第89頁目 食べる必要が無くても美味しいなら食べたいじゃん?
「分裂!? すごーい!」
ルウィア達を看病しているミィの側で大袈裟な声をあげるアロゥロ。
「うぅ……。」
やはり、アロゥロの反応は苦手みたいだな。今はもう動かないファイだった物の側で妖精族の姿を崩し、いつも通り俺の背中に引っ付いたミィが呻いた。
「アロゥロは悪い奴じゃない。そのうち慣れて普通に接してくるよ。それに、ルウィア達が治ったらすぐに出発するだろうしな。」
「……うん。」
「にしてもまさかファイが生きてるなんてなぁ。って生きてるかどうかはわからないんだっけ?」
「わかるよ。ルールを作って決めればいいだけ。どっちが生きててどっちが死んでるか。」
「投げやりだなぁ。」
「だって本当だもん。」
生きてるか死んでるかなんて勝手に決めたルールの上で争ってるだけって事か。あんなに明確な違いがあるっていうのに。
一瞬、前世と今世の”間”が頭を過る。”死”は生きてない相手に対して絶対の条件だと思ったけど、機械は生まれていないから始まってるから”死”を通らなくても生きていない存在なんだ。そんなのややこしすぎる。深く考えたら駄目な奴かもしれない。墓から不安を掘り起こす必要が何処にあるのか。
「俺等もアロゥロのとこ行くか。ルウィア達の様子も気になるし。」
「どっちも順調に回復していってるよ。」
「そっか。ミィはここからでもわかるもんな。」
なんて言いながらもルウィアの様子は特に気になる。見に行こう。
「……ん?」
ふと視線を落とした先にあった小さい穴。雑草に隠れ見え難いが、ちょっとした既視感に気付いてしまった。それはルウィア達の方に向けて続いている。
「これ、何処かで……。」
「どうしたの?」
「ん? この小さい穴なんだけどよ……。」
「ファイって子の足跡でしょ?」
「……え?」
確かにこの続く穴の先にはファイがいる。あの細く長い脚で地面を歩けばこんな穴に……。それにしてもこれ、何処で………………!
ミィを探してたあの時だ! 焦げ跡にあった不自然に盛り上がった土と、そこに開いた無数の穴! あれはファイが開けた穴なのか?
「ミィ、あのサポーターとかいう奴はファイの身体の中にあったんだよな? 何のために使うものなんだ? 役割はあるんだよな?」
「役割も何もサポーターだし……って言ってもわからないか。機体の修理とか異常時に対応してくれる機体だよ。『φ』型は『サブコア』が『デュアルタイプ』なんだけど、やろうと思えばもう一個……。」
「ま、待て待て待て、ついていけん。ミィはなんでそんなにゴーレムに詳しいんだよ。」
「言ったでしょ。ゴーレムと精霊は近い存在だって。」
「だからって……ん? 『φ』型って言ったか? 昨日ミィが倒したのも『φ』型だよな?」
「うん。」
って事はだ。あの穴を開けたのはファイじゃなくて敵のサポーターって可能性があるのか。……何のために?
