも近くにあった小骨を軽くかじる。が、当然骨はそこまで柔らかくない。


『アゥッ……。』


「おいおい。なんでも真似すんなよ。お前のあごじゃ無理だって。」

「(ちょっと可愛いかも……。)」


 まだ幼いんだろうな。昨日手で肉を焼いた時も真似して火に手を入れそうになり危なかった。俺も幼かった頃は種族どころか女も男も関係なくてただ面白い奴とそうじゃない奴みたいな感じでつるんでたっけ…………ウィールって何歳くらいなんだろう。歳なんてジェスチャーでどう聞けばいいんだ?


「なぁ……。」



『――おひょっ。』



 耳を、疑った。


 俺は身体中がこわばる感覚と同時に奇声を認識する。……気が抜けていたんだ。狩りを終え、狩る側をえて襲う様な動物なんていないと思っていた。故に自身が骨を噛み砕く音とウィールが肉や毛皮を裂く音、独り言、風音。その全てで耳を塞いでいた。故に気付かなかったヤギモドキメッメクチィ達の接近。俺達との距離は約五メートル程。奴が本気を出せば間違いなく一瞬で距離を詰められる距離だ。しかし、こちらを舐めているのか。威嚇なのか。奴は慈悲深く俺達に一言掛けて下さった。だが、その一言は注意勧告ではないのがすぐにわかる。


 メッメクチィは腰にぶら下げたもう一対の無骨な脚を俺等に向けたのだ。それはつまり振り下ろしてこちらに跳ぶぞ、という意味である。


「ウィール……戦うなよ……雪に潜れ……。」

「(大丈夫だよ。私がいる。)」


 ミィがいても万が一はあり得る。それが起こった時、俺ならともかくアイツの太い脚をモロに食らったらウィールなんて死んじまうかもしれない……! 頼む! 通じてくれ!


「○○○○。」


 しかし、当然都合よく意味が通じてる訳がなく。ウィールは矢筒に手を伸ばそうとする。それに反応したのか、メッメクチィはもう後ろ足を振り下ろそうとした。俺がやれる事は一つしかない。


「クソッ!」


 俺は咄嗟とっさにウィールの正面に周って向かい合い、翼を拡げてウィールを覆う様に被さった。


「(待って! なにかが……!)」



 ――太陽が降ってきた。



 そんな錯覚を覚えた。


『ァソーゴ……!  ○○○○○○!』


 ウィールが俺の名を不安そうな声色で呼ぶ。目は閉じたが、尾や翼や後頭部は灼かれ、瞼を透過する光が俺の暗闇を赤く焦がしていた。だが、すぐにその熱もふんわりとした名残を残して冷風に吹き飛ばされてしまう。身体がまた突き刺すような冷気に包まれると俺は目を開けた。足元は雪がみぞれ状になっている。確かに熱はあったのだ。ここに。


「なんだぁ……?」


 聞き慣れない声に振り向けば、見覚えのあるドラゴンがいた。俺の三倍はある体躯が荒々しくみぞれを跳ね上げて地に降り立つ。艶やかに陽の光を跳ね返す赤銅色とも言えるような鱗。光の当たり方によっては黒とも赤とも茶とも見える。だが、俺は選択肢の中に”黒”が存在していた事により、とある言葉が頭の中を過ぎった。


「おい、てめぇ。竜人種じゃねえか。しかも”禍色まがいろ”の翼膜なんて……。」

「……災、竜?」

「……………………今、なんつった。」

「あ、いや、その、鱗の色が……。」

「鱗の色がなんだァ……? 災竜みたいだって……言ったってのかァ!? ア゛ァ゛!?」


 馬鹿なのか俺は。この世に生まれて何年きた? その経験で災竜がどういう存在なのか理解していなかったのか? ここ数ヶ月自分を災竜と扱わない人達に囲まれてそれがどれだけさげすまれる存在か忘れていたのか? 


 激昂を体現するかの如く、赤銅色のドラゴンの周りで灼熱が爆ぜる。


 ドッ…………ドッ…………ドッ…………ドッ……ドッ……ドッ……ドッ、ドッドドッッ!


 爆ぜる間隔が短くなっていくのがまるで怒りを凝縮しているかの様で……わかりやすく俺の焦りを煽る。だが、俺は今……って、え!?


