第83頁目 イチャラブだってタイミングがあるだろ?

『こんな、こんな僕でよければ、い、一生大切にします……! 命を賭けても……!!』


「え、えぇ!?」


 勢いのまま思いの丈をぶつけるルウィアに戸惑うアロゥロの声。


 今日、マレフィムは確証の無い可能性に命を賭け、ルウィアは勘違いに命を賭けた。前者はともかく、後者はアロゥロの小さな悪戯が原因であるが、彼等の言う”命”と俺の考える”命”は同一の物なんだろうか。命の重み、価値……人類が何世紀も浪費して抱えてきた問題だと思う。たった半日程度考えたくらいじゃ答えなんて出る訳がない。


 しかし、目の前の問題は別だ。冷静に傍観していた俺にはわかる。アロゥロは友と恋人を並べ、敢えて恋人に立候補するかという様なニュアンスでルウィアをミスリードしたのだ。それを如何にも人付き合いが苦手なルウィアが看破出来るはずがない。あいつは良くも悪くも真っ直ぐな蛙だ。商人としてそれで良いのかと思いはするが、人の思いには出来る限り答えようとするというあの姿勢はあいつ美徳と言えるだろう。それを知らずとは言え軽はずみな言動で弄んだのだ。対応によってはとてつもなく痛い目を見るだろう……。


 ルウィアは、この際ちょっと火傷した方が良いと思うけどね。人の心の機微もわからず商談なんて出来ないだろ。さぁ、言ってやれ! あの悪魔の言葉! 『はぁ? キモ。』って!


「え、いや、あの……そ、そんな風に返されるとは思ってなくて……その……。」

「あ、会ったばかりで、そそ、そんな風に思ってくれていたなんて……! その、あの、ご、ごめんなさい! じ、自覚が足りませんでした……!」

「えぇっ、い、いや謝る事じゃ……というか謝るのは私の方……。」


 お、おおぅ……見る見る間に傷口を拡げてくなアイツ……後でどうフォローしよう……。なんて考える間にもイケメンの皮を被る蛙は我道を突き進む。なんと、ルウィアは躊躇せずアロゥロの手を握ったのだ。ルウィアの顔面の造形によっちゃブタ箱行きの暴挙である。


「わっ!?」

「ぼ、僕、商売の事ばかりで、だ、駄目駄目で、そ、そ、そういった関係を持つのが初めてで、そ、その……!」


 ルウィアの心臓が加速していっているのが手に取るようにわかる。手を取られてんのはアロゥロだけど……当のアロゥロはなんだか戸惑いが薄れて来ている様に見えた。お化け屋敷で自分より驚いている奴が隣りにいると怖くない的なアレかな。違うか。単純に一周回っただけかもな。


「落ちついて、ルウィア君。ね。私の目を見て。」

「は、はい……!」


 見つめ合う二人。あぁ……なんだかこれから先の残酷な結末を知りたい様な知りたくない様な……ってか俺がいる事知ってるよな? 忘れられてる?


「私、実はファイや植人種以外の人とマトモに話すのって初めてなの。他の種族は横暴で乱暴だっていうのが植人種の常識だしね。だから、ルウィアは私の初めてを二つも奪ってるんだよ?」

「え? えっ!? は、初めて!?」


 ここで更に際どい言い回しを続けるのかよ。頼む、そろそろゲームセットのホイッスルを……! オーバーキルになっちまう……!


「そっ! ファイを除く異種族での初めての会話相手と……触れ合った相手。」


 そう言って未だ強く握られた手に視線を落とすアロゥロ。流石に何かを感じ取ったルウィアは勢いよく手を離す。


「うわぁっ!? す、すみません! こ、これ、というより、アレは!!」

「わかってるよ。あの魔法から助けてくれる為だもんね。でもね、アレのおかげで少し考えが変わったの。というより、勇気を持てた。それと…………失望もした……。」

「……え?」

「あぁ、違うの! 私、他の植人種とは違う考えを持ってると思ってたのに、結局私も他の種族を恐れてたんだなぁって自分に強く失望したんだ。そして、ルウィアに助けられて怖くない種族もいるんだって勇気を貰えた……本当に。」

「そんな……ぼ、僕は、身体が、勝手に動いてただけで……。」

「もぉ、それが凄い事なのわかってないでしょ?」


 ……あれ……? 恋人じゃないよって話は? ふるんだよな?


