第75頁目 俺は常に全裸だったって事?
「…………。」
俺は軽く手に握った虚石をアニマで包み込む。すると、僅かに感じることが出来る抵抗感。これが……俺の金の力……! 誤解を生みそうな表現だが、この世界においては間違っていない。
「(……どう? 何か感じる?)」
「(……あぁ。)」
「(それが60600ラブラの力だよ。)」
そう言われるとマジで戦闘力みたいだな。
「(こんなのぱっと分かるようになるのかよ。無理だろ。)」
「(漠然と量ろうとしてる? そうじゃなくてそれが60600の粒の塊だと考えて。)」
「(粒の塊?)」
「(うん。ソーゴは60600って数字を理解してるでしょ。だから、その塊を60600に分けてそこから好きな数を出せばいいの。変易魔法でね。)」
概念……みたいなもんか。この塊を60600個に分割して……500個分を石から……出す。それはただのイメージトレーニングのようなものだった。しかし、そこに魔力が伴っていれば現象は起きる。恐らく500個分と思われるエーテルが虚石から飛び出たのだ。
「おおぉ!?」
「(い、入れて入れて!)」
「ソーゴさん!?」
「え? え!?」
宙に浮かぶエーテルを見て驚くルウィア達。俺はアニマを伸ばしてその飛び出たエーテルを掴もうとする。しかし、触れる事は出来ない。エーテルは重力に影響を受けず空から吊るされた部屋飾りの様に宙に留まり淡い輝きを放っている。
「(アニマが届いたら変易魔法を使って! エーテルはマテリアルでもアストラルでも触れないよ!)」
先に言えよ! えーと、変易……! 戻ってこい! マイマネー! 俺の伸ばしたアニマがエーテルに重なった瞬間エーテルは一直線に俺の虚石へ飛んでくる。別にエーテルは俺の虚石を追尾したりはしない。届かなかった分はアニマで擬似的に掴んで虚石にしっかりしまう。
「何をやってるんですか!?」
「いや、練習してたらさ……。」
「大金じゃなかったからまだ良かったですけど……気をつけて下さい!」
「悪かったよ。」
「さ、流石に本当の竜人種ともなると、お金を払う神法もこんなに早く出来てしまうんですね……。」
「まあな!」
にしてもこの世界の通貨はよくわからないなぁ。あんな感じにエーテルを分割してって言うけどさ……不便過ぎないか?
「(ミィ、ここに入ってるエーテルが60600だって言われたからその通りに分割したけど、もし違ったら金額を間違える事になるよな?)」
「(だろうね。でも相手が気付くでしょ。)」
「(……間違えた額を支払った場合が怖いなぁ。)」
「(それなら早く一ラブラがどれくらいか覚えなよ。一ダリルも同じ量だから後々不便だよ。)」
「(へーい……。)」
ちょっとした勉強をしながらも目的地に着く俺達。入り口の横にはなんとも忌々しい”契約文”の書かれた看板がある。それを睨みつけながら俺は戦場へと赴いた。
「いらっしゃい。」
埃と乾いた紙の臭いの染み付いている嗄れた声。曲がった腰の為に身体を支える杖。そんなヨボヨボの肌で俺を騙そうったってそうはいかんぜ!
