第118頁目 友達の親戚に紹介されても反応に困らない?

「グッ! クソネズミがァ!」

「(クロロ! ちょっと揺れるよ!)」

「ぁ……ぷっ……。」


 俺が周りの状況を把握する前に身体がミィの身体で包まれる。そして、全身を揉むような圧力と回転、回転、回転。水の中からぼやけて見えた景色は大量の雪が雪崩れ込む…………雪崩か……! ウィールが雪崩を起こしたのか!? でも、アイツに見つかったら殺されちまう!


「がぼ……!」

「ちょっ! 無理に喋ろうとしないで!」


 俺が溺れそうになっていると思ったのか口元に空間が作るミィ。


「……はっ……! ミ、ミィ! ッ……ウィールが……!」

「わかってる。でも大丈夫だよ。ウィールは雪の中に潜って隠れてる。あの竜人種は飛んで雪崩を避けたけどかなり怒ってるね……。だけど、雪の中に隠れてたら見つけられないんじゃないかな……。」

「(ァァァァァァァァアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!)」

「え゛っ、嘘、まさかここら一帯を吹き飛ばすつもり!?」


 ミィが突然物騒な事を言い始める。そうか。ミィなら雪に眼を置けるのか。俺は雪の上で何が行われているのかは全く見えないが、それでも震えが伝わる業腹ごうふくたけり。これが何かの前兆なんだろう。


「あーもうッ!」


 そこからまた強い圧力が俺を下に押し込める。視界が陰り光が届かなくなった。俺はなされるがままだ。正直、まだぶつけられた腹がズキズキと傷んでいる。抵抗をしようという気すら起きない。


「(お ゛ る ゛ ぁ ゛ あ ゛ あ ゛ あ ゛ !!!)」


 そんなささやかな怒号が聞こえた気がした。


「(死ネ死ネ死ネ死ネ! ゴミクソ共がァ!!!)」


 物騒なののしりを吹き飛ばす様に断続的な破砕音が響く。……何が起きてるんだ。……ウィール。



 そして、静寂が訪れる。



 身体はミィの気遣いによってか温かく、とても心地良い温度の水に浸っている。無意識に行われる呼吸の音だけが聞こえる状態だ。


「……行ったね。消し炭にしてやっただのなんだの言ってたけど馬鹿みたい。」

「消し炭……はっ!? ウィール! ウィールは!?」

「無事だよ。私が守っておいた。ちょっと暴れて大変だったけどね。」

「そ、そうか……もう動いて良いのか?」

「うん。」


 ミィの返答と同時に身体を引き締めていた微力な圧力が消える。そして、水に沈む頭。そこはかとなく先程より重力を感じるようになった気がする。とりあえず何処が上かはわかるので、地面を押し出して翼と頭で闇の天井を押し出した。


 モコッ、という何かが崩れた感覚と共に差し込まれる光。目が痛くなる程の眩しさだ。さっき雪崩に巻き込まれる瞬間に視界を覆い尽くした薄暗い白とは違う、眩く尖った白。それは段々と彩られていき景色を為す。


「なんだ、これ……。」


 黒く染められた土と石。焼け焦げた強い匂いが漂っている。降り積もっていたはずの雪は周辺一帯から消え失せていて、湿り気も残っていない。いったいどれだけの高熱を撒き散らしたというのだろうか。


「……そうだ! ウィール!」


『ンミィ!』


 離れた場所から声が聞こえる。そして、俺と同じ様にモコっと土を盛り上げて顔を出すウィール。


「無事だったか。」


『ンニィ……。』


「ありがとな。助かったよ。」


『○○○ァソーゴ、○○○!』


 何を言っているのかは相変わらずわからないが、感謝だけは伝えたい。


『○○○○?  ○○。』


 ズボッと土から跳び出て何かを言ってくるウィール。……よくみたら尻尾の先が焦げていた。


「(あれ? 暴れたせいで上手くしまえてなかったかも。)」


 ……ちょっと可愛そうだが、尻尾の先が焦げている姿は何処か可愛らしいとすら思えてしまう。そう感じてしまったのはおかしいだろうか。おかしいよな。うん。しっかりベスでも狩って恩返ししよう。恩人みたいなもんだし。


『ァソーゴ、○○○○○。』


「ん?」


 なんだか、付いて来て欲しいと言っている気がする。なんだろう。まさかもうベスを狩りに行くつもりか? そんな疑問に思っている間にも坂の上に向かって跳ねていくウィール。


「ま、待てって……!」


 まだ腹が痛いってのに!



