第88頁目 なんで植物は泣かないと思った?
「……。」
無残なロボットの残骸が蔦植物によって包まれていた。風に揺れて葉っぱが擦れる音がまるで啜り泣く様にも聞こえてしまう。そう、この動かない機体はファイで、それを包んでいる蔦植物はアロゥロである。可変種であるアロゥロが寝る時にオリゴ姿へなるのは自明の理だ。
太陽は天辺を過ぎ、力強い光で戦いの痕を照らしている。俺達はルウィアとマレフィムの為、消化に良いと思われる食材を幾つかとって来たのだが、静かに寝息を立てて眠っているルウィアを見たら安心したのだろう。その後、トボトボとファイの亡骸へと向かったアロゥロ。そして、俺達に気を使ったのか彼女は小さく肩を震わせ隠すように
俺も限界が近かった。少し不安は残っていたが、
「おはよう。早いね。もう少し寝ててもいいんだよ。」
「……まぁ、な。」
水を震わせて話すミィは相変わらず表情が読み取れない。俺はいつも以上にミィの心情が気になっていた。突然のミィとの別れはトラウマに近い形で俺の心に一つの傷を付けていたのだ。
「……ルウィアはともかく、マレフィムもまだ目を覚まさないのか?」
「うん。マテリアルじゃなくてアストラルがね。結構酷い精神損傷だよ……。魔力を使い過ぎたんだろうね……。マレフィムは可使量いっぱいの魔法を何度も使ったんだと思う。元々制御の方が長けてて力技は使わない子なのに……。」
暗い声だ。責というのは何から生まれ、何をして死ぬのか。それを知っていれば楽なんだけどな。俺が気にするな。と軽々しく言っていいものでもない。責を問い詰めていいのは責に守られなかった奴等だけなんだ。そして、俺は守られたと思っている。しかし、ルウィア達の心を代弁してやったりは出来ない。
「ミィが来てくれなかったら、皆死んでた。俺も含めてな……。」
「わかってるよ……でも、もっと速く来れたなら怪我だって……。」
「それを考えてどうするんだよ。皆生きてる。欲張りすぎだ。」
「…………私はね……意識を失ってたの。」
「……。」
俺は黙って聞く。この結果を飲み込む為に。
「クロロと一緒に馬車の上にいたのが最後の記憶。突然だよ。無に落ちたの。そして、我に返ったら……周りに誰もいなかった。マレフィムも、クロロも……。」
「よく、俺の居場所がわかったな。」
「他の精霊がね。教えてくれたの。それに空に向けて撃たれた『プラズマ砲』も見えたしね……。」
『プラズマ砲』ってなんだ? いや、それよりもだ。
「精霊が? 此処等にはいないからおかしいって……。」
「うん。皆眠らされてたみたいなの。『Seedarth inc.の第4世代工業用重機 class φ』に。」
「『ファイ』……?」
「私が廃棄した機体の『機体名』だよ。『思考金属』があまり使われてないかなり旧型の物だけど、まさか『EMP武装』を自力で開発してるなんて……。」
「思考……イーエム……何?」
ミィの説明に全くついていけない。ここに来て俺の知らない単語ばかりを口にするのだ。だが、こんな事が以前にもあった。ミィが俺と会ったばかりの時、自分の素性を話してくれたあの時だ。
「み、ミィ。俺にもわかるように説明してくれ。」
「……ごめん。わからないのは知ってる。ただ吐き出したかっただけなの。私が色々見越して動いていたらって……大穴の中で長く平和に浸かり過ぎたのかな……。それでえっと、なんて言えばいいんだろう……あの機体は、私達精霊を眠らせる武器を持ってて、それをクロロ達が壊してくれたから私は目を覚ませたの。」
壊して……それは俺じゃない。ファイだ。って事はやっぱり、俺達の命はファイに救われていたのか……。
「多分その武器を壊したのは俺じゃなくて……。」
「あのアロゥロって子のとこにある機体だよね……クロロが魔法を使ってもあの装甲を傷付ける事すら難しいと思うから……彼等はゴーレムって呼ばれてるっていうのは知ってる?」
「あぁ……。」
「そこは聞いてるんだね。実はゴーレムは私達精霊と近い存在なの。」
「……。」
なんでだろう。何故だか、その事実に驚く自分と納得している自分がいる。
「襲ってきた奴もアイツも両方『ファイ』……なのか?」
「うん。『識別番号』はわからないけど、機体は同じ型だね。多分。」
「な、直せたりとかは……。」
「……無理かな。」
「そうか……。」
「今も全く動かないって事は……『演算コア』をやられてるって事だと思う。『メモリ媒体』までやられてたら『スタンドアローンスタイル』で『ブーティング』してあるから『クラウド』に『バックアップ』をとってない限り完全な修理も……。」
「……?」
全くわからない単語を連ねられ、またも付いていけなくなる俺。ミィはそれを察して噛み砕いて教えてくれる。
「ううん。とりあえず、望み薄だよ。一応診てみようか?」
「診るって……直る可能性もあるのか!?」
「無い訳でも無い……って程度だけど……。」
昨日、寝る前に聞いたアロゥロの声が如何に俺の胸を締め付けた事か。疲れに身体が侵されていなければ、俺も共に大声で泣いていたかもしれない。あの悲劇を滑稽な喜劇に変えられる可能性が少しでもあると言うのなら是非にでも頼みたいところだ。
「頼む……! 診てやってくれ……!」
「うん。わかった。」
短い応答の後、ルウィア達から小人姿のミィが分離し、ファイの元へ飛んでいく。俺も走って後を追うが、ミィはファイの手前で地中に潜ってしまった。
「ミィ?」
そう問いかけた直後、下から滲んで行くようにボロボロのファイの身体を水が上っていく。液体の身体で各部を調べる気なんだろう。俺は一縷の望みをミィに託す。しかし、アロゥロはそんな事を知らない。
「な、何?」
どうやら水が身体に触れる感覚で目を覚ましたようだ。蔦植物が一斉に集まって少女の姿へと変わっていく。
「……水?」
「おはよう。」
「お、おはよう。ソーゴさん。」
『ピ、ピピ……ピィィィィィィィ。』
「!?」
「え!? ファイ!?」
突如怪音を鳴らし始めるファイの身体。もしかして直ったのか!?
