第107頁目 自分と同じ所を他人に見つけると嬉しくなる?
最近の一日のサイクルはこう。朝出発して、昼過ぎに止まり休憩、夜狩りに行くメンバーはこのタイミングで寝る。そして、深夜狩りに行き、帰ってきたら翌朝の出発まで寝る。睡眠を二回に分割してるので身体を壊しそうなサイクルだが、意外と繰り返してみたら慣れるもんだ。睡眠時間ってのは結局足りていればいいんだよな。それと、昼過ぎに休憩を取るのは別に早すぎたりはしない。足場の悪い雪原を走り続けるエカゴットを労り過ぎるという事はないからだ。今だからこそ強く思うが、セクトが居なかったらとっくに此の旅はもっと早い段階で終わっていたかも知れないんだよな……。俺達に出会った事といい、ルウィアってすげぇ幸運なんじゃ……。
「そ、その、母さんが作ってくれたマズニールのパイを食べた父さんと僕がお腹を壊して、オグニールだったんじゃないかって騒ぎがあったんですけど……。」
今日も雑談で
「えぇ!? それでも……大丈夫だったんだよね? ルウィアはここに居る訳だし……。」
「オグニールを食べて無事なはずがないわ。まさか当たりかしら……?」
「当たりだなんて、それこそ大事件じゃないですか! だからこそ確立も低いでしょうし……古かった訳ではないのですよね?」
アロゥロもテレーゼァもマレフィムでさえも知っているらしいマズニールとオグニールという食べ物。勿論俺はそれを知らない。
「(なぁ……。)」
「(うん。クロロは知らないよね。マズニールはオグニールを改良して作られた甘酸っぱい味がする果物だよ。)」
改良……? 品種改良って事か? そんな難しそうな事、この世界でもされてんのかよ。
「(オグニールを食べて無事なはずがないってのは?)」
「(オグニールは凄く美味しいんだけど樹木から種にまで強烈な毒を持ってるの。葉に掠っただけで死んじゃうくらい。でも、稀に毒を一切持たない果物が生るんだよね。それはもう歯が溶けるくらい美味しいんだよ。それで付いた異名が”クジ引きフルーツ”。美食家の間ではそれを食べた事があるかないかで格が異なるとかなんとか。)」
「(ほぉ……。)」
「(で、どうにかしてリスク無しでオグニールを食べたい人達が研究に研究を重ねてマズニールを作ったんだけど……味が凄く劣化しちゃって名前からして別物になっちゃったって訳。でも、安価な果物として庶民の間では親しまれてるみたい。)」
「(ふぅん……オグニールの当たりか。いつか食ってみたいな。)」
「(クロロは今まで運が悪すぎたから逆にいつか食べられるかもね。)」
食いたいは食いたいけどそこに運を割かれたくはないな。
「え、えぇ、それがですね。実はその、母さんが気合を入れて作ってたら思わず自分の毒が手先から入ってしまったらしく……。」
「…………え? それってルウィアのお母さんの毒でお腹を壊したって事?」
「は、はい。」
「ぷふっ……何それ! お母さんのやる気でって……そんな……。」
「うっかりでそんな事……くっくっくっ……。」
「ま、まぁ、そういう事もあるわよ。ラビリエは毒の弱い種族だったから普段そこまで気にしてなかったのかもしれないわね。」
アロゥロもマレフィムも肩を震わせて笑いを抑えているがそれ程我慢できていない。それにテレーゼァの声も何処か上擦っている。いや、俺は会話に参加してないから思う存分荷台の上で静かに笑えるんだけどな。
「(ちょっと、笑うのはだ、駄目でしょ、笑っちゃ……。)」
「(ミィも笑ってんじゃねえか……。)」
「(う、嘘、そんな事ないもん……。)」
和やかな雰囲気と何処からか香る燻製の美味しそうな臭い。旅する仲間も流れのままに六人と一体になっていて、なんとも賑やかな旅路となっている。過酷と思われていた雪山の外周をぐるっと周る道も実際に体力的には過酷であったが、全員の知識と能力で上手くカバー出来ていた。それに何より、心の余裕というか……距離感というか適度な鬱陶しさがあるんだ。ネガティブな言い方をしたけど、なんだろう、例えるならお化け屋敷で触れる壁みたいな……? 怖くて目も開けたくない状況でも、触る事で何処か現実との繋がりを感じさせてくれる壁。それを辿れば必ず出口に辿り着くし、なんならスタッフルームにも続いている。ザラザラしていて、精一杯怖さを纏わせても何処か温かい世界へと続いているみたいな……。
