第99頁目 強気なオバちゃんって逆らい難くない?

 柔らかい後光を羽織るその竜人種は、大きい頭を洞窟に差し込むようにこちらを覗いていた。鱗ではなく、ゴツゴツとした甲殻が顔や身体を覆っている。頭だけで俺と同じくらいある巨躯に、ゆったりとした口調から醸し出す雰囲気は壮年というよりは少し高年であるような感じを受けた。


「竜人種に植人種に小人?」


『チキッ……。』


「それに……ゴーレムかしら。不思議な組み合わせね。街から……?」

「はい。私達はオクルスから来ました。」


 答えたのはマレフィムだ。しかし、凄い貫禄だな。ゲームとかなら間違いなく物語の鍵を握っていたりする見た目だ。雪に溶け切らないクリーム色と純白の中間である色合いの甲殻は生きてきた長さ故のくすみ具合なのかもしれない。


「悪かったわね。まさかこんな所に人がいるとは思わなかったのよ……。」

「いえ、此方こそまさか人が塞いでいるとは思わず、申し訳ございません。」

「驚きはしたけど気にしてないわ。私は丈夫な身体だから。……貴方達は商団かしら?」

「えぇ、はい。イムラーティ村で商談でもと思いまして。」


 こういう話はルウィアがすべきなんじゃないか? マレフィムに相手させてたら駄目だろ……っつか竜人種の村行くのにこの人にビビってどうすんだよ。


「イムラーティ……ここからもう少し先ね。寒さに耐性の無い種族が此処まで来るなんて大変だったでしょう……あそこへの仕事は運び屋ですら受け入れないはずよ。」

「そうなのですか?」


 竜人種の言葉が本当かどうかルウィアに問うマレフィム。それになんとか、といった様子で答える怯えた蛙。


「え、えぇ。何分なにぶん閉鎖的な村ですので……。」

「そんな所とよく商売出来たなぁ。」

「父が仕入屋をしてた時代にこの辺りでイムラーティ村の人と知り合ったらしいんです。『運が良かっただけだが、おかげで人生が変わった』と言ってましたね……。」

「あら、貴方……もしかしてインベル家のお子さんかしら……?」

「……え?」


 戸惑うルウィア。予想外の一言に怯えはもう感じ取れなくなっている。しかし、これだけインパクトのある姿の竜人種を忘れたりなんてしないんじゃないか? それとも親同士だけの付き合いとか……。


「ぼ、僕を、両親を知っているのですか!?」


 ルウィアが叫ぶ。それを聞いた竜人種は一呼吸置いて静かに答えた。


「まだ貴方は生まれていなかった頃、貴方の御両親から薬を購入した事があるのよ。」

「僕が……生まれていなかった頃……。」


 偶然の邂逅かいこうだった。そうでもないのか。ルウィアの両親がここを商売の為に何度も通っていたという一つの証拠だ。


「懐かしいわね……お二人はお元気?」

「…………。」

「…………そう……わかったわ。ごめんなさい。辛い事を聞いたわね……。」


 ルウィアから漏れ出る微量の感情で何かを察する竜人種。やはり、長年生きると人の機微きびに敏感になったりするんだろうな……。それに、この世界の命っていうのは俺が知ってる世界よりはもっと……。


「私はテレーゼァ。この辺りを縄張りにしてるの。」


 テレーゼァ……口調や雰囲気からして女性なんだろう。


「ぼ、僕はインベル家の長男、ルウィア・インベル……です。彼はソーゴさん、植人種の彼女はアロゥロで妖精族の彼女はアメリさんで、ゴーレムの……えっと、ファイさんです。それと……その……以上です。」

「貴方達は夫婦?」

「え、えぇ……!?」

「まだ違います。」

「あ、アロゥロ!」

「そう、やっぱり血筋かしらね。」

「こ、これは……! その……!」

「立派に商人として……あぁ、わざとでは無いのだけれど邪魔をして悪かったわね。今退くわ。」

「い、いや……! あ、あの、ありがとうございます……。」


 色々と聞きたい話もあるのだろうが、俺達には今ここでのんびり話をしていられる時間なんて無い。なるべく早く商談を済ませて帰らなければならないのだ。ルウィアもそれは理解しているんだろう。少し複雑な顔でエカゴット達に向けて歩いて行く。


