第84頁目 勝てない相手にどう挑む?

「…………。」


『キュィン。キュィン。キュィン。キュィン。』


 深夜。俺は夢遊病にでも掛かった様にとぼとぼと森を進む。俺の後ろを歩くのは、大きい身体の多脚型ロボット、ファイ。


「ごめんな。付いてきて貰って。なんか寝られなくてよ。」


 当然返答は返ってこない。それでも俺は密かに昂ぶる心を鎮めようと言葉を続ける。


「ファイのご主人……いや、友達? に変な虫が付きそうだけどいいのか? 感情はあるんだよな?」


『キュゥン。キュゥン。』


 先を歩きながらファイの方を向くと、首を縦に振って顔には『63.5』と表示している。別に許すけどあんまり……って感じか。辛口だな。頑張れルウィア。


 枝葉の隙間から降り注ぐ何本もの光柱。闇にしかと輝くそれは日光よりもほんのりと柔らかい明かりで、何処か切なく幻想的な雰囲気を醸し出している。ファイの無遠慮な足音がなければ、少し感傷的な気持ちになっていたかもしれない。


「おぉー。」


 だからこそ自分がガヤとなって盛り上げる。辿り着いた先には光り輝くブロッコリー。……色的にはカリフラワーが正しいかな……って違うか。形状的には間違ってないんだ。でも、どう言っていいかわかんねぇわこれ。


 改めて紹介するならば、この国に入って何度か見る事のあった結晶である。俺はそれを見に来たのだ。何がどうなったらこんな結晶が出来るんだよ……。本当にこの世の光景とは思えない。


 茸の笠やブロッコリーの蕾の様に拡がった何本もの細い結晶が先端を光らせ周囲を照らしている。これが人工的な物ではないというのだから驚きだ。でもこの光って地下に生えたあの激辛茸の光なんだっけか……。知らない方が良い事もあるよな……。


「ふぅ……。」


 なんとなしに一息吐く。もっと近寄って見てみたいけど、あの結晶の下は見ての通り鋭い結晶が大量に落ちている。あれが身体に刺さったらなんて思うと怖すぎる。レゴブロックより痛いだろあれ……せめて遠くから見て楽しもう。花見ならぬ石見ってな。


「しっかし、ベスの気配を感じなかったな。弁当を拵えられたら最高だったんだけど。」


 そこまで望むのは我儘というものか。少し歩いたとは言え、危険を考慮して引き車からはそこまで離れちゃいない。それでも長居はしないようにしよう。そして、俺は同じく歩みを止めたファイの方を見る。


「ファイって夜になったら人と同じ様に寝たりするのか?」


『キュウゥン。キュウゥン。』


 横……0か。やっぱりこの数字ってパーセントだよなぁ。そして、寝ないっていうのはなんともロボットらしい。原動力ってなんなんだろう? ソーラーとか?


「じゃあずっと起きてるんだな……。」


 寝ないってどんな感じなんだろう。感情が常に動いているんだよな。思考と感情って別なのか……? もしかしたらさっきのアロゥロとルウィアの関係に関しての考えもこれからずっと悩み続けるのかもしれない。そうだとしたら少し可哀想だな。


「生きてると考えるってどう違うんだろうな……。」


 是でも非でも答えられない言葉にファイは全く反応をしない。実を言うと、ファイをここに連れてきたのには理由がある。俺は、唾で喉を鳴らして問いかけた。


「……ファイ、お前は昨日襲ってきたロボットと戦って勝てるのか?」


『キュゥン。キュゥン。』


 それは前回と同様のボディランゲージ。その巨躯の本体と思われる楕円形の物体を縦に揺らすという返答。


「えっ――。」


 俺が驚きを声にしようとした瞬間だった。吐息が焼き付くと錯覚するほど熱を纏った衝撃に吹き飛ばされる。地面に何度も叩きつけられ、全身に痛みが走った。何が起こったのかという疑問が頭に浮かぶ前に木の幹に叩きつけられる俺。


「ぐがっ!?」


 痛い。そして、キーンという高い音と共に徐々に静寂が去っていく。朦朧とした意識に漂うぼやけた視界からは違和感を得られない。だが、俺の目は少しずつ輪郭を捉え始める。揺らぐ炎の帯の先には、結晶の根本にめり込んだ巨躯。



 ――ファイ?



