第68頁目 俺って天才なのでは?

「ぬふううううううぅぅぅぅぅぅ!」

「頑張ってるけど、別にあのうにょってした形じゃなくていいんだからね?」

「…………あ、そっか。」


 なんか勝手に触手の形をイメージしてたけど、形を意識しなくていいのか。


「でも、明確なイメージはしてね。これも魔法だよ。」


 えぇっ!? 明確なイメージっつっても、もう俺の中じゃアニマは触手で固定されちまったよ! だって、ただの線だし特に難しく考えなくていいいのが楽だから……まぁ触手でいいよな……。


「横から魔法撃たないでね? 壁に穴開いちゃうかもしれないんだから。」

「おぉ、そうか。そうだな。」


 危ない危ない。普通に横から撃とうとしてた。上からだな? うー……幾つもの触手を動かすって難しくないか? なんかざっくりと動かすなら出来るんだけど、一本一本を自分の考えてる場所にってのは難しいな。というか見えないから本当にちゃんとそこにあるかもわからない。


「なぁ、ミィ。これ、見るとか出来ないのか?」

「出来ないよ。見れたらそれってつまりマテリアルって事だし。」

「見えるアストラルって無いのかよ。」

「ある訳無いよ。見えるって事はつまり光を反射してるって事だよ?」


 そう言われると嫌でも納得してしまう。マテリアルが触れないだから光が反射なんてする訳ないよな。


「あ、でもなんだっけ。私はそんな事しなくても普通に制御出来るんだけど、幻覚を見る要領で視覚的に見えると錯覚させられるっていうの聞いた事があるかも。あれ? でも私もよく考えたら自分のアストラルは見えている様な……これがそういう事? ……あはは、自然に出来てたから気付かなかっただけかも。」

「つまり、どうすればいいんだ。」

「見える! 見えるぞ! 私にもアニマが見える! って感じで身体強化を使ってみて!」

「んな無茶な……。」

「いいから!」


 ……アニマ! 何処だ! 俺に姿を見せろ! その! シンプルで結構手を抜いちゃった感じの……! ところてんみたいな感じの! その姿を! 


 ……って見えるぅー! 見えてるぅー!!


 こんな簡単に見えるもんなのか? 存在を感じてはいるから見えない事がそもそも違和感あったけど……そういう事……? 脳の補完能力って凄いんだな。 ところてんみたいって思ってたからか本当にところてんみたいな見た目なのが残念だけど……。立体映像のところてんが俺の身体から生えてるビジュアルがなんか凄く嫌だ。変に凝ってて放送コードに引っかかりそうなデザインも嫌だけどこの手抜きな感じもなァ……。


 因みに、今俺の身体から出てるアニマは6本。そして、見た目は何度も言っている通りところてんに近い。色は……無いのかな。強いて言えば白? の柔らかい光で輪郭が縁取られている。やはり、触手を伸ばしているという感覚だけだと、自分のあって欲しいと思う場所に触手は伸ばせなかったみたいだ。アニマの位置が少しだけ予想よりもずれている。俺はそれを視覚で調整し、しっかりと触手の位置を伐りたい木に向けて場所を合わせた。


「見えたぞ! ばっちりだ!」

「ほらね! やれば出来るんだよ、クロロは! じゃあ水を撃ってみて!」


 俺が触手を伸ばしても出せるのは水だけというのがなんとも悲しいが、俺はその水が如何に高い威力を持っているのか知っている。ミィは俺の吐く水程高い水なんて魔法で撃てないと言っていたけど、それを聞いだけで『へーそうなんだ』と納得出来る訳がない。無茶……はしないけど。悔しい思いはしたくない。だから見てろ! これが! 俺の! 全力!


 ――推力、推力、推力、推力、推力、水、顕現。


「いっけぇえええええええええええ!!」


 そんな俺の掛け声と共鳴するかの様な甲高い音。そして、巻き上がる霧と埃。6つの触手は先端を尖らせ、そこから超威力の水を出しつつ大木を切断するように首を振る。すると、容易く切断される大木。触手は水が射出される反動なんか全く感じさせない。不動なのだ。そういった物理法則はマテリアルにだけ有効でアストラルには関係ないって事なんだろうか。ファンタジーだな。


「えっ……。」


 呆気に取られるミィ。これ、確実に俺の吐く水より強いだろ。


「ふぅ……ダッ!?」


 大魔法とも言える技を使って一息を吐いたところ、ミィが思いっきり俺の頭を叩いてくる。


「何してんの!?」

「俺の台詞だよ!?」

「あれ!?」

「はぁ!?」


 謎のやり取りをして固まる俺達。ミィの行動が理解出来なくて困惑してしまう。


「……え? なんともないの?」

「頭がいてえよ。」

「そうじゃなくて! 意識は!? 朦朧としてたり、気怠かったりしない?」

「え? いや? 全く?」

「なんで!?」

「知らん!」


 それよりも、俺はミィの言葉を覆してこんな大魔法を使ったんだぜ? もっと言うことがあるだろ!