「止まりなさい!」
「え!? は、はい!」
「きゃっ!?」
突然の急ブレーキでアロゥロが小さく悲鳴を漏らすが、マレフィムは飛べるし俺は咄嗟に爪を立てたおかげで荷台の前に転がってく事は無い。だが、何事だ? 少量ながらも確たる重さを感じさせるテレーゼァの静止。この引き車が向かう先に何があると言いたいのか。
「坊や、貴方もピット器官を強化なさい。前方の熱源を感じ取るのよ!」
「! 了解!」
テレーゼァからの指示通り身体強化魔法で
とにかくだ。そのピット器官が捉えたのは多くの熱源が雪原で動いている様。近寄ったり離れたり……ん? 暖かい何かが広がったと思ったら一瞬で冷めて……。
「運良くここは風下ね……。坊や、ピット器官を強化したならわかるでしょうけど……。」
……テレーゼァが言わんとしている事はわかる。あの一瞬で冷めた何かは液体。しかもただの液体じゃない。血だ。俺は魔法の制御がそこまで上手くない上にピット器官がどういう仕組で動いているかも理解していない。故に、顔にあるピット器官を強化すれば自然と他の感覚器までもが強化されてしまう。嗅覚、視覚、聴覚と様々な感覚が前方の情報を取得するのだ。
ウナと……ネズミ!? あのネズミって確か森を出る直前で襲ってきた奴等じゃねえか!? こんな所にもいるのかよ? でも、なんか独自の言語も持ってたし、数が多かったりするのかもしれない。
「争ってますね。」
「えぇ……それにあれは白蛇族の『
「あのウナじゃない方ですよね?」
「ウナ!? ウナがいるのですか!?」
突然騒いで俺の背後に隠れるマレフィム。そういやコイツってウナ嫌いだった……。
「彼女はどうしたのかしら?」
「アメリはウナが苦手なんですよ。それより……。」
「そうね。このまま進んで巻き込まれるのは厄介だわ。少しだけ迂回しましょうか……。」
適切な提案だ。拒否する理由も無いので、俺が何か言わずとも引き車は進路を変えるだろうと思った矢先。奇妙な熱源を感じ取った。
「テレーゼァさん、わかりますか。あれ!」
「えぇ。あれは……。」
俺達が感じ取っているとも気付かず、命のやり取りしているベス達の頭上。そこには、
――――ドラゴンがいた。
「つ、角付きの竜人種ですよ!」
「すごーい! ソーゴさんより大っきい!」
「村が近い証拠ですね。しかし……なんとも雄々しい……。」
「(白銀竜よりは小さいけど、立派な竜人種だね……クロロ?)」
「……。」
俺は何故か言葉を失っていた。父とその親族が全て亡くなっていると聞かされた俺は、何処かあの”ドラゴンらしきドラゴン”という存在に途方の無い距離を感じていたのだ。テレーゼァは間違いなく竜人種であるが、俺に近い種族かと聞かれれば首を横に振るだろう。だからこそ、と言う訳でもないが、俺の中で俺に似たドラゴン
アマゾンの奥地で日本人の赤ちゃんである俺が現地の人に保護されたとして、何かが周りの人間とは違うと思いながら現地で普通に暮らしていたら、ある日お前の故郷の人間は全員死んだと聞かされる。実感なんて沸かない俺。ただ何処かで親や親族が死んだという事実にのみ、それとなく悲哀を感じそれ以上に自分と近しいと思える人間は居ないのだと、会えないのだと嘆く。これが俺の出来る精一杯の例え話だよ。わかんないだろうなぁ。そこにしれっと現れた黄色人種に出会った時の
そうか……やっぱり、今向かっている村は母さんの故郷なんだな。親族じゃなくても、”仲間”はいるんだ……。
「何してるんだろ?」
アロゥロが疑問を口にする。俺たちは逸早くあのドラゴンに気付いて迂回を選択したが、空で羽ばたく竜人種が落とす影に真下のベスはようやく気付く。上にヤバい奴がいると。だが、それは命を繋ぎ止めるには遅すぎた察知だった。
赤黒きドラゴンは定位置で羽ばたき続けているだけかと思いきや、その周囲に突如光体が現した。それは歪つで凸凹している上にピット器官に焼き付くような錯覚を覚える程の熱源。マグマか何かなのか!?