 パラパラと少量の雪を崩しながらのっそりと退くテレーゼァ。俺は彼女の吐いた雲の様な息を掻き分けて外へ出る。


「先、外に出てるぞ。」

「は、はい。」

「ソーゴさん、私も行きます。」

「私はルウィアと行くね。」


 明るい。白銀の景色を土台に果てしなく拡がる森。青い空には散り散りになった雲がく失せる。傍らには全貌を現す竜人種が立っていた。俺と同じく四足である蜥蜴の様なフォルムだが、翼がとても特徴的な形状をしている。まるで、魚の背骨の様に両端に向け太い骨の様な物が突き出ただけの形。それが、腰の辺りから長く肩に向けて一本ずつ生えている。いったいその翼でどうやって飛ぶというのか。そもそもそれは翼なのか? よく見たら尻尾にも棘がある……なんて物々しい姿の種族なんだろう……。


「そ、そのお姿……まさか、刺鏖竜族!?」

「えぇ、そうよ。」

「有名なのか?」

「戦史では多くの逸話が残る竜人種ですよ! その刺翼は血を求め空を捨てたと…………し、失礼。平和な現代となってはあまり気分の宜しいお話ではありませんでしたね。」

「……昔の話よ。もうそれだけ勇名を馳せた刺鏖竜族も少なくなってしまったわ……全く皮肉なものね。」

「そうなのですか?」

「そう。でも、繁殖力もまた力。私達、刺鏖竜族はその面に置いて脆弱だった。それだけの話……それよりも、貴方……。」


 テレーゼァは揺るがない眼で俺を見る。な、なんだろう……。俺が竜人種だからか……? ふとマレフィムを見れば早速何かを手記に纏めている。


「えっと……どう、しました?」

「その翼……。」


 げっ!? 翼膜は黒いままだもんなぁ! 災竜だって疑われたか!?


「ソーゴさーーーん!」

「ん?」


 引き車に乗って洞窟から出てきたルウィアが俺を呼んでいる。話を逸らすには丁度いいタイミングだったが……。


「ソーゴォさーん! 後ろー! 後ろぉー!」


 平静とは思えない声色で叫んでいるアロゥロ。


「は? 後ろ?」

「ソーゴさんアレ!」


 マレフィムの声に振り向いて見ると、景色を濁す雪煙……違う! ゴリラ!?


「や、やべぇ!?」

「ブランダッダね。こんなに低い所には滅多に見ないはずなのだけれど。」

「あのベスは私達を狙っているのです! 逃げなくては!」

「ブランダッダは普段穏やかなのだけれど、一度でも手を出したなら群れをなして襲いかかって来るわ。」

「えぇ!? でも確か俺が手を出す前に襲いかかった来たんですよ!」

「……そう言えば今は確か繁殖期ね。そのせいかも。」


 繁殖期とか! 知ったことかよ!!


「逃げましょう!」

「あぁ!」

「そうしなさい。」


 テレーゼァに促され引き車へ向けて走る。


「……でも、ここは私の縄張り。ベス程度に荒らされるのは癪ね。」


 え? そうだよ。テレーゼァはどうするんだ? その疑問が俺の足を止める。マレフィムは気付かずに引き車の方へ飛んでいってしまったが、テレーゼァは? 振り返れば悠然とゴリラの群れに向かっていくテレーゼァの姿。まさか、何かする気なのか?


