第98頁目 止められない目覚ましがあったらどうする?

 あぁ……電気毛布の中で包まって寝るのってサイコーに気持ちいいんだよなぁ……んでちょっと暑いなぁって思ったら毛布の外に足を出して……あ、今はドラゴンだから尻尾も出せる……これで清涼的快感が両足の1.5倍……。


『ぴぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!』


 ……え? ペ、ペッペウの声……? 布団の外に……? まさかな……でも、怖いから足と尻尾はしまっとこ………………!?


「うひぃいいいいい!!」

「うヒャぁっ!?」

「うるさっ!?」

「なになに!?」

「な、何事ですか?」


『チキチキッ……?』


 悪魔の様な叫び声と尻尾の先端を思いっきり舐られる様な感触が俺のトラウマを呼び起こす。


「き、きもっ! とって! と、とってええええ!!! …………あれ?」


 恐怖でのたうち回ったものの、既に尻尾の先から生暖かさは感じられなくなっていた。涙目で長い尻尾の先を確認してみると……。


「……んん?」


 やはりぬるっとした粘液で濡れている……。


「ん?」


 岩間から差し込まれる柔らかい陽光。


 ……そうだよ。ここは雪山の麓の洞窟じゃねえか。こんなとこにペッペゥなんて……。


『じゅるっ。』


 その音で横を向けば口元を腕で拭うルウィアと目が合う。


「……ルウィア?」

「いやぁ……はは……。」


 申し訳なさそうに下手な笑いを浮かべる蛙頭。起きたてという事もあり、未だデミ化していないのだから当然だ。しかしだ。俺が乙女のハートを持っていたら美少年スマイルで少しは誤魔化せたかもしれんがその蛙頭で許してくれるのはアロゥロくらいだと思うぞ。……うん。着々と冷静になりながら先程の自身の醜態を思い出して、沸々と怒りがこみ上げてくる。その感情が沸騰しきると口を衝動的に跳ねさせた。


「てめぇ!!!」


 そう叫んだ瞬間だった。ルウィアの身体が……いや、ここら一帯が大きく揺れ始めたのだ。そして響く、何かが砕ける様な音。


「うひぃっ!」

「こ、今度は何!?」

「地震でしょうか!?」

「結構大きいけど安心して! この洞窟にいれば守れるから!」


 直後、洞窟の入り口から粉塵のような雪と氷の欠片が暴風に乗って飛び込んでくる。


「わぷっ!?」

「冷てぇ!?」

「アメリさん!」

「あぅっ!?」


『チキッ!』


 それは一瞬だった。冷風の波が洞窟内を一瞬で満たしたのだ。しかし、一度の波さえ過ぎれば残るは沈黙である。何かが起こった。それは間違いないのだが、その何かが全くわからない。先程まで陽の光が差し込み光の道が敷かれていたこの洞窟内は、今や舞い上がった粉雪によって白く霞み皆の輪郭が辛うじて見える程に濁っている。


「皆無事か!?」

「けほっ……だ、大丈夫です……。」


 と、か細い返事をするルウィア。


「私とアメリさんも大丈夫!」

「た、助かりました……アロゥロさん、ありがとうございます。」

「ごめん! 気温調節してて油断してた……! でも入り口に雪で壁を造ったから大きい塊とかは防げたと思う。最初の風の影響は受けたかもしれないけど……。」


 気温調節の為に気体となってバラけてただろうしな。すぐに全員を守れたかどうかは微妙な所だろう。だからってミィが謝る必要なんて微塵もない。


『チャキッチャキッ。』


「ん?」


 ファイが何やら跳ねている。どうやら付いてくるように促しているみたいだ。向かう先は……。


「外?」


 今、これだけの騒ぎがあった後なのに外を見る気なんて起きないのだが……ファイが何かあるって言ってるみたいだしなぁ……ちょっとだけ覗いてみるか。


 首を伸ばし、ぼやけた光が注がれる外をそっと覗き込む。


 昨日とは打って変わって雪原を照らす陽光。そして、舞い上がった雪が綺羅綺羅とラメの如く空間を彩っている。しかし、それが却って視界を妨げているせいか霞の奥が良く見えない。