そんな小学生みたいな感想が頭に浮かんだ瞬間、高熱の光体は無慈悲にも逃げようと走るベスの上に降り注いでいく。
『ナ゛ァーーーーッ!!!!!』
久々に聞くネズミの断末魔を掻き消すほどの爆発と
「うわあああああ!!」
「きゃああああ!」
「ぬわあああああああ!」
それぞれの思い浮かべる抵抗を声にする。俺は咄嗟にマレフィムを体の影に隠した。
『ボフゥッ!』
一瞬で俺達は白に呑み込まれた、と思った……が、そんな事はなかったみたいだ。
「……へ?」
何も起きない違和感に目を開けると、引き車の前にはテレーゼァが立っていた。そして、俺達を避けるように白い空間が周りを囲んでいる。よく見ると……雪の粒が俺達の周りをグルグルと回っているのか……? 多分、風魔法だ。
「大丈夫かしら。」
「て、テレーゼァさん! もう駄目かと……思った……。」
「おば様凄い! ありがとう!」
「た、助かりましたね……私の可使量ではこの威力でこの範囲の制御暴風域は張れません……。」
「すげぇ……。」
『チキッ!』
『『『キュウウウィ! ギュアッ! ギュアアッ!』』』
気付けばファイでさえ、アロゥロを守る様にテレーゼァの後ろに立っている。
「ファイ! 守ろうとしてくれたの? もう前みたいに身体が大っきくないんだから……でも、可使量は変わらないのかな……? とにかく、無理しちゃ駄目だよ!」
「て、テレーゼァさんもファイさんも本当に頼りになりますね。引き車が横転していたらと思うと……皆、大丈夫だから、落ち着いて。」
ルウィアも驚いて暴れるエカゴット達を落ち着かせる。
「えぇ、何せ
「(ミィもいるしな。)」
「(べ、別に私をそこに並べなくてもいいんだけど……。)」
「……やってくれたわね。――ザズィー!」
白の向こうへ誰かの名前を叫ぶテレーゼァ。そして、それに応えるように白は炎弾によって吹き飛ばされる。
「……クッ!?」
『バフォッ!』
風の障壁を易々と突き抜けてテレーゼァに迫った炎弾だったが、
「(クロロ、万が一の為に身体強化を強めた方がいいかも。)」
「(……あぁ。)」
「真の竜人種なら堂々と姿を見せなさい!」
「指図してんじゃねぇぞババア!!」
乱暴な言葉遣いと共に周りの煙を殆ど吹き飛ばし、我を見よとでも言いたげにドラゴンが姿を現す。そして、そのまま特攻してきたかと思えばなんと後ろの片足を前に突き出し、飛び蹴りをしてきたのだ。
「よくもノコノコと顔を出して来やがったなァ゛ッ゛!゛」
飛び蹴りをテレーゼァは翼で弾く。しかし、赤黒いドラゴンはその弾かれた反動で後ろに退がりながら、幾つかの炎弾を顕現して容赦なくテレーゼァに向けて飛ばした。彼女はそれに応じる様に吼える。すると、炎弾と同じ数
……炎弾だけを殺した? テレーゼァは手加減してるのか?
「チィッ! グルルルルルルルォォォォォ!」
節操の無い息吹だ。舌打ちで一息吐いてから喉を震わせてドラゴンは熱線を吐いたのである。俺達はその畏怖を
「グゥルルルルルルルォォォォォォォォォォォォォ!」
しかし、同じタイミングで同じ様に息吹をぶつけるテレーゼァ。だが、彼女の口からは何も出ていないように見える。聞こえるのは鱗を逆立てる様な恐ろしき咆哮のみ。
「く……うぅ……!? なんで吼えて……!」
熱線がテレーゼァの放つ見えない何かに掻き消されて、彼女にまで届いていない。息吹と息吹が交じり生まれる衝撃が周りの雪を吹き飛ばして下の岩肌を露出させる。
あのドラゴンは何が目的なんだよォ!?
「――!? っざっけんなァ゛!゛ ッガァ゛!゛」
それは前触れもなく起きた事だった。赤黒いドラゴンは息吹を突如止め、テレーゼァの息吹をモロに受け止めたのだ。衝撃か何かに吹き飛ばされ、藻掻きながら雪原を転がるドラゴン。
「勝った……のか?」
「ックソがァ゛! 止めやがれ! ざけんなババァ!」
「はぁ……。」
死にかけの蝉の様に雪の上で無様に藻掻くドラゴンだが……”止めやがれ”って何をだ?
……岩?
そのドラゴンをよく見ると、ドラゴンの身体の
まるで石化魔法じゃねえか……。
「ックソォ゛!゛ ブッ殺す!゛!゛!゛」
なおも子供の様にバタつくドラゴン……。
せっかく仲間と会えたってのに……それがこれなのかよ……。
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