第106頁目 母さんはどうして父さんを選んだの?



「サフィーと私は幼馴染よ。知っているかしら? 竜人種は白に近い身体をしている程格式が高いと言われているのよ。」

「それは確か保守派の考えでは?」


 話に割り込んできたのはマレフィムだ。


「流石に知っているわよね。」


 いや、俺は知らないけど?


「革新派は彩度の高い竜人種こそ優れていると考える派閥ですよね。」

「その通りよ。でも、イムラーティ村は保守的な人達が暮らす村なの。」

「そうなのですね。という事は村は白い竜人種が多いのでしょうか。」

「そうでもないわよ。白い竜人種は貴重ですからね。その中でも私の身体はとても白に近い色をしてたから、大事に育てられていたのよ。……でも、それから少し経ってサフィーが村に来たの。私より美しい白き竜人種としてね。独り占めしていた村の人気を全て奪われてしまったわ。それのおかげでいがみ合ったり張り合ったり……なんてしたけれど色々あって仲良くなったのよ。それからはもう姉妹の様に付き合っていたわ……。」

「白銀竜とは知己の間柄という事ですか。」

「恥ずかしいけれど、私はそう思ってるわ。」


 そう零し、懐かしむ様な目で星空を見上げるテレーゼァ。母さんの幼馴染……そこまで仲が良かったなら今何処にいるとかも知っているかもしれない!


「今、白銀竜は何処にいるんですか?」

「王国の森よ。」

「……? いえ、それが先日そこを白銀竜が放棄したのですよ。ご存知ないのですか?」

「そうなの? 知らないわね。」


 急に希望が薄れてしまう。母さんがあの巣を放棄した事すら知らないなんて……。


「白銀竜の行方だけでも知ることが出来たら大変助かるのですけど。」

「私はもう彼女と出会う事は無いと思っていたから……村の長は何か知っているかもしれないけれど……。」

「ではやはり村でないと情報は得られませんか。」

「せめてウィルが生きていたら……。」

「ウィル、さんですか?」

「サフィーの……白銀竜の夫よ。」

「!?」


 父……さん……? 生きていたらって……。


「……その、ウィルさんという方はもうお亡くなりになっているのですか?」


 マレフィムは気を使っているのか俺にアイコンタクトを送ってくる。だが、俺はそれらしい返答も何もしてやれなかった。不意打ちのせいで思考が滞っていたのだ。


「そうね……サフィーの選んだ男は『ヴィ・オ・マーテルム』を守る帝国騎士『まもり』の隊長の一人、『ウィルヘィンランサ・アルレゥコン・グワイヴェル』。」

「……。」


 思った以上に名前が長く覚えられない。だが、そこは重要じゃないぞ。母でなく白銀竜という名前を出した傍からボロボロと出てくる母の情報。それどころか存在する事も知らなかった父の情報まで手に入れてしまった。帝国の騎士で……隊長? 


「さっきは夫って言ったけれども、正確には違うわね。サフィーは、この国の第三皇子の我儘で妻に迎えられるはずだったところをウィルと共に逃げたのだから……。」

「えぇっ!?」


 ちょっ、ちょっと待ってくれよ……情報量が多過ぎる……母さんが第三皇子に妻として? えぇ……?


「(じゃあクロロは本当に皇子って事?)」


 そういう……事に……? あれ?


「妻に迎えられるはずだったって事は迎えられてはいないのですよね?」

「そうね。大変だったわよ。帝国は面子を潰されたと怒り狂い、ウィルを殺すだけでなくサフィーや彼らの家族全員まで殺そうとしたらしいわ。でも、サフィーだけは王国へ亡命したの。そこからは何も知らないわね。」

「…………。」


 言葉が、出てこない。いや駄目だ。ここで立ち止まっては。


「そんな……えっと、ウィル、さんの家族やサフィーさんの家族は……。」

「サフィーだけは逃げたって言ったでしょう……。」

「ッ……。」


 父さんは……死んでいて……母さんの家族も全員……。


「……!?」


 今、俺は、一瞬とは言え納得してしまった。母さんが俺を捨てた事を肯定してしまったのだ。……心の奥深くで俺はこう思っていた。如何なる理由があっても子供を捨てる母さんが許せない……と。それは強く深く刻まれた決意に近い思いであった事は覚えている。でも、今はどうだ。その時母さんに残された最後の血縁が三つ。そして、その中の一つは不運により腐ってしまう。それが放っておけば残りの二つの血縁をも蝕む毒とならどうする。


 どうするんだよ?


 『肉』と『腐った肉』は同じ物か? 違うよなぁ? 


 でも、その残った大事な肉を腐らせる様な……唾を吐き掛けた奴が居たとしたらソイツは殺したくなるだろ?


 腐った肉を捨てる時だって名残惜しみながら……愛おしそうにゴミ箱へ放り込む。


 ……理解、出来ちまうんだよ。……俺への仕打ちが。


「私はもう村に長く帰っていないからわからないけれど、サフィーが森を出たというのなら一度村に戻ってる可能性はあるわね。ただ、公には戻ってないはず。村から出ていたとしても、貴方達がサフィーの行き先を聞いたって教えてくれないと思うわ。帝国の追手だと疑われるはずよ。」

「そうですか……。」

「でも、確かに私なら聞けるかもしれないわね……。」

「そうなのですか?」

「私の帝国嫌いは村じゃ有名よ。勘違いはされないはず。」

「では、白銀竜の居場所だけでも手に入れたいです。どうにか協力して頂けないでしょうか。」

「………………そうね。」


 マレフィムが言葉の出ない俺の代わりに説得をする。テレーゼァは故郷を捨てたと言っていた。恐らく彼女にも彼女なりの村を訪れたくない事情があるのだろう。しかし、ここはどうにか協力して欲しい。父さんを知っていて母さんの幼馴染であるテレーゼァは俺にとっての数少ないつてなのだ。その上、黒い部位への偏見も無い。彼女からの協力を得られたらこれ以上無く母さんに近付けるのでは無いだろうか。


