第100頁目 竜の甲より年の功?

「ソーゴさん!」

「大丈夫!?  ソーゴさん! 」

「し、心配しましたよ!」


 テレーゼァの翼に乗った俺にマレフィム、アロゥロ、ルウィアが駆け寄ってくる。


「悪い……。」

「愛されてるわね。降ろすわよ。」


 冗談かどうか分かり辛い事を言いながらゆっくりと翼を傾けるテレーゼァ。もう目は殆ど視えるくらいに回復していた。だからこそ地に降りた俺は振り向いた。輝く雪原にぶち撒けられた血肉と薄っすら黒煙を上げる死体。あの凄まじい光景がたった数秒にして創られたと言うのか……。


「村までは危ないから私が送ってあげようと思うのだけれど……迷惑ではないかしら。」

「え、えっと……。」

「是非!」


 ルウィアがどもってる間にアロゥロが溌剌はつらつと快諾する。しかし、テレーゼァは無言でルウィアを見つめ続けている。


「……。」

「……お、お願い、します。」

「ありがとう。」


 ルウィアの返事を聞いて微かに微笑んで村のある方向と思われる方に歩き始める。


「(この商団のリーダーはルウィアって思ったのかな。凄い観察眼だね。)」

「(上から目線だな。)」

「(……そう?)」

「ゆっくり歩くから付いてきなさい。」

「助かりましたね。ほら、ソーゴさんも早く乗って。」

「お、おう。」


 マレフィムに急かされながら全員が定位置に着き、引き車は前を行くテレーゼァを追い掛ける。離れて見ると雪崩の跡や、崩れた氷柱ミィの体が如何にここを荒らしてしまったのかがわかる。……なんだか申し訳ない事をしたなぁ。


「ソーゴの坊や! 貴方、こちらへ来てくれないかしら?」

「え!? えっ、別にいいですけど、どうやって……。」


 歩くスピードを抑え、引き車の横に付くと先程と同じ様に翼をこちらに差し出すテレーゼァ。これに乗れという事なんだろう。俺が恐る恐るそれに乗ると、ゆっくりと翼はテレーゼァの背に畳まれる。……しかし、なんで急に呼び出されたんだろう。


「(なに言われんのかな……。)」

「(ただ話したいだけじゃないの?)」

「貴方、飛竜よね?」

「え、えぇ。そうです。」

「まだ若く見えるけれど……身体は整っているの?」

「整っ……?」

「(きっともう身体は大きくならないのかって意味だよ。)」

「あ、はい。そうですね。多分……?」

「それもわかっていないのね……血名を教えてくれないかしら。」

「血名?」


 血の名前ってなんだ……? なんで俺はこんなに興味を持たれてるんだ……。やっぱり災竜だって疑われてんのかな……。


「(血名は族名って意味だよ。旧い言い方。クロロはそもそも家名すら知らないでしょ。)」


 確かに。俺の名前はクロロとソーゴ……どちらもただの名前だ。


「(そんな物無いって答えて大丈夫か?)」

「(あんまり良くないかもだけど……この人に言うくらいはいいんじゃない? 何かあっても私が守るし。)」

「やっぱり無遠慮だったかしら……?」

「い、いえ、無いんです。親に捨てられた身で……家名も血名もわかりません。」

「……捨てられた?」

「はい。」

「理由はその黒い翼かしら……。」

「……そう、ですね。」


 素直に答えていいのかと悩みながらも一つ一つ返答していく。


「全く呆れた物だわ……身体が黒いからなんだって言うのよ……。」


 あれ? テレーゼァは竜人種なのに、災竜に対して偏見が無いのか?


