第116頁目 鼠は大魔法使いの弟子?

「もう大丈夫……かな。」

「良かったね。狩りの許可が降りて。」

「あぁ。ちょっと怖かったけど……助かった。」

「怯えすぎだよ。クロロの為を思って言ってるんだから。」

「そりゃわかってるけどさ……。それより、助かったよ。あの人がテレーゼァさんって全く気付かなかった。臭いは似てるなぁとは思ったけど。」

「はぁ……良くそれで『そりゃあわかるだろ』だなんて言えたよね。マレフィムも怒らせるし……。」

「こ、今度謝るって……!」


 俺の声は口を出た側から粉雪を舞い上げる横薙ぎの強風に掻き消されてしまう。もう陽の光は黄色味掛かっていて、雪がまるで金粉の様だ。その中、背を向けて谷を方へ戻るテレーゼァとマレフィムを見送る。こちらから流れる臭いが心配だが、風向き的に問題は無いだろう。


「ウィール! もう良いぞ! ウィール?」


『ンミッ!』


「うぉっ!? また雪の下に潜ってたのかよ。よく凍らねえな。」


『○○○○○? ○○○○○○○○○。』


「んん? 何? とにかく飯食おうぜ。あれ? お前毛皮と骨は? 狩ってきた奴も……。」


『○○○?』


 俺の眼から視線を外さず疑問的な表情を浮かべるウィール。言葉や態度で俺が何かを尋ねていると察したのだろう。しかし、勿論その内容は言語でデジタル化されたものだ。わかる訳がない。ならば……。


「えっと……この……背中に、こーんな感じのぶら下げてズリズリ引き摺ってただろ? わかるか? こーんなのだよ。」


 俺は身振り手振りで骨を入れていた袋は何処か尋ねる。それを不思議そうに見つめるウィールは、見よう見まねでジェスチャーを真似し始めた。


『○○○○○○○○……○○○○○。○○○○!』


 そして、何かが伝わったのか雪に潜ってシカモドキジモンの死体を取り出してくる。


「あー……聞いてたのはそっちじゃねえけど。そいつがそこにあったんなら荷物も雪の下にあるって事か。まぁいいや。食おうぜそれ。」


 ……しまった。火種が無い。せっかくウィールに焼いた肉をくれてやろうと思ったのに。このまま生でかぶりつくか? 


 ……。


 …………。


 ………………。


「……よし、ウィール。ついてこい。獲物はもっかい雪に埋めてな。」


『○○○○○○……?』


「んー……ここ。」


 言っても伝わらないし、ウィールが持ってる獲物をぶんどっても誤解を招きそうなので雪を手で掻いて掘る。案の定真似をして自分の足元を掘るウィール。そして、ある程度穴が掘り終わった所で穴を指さして言う。


「ここにそれ、その肉を入れてくれ。」


『……?』


 ウィールは理解したのか恐る恐るといった感じで俺が掘った穴に近付きジモンの死体を入れ、ゆっくりとその上に寝転んだ。


「なんでだよ。お前はいいんだよ。お前が持ってるそれだけしまえばよかったんだよ!」


 言葉が通じなくても起きる齟齬そごはまだ可愛らしい範疇はんちゅうだ。とにかく今は火種を取りに行きたいのでウィールの両脇に両手を差し込みそっと持ち上げて穴から出して立たせる。


『○○○?』


「わかんねえけど、ここに入るのは間違いだ。」


 ウィールを穴から出したらすぐにそこへ雪を被せる。これで肉がウナとかに見つからないといいけど……。なるべく早く戻ろう。というか陽もかなり傾いている。急がなきゃ。


「ほら、来い、ウィール。」


 少し不安になってマレフィム達が来た谷の方を見る。幸い誰かがこちらに向かってくる様子はない。


『○○○○○○。』


「火種を取りに行くんだ。とりあえず付いてこい。」



*****



 だいだい色の揺らぐ明かりが白い雪壁を染め上げる。ミィにお願いして隠れ家の盛り上がった天井を更に盛って貰ったのだ。念の為に内部の補強も欠かさない。屋根の重みで潰れたら死んじまうからな。今じゃ氷の骨組みで耐久度がかなり上がっているはずだ。しかし、その洞穴の中で焚き火なんてしたら一酸化炭素中毒で死んでしまうかもしれない。何にせよ俺は自分を燻製にしてよろこぶ変態じゃないからな。勿論やるのは外でだ。