「……お願いします。母さんに、会いたいんです。」


 絞り出す本心からの悲願。


「……坊やは、母が坊やをそんな身体で産んだ事を恨んでいるかしら。」

「い、いえ。」

「坊やを捨てた事は?」

「…………恨んで、ないです。」


 時が経てば、想いは風化していく。そして、こんがらがった紐も……一つ一つ解いていけば絡まっていたのは決して一つの紐じゃない事がわかるんだ。俺を捨てたという結び目だって……。


「……そう。」


 短く頷いたテレーゼァは何処か淋しげな顔でゆっくり溜め息を吐く。ギュッ、ギュッと雪を踏み固める音が何故か啜り泣く人の嗚咽に聞こえた。決して誰も泣いてなんかいないのに……理由のわからない切なさがこみ上げてくる。俺はテレーゼァから何を感じ取っているんだろうか……この胸の締め付けは……。


「…………仕方ない、わね。サフィーの居場所を聞くくらいなら……。」

「き、協力してくれるんですか?」

「えぇ、でも、必ず聞き出せるとは限らないわよ。」

「ありがとうございます……!」

「やりましたね! ソーゴさん!」

「あんまり期待しないでくれるとありがたいのだけれど……。」

「はい! でも、やっぱりやらないよりは一度やったって方が納得が出来るんで……!」

「ふふっ、調子が良いわね。」


 上辺をつくろう様に笑うテレーゼァ。やっぱり嫌なんだろうな……。理由はわからないけど、少しでも何か恩返し出来たら良いのに……何かあるかな……。


 しかし、思いがけず手に入った母さんの情報。それどころか会った事も無い父親は既に死んでいて、親族はもういないという事まで……。


 ……俺が一体何をしたっていうんだろうな。母親の想いは別として、俺がただ被害を被っているだけっていうのはどういう事なんだよ。今回、母さんの故郷に行けるからって、もしかしたら婆ちゃんや爺ちゃんに会えるかもしれないだなんて思っていた俺が馬鹿みたいだ……。


「テレーゼァさんは、故郷を捨てて、寂しかったりはしないんですか……?」


 気付けばそんな事を聞いていた。俺が聞いている限り、テレーゼァも"孤独"だ。帰れるかもしれないという場所を自ら拒んでいる。つまりは結果的には俺と同じ状況な訳だ。しかし、彼女はそれをどうにかしようだなんてしている様には見えない。それは諦念ていねんなのか、はたまた忍苦にんくか……。会って数週間程度の関係だが彼女には未だ謎が多い。


「……寂しいわよ。サフィーと此処等を駆け回っていた頃に戻れたら、なんて思う事もあるわ。それで幸せになるかはわからないのだけれどね……。」

「………………もう少し、白銀竜、サフィーさんについて聞いてもいいですか?」

「構わないわよ。」


 母さんの事が知りたい。


「白銀竜は……。」


 捨てられたという事実は変わらないけど。


「それならどうして……。」


 母さんが俺を捨てた事、それを理解してしまった事、その全てに。


「でも、それって……。」


 納得がしたい。


「そんなにサフィーの事ばかり聞いてどうしたのかしら。まるでルウィアみたいよ。サフィーの為人ひととなりを知っても貴方の母親は見つからないわ。」

「あ、いやぁ……ちょっと気になって……でも、これから白銀竜を探す時には役に立つかなって……。」

「どうかしらね。」

「でも貴重なお話を聞かせて頂きましたよ。ソーゴさんの母親を探すはずが、予想外の収穫でした。」


 マレフィムはそう言って満足そうに頷き手記を閉じる。しかし、ルウィアみたいか……ルウィアはここの所ずっとテレーゼァに両親の事を聞いている。やはり、ルウィアはルウィアで家族を失った寂しさがあるんだろう。同じ人なんていないのだからルウィアに心に空いた穴を塞ぐ方法なんてない。時を重ねて、交流を繋いで、自分の心を大っきくしていき、まるで穴でも空いてないように振る舞う。それくらいしか出来ないんだ。


「丁度いいわね。ほら、見えてきたわよ。」


 テレーゼァが鼻で指す先には岩陰に引き車が一つ停めてあった。勿論ルウィア達の居る場所だ。引き車の隣には毛皮で出来たテントが張ってある。


「呆れたものだわ……よくあんな防寒対策でこんな所まで来たわよね……。」

「今回の失敗があるからこそ次回はもっと上手くいくのです。」


 マレフィムが胸を張って返すが、どう考えても苦し紛れの返答だ。実際食料、防寒具、その他諸々対策が足りなかったと言わざるを得ない。俺達が居なかったら確実に凍え死ぬか餓死してる。或いはベスの餌になってるよな……。テレーゼァはそんな貧弱な装備の俺達を見て無謀さに呆れ返っていた。ミィが介入してる事も知らないので、ルウィア達が夜に凍え死なないの見て寒さに強い種族だと勘違いまでしている。そもそも普通なら荷台の中には生き残る為の荷物をたんまり詰め込むらしいのに、それをルウィアが勢い余って商品で満杯にするから……! ってしょうがないか……初めてだったんだし……はぁ……。


「ここまで来れば後少しで村には着くはずよ。だから、私に聞いて欲しい事を纏めておきなさい。」

「は、はい!」

 

 取り敢えず計画が順調に進みそうだからそれだけでも喜んでおくか……。







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