「ルウィア君。私と君は友達。勘違いさせるような言い方してごめんね?」

「……へ。」


 急にキター! ぶっ込んでキター! どうする!? ルウィアどうする!? 大ダメージだぞ!?


「私も、まだ若いし、今まで恋人なんていなかったから……上手くは言えないんだけど……そう、好き合う人に対して自分を貶す様な事言っちゃ駄目だよ。」

「……。」


 項垂れるルウィア。なんだろう。ザマァだなんて思ってないけど、決して思ってないけど、今酷く興奮している。そして、胸にキリキリと襲ってくる痛み。なんだこれ……タバスコを混ぜた炭酸ジュースを飲んでる感じ? わからん。


「……私は、誰であろうとルウィア君を悪く言うのは気分悪いかな。」



 え。



「……ごめん、なさい。」


 いや、違う。


「勝手に勘違いしてしまったようで……。」


 違う違う違う違う! ルウィア! 気付け! 多分、きっと、今チャンスだぞ!



「……。」



 あ゛ー! アロゥロが黙って横向いてる! あれ照れてるって! でも、それを俺が言ったら雰囲気も何もあったもんじゃない! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!


 そんな俺のもどかしさを、知ってか知らずか煽り続ける落ち込むルウィアと沈黙のアロゥロ。


「おや? お二人共どうしたのです? こんな時間に?」


 ふぁああああああああああああ!!!!!!!!! 今日一番腹立つ! なんでここで出てくるんだよ! マレフィム!


「あ、アメリさん!? アメリさんこそどうしたの? こんな時間に。」

「この森は夜も明るいですからね。少し飛び回って不審な所が無いか見回っていた所です。」

「そ、そう。」

「おや?」


 颯爽とアロゥロの顔の前に飛んでいく邪魔者。そして、会心の一撃を放つ。


「熱でもあるのですか? 顔色が悪いように見えます。私達の我儘に付き合ってくださるのは有り難いのですが、身体は大事にしていただかないと……。」

「え? あ? そう? そう言えばそうかもしれない!」

「え!? そ、そうだったんですか!?」


 会話の流れに何の違和感も無く沿っていくルウィア。違うだろ! 違うだろ!! 違うだろーォッ!!! そうだったんですか!? じゃねえよ! 


 だが、そんな思いが通じるはずも無く……。


「ご、ごめんなさい! 自分の事ばかりで……!」

「ち、違うの!」

「違うのですか?」

「違ってないけど!」

「き、今日はもう寝ましょう。アロゥロさん……!」

「大丈夫だから……!」

「だ、大丈夫なんかじゃありません!」


 心配からか、勢いからか。ルウィアはずいっと顔を寄せてアロゥロを諭す。


「それでも、アロゥロさんは大事な人なんです! 身体を壊してほしくなんてありません……!」

「だ、大事って………………なら、一つだけ……聞いて。」

「な、何をですか?」

「さん付けじゃなくて、アロゥロって呼んで。」

「……え、えぇ!?」

「じゃなきゃ…………寝ない。」

「え、あ、ぅ……。」

「……いいの?」


 反吐が出るわ! なんだこれ! おい、マレフィム! お前も今更察して居心地悪そうにキョロキョロしてんじゃねえ! 


「…………アロゥロ……寝て、欲しいな。」

「……う、うん。今日は、もう、寝る。」


 そう言ってうつむく二人と余計な一人を照らす三つの月明かり。あそこまですれば流石のルウィアでも何か感じとったんじゃねえかなぁ。でも、あんな勘違いさせられて落ち込んでたろうに……それ以上に苦しむ人の心配か。


 ……偶然会った女性の命を救えば二日目でも良い雰囲気になれると……覚えとこ。


「あー? えっと? 私はもう寝ますね?」


 去り方雑! いつもの無駄なコミュ力はどうしたんだよ!


