第87頁目 希望が無いことを絶望って言うんだよね?

 迫り来る巨体が地面を穿つ。それに面と向かう俺は覚悟を決めて睨み付けた。”破壊”を。


「何をしてるんです!?」

「アメリ! 最大風力でアイツの身動きを止めてくれ! 真上から風を吹かすだけでいい!」

「そんな事をしても――。」

「頼んだぞ!」


 俺は走り出す。マレフィムが俺の願いに応えてくれる事を信じて。


「あぁ! もう! 何を考えて……るんですッ!」


 悪態を吐きながらも颯爽と敵の頭上に飛んでいくマレフィム。流石だぜ。もう敵は俺の眼前である。今速度を緩めたら何か企んでると思われるかもしれない。それに、マレフィムより俺が脅威だと思わせなくてはならないのだ。俺は魔力を温存しつつ圧縮した水球をぶつけていく。どんな機能で俺達を感知しているのかは知らないが、水が散らばるこの魔法はマレフィムを隠すのに丁度いいはずだ!


「せああああッ!」


『ギ、ギギギ、ギギギギギッ……。』


 マレフィムの声が響くと、敵の八本の脚が外側に拡がり始めた。


「アメリ!? 脚を風で縛ってんのか!? 上から潰すだけでいいって――。」

「その方法では恐らくソーゴさんは近づけません! は……早く!」


 その通りだ。やり方はなんでもいい。敵が止まって俺が攀じ登る事が出来ればいいのだ。俺は身体強化を強めて目標の”穴”へ向け跳躍する。翼を畳み、首と尾は真っ直ぐ、弾丸の様に……ッ! そして、敵にぶつかりそうになった瞬間に翼を思いっきり拡げて風の抵抗を目一杯受ける。残りの慣性の法則は魔法で強化された肉体頼りだ。と言うか、こいつの身体なんて思いっきり踏みつけてやるぜ!


『ッダン!』


 ジーンと痺れる脚が敵を捉えた事を知らせる。眼の前にはただれて溶解した機械の穴。しかし、破損痕には回路の様な物やケーブルみたいな物も存在しない。例えるまでも無く、ただの金属の塊だ。一体どういう仕組で動いてるんだ? なんて疑問はこの際どうでもいい。俺がやるべき事は唯一つ!


「喰らえええええええええッッッ!!」


 興奮が勢いよく口から吐き出される様な感覚。それは無意識だった。俺はアニマを顕現させずアストラル本体から直接水を放ったのだ。そう、口内から。咳袋に溜めるなんて事はしていない。ただ俺の言葉に乗せた思いを全てぶつけたかった。その一心で。


「ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……!」


 零距離による水鉄砲を受けて更に削られていく傷穴。そのダメージを恐れるかの様に藻掻き出すロボット。


「て、抵抗が……つよ……うっ……!」


『ギ、ギュイン、ギュアァァン……。』


「なっ!?」


 俺はバランスを崩し、已む無く水鉄砲を中断する。それは計算外且つどうしようもない不運であった。マレフィムの魔力が尽きそうになってしまったのだ。それにより敵は行動を再開し始める。先程よりも明確な敵意を持って。


「ちっくしょ……アメリ! 大丈夫か!?」

「申し訳ございません……魔力が……。」


 この状況でマレフィムが飛べなくなってしまったらとても危険だ。これくらいで撤退させるしかない。


「俺の事は構うな! 逃げろ!」

「で、ですが!」

「大丈夫だ! 多分だけどコイツの爪は俺に届――。」


『ッギャン!』


 それは幾度となく見せられた大跳躍。この巨体がコレだけ高く飛び上がるというのにどれだけの力が要るのだろうか。この跳躍について一つだけ、体感してわかる事がある。それはしがみついてなんていられない程の初速だという事だ。俺は容易く自分の身体を見失い、巨体を沿う様に下へ転げ落ちていく。


「ぐぅッ!?」

「そ、ソーゴさん!」


 ふわっと身体を包む浮遊感。それはいつだったかに体感した絶望を呼び込んでは来なかった。この高さから地面に落ちた所で死んだりはしないんだからな。でも、落下というのは此れ程速く地面が迫って来るものだったろうか?