「ソーゴさん!」


 気付けば近くまで来ていた引き車からルウィアが俺を呼ぶ。


「テレーゼァさんは何故ベスに向かってるの!?」

「わかんねぇけど! 早く逃げねえと!」

「で、でも……! 彼女を置いては……!」


 ここで急に渋りだすルウィア。しかし、気持ちは少しめる。恐らくテレーゼァは死んだ両親を知る数少ない人だ。そんな彼女をここで見す見すと失ってしまうのは……。


「ッ! しょうがねえ! ミィ! 力を貸してくれ!」

「わかった。」

「ありがとよ!」


 意を決して来た道を折り返し走る。しかし、ゴリラ共は既にテレーゼァの眼前だ。彼女は頭だけで俺と同じくらいの大きさなのだが、蜥蜴に近いフォルムである彼女は高さだけなら背びれの高さを入れてもゴリラと同じくらいしかないのである。まぁ、体積で言ったら何倍も大きい……!?


「な、なんだあれ!?」

「腰に付いてるけどあれ、翼なんだよね?」


 テレーゼァは腰から伸びる片方の翼を大きく拡げた。風を裂く事しか出来なさそうなその翼を水平に捩ると、大きい尻尾を拡げた翼とは反対の方に振りかぶってから勢いよく戻す。それにより翼はゴリラの命を刈り取る鎌として前方を豪快に薙いだ。


 ――分断と飛散。


 しかし、全滅はしていない。三体程のゴリラが咄嗟に上へ高く跳んで避けたのだ。日光を反射し燦然と光る真紅の血を背に吼える獣。憤怒か、酔狂か。六つの揺るがぬ獣の瞳は自分達を見ようともしない淡き乳白色の竜を見据えている。


「テレー……!」


 三匹のゴリラは両手で大きい握り拳を作り、振り下ろす準備を終えている。のこぎりの如き大翼を振り抜いた後でアレに対応出来るとは思えない。それ故に漏れた声。



『グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ!!!』



 ――暗黒、そして雷轟。 



「うわっ!?」


 一瞬にして視界を奪われ、身体が硬直する。如何にも竜だと思わせられる空間が爆ぜる様な咆哮を聞いた。それは何処か懐かしく、恐ろしき声。それと同時に視界を白く塗り潰される。しかし、それは薄い緑色と共に暗黒と同化していき、遠き記憶から魂に染み付いた雷の爆音が身を震わせた。視界は晴れない。


「な、何が……!?」

「クロロ落ち着いて、テレーゼァが魔法を使って雷を降らせたの。ブランダッダだっけ。とにかく、あのベスはもう全滅だよ……流石竜人種だね。」

「前が見えねェ……。」

「危ないからあんまり動かないで。」


 キーンという耳鳴りの中、ぼやけたミィの指示によりとりあえず直立のまま固まる。魔法で雷を降らせるなんて事出来るのかよ……。最初の一撃を避けたせいで雷で撃たれちまうなんて運がねえな……。


 徐々に景色が刻まれていく視界。雷をこんな至近距離で見る経験なんて初めてだ。耳も痛いし一度だって経験しなくていい出来事だったな……使う本人は平気なのかよ……。


「(坊や、大丈夫?)」


 キーンとした耳鳴りの中に紛れたこの声はテレーゼァ? クソッ……よく見えねえ……。とりあえずは返事を……。


「大丈夫ですけど……目が……。」

「ごめんなさいね。まさか避けられるとは思わなくて、咄嗟に魔法を使ったら加減がわからなかったのよ……。」


 雷に加減もクソもねえだろ。


「じっとしていなさい。」

「えっ……。」


 唐突だった。視界がしかと晴れぬまま、突如足元が不安定になり体勢を崩す。二本足で立っていたならば、尻餅をいて居たかもしれない。ぼやけた風景が颯爽と移り変わっているのがなんとなくわかる。


「(ミィ? どうなってるんだ?)」

「(テレーゼァの翼で掬われたんだよ。)」


 翼ってあの棘々のか……?


 前脚で踏み固められた雪を軽く払い、足元の感触を確かめる。


 ……硬い。


「見た目の割に結構な重さがあるのね。私が思っているよりも大きい子なのかしら。……子供かと思ったのだけれど。」

「俺はもう大人です。」

「そう、子供ね。」

「違ッ……うわっ!」

「危ないから体勢を低くしてなさい。」

「……。」


 マトモに立ってられないこの状況で反論するのはどうにも格好が付かないと思い、渋々と伏せる俺。


 なんか調子狂うなぁ……。

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