 という事で今、村から目立たないよう隠れ家を挟んで反対側で火を焚いている。洞穴の入り口はテレーゼァの魔法により、少々の砂利が露出していた。つまりその深さまで掘れば砂利があるって事だから、少し雪を掘りそこに焚き火を作った訳だ。勿論殆どの雪を退けたのはミィなんだけどな。


『○○○○○○○~♪ ○○○○○○○~♪』


 素朴なメロディーに乗せて知らない言葉がつむがれる。ウィールがご機嫌にジモンを解体しているのだ。昼の狩りは大変だったなぁ。挟み撃ちをする予定だったのに、ジモンは俺の思惑に乗ってくれず坂の上にいたウィールの方へ逃げてくれなかった。しょうがないから水ブレスで仕留めようと思った直後、ウィールの飛ばした矢がジモンを仕留めるという……俺、見せ場なし。しかし、俺が水カッターで梳き木をっている所を見ていたく感動していたから役立たずみたいな評価はされてないと思う……。


「串作ったのも久しぶりだなぁ……。」

「(二人きりで食事するのも本当久々だよね。)」

「(二人じゃないだろ。)」

「(まぁ、そうだけど。)」


『○○○○○。』


「おう、サンキュ。」


 ウィールが渡してきた肉を軽く千切ってミィに燃えにくくなるよう水を含ませて貰った串に刺す。塩を分けて貰えばよかったかなぁ……。今更遅いか。


 肉を刺した串を火に近付けると蒸気を出しながら茶色く変色していく。香ばしさが立ち上り、食欲を促される。


『○○○○○○! ○○○!』


 ウィールも何やら嬉しそうにはしゃいで飛び跳ねている。


「ほら、お前もその串使っていいぞ。燃えて駄目になるだろうから多めに作っておいたんだ。」


 ミィいわく、梳き木は脂を多く含む燃えやすい木だそうだ。しかし、脂を水分と入れ替えて貰えばまだ火への耐久性はマシになる。とりあえず自分の持つ串を雪に刺し立てて、ウィールに串を一本手渡す。そして、肉を串に刺してやり方を見せれば……ほら、真似をする。


 うーん……それにしても、雪の壁に囲まれて焚き火をするって不思議だなぁ。天井を作るのを諦めたカマクラみたいだ。


 パチッと音を立て、沈黙を彩る焚き火。


「良い匂い……もう食うか。」


 肉を焼くのは腹を壊さない為じゃなくて、食感を変える為である。つまりただの娯楽だ。俺は前世の記憶のせいか、肉を焼けばそれだけでそれなりの新しい味になるという常識が出来上がっている。更に言えば何処か美味くなるとすら思っている。正解はわからない。だって生肉も焼いた肉も美味いだろ? 漫画とゲームだったらどっちが楽しい? って聞かれるくらいには意味のわからない質問だ。どっちも違ってどっちも良い。そういう意味では楽しいとか美味しいって結局良いって感覚を細かくしたものに過ぎないよな……。


「ハグッ……。」


 串に刺さった肉を軽く噛んで引き抜く。置いた場所が火に近すぎたんだろう。端の部分が軽く焦げているくせに、内側は温い程度の生肉のままである。しかし、結局は……。


「うめぇなぁ……。」


 でも、ちょっとだけ味気ない気がする。調味料ってのはもう麻薬に近いな。一度知ったら加減がわからなくなるし、無ければ物足りなさばかり感じる。これはこれで美味しいとは思うんだけど……あ、そうだ。