「これが……多分、精神肥大症なんだ……。」

「何?」

「……クロロは本当に精神が強いんだよ!」

「まぁ、こんな威力の魔法が使えたしな。」

「……そう! そうだよ! これ、凄い魔法なんだよ!?」


 だからそうだろって言ってるじゃねえか。


「こんなの普通ならありえない! 普通の子供が出来る魔法じゃないよ!」

「ふっ……まぁな。」

「クロロは……やっぱりフマナ様に愛されていたんだね!」

「そうそう……って、ん?」

「クロロは災竜として生まれたり、心理障害を患っていたりで試練ばかり与えられていると思ってた……でも、精神肥大症はただの苦難だけじゃなかったの。お腹は空いちゃうけど……その代わりに異常な魔力が身につく障害なんだよ!」

「障害の、おかげだって事か?」

「うん! 勿論リスクは空腹だけじゃなくて、ヴァニタス欠乏による悪影響とかもあるけど……今のクロロの魔力は凄く高いよ! ……だから尚更あの身体強化を使った時に精神損傷を起こしたのが不可解でならないけど。なんだったんだろう……あれ……。」


 俺にも一般的な分野で人より優れた部分がある……? 水を強く吐く事しか脳が無かった俺が……?


「俺は、凄いのか?」

「凄いよ。魔力だけなら同世代の子には絶対負けないと思う。」

「そんなになのか?」

「うん! 自信持っていいんだよ!」


 魔力が強いって事だから、制御とか顕現のさせ方とかは違う話になってくるんだろう。でも、大規模な魔法を使えるというのはそれだけで嬉しい事だ。


「よし! その調子で続きも……あああっ!?」

「どうした?」

「倉庫の床が!」


 俺は触手で魔法を床に向けて撃ったのだ。とすれば、石材が敷き詰められているこの床に超高圧の水が当たった訳である。即ちそこには綺麗な一本の溝が……周りにも同様の傷が目立つ。


「これ……かなり深い溝だな……。」

「ちょっと私見てくる。」


 そう言ってするりと溝に入っていくミィ。


「うわぁ……これ本当に深いね……ちょっと泥で補修しとくからクロロはやり方を変えて木を切断してて。」

「わりぃ、頼む。」


 うーん……万能。俺もあれくらいの応用力が欲しいよなぁ。……さて、やり方を変えて、か。どうしよっかな。考えなしにぶっ放したら同じ轍を踏むだけだし……このデカい木を……切断……。ん? デカい……格上の相手を切断する技と言えば……?


「はぁあああああああああ!」


 俺は集中して触手の先に再度魔力を込める。推力、推力、推力ぅー! 回転だ! 曲線を描く推力! 回転は無限の力だ! それを信じろッ! そしてッ! 顕! 現!!


 触手の先から丸鋸の様に平べったく回転する水が顕れる。出来てるぞ! これなら上手く操作すれば床への被害を最小限に抑えられるはず! ドラゴンのこの馬面は、人と違い視界がとても広いのだ。つまり、六本の触手だろうと難なく同時に視界に捉えられる! 喰らえ! 気円斬!


「よいしょおおおおおっと! ゆ、床は傷付けないように……!」


 水も木もマテリアルなので、触手に一切影響を及ぼさない。というか、周りの人から見たら俺は今気円斬を6つも同時に操ってる感じに見えるのか!? あー! 誰か動画撮ってくれー! 見たいー! と、今ままでには無い魔法の規模でテンションばかりが跳ね上がっていくが、決して簡単な魔法ではない。例えばだ、あのバネが付いてる握力鍛える道具があるだろう。アレを長く握り続ける事が如何に辛いかわかるだろうか? 筋肉には筋持久力という物があると聞いた事がある。それは魔力も一緒で魔持久力というのがあるのではないだろうか……。


「ぬぐぐぐぐぐぐ!!」


 木を斬りながら時々聞こえる弾ける様な高い音。まぁ……床だろうな。それよも今はこの魔法に……!! 酔いしれていたい……!