「……災竜の伝説を信じていないんですか?」

「信じるも何も無いわ。もたらす厄災というのも不明瞭。もし鱗や殻が黒かっただけで全ての種族を蹂躙できる程の強さが手に入ったとしても、それは才能でしょう。厄災が疫病や呪詛の類であるならそれこそいくさ馬鹿共は災竜に憧れるべきね。……なんて、こんな事村で言える訳無いのだけれど。」

「そ、そうですか。」


 やはり、テレーゼァの意見はあくまでテレーゼァの意見という訳だ。


「……坊やはそんな身体で良く生き残ったわね。そこまで大きく黒い部位を持ちながら大人になるまで生き永らえる子は少ないわ……。」

「そうなんですか? って大人? なんで俺が大人って……?」

「……そう。そうよね。生き延びたって事は殆ど竜人種に会わなかったという事だもの。仕方ないわよね。竜人種は、角が生えれば大人よ。」

「えっ? 角?」


 俺は思わず後頭部に手をやる。すると鋭い爪が硬い突起に当たった。


 ……そうだ。今ってミィのおかげで角が生えてるんだった。いや、おかげって言ってもあんまり利点を感じた事は無いんだけど。これが大人って証なのか? わかりやすくて良いけどさ……。


「俺は大人……ってそれより、生き延びるだのなんだの話をしてますけど、そんな俺がイムラーティ村に行って大丈夫ですかね?」

「大丈夫では、ないでしょうね。だから、坊やは外でお留守番よ。」

「へ!? ち、ちょっと! それじゃあ困るんですよ!」

「それは”死ぬ”程困る事なのかしら?」

「ッ……。」


 比較に出されたその例は、きっと例え話じゃないんだ。俺は……どうにかして母の手掛かりが欲しい。その為にもあの村の人達と話さなければならないんだよ。ここまで大変な思いをしてまで来たって言うのに足止めなんて納得できるか!


「…………俺は、母さんに会いたいんです。」

「母親に……? 坊やを捨てた?」

「はい。その母親があの村出身だって聞いて……。」

「その母親の……血名も知らないんだったわね。何か特徴は無いかしら?」


 誇りの為に俺を置いていった母。そんな母との繋がりを吹聴して再会出来た時、母は許してくれるだろうか。それにもし、俺を殺さなかった事が竜人種の間で知れ渡れば母さんや姉妹に危害が及ぶかもしれない……。それを考えると口が重くなる。


「……私はイムラーティ村の殆どの種族を把握しているけども、貴方の姿に近い者は思い当たらないわね。まず、そこまで白に近い種族は……サフィー…………まさかね。」

「え?」

「なんでもないわ。とにかく、死にたくなければ村に入る事はオススメしないわね。」

「…………。」


 必然と訪れる沈黙。提案を受け入れられず、否定もしない。死んだら母さんに会うことは叶わない。しかし、俺が今生きている目的は母さんに出会う為……それを、諦めるのなら死んでるのと変わらないじゃねえか……。


「(どうすっかな……。)」

「(私が村に潜入する事も出来るけど、質問とかは出来ないからなぁ……。)」

「(でも、無理やり入って騒ぎになったら……。)」

「(情報なんて聞き出せないだろうね。)」

「(村に着く前に対策を考えなきゃな。)」

「(諦めてもいいんじゃない? 別にこの村に執着する必要はないし。)」

「(諦めない。ここまで来て諦めるとかなんか癪だろ。)」

「(なんか癪って……。)」


 合理的な考えも大事だが、時には感情を優先する事だって大事だ。その結果上手く行くことだってあるかもしれないしな。


「ここから村までまだまだ掛かるのだけれど、食料は大丈夫なのかしら?」

「えっと……食料はまぁ、沢山準備してきたんでまだまだ大丈夫かと。一応夜に狩りをしたりしてあんまり減らさないようにもしてますし……。」

「……それでブランダッダに手を出したのね。」

「うっ……ま、まぁ……。」

「夜の狩りは私も付き合ってあげるわ。偶には若い子を導かないとね。」

「た、助かります。」


 この辺りがどういう場所かを知らないからやばい獲物に手を出した訳だし、ノウハウを教えてくれるのならこちらとしては助かるばかりだ。偶々たまたま出会ったのが優しい人で良かったよ。しかも竜人種なのに災竜を信じてないみたいだし……。


「……ルウィアと植人種の彼女は好き合ってるのかしら?」


 え? ここで野次馬根性見せんの?


