第74頁目 お財布持った時の緊張感わかる?

「やるじゃねえか! おら、次の皿だ!」


 何という事だろうか。俺達が店に入ったのは夕方前だ。即ち、客の多さはピークと言えない時刻だったのだ。それなのにあれ程の混み具合……これからが本当の地獄だ……そう言いたくなる気分であった。


「(今日は魔法の修行が捗る日だね!)」


 そうポジティブに受け取りきれないのが今の俺の心情である。そりゃミィは嬉しいだろうさ。でも、俺は頑張ったんだぜ? 自分の為だけど頑張ったんだぜ??


「おら追加だ! まだまだ客は少ねえからよ。今のうちに溜まった皿を全部洗ってくれねえと、料理が出せなくなっちまう。頼んだぜ。」

「は、はい!」


 この店の皿は全て木製である。コップもだ。酔っ払いが集まる店に割れる食器なんか置かねえわな。そう言えば父さんも偶に晩酌で皿割ってたりして母さんに怒られてた…………って感傷に浸ってる場合じゃない! 余計な事なんて考えてたらこの本数のアニマを制御なんて出来ない! 洗剤はよくわからない灰色の粉。まさかこの世界に洗剤があるなんて……泡立たないけど……これなんなんだろう。それとこれ、スポンジな。スポンジって石油とかで出来てるんじゃないのか? 科学技術が何処まで発達してるのかまるでわからん。


 簡単な汚れはアニマの弱い気円斬で、しつこい汚れは俺が直々にスポンジで擦る。にしても……。


「臭いに吐きそうだ……。」

「(無理しないでね。)」


 ここは厨房。となれば当然あの食材がある。そう、もう言わなくてもわかるだろうが、ペッペゥが大量に入ってる水桶が沢山並んでいるのだ。となればその臭いも一入に強烈である。しかも、俺はペッペゥにできたてホヤホヤのトラウマを抱えているのだ。正直苦痛で仕方ない。俺の嫌いな食べ物不動の一位になりそう……。


『ぴぎゃあああああああああ!!』


 まな板に鉄塊が振り下ろされる音と共に聞こえる断末魔。あぁ、そうだ。ペッペゥの声である。鳴く魚がいるってネットで見たことあるけど……少なくともあんなおぞましい声ではなかったはずだ。見た目、臭い、味、に続き声までグロいって本当にどういう理由があって生まれた生き物なんだよ……。


「い゛っだぁ゛!」

「(な、何!?)」


 突如尻尾の先に走る激痛。俺は思わずアニマを消してしまい、魔法で操っていた水を落としてしまう。


「どうしたぁ? ははっ! ペッペゥが脱走して歩いてやがったのか。うちで仕入れてるのには毒がねえけどペッペゥだからな。鋭い歯で噛まれたらいてぇぞ!」


 涙目の俺の尻尾から噛み付いていたペッペゥを引き剥がす料理人のおっちゃん。俺の尻尾はミィが加工した陶器みたいなもので鱗が覆われてるけど、中身は肉だ。強く圧迫されたら痛いに決まっている。


「……あ、ありがとうございます。」


 ってか鋭い歯ってなんだよ! 違う! 桶から脱走して歩く! 意味がわからん! もうそこは完全に魚やめてんじゃねえか!!


 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!



*****



「……お、お疲れ様です。ソーゴさん。」

「大変だったようですね……。」

「……(コクリ)。」


 もう俺はストレスで精魂尽き果てていた。あの料理人のおっちゃんが言っていた『まだまだ客は少ねえ』というのは本当だったのだ。多忙を極める中、噛み付いてくるペッペゥと襲いかかる悪臭。俺は今何のために生きている? そう思ったのは大穴生活以来である。でもそうなったのは俺のせいだ。人に意図せず迷惑を掛けたのは事実。故に……諦めるしかなかったのだ。


「食べる時間も遅かったですし、夕飯はいいですよね?」

「えっと、僕は、大丈夫ですけど……。」

「…………ウマイモノガクイタイ。」

「ソーゴさんにだけは何か食べさせてあげましょうか……。」

「そ、そうですね。」


 同情的な意見を提案してくれる二人に対して俺は戦利品を見せる。


「……コレ、モラッタ。」

「それは……虚石うつろいしですか?」


 そう。俺は魂を削る程の働きを認められ、報酬を得たのだ。このどんぐりサイズの虚石はサービスでくれたらしい。なんでもこのくらいの大きさの虚石を小銭入れとして持ち歩く漁師が多いらしいのだが、小さいせいで店で失くして取りに来ないなんて事がザラにあるらしい。俺はそれを一つ貰った訳だ。……それって横領なんじゃないか? なんて野暮な事はこの際言わない事にする。それよりもだ。俺の削れた魂の値段は……。