「あいつがサポーターってのを使ってたっていうのは調べられるか?」
「無理だよ。もうただのゴミになっちゃったし。」
「だよなぁ。」
「サポーターがまだいるかもって事? 単体じゃ殆ど何も出来ないよ。あんな化石みたいな機体なら尚更ね。それに、私が守るし。」
あっけらかんと頼もしい台詞を吐くミィ。だが、
ゴーレムと呼ばれる機械。それに近い存在の精霊。本来なら同時に存在しない科学と魔法という要素。それは何処か俺の前世と繋がっている気がしてならない。しかし、俺は真相に向け一歩も踏み出す事が出来ないのだ。俺は、あくまで一人のモブなんだ。物語の主人公足り得る程勇気を持っていない。この物語が悲劇と知ってしまうかもしれない事実なんて聞ける訳ないじゃねえか。
「ルウィア!」
アロゥロが叫ぶ。俺は自分でも驚くくらいの反応で駆け出していた。
「あっ、ちょっ、クロロ! ……って今はソーゴなんだっけ。」
俺を呼び止めるミィの言葉を無視して走る俺はもう一人のミィの元へ着く。
「目を覚ましたのか!?」
「そ、ソーゴ……さん? 僕は、生きて、るんです……?」
薄く開けた目がしかと俺を見る。震えた声で絞り出した最初の質問が自分の生死についてか。自分が生きてるかを疑う程の経験をしたんだもんな。……辛い思いをさせてしまった。
「そうだよぉ。良かった……良かったぁ……。」
「あ、アロゥロ……さん……無事だったんですね……。」
「私の為に……こんな、大怪我して……。」
「す、すみません……。」
「謝らないでよバカァ……!」
またも泣き出してしまうアロゥロ。馬鹿と罵りはするものの、そのアロゥロの声からは溢れんばかりの喜びと深い思い遣りを感じる。彼女はルウィアに二度命を救われたのだ。それだけの思いが募るのは道理なのかもしれない。ミィ曰く、今は命の危険という事もあり、ルウィアからは止めどなく猛毒が染み出しているらしい。なので、アロゥロも考えなしに抱きついたりはできない。
「ルウィア。すげぇよお前。本当に尊敬する。用心棒だなんて言ったのにこんなザマ、自分で提案しておいて呆れてくるよ……ったく……。」
「何、言ってるんですか……そ、ソーゴさん達がいたからこの程度で……済んだんですよ……。」
「…………ありがとうよ。まぁ、今は寝とけ。まずはその怪我を治すんだよ。な。」
「は、はい……ご迷惑を……。」
「んな事言うな。迷惑じゃねえよ。」
「……はい。」
弱々しい声で返事をするとすぐにまた寝息を立て始める。回復には向かっているようだが、医療の知識なんて欠片も無い俺からすればいつ死んでもおかしくないとも思えてしまう。これからどうしようか……ここで立ち往生しては村に着く頃には冬になってしまう。かと言って重症のこいつを揺れる馬車に乗せるのは……。
「ソーゴさん……。」
「ん?」
「……ルウィアって何が好き?」
「何が好きって……あぁ、飯か? なんだっけな。熱い料理は苦手って言ってたけど……。」
ルウィアが今迄一番美味しそうに食べてた物って……。
……。
『ぴぎゃああああああああああああああああああああああ!!』
脳裏の掠めるトラウマの声。いやいやいやいや。確かに美味しそうに食ってたけども。思い出のなんとかだったとかも言ってたけども! 何にせよここで獲れたりはしねえだろ。海産物らしいし、高級食材とかも言ってたしな!
「……聞いた方が早いんじゃないか?」
「それが出来ないからソーゴさんに聞いたの。」
「ちょっとくらい大丈夫だって、ルウィア、おい、ルウィアー!」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
「う、うぅん……ど、どうしました……?」
「ごめんな、起こして。一個だけ答えてくれ。ルウィアの好きな食べ物ってなんだ?」
「……好きな……チキティピ……です。」
「チキピピ?」
聞いた事の無い食材だ。どんなのだろう。
「……チキティピ……です。」
ルウィアが訂正してくる。どうやら聞き間違えていたらしい。
「チピピピ?」
「チキティピだってば! ごめんね、ルウィア。寝てていいから。」
「ぁ……はい……。」
アロゥロはそのチキティピとやらを知っているようだ。
「もぉ! ルウィアは今弱ってるんだから起こしちゃ駄目だってば!」
「でも、本人に聞かないとわかんないだろ。」
「だからって今聞かなくてもいいでしょ!」
「わかったんだからいいだろ。」
「ごめんね。クロ……ソーゴって少しこういう所あるから……。」
「ミィ様が謝る事ないんですよ。今回はソーゴさんだけが悪いんです。」
「ミィが面倒見てるんだからアレくらいで死にそうになったりしねえよ。」
「そういう問題じゃないの!」
「わ、悪かったよ……。」
俺だってルウィアは心配なんだぜ? でも女の子に心配される美少年に少しくらい腹を立ててもバチは当たらないよな?