 俺はハッと頭を振り、もう一度周りを見渡す。あの衝撃痕と炎、そして、ファイを吹き飛ばす威力の何か。それを創れる相手は俺が知る限り一つしかない。


『キュゥン。キュゥン。キュゥン。キュゥン。』


 気が抜けるような駆動音を鳴らしながら、ファイの様子を伺うように一定以上近寄ろうとしない、ファイとよく似た姿のロボット。


 奴が現れたのだ。


「な、なんで……!」


 俺は咄嗟に出た三文字の文句と共に今の状況を感覚的に把握する。痛みにじっとりと張り付いていく焦りと恐怖。しかし、まだ奴がこちらを向いていないという些細な事実が少しだけ俺を冷静にさせる。


 狙いはファイなのか……? 気付かれる前に逃げなきゃ! ってかファイは壊れちまったのか!? 


『ギギギギギギガッ……。』


 強く軋む音が聞こえる。無事では無いようだが、まだ動いてはいるみたいだ。パラパラと結晶を崩しながらも体勢を立て直そうとするファイだったが、敵が紳士的にそれを待つ道理なんて無い。


 敵の本体と思われる楕円形のボディーの前に球体型の光が集まっていく。あんなの推測するまでもない。奴はファイに追い打ちを掛けるつもりなのだ。どうにかしなければファイは今度こそ跡形もなく壊れてしまうかもしれない……! でも……! 脚が……身体が……動かない……! 


 そうもたついている間にも光の球は見る見る間に大きくなっていく。


「クソッ、クソッ、クソッ、クソォッ!」


 情けない! 悪態ですら気付かれない様に控えめに吐いてしまうこの俺が! 俺に……! もう少しだけ動けるだけの理由を……! 覚悟を……! いつもならこういう時……ミィ…………ミィ!!



「…………こっちを、見ろおおおおおおおお!!!」



 心を振り絞り思い切り叫ぶ。この声で奴は俺に気付いたはずだ。目、があるのかはわからないが……一瞬だけこちらに気が向いた気がする。それ故か、それとも必要が無くなったのか。刹那の間を挟み…………膨らんだ光球が一閃となってファイを塗りつぶす。


「まっ……!?」


 確信に近い考えに傾きかけている。奴は待てという言葉の理解どころか、対話すら不可能な存在なのではないだろうか。無慈悲で躊躇の無い”破壊”そのものをどうしろって言うんだよ。


 光線は結晶の幹を易々と貫通し、更に向こうの地形を無情に爆散させる。真夜中に現れる暁の日が赤々と景色を染め上げていくそれは、まるで世界の終わりみたいだ。メキメキと音を立てながら光を失った結晶がこちら側に倒壊して結晶片をぶち撒ける。俺は咄嗟に目を閉じて後ろを向いた。


「クッ……!」


 ため息と舌打ちの混じった物を吐いた俺は、体中に当たる飛礫つぶてによる痛みに耐えつつ恐怖に身を震わす。次に殺られるのは俺だ……!


 橙色を滲ませる土煙の横に朧気な八つの光。それがゆっくりと俺の方へ向く。


「うっ……クソォッ!」


 俺は言うことを聞かない脚を動かして、どうにか引き車の方へ駆け出そうとした時だった。八つの目の近くに細やかな光が弾け、不自然な動き方をし始める。そして、その目は俺じゃない何かへ向けられたかと思えば、土煙が突然の光る爆風によって晴らされた。それによって明瞭になる現状。


『ギギギギギッ……!』


 なんとボロボロの姿になったファイが、奴に飛びかかっていたのだ。蜘蛛に蜘蛛が抱き付いている様な姿の二体。そして、ファイは敵の本体に密着したまま連続で光線を放つ。波状的に場を震わせる爆風。凹み穿たれる敵の本体。だが奴とて黙ってファイの攻撃を受け続けたりはしない。直後、突如しゃがんだかと思えば、捻りを加えた跳躍をして強くファイを蹴って引き剥がす。轟音と共に地面に落下するファイ。ってか光線を溜めていないとは言え、あれを何発も受けて凹むだけってどういう事だよ!