*****



「ここ……?」

「(家……なのかな。)」


『○○○! ァソーゴ!』


 ようこそと言っているんだろうか。


 そこは俺が村に向かう途中に一晩過ごした壁の亀裂によく似た場所だった。ここに着くまでに雪の中に隠してあった革袋をしっかり回収したウィール。骨と毛皮がパンパンに入った二つの袋をあの中に運ぶんだろう。と思っていたのだが、ここにきてウィールは不可解な行動をし始める。突然洞窟に入らず、その手前の雪を掘り始めたのだ。


「何してんだ?」


 疑問に思った俺が一声掛けるが、それでも無視して雪を掘る。


『○○!』


 雪に頭を突っ込んだまま何か叫ぶと、ズボッと網の様な物を引き抜いたウィール。それは、穴の開いた骨に細くった縄を通して編んだ網、だろうか。人工物であるのは間違いない。しかし、その膜がまだ雪の下に続いていているところを見るとかなり大きいようだが……。


『○○○、ァソーゴ!』


「ん? 下?」


 膜の下に何かあるのだろうか? とりあえずウィールに促された通り覗き込んで見る。すると、雪の下の土に翼を畳めば俺でも入れる大きさの穴があった。穴の入り口を塞ぐ様にこの網が掛かってた訳か。穴は下に少し掘られた後は横に続いている様だが、奥に光は見当たらない。


「なんだこれ?」


『○○○○!』


「入れってのか?」

「(大丈夫なのかな……。)」

「まぁ……熱源感知を使えばどうにかなるか。」


 ウィールが俺を騙してどうこうっていうのは考えにくいしなぁ。冒険はいつだって男の心をくすぐるもんだ。とりあえずはーいろ。


 ウィールが網を持ち上げてる下に身体を滑り込ませて穴の中に体を入れる。奥は……随分と深いな。進んでいいのか? なんて考えていたら、背後からゴソゴソと音がして光が弱まった。そして、俺の背中をよじ登ってコロンと先頭に転げ出たウィール。道が見えているのか?


『○○○○!』


 どうやらまだ付いて来いと言っているようだ。


「わかってるって。」


 細い道は内側からよく固められていた。結構長い間使われているのだろう。そして、幾つも分かれ道がある。上下左右、二叉三叉四、五叉と……これ、絶対帰り道わかんないわ。しっかし、時々選ばなかった方の奥から光が漏れてたり、異臭がしたり、声みたいなのが聞こえたりするんだよな……。あっちには何があったんだろう……。


『○○○!』


「ん? なんだ?」


 ウィールが何かを言った。ここは分かれ道じゃない。もうすぐ着くという事だろうか。何にせよ。俺は付いていく事しか出来ないけど……ってあれ……光……? 向かう先から光が漏れてるぞ? でも、陽の光って感じじゃない。だ、大丈夫なんだよな?


 今更になって膨らんできた不安感を再度胸の奥に仕舞い込み。光源の元へ向かう。すると、地面が蛍光色に光っている通路に着いた。綺麗だけどこれって……苔だ。それを躊躇なく踏み進むウィール。すると、ウィールが踏んだ箇所が小さい波紋の如く放射状に光が消えていく。まるでちょっとしたアトラクションだ。でも、これ見覚えがあるような……。


『ァソーゴ! ○○○○○!』


「うわあ! す、すっげえー!」


 下に気を取られて先に進んでいたら周囲が更に明るくなっている事に気付いた。大きな広場に着いていたのだ。壁一面が光る苔で覆われ、チョロチョロと流れ落ちる湧き水が貯まる池。そこにも蛍光色に光る苔……いや、色が違うな。あ、藻……って、これアレだ! 大穴の地下の水場でもあった奴!