「わ、私も……! また、明日ね! ル……ルウィア、良き夢を!」

「ぇあ!? あ、アロゥロ……も、ですか。」

「ぁ当たり前でしょ! ふふっ。」

「よ、良き夢を。」


 アイコンタクトで返事をしてファイの居る方へ向かうアロゥロ。ルウィアもふらふらと引き車の方へ歩いていく。残されたマレフィムは一応小声で……。


「ぇー……良き夢をー……。」


 なんて寂しく、居もしない相手に最低限の礼儀を貫く。しかし、締まらねえ……一人で無駄に興奮しただけじゃねえか……。何の茶番だったんだよ……。


「覗いていましたね?」

「ヌゥ……!?」


 驚嘆が口から漏れ出ぬ為に、長い口を掌で握り声を抑える。


「(マレフィム、驚かすなよ!)」

「(はぁ、要らぬ恥をかきました。)」

「(様子も見ずに首を突っ込むからだろ。夜遅くに男女が二人きりとなれば警戒しなきゃ駄目だ。)」

「(何のアドバイスですか……でも、少し安心しました。)」

「(何処がだよ! 寧ろ先が思いやられるばかりだ!)」

「(貴方の事ですよ。クロロさん。)」

「(……。)」


 俺はルウィア程鈍感じゃない。マレフィムが俺に何を言おうとしているくらいはわかる。確かに、ルウィアとアロゥロがイチャついている様子をまざまざと見せつけられた結果、いつの間にか焦りと憤りが薄くなっていた。ミィがいないのだから、勿論消えきってはいない。ただ、今の俺に必要なのはこういった余計な事を考える時間のはずだ。


「(……まぁな。)」

「(……。)」


 マレフィムは伏せた俺の頭の隣に座って何も言わずに切り取られた空を見る。何故か心地良く感じる静寂。いつまでも皆に甘えてばかりじゃ駄目だ。でも、ただ闇雲に動いていればどうにかなった大穴生活の頃とは違う。命の重さはこの際置いておこう。俺がやるべき事はそれを考える事じゃないだろう。


「(……マレフィム、ありがとうな。)」

「(礼を言われるような事は……言ったでしょう。私もミィさんを探したいと。)」

「(もし、あのロボットを見つけたら一度だけ対話を試みる……だっけか。……いいぜ。)」

「(クロロさん……?)」

「(でも、一度だけだ。もし駄目そうならすぐにでも全力で逃げるぞ。)」

「(……ありがとうございます! それでは、明日になったらその方針を伝えて、また他の場所でミィさんを探してみましょう!)」


 喜色で顔を染めるマレフィム。それを見ていると不思議にこちらまで嬉しくなってくる。だが、問題は解決しちゃいない。それにあのロボットとも再会出来るかどうか……。


「(まぁ、明日な。今日は寝ようぜ。)」

「(ですね。……それにしても、あの二人。まさかあの様な関係になっているとは……最近の若者は早熟ですねぇ……。)」

「(おばあちゃんみてぇな事言うなよ。)」

「(うら若き乙女におばあちゃんとはなんたる言い草ですか!?)」

「(ルウィアは命を救ってくれた王子様だぞ? ちょっとくらい惚れるだろ。)」

「(惚れるにちょっととかがあるのですか?)」

「(あったんだよ! アロゥロには!)」


 人の為なら人一倍頑張る奴みたいだからな。ルウィアが成長する為には好きな人の一人や二人くらいいた方がいいんじゃなかろうか。


「(これからあの二人の会話に混ざる時は気を使えよ?)」

「(クロロさんに言われたくありませんね。今日どれだけ私達に気を使わせたと思っているのですか?)」

「(……。)」


 堂々と痛い所をついてくるなよ。今そんな雰囲気だったか? そこはわかりましたの一言で終わる話じゃねえか。


「寝る。」

「そうですか。良き夢を。」

「おう。」


 恋人か……俺にもいつか出来る日が来たりするのかな。その時、ミィはなんて言ってくれるだろう……。

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