「(クロロ、危ないからそこに居て。私がちょっと見てくる。)」

「(お、おう。)」


 妖精の姿になったミィの分身は光瞬く霞の奥へ消えていってしまう。でも、それが一番だよな。考え無しに出ていったって死ぬかもしれない、ここはミィに任せた方がいいだろう。


 でも、本当に何があったんだ? ちょっとずつ霞は落ちついてきている。なんか向こうの方に何か見えるんだよな。輪郭だけはどうにか捉えられる……あの四角く大きい塊は……。


「どうです? 何か見えますか?」

「アメリさん、また風が来たら危ないよ!」

「不意打ちでなければ大丈夫です。」

「み、皆さん、危ないですよ……。」

「……ん?」


 微かに身体を揺らす振動。


「おい、また地鳴りが聞こえないか?」

「え、えぇ? またですか?」


 ルウィアは苦い顔をするが、すぐに黙って耳を澄ます。


 耳が拾う『ゴゴゴゴ……』という確かな響き。


「確かに聞こえますね。」

「うん。」

「な、何の音なんでしょう……?」


『チッキ……。』


 皆も聞こえたようだ。それは改めて耳を澄ましたからさっきの……じゃない……! この音、大きくなってる気がするぞ……!


「お、おい……。」

「えぇ……何か近づいてきている様な……。」

「まだ何か起こるの?」


『キュゥ……!』

『キュアッ!』

『キュッ! キュッ!』


 エカゴット達も異変への怯えか、騒ぎ始めた。


「よしよし、み、皆大丈夫だから。ミィさんがすぐに……。」

「駄目! 皆! 入り口から離れて!!!」


 突然ミィが叫んだ。俺達は訳のわからないままにその声に従う。それくらいまずい予感がしてたんだ。だって……音がどんどん大きくなってる……!


 ふいに闇が跳ねる。潰される光。そして、鳴動する冷気と轟音。


「「うわあああああああ!!!」」

「くうっ!!!」

「きゃああああああああああ!!!」


『キュィッ! キュゥイッ!!!』


 起きて早々何だってんだよ!


 俺達の悲鳴すらも掻き消す重苦しい響き。空間は闇で塗りつぶされ、出来ることはうずくまる事のみ。地面と肌が擦れる感触だけが生きている事を実感させてくれた。


 だが、その波乱も数分で何事もなかったかの様にピタリと止む。生み遺された暗黒だけを置き土産に聞こえるのは、震えるルウィアの呻き声だけ。


「う……うぅ……。」

「…………終わった?」

「……ですかね。」

「皆無事みたいだな。」


 何も見えないが、俺は熱感知で皆の居る場所がわかる。


「……えっと、何が起きたかミィはわかってるのか?」

「うん。雪崩、だね。」

「マジか……なんでいきなり……。」

「その……く……ソーゴが叫んだせい……?」

「………………え?」


 俺の? せい? あの雪山で大声を出してはいけません的な?


「いや……正確には私のせい、かな……。」

「ミィ様の?」

「どういう事です?」

「簡単に言うと昨日私が此処を見つける為に作った身体が崩れてその衝撃で雪崩が起きたの。そして、その身体が崩したのが……。」

「俺の声って事か……。」

「……うん。で、でも、今天気が良くて大声なんて出さなくてもその内崩れてたと思う! だから、その、トドメを刺したと言うか……だから……えっと……ごめんね。」

「だ、大丈夫ですよ! ち、ちょっと怖かっただけですし……! 誰も怪我してないですし! ね、アメリさん!」

「そうですね。ただの規模の大きい目覚ましだと思えばなんともありません。ミィさんがいればすぐに出られるでしょうし。」

「そうそう。びっくりはしたけど刺激的な体験だったって事で、な。とりあえず外に出ようぜ。暗くて何も見えねえ。」


 何も悪いことはない。ミィが崖を見付けてくれなきゃ死んでたかもしんねえしな。とりあえず今は外に出る事を考えよう。


「うん……。」


 熱感知でミィの姿はしっかりと捉えられない。この俺達を包む温かい空気がミィなんだろうけど、それを居場所と言っていいのかはなんとも言えない。ただちょっとずつひんやりとした壁にその温かい空気が向かっているのが感じ取れる。雪なんて温度上げればじゅわっと蒸発してなくなるだろ。