「おやおや、旦那かい。わたしも竜人種の服を作るのは久しぶりでねぇ。そりゃぁ、もう……燃えたよ。」
「へぇ、じゃあその燃えカスが擦り付いた服を見せて貰おうじゃん。」
「その前にほれ。それを持っていき。」
ミザリーが顎で指した先。そこには愛おしきアニーさんのくれた鞄が掛けられていた。俺は急いでその鞄を手に取る。傷らしき物や汚れは付いていない。それどころか……少し綺麗になっているような……。
「その鞄は大事な物だったようだね。少しだけへたってたからわたしが手入れをしといたよ。金具の歪みの矯正とワックス、縫い糸の新調くらいだけどね。これからも大事にしてやんな。」
「……あ、ありがとう。」
金具のくすみは消え、革の表面は前よりもわかりやすくテカリが目立っている。そして、各縫い場所の糸は茶色から品のあるワインレッドに変えられていた。まさか、一度この鞄をバラしたとでもいうのか? でも中にはアニーさんメモもちゃんと入っている。余計なお世話だと言ってやりたい衝動がそれ以上の仕事の出来に殺されていく。そのせいか俺は口まで縫い付けられた様な気持ちになってしまった。
「さて、次は旦那の……と言いたい所だけど。その前に嬢ちゃんの服にしようか。」
ミザリーが店の奥から縦長の木箱を取り出してくる。そして、それを作業台の上に置き、丁寧に革で閉められた留め具を外して箱を開放する。その中には、首が無いのにも拘らず美しいと評する事が出来るほど綺羅びやかな淑女が佇んでいた。
「防寒具だからって女らしさを捨てるのは枯れた爺婆の考えだとわたしゃ思うからね。どうせならってウンと飾ってやったよ。」
レースに、フリルに、シースルーのヴェール的な奴。ごめん。俺の言葉だとそれくらいしか表現できないけど、えーと……布が沢山使われた真っ赤なドレス。……すっごく安っぽくなってしまった。違うんだ! 綺麗なんだよ! でもこの、アレな。首も脚も無いマネキンが麗しき淑女に見えた。それだけでもこのドレスの素晴らしさが伝わってくれると嬉しい。ルウィアなんかほら、絶句してるよ。……俺もか。
「……。」
「どうだい?」
「…………。」
マレフィムは一言も漏らさず作業台の上に降り、恐る恐ると言った足取りでドレスに近づく。まるで死んだはずの姉妹に再会したかの様な、そんな雰囲気である。
「…………これを……私に……?」
「あぁ……嬢ちゃんの為の服さ。他の奴にゃ着せる気も起きないね。」
「…………。」
無意識に出たのだろうそのため息。俺には聞こえていた。小さな震えが。
「……アメリ?」
「……嬉しいねえ。泣くほど喜んでくれるなんて。仕立て屋冥利に尽きるよ。」
彼女の頬はしっとりと濡れていた。頬に柔らかな光を映し轍を作るその涙。マレフィムは胸元を湿らす事を恥じていなかった。
「私は……美しきものを愛しております。それは私の心を豊かにしてくれるからです。ただ、私の知る美しさは常に網膜に焼き付く光ばかりでした。ですが、これは、このドレスは違います。確かにこの見た目は美しい。ですが、私にはそれ以上にアストラルへ響く情熱を感じます。それこそが美しい……! 服……まさか、服を見て美しいと思うのではなく、服から美しさを感じる日が来るとは……世界は、広いですね……。」
「気に入ってくれたかい?」
「え、えぇ……すいません。私とした事が取り乱してしまいました……。ですが、色々と吹っ切れましたよ。しかし……こちらロングタイプのワンピースですよね? だとしますと、『ドロワーズ』が必要ですね……。」
「安心しな。『ドロワーズ』もしっかり付けてあるよ。」
以前何処かで聞いた『ドロワーズ』という物を確認する為にか、ミザリーは徐にマネキンのロングスカートを捲り上げた。ちょっとした背徳感と一緒に確認出来たのは……オムツ? いや、なんか奇抜な女性用ファッションとかで見たことある! あのもっこりパンツな! なんて考えているとすかさずマレフィムから鋭い視線が刺さってくる。お前さっきまでの感動はどこに……あっ! ちゃっかりルウィアは顔を背けてやがる!