「……5千ラブラ! あれほどの騒ぎを店で起こしたのにこんなにお金を頂けたのですか。」


 俺も同じ事を思ったけど……店員さん曰く、俺は想像以上に良く働いてくれたらしい。あの店は食い逃げ犯とかがいたら取っ捕まえて同じ様な仕事をさせるらしいのだが、終始逃げる隙を伺ってるか、すぐにサボったりで使い物にならない事が多いんだとか。なのに、俺は魔法まで使って真面目に黙々と仕事をしていたもんだから大変気に入ってくれたようだ。しかし、俺が真面目に働いていたのはペッペゥという悪魔から目を背ける為他ならない。他の仕事なら同じ様に働いていたかは疑問だ。帰り際、報酬を渡してくれた時に『兄ちゃんだったらウチで雇ってもいいぜ。料理に興味があればいつでも来いよ。』なんて言われたけど、ペッペゥはもうゴメンだ。頼まれてもあそこでは働きたくない。


「……オナカスイタ。」

「わかってますよ。しかし……。」


 マレフィムは何悩む様な表情でルウィアと顔を見合わせる。何か都合の悪い事でもあるんだろうか。


「その……この時間では何処も開いていないと思います。」

「…………ハゥアッ!?」


 そうなのだ。この世界にナナイチイチといった店名詐欺の二十四時間営業しているコンビニは存在しない。ファミリーなマートも無ければ、青い背景の牛乳瓶マークも無い。店は個人営業店ばかりなのだ。そうなると店の営業時間も個人の裁量で決められる。現在の時間は日を跨ぐ寸前である。街は眠り、聞こえるのは遠くから聞こえるベスの遠吠えだけ。……そう考えるとマレフィム達は俺が帰るまで起きていてくれたのか。


「……寝よう。」

「おや、宜しいのですか?」

「俺を待って起きていてくれただけでも嬉しいよ。ありがとな。代わりに明日の朝たらふく食うさ。」

「……そうですか。」


 ハプニングとは言え迷惑掛けちゃったしな。流石に我儘は自重しよう。


「そんじゃ寝ようぜ。」

「……わかりました。」

「お休み。」

「良い夢を。」

「お休みなさい。」

「(お休み。)」


 こうして、長い労働の一日が終わる。お金を稼ぐっていうのは簡単じゃないな……。



*****



「おはよう! おっちゃん!」

「…………遅かったな。」

「昨日はちょっと急用が入って来れなかったんだ。」


 今日はババアとの約束の日である。だが、俺達は3人揃って材木屋に立ち寄っていた。何故なら、昨日俺が働いた分の金を手に入れていないからだ。こなした仕事の内容は木を切って薪を作るという単純な物である。しかし、その薪用に任された木はありふれた大きさではなく、前世なら樹齢何年なんだと気にしてしまう程の太く長い木だ。なのに、手本として渡された薪の束は多分、不変種が使う感じのえらく小さいサイズだった。それでも、俺は気にせず全ての木を魔法の特訓で全て薪へ変えたのだ。何本になったのかなんて検討もつかない。


「…………虚石を出せ。」


 おっちゃんの言葉に従い、俺は”自分の”虚石をルウィアから受け取っておっちゃんの前へ差し出す。そこへおっちゃんは自分の虚石からエメラルド色の光を送り込む。ただの会計なのに凄い幻想的な光景だよなぁ。悪代官に賄賂を渡すシーンとかがあれば、悪者に邪悪なパワーを送り込むみたいな絵面になりそうだ。


「………………よくやった。またこい。」

「……失礼。ソーゴさん、金額を確認致しますね。」

「お、おう。」


 そういや俺、まだ金額の確認の仕方がわからないんだった。なんなら支払い方もわからない。どうやるのか教えてもらわなきゃな……。このままじゃ財布を持っているのに開け口にナンバーロックを掛けられてるみたいで情けない。何の為の財布だよと。