「駄目!」

「がァッッッ!?」


 金属の地面に蹴られた俺は全てに身を任せる他無かった。俺は、不可解な速度で反応を示した敵の脚で蹴られたのである。改めて身体を包み込む風の感触。からの……。


 衝戟と鼓膜を刺す痛撃、そして、ちょっとした身体の痛み。



 頭がぼぅっとする……。



「ソーゴ……さ……。」


 小さい聞き慣れた声。


 少し首を傾ければ、泥で汚れた倒れ伏せる友、マレフィム。


 なんで受け止めたりなんかしたんだ……魔力ももう残ってないって……。



『ギュイン、ギュイン……。』



 俺の知らない絶望が迫っていた。


 死んでしまうという絶望はいつも側にいる。


 でも気付かなかった。


 死なれるという絶望も側にいたんだな。



『ギュイン、ギュイン、ギュイン、ギュイン。』



 絶望の体現者は歩みを止めない。


 顔が引き攣っていく。


 景色が朧気になる。



「俺が……何をしたって言うんだ……。」


『ギュイン』



 眼の前にやってきた、鼓動を止める駆動音。


 ちくしょう。


 目を閉じ、現実を拒絶する。



『――――ジュプンッ。』



 それは不思議な音だった。俺は痛みも無く殺されたのだ。この世界は俺の知っている世界と違う。死んだ後ですら俺はアストラルとしてこの世界を彷徨う……。



「ああああああああああああああああああああ!」



 鼓動を跳ね上げる声。知っている。この声を知っている。俺は居ても立ってもいられずに世界を受け入れた。



『ギ、ギギッ、ギギギ、ギッ……。』



 幻覚の様だ……。水の球体に包まれたロボットが窓枠の隅で死んだハエトリグモの様に脚を丸く折り込んで震えている。こんな芸当を出来る奴なんて一人しか知らない。



 ――俺の後ろには希望が立っていた。



「許さない……! 許さない! 許さない! よくも……! クロロを! マレフィムを! ……ぁぁあぁぁあああぁぁああああああああ!!」


 透けた顔を怒りに染めてミィは対象に憤怒をぶつける。


『ギッ、ギッ、ギッ、ギグッ……。』


 軋みながら一部一部が変形していく。ファイですら一撃で沈めたあの機械が、ダメージを負っているとは言え、これだけ圧倒されるというのか……。



『グシャッッッッッッ!』



 その音が決着の証であった。奴は、この数秒で一つの金属球に成り果てたのだ。



「ミィ……。」



 言いたい事は幾つもあった。しかし、俺の今出せる最大の言葉はその一言だったのだ。空かさず駆け寄ってくる月明かりを透す少女。


「クロロォッ…………ごめんねッ……!」

「ははっ……何処行ってたんだよ……でも、俺より、マレフィムを……。」

「ッ……うん! マレフィム!」


 マレフィムを掌で優しく包み込んだミィは、そのまま両手をくっつけてマレフィムの身体を自身の手に浮かべる。


「……うぅ……ミィ……さん……? 一体今迄何処に……。」

「ごめん……ごめんね……。」


 震える声で頻りに謝るミィ。事情は後だ。それよりも今は……。


「ルウィアッ!」


 まだ、魔力が残っていた俺は身体強化で運動能力を補助しつつルウィアの元へ走った。項垂れたアロゥロが、息も絶え絶えなルウィアの頭を膝に乗せている。背中には大きく切り裂かれた傷痕があり、そこからは止めどなく血が滴っていた……。


「……ぐすっ……嫌だぁ……。」

「ルウィア……クソッ……!」

「凄い血ッ……! 待ってて……!」


 ミィはマレフィムを小さなスライム状の分離体に任せ、走って何処かに行ってしまう。俺は遠ざかるミィに少し不安な気持ちになるが、今は目の前の友人の呼吸が途切れそうな事こそ何より気掛かりだった。