 ウィールを庇う為に翼を拡げてテントを張っていたのだが……その中を覗けばそこにあるのは雪の下へと続くが穴が一つ開いているだけ。そう、ウィールは既に逃げていたのだ。


 ウッソだろ!? あんの白状モン! でも、庇う対象がいなくなったのなら心置きなく逃げられる訳で……!


「ご、ごめんなさいィ!」

「クソチビがァ!!」


 そのままえっと……ザズィーだっけか? の方を振り向かず直進。当然謝意の言葉は忘れない。しかし、逃げるのは雑に出来ないぞ。何故なら……。


 チッ!! っと俺の尾の先が弾かれる。間違いなくあのドラゴンの爆炎魔法による衝撃だ。つまり、あのドラゴンは当てに来ている……!


「災竜! 災竜だと!? この俺がァ!!! 殺ス! 殺ス!! 殺ス!!!」


 一言毎に俺の周辺で爆音が轟き、猛火が鱗を撫でる。


「(あれ、テレーゼァに襲いかかってきてた竜人種だよね?)」

「(だろうな! ってかそうだ服!)」

「(大丈夫。私が守ってる。すすは……ちょっと付くかもだけど。)」

「(それで済むならいいんだけどな! 死なねえなら!)」

「(大丈夫。もしもの時は……。)」

「(私が守るってんだろ!? 今がもしもの時だろ!)」

「(あんな若い竜人種に負けるクロロなんて嫌。クロロの方が才能あるもん。)」

「(身体の大きさからして才能は向こうの方があるだろ!)」

「(フマナ様が創られた世界で! 身体の大きさなんて関係無い! 自信を持って!!)」


 だから俺は神なんて信じてねえんだよぉっ!


「てめぇが何処のどいつかは知らねえがなぁ! 俺を災竜と言った事を詫びろォ!」

「ごめんなさい! 思った事が口から出ちゃっただけなんですぅ! 許してください!」

「だったら止まりやがれェ! ちょこまかとォ!」

「はい!」


 俺はそれで許されるならとすぐに急制動を掛け止まり、ザズィーに向き直る。


「それでいい。」


 ――!


 俺はすぐに手足を強化して上に向かって跳躍した。まるでファイの様に。これしか浮かばなかった。この避け方しか。


 直後、俺の居た場所を円形に囲むが如く爆炎が塗りつぶす。爆発の衝撃というのは通常放射状に拡がる物だ。だとすれば、当然俺も……。


「ギッ! ……でぇッ!」


 熱は問題無い。しかし、身体を強く叩きつけられる様な痛みが襲う。念の為に伸ばしたアニマが何かにぶつかった。奴が何かを仕掛ける事には気付けたのに……!


「(クロロ! 危ない!)」


 ミィが何かを言った瞬間、腹部に重く強く硬い物がめり込んだ。そして、それに押されるがまま横に吹き飛ばされる身体。衝撃を受け止める様な雪の感触が鱗を削る。こみ上げる胃液。そして、歯が舌の端を磨り潰したのだろう。酸味がサビ臭い味と混ざって鼻の奥をツンと締め付ける。


「……てぇ……ぃてぇよ。」


 震える手足に力を含ませて地面を探った。身体を持ち上げる力が残ってるか? それすらもわからない。


「思い知ったかクソチビィ。早く詫びろコルァ。」

「これでも……助けて……くれねえのかよ……。」


 愚痴とも恨みともとれるミィへの抗議が自然と漏れる。


「あ゛ぁ゛?」

「なぁ……。」

「詫びろと死ねは同義語だクソチビィ! 詫びる前に人から教わってんじゃねえぞゴミクソォ!」

「(……ごめんね。でも、流石にもう無理かな。クロロもだけど、私が耐えられなさそう。)」


 頼む……もう、無理だ。あいつが今何処にいるかってのも……。足音がするから……近くにはいる……。


 ドドド……。


「ハッ!」


 ドドドドドド……。


「常識が無くて死ぬなんて残念だったなァ。 あば……ん?」


 ドドドドドドドドド……!


「チィッ……!」

「(えぇ!?)」


『ァソーゴ! ○○○○○!!!』 


 ウィールの声……? なんで……。



 ――躍動の白。



 ようやく開けた眼に映る景色の情報だった。


 俺は、その白に救われる。




 

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