『○○、○○○○!』

『○○○○○?』

『○○○○! ○○○○○○!』


「え? うわぁ! なんかいっぱいいる!」


 広場には十匹程度のネズミ達がいた。ここは沢山の道が繋がっているし、ターミナルみたいな場所なのかもしれない。というか俺を見て何か興奮してるみたいなんだが……。


『ァソーゴ! ○○○○!』


「ウィール、ここってつまりお前の村なんだよな? 何か断っておかなくて大丈夫なのか? 襲われたりしないよな?」


『○○! ○○○○!』


 俺を無視して広場の仲間達に何かを伝えるウィール。すると、広場にいた全員が俺を取り囲み始めた。つい高鷲族の一件を思い出すが、あれ程圧は強くなく、半径一メートル以内には近寄ろうともしてこない。通路からも数匹出てきたので全部で二十匹くらいだろうか。皆ちっちゃいはちっちゃいけど、ウィールは更にちっちゃい。やっぱりウィールは子供なんだろう。今更ながらこのネズミ達が可愛く思えてきた。


『『『ゥーフゥー!』』』


「な、何?」


『『『ァハー!』』


「お、おぉ……。」


 なんだ? 呪文か? 敵意はなさそうだけど……。


 すると、ウィールが俺の前に立って短く何かを言う。


『○○○、ァソーゴ!』

『『『……ァソーゴ!!!』』』


「は、はい……。」


 紹介してくれたって事なんだろう。言葉が通じないだけで、大人はもっと落ち着いてるもんだと思ってたんだけど……やっぱりそんなに知能が高い訳じゃないのか? 可愛いっちゃ可愛いが、知的さがあまり感じられない。


『○○○。○○○○、○○○○○○○○○○』


 続けてウィールが何か話し続けている。それに応えるよう数匹が何処か行ってしまった。何を言ったんだ?


『ァソーゴ、○○。○○○、ルシュー。』


「ん?」


 このネズミ達を『ルシュー』と言ったのか? なんて思えば、今度は自分の顔に手をあてる。


『○○○、ウィール・ルシュー。』


「(『ルシュー』……なんだろう。家族って事なのか?)」

「(家名とか?)」

「(うーん……わからん。)」


『○○、○○○。』


「え? ついてこいって? もういいのか?」


 何がしたいのか全くわからない。名前を教えあっただけ? それともウィールはここの広場を見せたかっただけなのかもしれない。とにかく、ここに置いて行かれたら迷子になってしまう。俺は集まったネズミ達の残して一つの通路に入っていくウィールの後ろを付いていく。


 通路はまた暗闇に戻るが、それからすぐにまた一つの広間に着く。しかし、先程の光る苔は生えていない。足元の感覚から察するに別の光らない苔は生えているようだ。


『カタン。』


 ウィールが何かに触れる。すると、触れた所がぼんやりと光り始めた。そこから連鎖するように部屋の各所に置かれた何かからぼんやりとだいだい色の光が溢れ始める。それによって薄暗く照らされた広場……というか部屋、なのだろうか。


『○○○、ウィール。』

『○○、○○○。』


 奥からネズミが二匹跳ねてくる。……大きい。いや、あくまで他の個体と比較してというだけでなのだが、広場にいたどのネズミよりも大きい二匹だ。


『○○○○!』

『○○○!』


 しかし、その二匹は俺を見て険しい顔になる。これもまた今までで最もネズミに警戒された瞬間かもしれない。もしかしなくてもこいつらは大人って事だろうか。って事はさっき広場にいた奴等は全員子供?


『○○○○○! ァソーゴ、○○○○○○○!』


 ウィールが少し焦った様子で俺の事を紹介する。なんて言ってるんだろう。外で拾ったドラゴンですってか?


『○○○、○○○○○○○……。』

『○○○○?』


 変わらず反応は良くない。心配そうな母親らしいネズミと、濁った声で唸る父親らしいネズミ。


 うーん……やっぱり俺が来ちゃまずかったんじゃないか? ザズィーがネズミ達を殺したとこも見たことあるし……竜人種と軋轢あつれきがあったりするんじゃ……。

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