*****


「……驚いたな。」


 あれから数時間。材木屋のおっちゃんとヘトヘトの俺と大量の薪。俺はあれだけ積まれてあった大木を全て伐りきったのだ。


「……数えるからまた後でここに来い。」

「わ……わかった……。」


 薪の数なんか全く数えてなかったけど、どうやらおっちゃんが数えてくれるらしい。あぁ、なんだか意識が朦朧とする。


「(ちょっと無理しすぎじゃない? 軽度の精神損傷が起きてるよ。)」

「(強い魔法が使えるの嬉しくて……ついな……。)」

「(限界を覚えるのは悪い事じゃないから止めないけど、本当に駄目そうなら私が止めるからね。)」

「(あぁ、頼む。)」


 とりあえず休みたい所だが、マレフィム達が気になる。あいつら、何処で何やってんだろ?


「おい! 早く来い!」

「おう!」


 ん? 倉庫の外に出たはいいけどなんか騒がしいな……まぁ、いいか。室内にいたからあんまりわかんなかったけど、もう昼過ぎだよ。飯食いてえ。金を少し分けて貰えば良かった……。ってこの世界、お金があんなんなら小銭を少し分けて貰うことも出来ねえじゃねえか。不便過ぎだろ。そうだ! マレフィムを見つけてなんか奢ってもらおう!


「(ミィ、マレフィムを探して飯を食おう。)」

「(わかった。でも何処にいるかわかってるの?)」

「(わかんねぇから探すんだろうが。)」

「早く来いよ! 向こうで亜竜人種が面白い事やってるらしいぜ!」


 ……亜竜人種? 面白い事……嫌な予感しかしないんだが……。


「(ねぇ、クロロ。)」

「(……わかってる。)」


 さっきから野次馬目的みたいな奴等が一つの方向へ走っていっているのは、やはり気の所為ではなかったのだ。ヤレヤレ、とでも言いたくなる気持ちを抑えて俺もそいつらについていく。というか、ルウィアは以前亜竜人種というだけで殺されかけていたのだ。それを考えると巫山戯た事を考えている余裕も無い。俺は更に足を速める。ルウィアだけだと危ないからマレフィムも同行させたんだけどな!


「う、うわあぁあああぁぁぁあああぁあぁぁぁぁ!」


 着いた先には案の定人集りが出来ていた。その中心から聞こえるのはルウィアの叫び声だ。まだ気怠さは抜けきっていないが、ミィからお墨付きを貰った俺は今までとは少し違う。俺は身体強化魔法を喉に集中させる。また誰かを殺さなきゃいけないなんて事が無いように考えなきゃな……!


『どけええええええええええええええええええ!』


 それはまるで母親の咆哮を彷彿させるような響きだった。あの魔石に影響受けた時の衝撃を凄く小さくして開放する感覚。並の精神なら恐れを抱かずにはいられないだろう。なんでそこまで大げさに言うのかって? 俺にとっても予想外の威力であったからだ。効果じゃない。威力だ。こんなに大きい声って出せるもんなの? 


 え? 効果?


 当然皆がこっちを見るよね。化物を見るような目で。そのビクついた目を隠さず、足を震わせている人までいる。ルウィアの声はもう聞こえない。とりあえず俺はゆっくりと人集りに向けて歩き出す。後退る人……何故か尻もちを付く人……。


「(五月蝿かったんですけど!)」


 悪態を吐くミィ……ちょっと安心する。人集りが裂け、ようやく中心にいたルウィアが目に映る。そのルウィアは赤茶色の鱗をしたエカゴットの首に片手で掴まり、息を切らして目を回している。そして、もう片方の手には同じくグロッキー状態のマレフィムが握られていた。


「なんだこれ。」


 それが素直な感想である。ルウィアを虐めていた奴等は俺の咆哮を聞いてどっかに行ったのか?


「あ、あの、旦那。」

「ん?」


 俺に声を掛けてきたのは丸い耳をした獣人種の男だった。気付けば野次馬は半分もいなくなっている。


「旦那はこの方達のご主人で?」

「あ、あぁ。ご主人ってか友達だけど。見ての通りこいつ亜竜人種だからまた変な奴等に絡まれてるのかと思って吼えちまった。悪い。」

「な、なるほど。でも違うんですよ。」

「みたいだな。これ、何やってたんだ?」


 ルウィアの方を見るとエカゴットがビクッとして怯えた目でこちらを見る。ルウィアはそんな状態でも乗ってられるのか……。


「一応あっしが最初から見てたんで説明いたしやす。」


 そう言って男は事のあらましを語りだしたのだった。


 

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