「いけたかも。」
ミィが希望に満ちた言葉を吐く。
「い、いけたって?」
「ファイが生き返るかもしれないんだよ!」
「……え? ……ホントに……?」
そのアロゥロの言葉に応えるようにファイの本体が光を放つ……ん? 光? それはまるで立体映像みたいだったが……どうにも不思議な映像である。細く尖った四脚で、ファイをデフォルメしたかの様な小型のロボットが……。
『チキ、チキ。』
三本足で身体を支え、敬礼をするが如く一本の脚を上に掲げる。
「……ファイ?」
「え?」
これが?
「ファイなの?」
「『演算コア』がやられてたけど『サポーター』が残ってたからそこに『データ』を移したよ。」
ミィが何かしてくれたって事だよな? 小型化したのか? そんな事が出来るのかよ。
「えっと……つまりは……。」
「それはファイだっけ? の、記憶を持ってるって事。でもボディは『φ-α』なんだけどね。」
よくわからないけど、こいつはファイの記憶を持ってる……って事はファイって事だろ。
「ファイなんだよね?」
『チキチキッ。』
前よりも機敏な動きで縦に頷き、本体に『82.3』と表示するファイ。大きい身体のファイと全く変わりない動作をする姿に確信を得る。しかし、これをアロゥロはどう受け取るのだろう。とにかく、俺は一つの可能性を危惧してミィに囁く。
「(ミィ、アロゥロ達はゴーレムが生きている物だと思ってるんだ。だからそこは話を合わせてくれないか?)」
「(え? 生きてるって……いや、それより、なんでクロロはなんでこれが生きてないって思ったの?)」
「(本人に聞いたんだよ。生きてないって答えたのをアロゥロ達は冗談だと受け取ってる。)」
「(うーん……”生きてる”の定義によるんだけど、この機体の場合『人工知能』が必要に応じて簡易的な『人工意識』の構築してるみたいなんだよね。そして、『人工意識』が存在するなら嘘を吐く事だってあるし、生きてるとも言える。それに、その答えが『人工知能』による物か、『人工意識』をファクターとして挟んでるかで意味合いも……。)」
「(む、難しくてわかんねえよ。)」
「(結論だけ言っちゃえば、その機体が生きてるのは事実だよ。周りが生きてると思ってるからね。)」
なんとも捉えようのない答えに思わず黙ってしまう。俺は一人、ファイを機械だと理解していた。そして、機械は生きていない。その偏った常識に本人から同意されたら尚更……でも、それは本当に推測に過ぎないのか。感情があり、考えがある。顔に表示する数値もその感情が関わってるって事なのか……。
「わっかんねぇな……。」
「よかっだ……うぇ……ふぇぇぇぅ……ファイぃ…………もう死んじゃったかと思ったよぉ……っひぐ……。」
昨日とは毛色の違う声で泣き始めるアロゥロ。それは締め付ける胸をじんわり解し温めてくれるように響いた。……後は、ルウィア達か。
「どうにか出来てよかった。」
ファイの大きな体から妖精族サイズになったミィがひょっこりと現れる。
「み゛、ミ゛ィ゛ざん……? ……っんぐ。」
ゴシゴシと涙を腕で拭い、ミィの姿を確認する。
「ミィさんがファイを治してくれたんですか?」
「うん。」
「あ、ありがとうございます!!」
「わわっ!?」
土下座でもし始める勢いで地べたに膝を付き、腰を畳むアロゥロ。土下座の文化は無いはずだから、ミィに目線の高さを合わせたんだと思う。しかし、急に距離の近くなったアロゥロにミィはタジタジである。前に、ミィは崇められるのが面倒と言っていたので戸惑っているのだろう。だが……。
「……ファイを……助けてくれ゛て……!」
そんな涙に濡れた言葉を聞いてか、ミィは仕草に浮き出た拒絶を薄める。
「ルウィアも……私も……皆……ぐすっ……。」
「ほら、泣かないで。」
「……精霊様は、本当に凄いんですね……!」
「い、いやぁ、私はそんな……。」
アロゥロの称賛に再度少々の嫌悪感を滲ませるミィ。
「精霊様はフマナ様に近い存在だって聞いてましたけど、こんな力を持っているなんて……!」
「あー……アロゥロ、止めて止めて。」
「え?」
「ミィは崇められるのが嫌だから身を隠していたのに、アロゥロがそんな態度を取り始めたら困るだろ。」
「あっ、ご、ごめんなさい! でも、感謝したくて……。」
「感謝は充分伝わってるから。とりあえずルウィア達の調子でも見てやってくれよ。」
「……わかった。ファイ、行こうか。後でミィ様とお話させて! 崇めないから!」
「なんだそれ。ミィ”様”って言ってるし……。」
ファイと共にルウィアの方へ駆けてくアロゥロ。そっちにもミィ、いるんだけどな。まるで、ミィのマネージャーになったみたいだが、言った事は多分間違っていない。ミィも気付けば俺の後ろに隠れている。
「あ、ありがとぅ……。」
「……おぅ。」
強い風が吹き、枝葉を揺らす。
それは不安を掻き消すが如く。
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