「うん? あれ、この壁……雪だけじゃない。」

「なんだって?」

「岩とかも落ちてきてるって事ですか?」

「岩程度ならミィさんでもファイさんでも簡単にどかせられるでしょう。」


『チキッチキッ。』


「そうだね。でも、一旦は雪だけ退かそうかな。離れてて。」


 そう一言置くと、壁の冷気が熱気に変わっていく。


「ってこれ駄目だろ! 俺はともかくアメリ達が茹で上がっちまうよ! 一旦ファイに風穴を開けて貰おうぜ。」

「確かに危ないかも。加減とかわからないし。」

「ファイ、わかるかな? 今、ミィ様が溶かそうとしてた壁に穴を開けて欲しいんだけど。」


『チキッ!』


 返事のような駆動音をさせてファイが光球を作り出す。近くにいるだけで凄い熱量を感じるな。直視出来ない光量だし……あれって一体何なんだ?


「……うぅ。」


 光球によって照らされると全員の姿がしっかりと目で確認出来た。怯えて小さく丸まったルウィアの姿も。


「ってお前はいつまで怯えてんだ! 立て! ルウィア!」

「は、はいぃ……。」

「ファイ、こっち。ここだよ。」


『キュウゥゥゥゥゥゥン……。』


 俺がルウィアを立たせてる間にアロゥロがファイを誘導する。


「あの光球は魔法なのですよね? 何を顕現しているのでしょう?」

「分析は後でいいだろ!」

「出来る時にしなくてはなりません。疑問は風化するのです。」

「よっと……。」


 アロゥロがピョンと跳ねる様に壁から離れる。今、壁の近くに人はいない。


「やっちゃって!」


『チャキッ……!』


 アロゥロの指示により、高速で放たれる光球。それは触れる前から氷の壁を溶かしていく。しかし……。


『キュボッ!!!』


 という異音と共に凄まじい爆発を起こすのだった。


「わああああああ!!」

「きゃあ!!」


 立て続けに起こる不幸。今日は何度衝撃に身を委ねただろう。別に好きでやってるんじゃない。揺れたり爆発したりするこの世界が悪いんだ。俺は悪くねえ!


 だが、弾け飛んだ壁とは対照的なふんわりとした柔らかい陽光が流れ込んできた。どうやら壁に穴は開けられたらしい。


「もう嫌だぁ……。」


 へたり込んで動かないルウィア。俺だって嫌だわ。目が覚めても鳴り止まない目覚ましがあったらどうする? 蹴り飛ばすだろ。


「驚いたわ……。」

「本当だよ…………ん?。」


 今のは誰が言った? 女性の声だったが……アロゥロでもミィでもマレフィムでもなかった。


「こっちよ。」

「へ?」


 光と共にぬぅっと洞窟に差し込まれた三本の角。いや……下の二本は牙か。ってそうじゃない。



 竜人種!?



「う、うわあああっ!!!」

「あら、怖かったかしら?」


 怯えるルウィアに申し訳無く思ったのか、後退して頭を下げようとする竜人種の女性……?


「……貴方達、こんな所で何をしてるのかしら?」

「俺達は……ここで休んでた所、雪崩に塞がれて閉じ込められたんです。」

「私も雪崩に巻き込まれてしまったの。そのまま寝ていたのだけれど、そしたら、ねぇ。」

「ご、ごご、ご、ごめんなさい!」

「別に構わないわ。」


 立派な角と牙しか見えないが、ちらっと見えた頭のサイズでさえ俺の身体と同じくらいあった……。ってかファイの光球を食らったんだよな? なんで無事なんだ……?


「……久しぶりに人と話したわね。取って食べたりなんてしないから姿をよく見せてくれないかしら?」


 俺達は顔を見合わせてから、恐る恐る入り口に寄る。近づけば改めてわかる年季の入った角と牙。そこからは白い冷気が漂っている。


「(ねぇ、大丈夫なの?)」

「(うーん、敵意は感じねえしな……。)」


 でも、ミィが居なかったらこんなに不用意に近付いたりなんてしねえよ。

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