「そう、みたいですけどね。」

「インベル夫妻も植人種との夫婦だったわよね……。」

「みたいですね。」


 ここから先は俺が聞く事じゃない。この話を聞きたいのは俺じゃなくてルウィアだろうしな。


「坊やには良い仲の娘はいないのかしら?」

「へぇっ!? あ、え……えっと……。」


 突然のキラーパスに頭の回転が鈍る。好きな娘って……娘? 


「そんなに驚いて、うぶねぇ……。」

「い、いないです! いないですよ!」

「(メビヨンは?)」

「(バカッ! あいつはそんなんじゃないだろ!)」

「(そんな強く否定しなくていいのに……。)」

「ふふっ……。」


 こっちの気を知ってか知らずか微笑を漏らすテレーゼァ。


「……なんだか楽しいわ。こんなに人と話すのは久しぶりよ。」

「普段はあそこで何をしているんですか?」

「何をしているって……あそこが私の縄張りだもの。あそこで毎日生きて……いや、死んでるって言うのかしらね。」

「死んで……?」

「えぇ……特に理由も無く、考える事も無く、ただ時が流れるのを待つだけ。今、私は久々に生き返ったのだと思ったわ。」


 ……何言ってんだ、この人。


「つまり、毎日何もしていなかったってだけですよね。」

「坊やにはまだわからないでしょうね。ヴァニタスがアストラルを支配していくようなあの感覚を。現状に不満があっても、それを打破する事が叶わなければ人は少しずつ死んでいくのよ……。」

「……。」


 ふと、あの大穴での生活を思い出した。すがわらもなく、投げ込まれる絶望を背負い、毎日朧気な意識でその時が過ぎるのを待っていたあの日々。


「……坊やは、過酷な経験をしているようね。赤子の様に澄んでいる表面の奥底に濁りよどんだ何かを感じる。ここまで乖離かいりした二面性は決して正常とは言えないのに……あの子達と旅が出来ている。」

「アストラルの診断みたいなのが出来るんですか?」

「診断って程大したものではないわ。ただの年寄りの勘よ。」


 ”勘”と言う割には具体性を感じる言い回しだった。テレーゼァは俺から何らかの力で情報を得ているんじゃないだろうか。なんせこの世界には魔法が……って俺、疑心暗鬼になり過ぎかなぁ……。この世界って、言うほど魔法便利じゃねえし……でもこの人魔法で雷降らせたしなぁ……。


「急にこちらへ呼び出したりなんてして驚いたかしら?」

「え、えっと……まぁ……。」

「年寄りって言うのは話好きなのよ。それなのに話をしていなかったものだから色々溜まっていたのかしらね。」

「それなら、ルウィアを呼んでやって下さいよ。親の話とか聞きたがってましたし。」

「そういうのは夜にじっくり話すわ。それに、彼女に恨まれるのは嫌ですもの。」

「あー……。」

「坊やもあんまり邪魔しちゃ駄目よ?」

「わかってますって。」


 俺よりも問題はマレフィムだろ。あいつ気になる事があったら空気蹴っ飛ばして頭突っ込んでくるぞ。次呼ばれたらあいつも呼んでくるか……。


 にしても、俺のアストラルかぁ……濁ってる部分は多分精神肥大症のせいなんじゃねえかな。俺の心は安定してる。この前ミィが居なくなった時はキモが冷えたけど、まぁ、それくらいでどうこうなる訳じゃないと思うし……。っつか澄んだ表面に濁った内側って水饅頭かっての。甘いもの食べたい。


「……もう少し出してもいいかしらね。」

「……え?」

「貴方達、速度上げるわよ。横転しないよう気をつけなさい!」

「わ、わかりました! セクト! ローイスとオリビエを導いてくれ!」


 意外にも弱音を吐かず応えようとするルウィア。


「る、ルウィア、無理しないでね!」

「ここで横転なんてしたら洒落になりません!」

「大丈夫だよ! 安心して! もしものときはアメリさん! フォローをお願いします!」

「仕方ないですねえっ!」

「……彼、両親の名前をエカゴットにつけてるの……?」

「えっと、はい。」


 なんで俺がちょっと気不味きまずい思いをしなきゃいけないんだよ!


 大きさの違う足音が雪山に響く。どんどん大所帯になっていくなぁ……。

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