「…………60600ラブラ!? て、店主さん、これは何かの間違いでは!?」

「六万?」


 えーと……元々入ってたのが五千ラブラだから、55600ラブラが今回の報酬って訳だよな? んで、一本が十ラブラだから、5560本もの薪を切った訳か。そりゃ疲れるわ……今日も頭がぼーっとするし少しグワングワンするもんな……。


「……あっている。薪は全部で1112本だった。そして、一本が五〇ラブラでその報酬だ。」

「え? おっちゃん、一本十ラブラだって言ってたような……。」

「……切っただけならな。だが、薪は魔法でしっかりと水分が抜かれていた。あの規模の変易魔法を使えるとは思わなかったぞ。おかげで冬に向けての在庫が潤った。だから一本五〇ラブラだ。」

「な、なるほど……。」

「薪千本から水分を抜く変易神法ですか……す、凄いです。」


 戸惑いながらも納得するルウィア。マレフィムは気付いているだろうけど、それをやったのはミィだ。俺じゃない。しかし、それを正直に言える訳が無いので……。


「どうだ。凄いだろ。」

「(私がね。)」

「……大したもんだ。流石竜人種だな。」

「こ、これなら……! 防寒具の代金が払えますね……!」

「少しばかり言いたい事もございますが……目的は達成したという事で。参りましょうか。」


 マレフィム達の稼いだ金額を余裕で越してやったぜ! ミィがな!!


*****


 俺達は足取り軽やかにあの憎きババアの店、『ミザリーの仕立て屋』へ向かう。見返してやる! という方法が結局浮かばず、素直に金を用意して持ってきたというのがなんとも情けない話であるが、ここでもしアニーさんの鞄に傷がついていたり適当な品を出されたりしたらもう容赦はしない。死なない程度にボッコボコにしてやんよ!


「フッフッフッ……。」

「そ、ソーゴさん? 急に不気味な呼吸法をし始めたりしてどうしたんです?」

「ちがわい! 俺達はたった一日であの高額な請求をノーダメージで乗り切れるんだぜ? それどころか釣りまで出る。これが笑わずにいられるか! これでもかってくらい憎たらしい顔で金を支払ってやるぜぇ!」

「そ、その前に……ソーゴさんはお金の払い方を覚えないとですよね……。」


 何!? ルウィアが俺に水を差して来るだと!? いや、本当の事なんだけどルウィアが!? ……少しは俺に慣れて来てくれたって事なのかな。こんなとこでその片鱗を見せてくれなくていいんだけど。


「で、できらぁ! ここに入ってる光を操って他の虚石に入れればいいんだろ!」

「光ではなく、エーテルです。」

「エーテル? そう言えば確かにエーテルと同じ色だな。……え? エーテルが通貨なのか?」

「そうですよ。あれは国のアウラが刻まれたエーテルです。ホワルドフ・ヴィッフィート王国のアウラが刻まれたエーテルがダリル。ヴィ・オ・マーテルム帝国のアウラが刻まれたエーテルがラブラという訳です。」

「国のアウラ……?」

「えぇ、私もそこには疑問を覚えています。国のアウラとは何なのか……安直に考えれば王のアウラだと思うのですが、王国には王が三人いるので……。」


 アウラってアストラルの指紋みたいなもんだって聞いたし……国にアストラルがある訳ないし……やっぱりマレフィムの言う通り王様のアウラなんだろうなぁ。


「(虚石のお金を探るだけならすぐに出来ると思うよ。メビヨンを救った時に自分の中に散らばったメビヨンのアストラルを探したでしょ? あれと殆ど一緒だよ。)」

「(なるほど……? つまり、この虚石の中にあるエーテルを似たような感じで探って感じ取ればいいのか。……ん? って事は虚石にもアストラルがあるってことなのか?)」

「(違う違う。虚石は単純にエーテルを溜め込める性質がある石だよ。エーテルっていうのはマテリアルでもアストラルでもない”力”だから、殆ど魔力に近い物なの。だからそこに干渉して反発してくる力具合でわかるの。)」


 む、難しくね? 殆ど感覚値じゃねえのそれ?


「……えっと、ソーゴさん、どうしたんでしょう。なんかブツブツ独り言を……。」

「偶にある持病です。害は無いので治まるまでは放っておきましょう。」


 今お勉強中なんだよ! もっと他に誤魔化しようがあるだろ……!


 なんて思いながらも新しい魔法の実践をするのだ。規模が小さいからこそ失敗なんてしたくない。集中せねば……!


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