「あ、ありがとうございます。」
「おんや? わたしとした事がちょいとデリカシーに欠けてたかね! ヒッヒッヒッ!」
ゼッテーわざとだろあのババア。
「……ゴホン! あの、このドレスは大変素晴らしいデザインだと思うのです。赤を基調に綺羅びやかな金の差し色。このドレスを着たままパーティーにさえ赴けるかと思います。ですが……この外套があるのはやはり防寒具だから、という事でしょうか? だとしても……この透けるほどの外套に効果はあるのですか?」
その疑問は俺も気になっていた点だった。ミザリーが用意したドレスは、この短期間でどうやって用意したのかわからない程にとても細かい装飾が散りばめられている。それなのにそれを丸っと覆って包み隠してしまうかのようなフード付きの薄く透けたマント。凝ったデザインと言えばそれで片付く話なのだが、それにしても投げやりとも解釈出来てしまうんじゃないかとも思えてしまう。
「それはアナナバの繊維を特殊な方法で編んだヴェールさね。少し光を透すから寒そうに見えるかも知れないけど、丈夫で風を通さない生地だよ。美しく仕事をするのが良い女の秘訣だからね。」
「ではこれも含めて……。」
「完成なのさ。」
ビニールみたいな透明度ではなく、メッシュの様に白味掛かったこのヴェールが風を通さない? そんな生地があるのか……。異世界だからそういうのもあるんだなぁ……。俺が知らないだけで前の世界にもあったかもしれないけど。
「とりあえずここで着てみんしゃい。その間に旦那の服を見せようかね。」
ミザリーは前回も使った仕切りを用意してマレフィムの着替える場所を用意した後、奥から布の塊を持って来ようとするが……。
「あ゛~……ちぃと重いねえ………………ふん゛ッ!」
老人を労るつもりで手を貸そうとした瞬間だった。ミザリーは濁った掛け声を上げて、わかりやすく腕や脚を肥大化させる。心体強化魔法だ。そんな魔法を使って取り出して来たのは、まるでカーテンを巾着みたいに丸めた様な物だった。
「ふぅ……丈夫に作りすぎたよ。でも、竜人種の癖にそんだけちっこいんだからまだマシかねぇ。」
……俺は決して小さくないと反論したい所だが、ここは敢えてグッと飲み込んでおく。
「さぁ、着方はわかるかい?」
「いや。」
「だろうねえ。と言っても正式な場でも無ければどう着ても自由さ。そこの坊主の着方が一般的な奴に近いね。」
それを聞いて俺はルウィアを見る。このギリシャ的というかローマ的というかそんな感じの着方がか。難しそうだよな。
「えっと……僕は、お腹が乾き難いように少しだけアレンジしているので……。」
「へぇ。」
「とりあえずお披露目しようか。おいしょっ。」
気づけばミザリーの心体強化魔法は既に解かれていた。しかし、結び目を解く為に瞬間的に腕が太くなったりはしている。なんだか見てて気持ち悪いな……。
――なんて感情もその布を見たら一瞬で吹き飛ばされてしまう。
ずっしりと重厚感があり、荘厳さを感じさせる暗い赤の厚布だ。マレフィムのドレスみたいな綺羅びやかさ溢れる赤ではなく、奥ゆかしさのある落ちついた深みのある赤。ワインレッドに近いが、そこに含まれる細やかな青みすら取り払った様な……そんな色である。そこに見る角度に寄って浮き上がる繊細な植物がモチーフと思われる柄があり、それを邪魔しない様な配置でスナップボタンの金具が所々に付いている。恐らく結ぶだけでなく、それを使った着方も出来るのだろう。
「嬢ちゃんのも旦那のも、私が持ちうる限りの情熱で丈夫に作ってやったよ。でも、所詮は服だからね。消耗品でしか無いんだ。もし修繕して欲しけりゃ持ってきな。いつでもやってやるよ。」
「………………ミザリー。」
俺は今、真の職人を目の前にしているのだ。社会に出る前に不慮の事故で死んでしまった俺は”仕事”を知らない。その社会の外で聞いた『仕事で黙らせる。』そんな言葉は都合よく人を働かせる為の戯言でしかないと思っていたのに……実際に経験させられてしまうとは……。
この差し出された商品の二つは決して十万や十五万なんて値段で買っていい物ではない。服飾の知識なんて全くないけど、これがそんな値段で手に入る物ではない事くらいわかるぞ。だが、わからない。
危機感を覚えるべきなのか。
感謝を述べるべきなのか。
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