 俺は隣に置いてある生肉に焼いた肉を擦り付ける。これでちょっとは血の味が付くかな。


「(何してるの? 汚いよ。)」

「(血はソースみたいなもんだ。塩がねえんだからこれくらい許してくれよ。)」

「(なんか見た目が受け付けない……。)」


 ミィの抗議も気にせず血塗れになった肉を口に放り込む。……うん。まぁ、ちょっと違うかな。でも、殆ど変わんねえや。無いよりはマシって程度かな。


『おーあー!』


「ん? 美味いって言ってるのか?」


 肉がまだ少し刺さっている串を片手にはしゃぐウィール。


『○○○○○! ○○○○! ○○○○○○○○○!』


「そんな早口言われてもわかんねえよ。早口でなくてもわかんねえんだけど。」

「(凄い懐かれてない? まさか飼うなんて言わないでよね。)」

「(飼うって……こいつ外族だろ? 子供みたいだけど話せるくらい頭は良いみたいだし……。)」

「(どうだか。何言ってるかわからないんだから言語じゃないかもよ? 複雑な鳴き方なだけかも。とにかく、あんまり情が移らないようにね。)」

「(わかってるって。でも、利用するくらいならいいだろ。こいつの狩りの力は役に立つ。)」

「(あの矢は便利だもんね。クロロの魔法は威力が強すぎるから……。)」


 ウィールが使う矢は弓を使わない。


 俺は一旦血に濡れた手を雪で洗う。冷てえ。


「ウィール、そう、ちょっとこっち来てくれ。」


 ウィールはキョトンとした顔で串に刺した肉を頬に溜め込みながら歩いてくる。そこで、俺はウィールが背負う矢筒を指さして伝わって欲しいと願いながら要望を口にした。


「それ、ちょっと見せてくれないか?」


『○○○○?』


「うん、そう。それだよ。」


 なんとなく意図を察したのか矢筒から矢を一本取り出したウィール。そして、それを俺の前に差し出した。矢筒を要求したのだが、見たかったのは矢だったので問題ない。おれはそっとその矢を受け取る。白い矢は一つの素材から出来ていた。木製じゃないな。もしかして……骨か? そして、ただの棒ではなく平べったく、西洋の剣身の様な形をしている。しかし、尾の部分から覗くと剣身の中に空洞がある事がわかった。不思議な矢だ。


「これを魔法で操ってるんだろうけど……どうやって操作してるんだ?」


 そんな”回答に期待できない”質問を投げる。


『○○○○○? ○○○○○。』


 ウィールも恐らく俺の言った事を予想して返答しているのだろう。だが、お互いの意思は一方通行だ。


『○○○。』


 だが、何かを見せてくれるらしい。ウィールは矢筒から数本を矢を取り出した。そして、それを全て宙に向けて雑に放り投げる。


「うおっ!? あ、あぶ……? え? おぉ!」


 なんと無造作に散らばったはずの矢が、整列をしてポルターガイストの様にウィールの周りを漂い始めたのだ。


「か、かっけぇ!」


 ゲームとかで気障きざな悪役とかが使う奴だ!


『フェーィ! ○○○○○○!』


 ドヤ顔の作法はウィールも知っているようだ。だが、実際格好良い。こんな魔法を種族全体が使えるならウナ如きに負けないだろ。でも、戦奴せんどって奴なんだっけ? こいつもなのかな? だとしたらコイツ戻った時怒られるんじゃ……。


『○○○○○○○○○! ○○○○○○!』


 ご機嫌にヒュンヒュンと複数の矢を操作して曲芸飛行を披露するウィール。俺も出来るようになりたいけど、まず自分が飛べてからだよなぁ……。


『○○○……○○ッ!?』


「えっ!? 痛っ!?」


 ちょっとした誤りだったのだと思う。マズい! だったのか、ヤバい! だったのかウィールの操っていた矢の一本が俺の頭に直撃した。しかし、ミィの泥コーティングは頭部にとても厚く塗られている。故にクッソ硬い。ほぼヘルメットだ。だからこそ、思わず「痛っ!?」と叫んだだけですんだのだが……。


『○○○○○○……○○○……。』


ウィールの落ち込み様が凄い。そんな土下座みたいにうずくまらんでも……。確かにウィールが悪いけど、怪我してないからそんなに落ち込む必要はないってなんとか伝えなきゃだな。まぁ、コーティングがなかったらって思ったらゾッとしないけどさ……。


「ほ、ほぉら! 飯、食おうぜ! な!」


『○○○○○○……ァソーゴ……○○○○……。』


「大丈夫大丈夫! 平気だって! な?」


『ダイジョブ?』


 ウィールはおずおずと顔を上げてこちらを覗く。


「そう、大丈夫だ。ほら、怪我なんてしてないだろ?」


 俺は矢のぶつかった頭頂部を見せる。当然、そこには傷一つ無い。全く、これじゃ完全に子供の世話をしているみたいだ。でも、人を傷つけたら罪悪感を覚えるくらいには道徳観が整ってるんだよな。やっぱり、こいつはベスというよりも外人の子供みたいな感覚で接した方が良さそうだ。


 無言で美味そうな臓器を手に取って千切り、串に刺す。


「(クロロって一々串に刺すのはなんでなの? 指にすすが付くから?)」

「(は? 火傷しちまうだろ。)」

「(それくらいじゃクロロは火傷しないよ?)」

「(……嘘だろ?)」

「(こんな事で嘘吐く必要ないでしょ。)」


 ミィの疑問に答えるように肉を持った手を恐る恐る火の中に入れてみる。


 ……熱い…………が、痛くない。


 …………え?

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