「……生きて……るんだよな?」

「……うん。 でも、少しずつ呼吸が弱くなっていってる気がするの……! ルウィアが……死んじゃう……うぅ……!」


 そんな不吉な台詞なんて聞きたくなかった。しかし、アロゥロはほんの少し前に家族を一人失っているのである。悪い方向で考えてしまう彼女を責める事なんて出来やしない。こんな時はどうすればいいんだ。医者か? 医者がいるとして間に合うのか? 考えが浮かんだ側から悪い想像に打ち消されていく。


「お待たせ!」


 帰還の声と共にミィはルウィアへダイブして身体を包み込んでしまう。


「な、何!?」


 戸惑うアロゥロ。しかし、ミィが考えもなくこんな事をするはずがない。


「大丈夫だ。ルウィアから離れてくれ。」

「う、うん。」


 頭以外を水の塊に包まれるルウィア。背中から溢れる血がミィに溶け込んでいく様が痛々しい。


「……うん。多分大丈夫。幸い皮膚を引き裂かれただけだね。私が止血を続ければどうにかなると思う。薬草と鉄分は私が持って来たから、これから少しの間消化に良い料理を作ってあげれば良いと思う。まれ……アメリも私が見るよ。」

「お、おう。」

「は、はい!」


 これからの事を説明をするミィの声はわかりやすく沈んでいた。この事態へ陥った責任を感じているんだろう。色々聞きたい話はあるが、今はマレフィムとルウィアの救命が大事だ。


「精霊の……ミィさん、ですよね……?」

「うん。そうだよ。はじめましてだね。」

「私、アロゥロって言います。その……ルウィアは、助かるんでしょうか?」

「……やれるだけの事はやるよ。こんな事になる前に助けられなくて、本当に……ごめん……。」

「あ、謝らないで下さい! ……ゴーレムが襲ってくるなんて、誰にも……わからなかったと思います。」

「でも……多分私が居たならルウィアも君も……。」

「――ミィ。」


 俺はついその言葉を遮っていた。勝手な決めつけに過ぎないが、ミィは最善を尽くした。俺はそう思ってる。だからこそ、今この結果を否定するような事は言ってほしくない。


「皆助かった。生きてるんだよ。結果は同じだ。」

「でも、怪我を……。」

「ミィが考える事じゃない。お前を責めるなら怪我をしたソイツ等だろ? お前がお前を責めても何の意味もない。」

「そうですよ。それよりも今はルウィア達を……! 何か手伝える事はありますか?」

「え? えっと……起きた時の為に食材集めておくといいんじゃないかな? でも、その前に寝ておきなよ。あんまり寝られてないでしょ。」

「わかりました! それじゃあ食材をとって来ます! ルウィアが頑張ってるのに寝てなんかいられません!」


 涙のあとが残る頬を無理やり引き上げ、溌剌と笑うアロゥロは足早に何処かへ向かう。そんな彼女へなんて声を掛ければいいのか、皺の足りない俺の脳じゃ思いつきようがない。なので、ただ小さくなっていく姿を見送る他無かった。


 しかし、少女は突然駆け足を止めてこちらへ振り向く。


「ソーゴさん! 消化に良い食材がわからないから一緒に来て!」

「……おう!」


 そうだよな。求められた事に応えてやればいいんだ。余裕が出来たら俺からどうすればいいか聞いて行こう。


「あぁ、植人種だから……クロロ、色々教えたげて。何が食べられるかよく知らないのかも。」

「……何処にも行かないよな?」

「勿論だよ。」


 人の姿でないミィから表情は読み取れないが、少しの謝罪を含んだ返事に聞こえた。俺はそれを可能な限り丁寧に受け止める気でいる。今の今まで何をしていたかは知らないけど、俺はミィを信じて話してくれるのを少し待とうと思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る