「こういうのは気持ちの問題? だから。ク……ソーゴはそういうとこ鈍いよね。」
絶対お前意味わかってないだろ。
なんて事は絶対口に出さない。とりあえずルウィアが寝かせている内にそのなんとかって食材を用意するか。
「で、えーと? そのなんとかってのは何なんだ? 美味いのか?」
「美味しいらしいよ。」
「らしい? 食べた事ないのか?」
「私は無いかな。『
「『娯食』?」
聞いた事がない単語だ。特別な食べ方の事なのだろうか。でも、そんな話してないよな?
「私達植人種が他の種族と同様に食事をする事だよ。」
「ん? つまり食事だろ?」
「まぁ、食事は食事なんだけど、私達の場合水と光だけで良いから食べ物を食べる必要が無いんだよ。……って結構常識だと思うんだけど。」
「ソーゴはずっと王国にいたから可変種の知識に乏しいんだよね。」
俺がこの世界の社会に触れてから一年も経っていない。そういう意味では社会1才児とも言える。今後も気をつけないと非常識人と思われかねないな。気をつけようにもついつい気になって聞き返してしまうからどうしようもないんだけど……。
「えぇ!? ソーゴさんって竜人種なのに王国の人なの!?」
「王国の人……なのか? 経歴だけみたらそうか。うん。そうだな。でも、定住してるとことかは特にないぞ。なんならルウィアも王国から来てるし。」
「ルウィアも!? 可変種の、しかも亜竜人種が王国でなんて……。」
「その想像通り結構苦労してるみたいだぜ。俺と初めて会った時もチンピラに殺されかけてたしな。」
「殺され!?」
最早懐かしく感じるあの騒動。ルウィアは毒出せるし、身体強化も上手いんだから不覚を取らなきゃそうそうあんな事にはならないと思うんだけどな。でも、あの気の弱さが問題なのか……。
「やっぱり王国って怖い……ルウィアはお仕事が終わったら王国に戻るんだよね……。」
「そりゃあな。商会だっけか? を作るって夢も持ったみたいだし。」
「私達と別れた後もちゃんとやっていけるか少し心配だよね。」
「え? 別れるって?」
「そういや言ってなかったっけか。俺とアメリとミィは偶々目的が一致してルウィアと一緒に旅しているだけで、商売仲間かって言われたら違うんだ。」
「……え? じゃ、じゃあ……。」
それは恐らくルウィアは王国に戻ったら一人になってしまうのか。という問いかけだろう。それに対する俺の答えは……。
「ルウィアは……オクルスに戻ったら一人になっちまう。でも、俺達にだって目的があるんだよ。こんなに仲良くもなれたからルウィアの幸運も願っちゃいるが、ずっと付き添ってやる事は出来ない。」
「……そっか。」
静かに応えたアロゥロは思案顔で歩き続ける。それを追う俺は思った。ここで俺達を自己中だ非情だと責め立てようとしない彼女は充分に大人であると。正直、俺は罵られても仕方がないと思っていた。自分の都合で利用し、負傷させ、挙句の果てに用済みになったら捨てる。そんな行動をしているし、そうすると語ったのだ。ルウィアを大事に思う人が聞いたのであればそれは、看過出来る内容であるはずがない。そして、彼女は恐らく……ルウィアを憎からず思っている。今、その俯いた顔の裏にどういった感情が渦巻いているんだろう。
「ソーゴさん、多分ここらへんにいると思う。チキティピ。」
「……え? 下にいんの?」
ごめん。違ったかもしんない。
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