「ファイ! 逃げるぞ! 一旦引き車まで戻るんだ! 皆と協力したら少しくらいは勝率が上がるかもしれない!」


 絶望的な状況だったのにファイという希望が消えていない事に気付いたからか、気付けば俺の身体は先程よりも軽くなっていた。脚は動く。口も開く。頭だって……!


「お前は死なないかもしれないけど! 壊れたらアロゥロが泣くぞ! 全力で皆の元へ逃げるんだ! 俺は……飛んでいく……!」


『ギ、ギギ、ギュゥン、キュゥン。』


 縦、74.8! そうこなくっちゃな! 俺はブレそうになる気をどうにか抑えて水をイメージする。前回は馬鹿みたいな魔法の使い方をしたけど、思い出すんだ。作用反作用の法則を! 翼から地面に向けて……勢いよく水を! 顕現!!!


「うおおおお!」


 気合の声と共に翼から地面に放たれる水鉄砲。しかし、翼が持ち上がる様な感覚はなく、無機質に地面が水圧で掘られていく。


「えぇ!?」


 予想外の展開に集中が解け、水の顕現が途切れてしまった。


「な、なんでだ? 作用反作用の法則が無い? ……魔法はアストラルから出るから反動が無いのか!? ぬおぉっ!?」


 危機を感じ取った俺は思いっきり地面を蹴って横に飛び跳ねる。直後、俺が居た場所が弾け飛んだ。ヤツの光球だ。少し飛び退くのが遅ければ死んでいたかもしれない。俺から気をそらす為か、ファイも同様に光球を敵に放って牽制する。早くここから去らなきゃどっちも殺られる!


「しょうがねえっ!」


 もう一度集中してアニマを顕現させる。情けねえけどこれしか方法はない! 行くぞ! 顕現!


「おりゃああああ!!!!」


 二本のアニマから勢いよく放たれる水柱を両翼で受け止める。遠慮は要らない! 均等に! 強く! 身体はその力に押されて空へと投げ出された。だが勢いは緩めない!


「飛んでけええええええええええ!!!!!!!」


 どんどん加速して地面を離れていく。背後からは激しく金属がぶつかりあう音がする。でも俺は振り返らない。今はとにかく引き車の方へ! あった! 向こうだ!


「見て! あれ、ソーゴさんだよね!?」

「ですね! こちらへ!」

「え、えぇ!? ソーゴさん!?」

「ルウィア! アメリ! アロゥロ!」


 これだけの騒ぎだ。全員起きてしまったんだろう。俺はアニマの位置を制御しつつ、地面に叩きつけられないよう放射する水の威力を調節して危なっかしく地面に降り立つ。


「ソーゴさん! ファイは!?」

「今、一緒に逃げてきてる……はずだ。」

「アイツが襲ってきたの!?」

「あぁ、急にな……逃げるのが精一杯だった。やっぱりアイツと対話は無理だ。無駄話をしてる暇があれば狙ってくるぞ! しかも、どうやらファイを狙ってるみたいなんだ。だから、アイツを倒さない限りファイを狙って何度でも現れるかもしれない!」

「そんな……!?」

「だからこそだ! 今! 倒すんだ! それしかない!」


 そうでもしなければ損ばかりだ。アロゥロやファイとは縁を紡いでしまったし、帰り道にもここを通る。今逃げたって意味がない。どうにか奴を仕留める!


「いいか?」

「わかった。」

「……わかりました。」

「うぅ……が、頑張ります!」


 黙り込んだ三人に改めて返事を出させた。小規模な爆発と破壊音がこちらに近づいてくる。どうやらファイはちゃんと合流する気があるらしい。ここからはどうにか頭を使わなければ……。


「皆、協力してくれ。俺だけじゃいい考えなんて浮かばない。全員のやれることを把握してそれからどうするか考えるんだ。もし、思いつかなきゃ……最悪の結末を迎える事になるかもしれない。」


 遠くに燃える赤き光が俺の表情に説得力を加える。



 ここを修羅場になんて、させない。


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